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あなたのそばに3

 「あのね、豊。誕生日だから今日言おうと思っていたことがあるの」

 「何?」

 豊はワインを口にしながら尋ねた。

 「豊は私のアシスタントになって何年になるかしら?」

 「俺が脱サラしたのが三十二歳の時だから、三年になるね」

 「そろそろ、豊も独立したほうがいいと思っているの。今の豊の技術を持ってすれば、一人でも十分やっていけると思うわ」

 豊は少し黙った。

 「確かに俺も祐希に頼らず、早く独り立ちしなければならないと思っている」

 豊は独立について、以前から悩んでいた。

 豊は三十二歳でサラリーマンを辞めるまで、素人カメラマンとして写真を撮ることを趣味としていた。 しかし趣味だけでは物足りなく、プロになることを三十歳過ぎてから目指した。豊は運が良かった。当時から売れっ子の商業カメラマンである矢野祐希が大学時代の友人の知り合いだったのだ。豊は友人に頼み込んで、矢野祐希に会わせてもらった。

 祐希と会って豊は少し驚いた。矢野祐希というカメラマンは男とばかり思っていたからだ。彼女の取る写真は艶のある女性の写真ばかりだったからだ。

 豊は祐希にアシスタントになりたいと告げると「ちょうどアシスタントを募集していたのよ」と言われ、すんなり就職が決まった。

 当時、祐希は豊と一つしか違わない三十三歳だった。そして豊好みの美しい女性でもあった。豊にとっては完璧な女性だった。尊敬が恋となり、自然のうちに愛に変わり、豊の猛烈なアタックで一年も経たずに祐希と恋仲になった。

 独立については豊もいつも考えていることだ。いつまでも彼女に甘えることはできない。

しかし、豊と祐希をくらべたときに決定的に違うのは才能であった。自分には祐希のような、被写体の良さを引き出し、そして今にも動き出しそうに写し撮る才能はないことに気づき始めていた。

独立したとしても、祐希のような大きな仕事は出来ないだろう。出来てウェディングのカメラマン程度だろう。

 「そのことは考えているよ」と豊はお茶を濁した。

 「本当に真面目に考えてほしいのよ。いつまでもアシスタントだと、豊の腕が上がらないわ」

 「うん」

 「考えておいてね」

 「ところで俺、祐希のことを、本当に大切な人だと思っているんだ」

 「うん、ありがとう。私もよ」

 「それでね、祐希と結婚したいんだ」

 「え?」

 祐希が想像もしていない言葉だった。

 豊が私と結婚したい?

 豊の気持ちはうれしかった。しかし、アシスタントの彼と結婚するのは、少し気が引けた。

 彼のことは愛している。ずっとパートナーでいたい。彼とは仕事においても私生活においても馬があった。でも…。

 「ごめん、ちょっと、まだ、答えが出せない。」と祐希は呟いた。

 「いや、いいんだよ。すぐに返事が欲しいなんて言わないから」と豊は言ってから

 「今日は俺の誕生日だから、君から愛のこもったキスがほしいなあ」とソファーに座りなおして言った。

 「やだ、もう」と祐希は少女のように顔を赤らめた。

 オーディオからワムのラストクリスマスが流れてきた。

 「私、この歌、好きなの。悲しい別れの曲のなんだけれども」と祐希はソファーに座っている豊の膝に甘えるように頭をのせて言った。その日、豊は祐希のマンションに泊まっていった。


続く

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