あなたのそばに2
充実した仕事と私生活。それと今日は豊にとって特別な日にしたいという思いがあった。それを思うと緊張するが、それ以上に今日、彼女と一緒に過ごせるということが豊にとっては幸せだった。機材のチェックをしている間も、自然に顔に笑みが浮かんでくる。そうこうしていると、豊は六時四十分を過ぎていることに気がついた。
「そろそろ、あがるぞ」と新米アシスタントの北原に声をかけた。
「わかりました」と北原は元気よく答えた。
急ぐことはない。彼女のマンションはこの事務所から歩いて十分分もしない場所にある。豊は事務所の戸締まりを北原に任せ、彼女が待つマンションに向かった。
彼女のマンションにエントランスに着くと、彼女の部屋番号のインターフォンを押した。
「豊です」
「はい、どうぞ」と彼女の元気な声がした。
彼女の部屋の前まで行くと、彼女がドアの前で待っていた。
「今日は二回目のこんにちは、いや今の時間だとこんばんは、ね」
矢野祐希が笑顔で声をかけた。豊はカメラのいわば師匠である祐希と交際をしているのだ。
祐希はドアを開けて、ダイニングに豊を引き入れた。
テーブルには様々な料理が並べられていた。
カルパッチョ、パスタ、サラダ、スープ、ワイン、そして「Happy Birthday YUTAKA」と書かれたケーキ。
「これ全部、祐希が作ったの?この短時間に?」
豊は料理の豪華さに少し驚いた。
「そう、材料の買い出しとか、下ごしらえとか、昨日から準備したんだから。ケーキは帰りに急いで買ってきたんだけどね」と豊にウインクした。
「とにかく座って、座って」と祐希はケーキのキャンドルに火をつけて、ハッピーバースデー豊!と声にした。豊はキャンドルの火を一気に吹き消した。
「三十五歳、おめでとう」
「ありがとう」
二人はワインで乾杯をした。
豊は、次にパスタを口にした。
「うまい!」と豊は祐希に驚いた顔を向けた。
「ホント?」と祐希は豊の肩に手を置いて尋ねた。
「本当だよ。祐希って何でも出来るんだね。今日の写真だって最高だったしね」と豊は祐希を褒め称えた。
そして二人は祐希手作りのディナーを楽しみ、ワインでほろ酔い、いい気分になった。
「はい、プレゼント」と祐希は豊に小さな箱を渡した。クロムハーツのブランドの包装紙を解き、中を見ると、クロスをかたどったシルバーのネックレスが入っていた。
「これ、俺、欲しかったんだ」
「前に言っていたから」
「高かったでしょ。絶対、大事にするから」と豊はネックレスをその場で直ぐに身につけた。
そして、豊は今日言おうとしていたことを口にしようとした。
「あのね」と豊が言うと同時に、祐希も同時に声を出していた。
二人は目を見合わせた。
「じゃあ、祐希から、どうぞ」
豊は、急ぐことはないと思い、先に祐希が話すよう促した。
続く