あなたのそばに17
秋吉は七時の十分前に待ち合わせ場所に来ていた。豊も間もなく、やってきて秋吉に声をかけた。
「それでは行きましょうか」と秋吉は飛びっきりの笑顔で豊に言った。
秋吉は、表参道の裏通りにある小さなイタリアンレストランに案内をした。看板も小さく、知らなければただの民家とも思うような店だった。
「予約を入れた秋吉ですが」と秋吉が言うと、店の奥の予約席に案内をされた。祐希は何をするでもなく二人の側で漂っていた。
少し暗い照明の店だったが、慣れてくると豊は逆に気持ちが落ち着いた。秋吉は店員にお奨めのワインを聞いて注文をし、まず乾杯した。
料理を食べるというだけではなく、気持ちを和ませる雰囲気の店だと豊は感じていた。もちろん料理もワインも美味しかった。店内には70から80年代の曲がBGMとして控えめに流れていた。
「矢野祐希さんの記事が無事完成して、ほっと一安心しています。私としては、Stylishに異動してからの初めて通った企画ですから」
「私としても、矢野先生の軌跡を記事にしてくれて、とてもうれしく思っていますよ」
和やかに二人は仕事のことなどを会話していたが、一旦、話が途切れた。そのときに秋吉が切り出した。
「あの…、私、好きな人がいるんです。とても素敵な人です」
豊はそれを聞いて、ふっと顔が熱くなるのを感じた。
「そうですか」
「でも、その人は、矢野祐希さんを忘れられずに、ずっといます」
「ええ」
「でも思うんです。私は相沢さんが矢野さんを忘れられなくても、何と言うか、恋人として付き合いたいなって…」
秋吉は決死の覚悟で告白したのだろう、支離滅裂な言葉を発していた。
「私も秋吉さんに好意を持っていますよ」
と豊は言った。
祐希の胸がまたちくりと痛んだ。
「確かに祐希のことはまだ忘れられずにいます。祐希が亡くなった後は、今思うと生きる屍のようだったかもしれない。でも秋吉さんと仕事をするようになってから、また元気を取り戻してきたような気がして」
「じゃあ、私と付き合ってくれますか」
(豊、私を忘れないで!)
祐希は叫んでいた。
豊が秋吉の言葉に頷こうとした瞬間、ワムのラストクリスマスが店内に流れた。まだ、クリスマスは一ヶ月以上も先だというのに。
豊の誕生日に流れたあの曲だった。
『私、この歌、好きなの。悲しい別れの曲のなんだけれども』と言って、甘えてきた祐希の顔が豊の脳裏に突然浮かんだ。
豊は無言になった。
「もう少し、時間をくれますか?」
秋吉はふっと悲しそうな顔をした。
「わかりました。返事、待っていますから。仕事のときは、いつも通りにさせてください」
「すみません」
豊は秋吉に恥ずかしい思いをさせてしまったと思い、思わず謝った。
「じゃあ、今日は私が誘ったので」と会計は全て秋吉が払った。
続く