あなたのそばに8
秋吉は質の良いグレーのパンツスーツを着ていた。ジャケットの襟口からスパンコールがちりばめられたニットが控えめにのぞかせており、女性らしさを表現していた。ファッション誌の編集者にふさわしいエレガントな装いだった。ヘアスタイルは肩に届くか届かないくらいの軽いカールされたセミロングで、化粧もきちんとされているが、濃くはない。いかにも仕事が出来る風の女性だった。しかも、なかなかの美人だった。祐希が見立てたところ、年の頃は二十代後半と言ったところか。
豊が秋吉を打ち合わせ室に案内し、二人とも席に着くと、まず秋吉が言葉を発した。
「いきなり仕事の話もなんですから、まず、自己紹介をさせてください」
「ええ、もちろん」と豊は答えた
「私は五年ほど文芸誌の編集部にいたのですが、九月一日にファッション誌Stylishに異動になりました。ファッション誌は初めてなので、新米同様です。いろいろご指導いただくこともありますが、よろしくお願いいたします」と秋吉は深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、Stylishさんには勉強させてもらっています、よろしくお願いいたします」と豊も頭を下げた。
「矢野プロダクションさんは、昨年、看板カメラマンの祐希さんが突然の事故で亡くなられて、とてもご苦労があったと思われます」
「ええ」
「事務所に飾られていた写真。猫を抱いた女性の方、あの方が祐希さんですか?」
「ええ、そうです。周りの方のご好意があって、私がこのプロダクションを引き継がせてもらっています。でも、祐希、いや矢野先生のような天才ではありませんので、今は細々とやらせてもらっていますよ」
「あの写真は相沢さんが撮られたんですか?」
「ええ、そうです。今だから言えますが、矢野先生と私は親しい仲というか、恋人同士で、プライベートのときに撮った写真です。今でも矢野先生の恩を忘れないよう飾っているんですよ」
「そうだったんですか」と秋吉は言葉を詰まらせた。
「矢野先生が取引をされていたファッション誌などで、今も仕事をさせてもらっていますからね。彼女にはとても感謝しています。もちろん、矢野先生みたいに表紙や、見開きの広告などの依頼はありませんけど」
「でも相沢さんはStylishでもアクセサリーや、時計や小物などの撮影を得意とされているでしょう。あんなに商品を美しく撮れるなんて素敵だわ」
確かに豊は小物類の撮影は得意で、祐希が生きている時も、小物類の撮影は全て豊に任せていたことを思い出した。
「本当は矢野先生みたいに…。生きた人間を被写体にして、その良さを引き出すようなカメラマンになるのが、夢なんですけどね」
「でも、あの祐希さんを写した写真は本当に素敵だわ。Stylishでも是非、機会があれば、相沢さんにお願いしたいと思います」
「無理しなくてもいいですよ。ところで今日はどんなご依頼ですか?」
「ええ、アクセサリー特集を組むことになったんです。そこで是非、相沢さんにお願いしたいと編集部の会議で決まりまして」
「わかりました。内容を詳しく教えてください」
豊と秋吉はそのまま、仕事の話を続けていたが、祐希は呆然と立ち尽くすしか無かった。
続く