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あなたのそばに16

 ライターの石沢がよほど優秀なのか、記事は一週間後にまとまったという知らせが秋吉から豊に入った。本人が亡くなっているので、関係者へのインタビューだけでも相当な時間がかかったと思われるのに。

 豊が選んだ写真もインタビューの翌日にはStylish編集部に送付していたので、記事と写真を組み合わせてデザインした誌面の試作版ができたとのことだった。

 秋吉はいち早く豊に記事を見てもらいたいと、事務所にやってきた。

 タイトルは大きく《彼女たちの肖像 第一回 矢野祐希 女性の美にこだわった女性写真家の人生》

 「皆さんは矢野祐希という女性写真家が活躍していたことをご存知だろうかー」の一文で始まる記事は、祐希が読んでも、間違ったことは書かれていなかったし、良くまとまっていた。最後に「昨年十一月十四日逝去。享年三十六歳。」と記されていた。

 (よく、この短期間でまとめたものだ)と祐希は感心した。でも、豊との甘い恋愛はこの記事には一切ない。あるとしたら、猫を抱いた写真だけなのだ。矢野祐希という人間と相沢豊の恋愛は、無かったかのようにも思えて寂しくなった。もし、豊と結婚していたならば、記事になっただろうに…。

 「とても良く書けていますよ、矢野先生も喜んでいると思います」と豊は秋吉に言った。

 「良かった。相沢さんに認めてもらえれば、私も安心だわ」と秋吉はほっとした表情を見せた。

 「あの、それで…」と秋吉は豊に声をかけ、続けた。

 「矢野祐希さんの記事も完成したことですし、今夜、相沢さんに食事をご馳走させてもらえませんか?」と秋吉は顔を赤らめていた。

 「え?」と豊は驚いた様子だったが、

 「今夜は大丈夫ですよ、北原くんは大丈夫?」と北原にも声をかけていた。

 「すみません、今日は友達と飲みに行くって約束しちゃったんですよ」と北原は答えた

 「そうか」

 「相沢さんだけでも行って下さい。記事が出来たお祝いですから」

 少しほっとしたような秋吉の顔があった。秋吉は豊と二人きりで食事に行きたかったに違いない。

 「じゃあ、待ち合わせはどうしましょうか?」と豊は尋ねた。

 「表参道にいいイタリアンのお店があるんですよ。そこでいいですか?」

 「ええ、じゃあ、表参道の交番前に夜七時でも大丈夫ですか?」

 「わかりました、夜七時に表参道で」

 秋吉は弾んだ声で言い、失礼します、と言って、事務所を出て行った。

 秋吉が出て行ったあと、北原は豊に声をかけた。

 「相沢さんって意外と鈍いんですね」

 「なんのことだ?」

 「秋吉さんは相沢さんを誘ったんですよ、僕がそこに行けるわけ無いじゃないですか」

 「どういう意味だ?」

 「だから…、秋吉さんは相沢さんのこと、好きなんだと思いますよ。だから、勇気を振り絞って、相沢さんをデートに誘ったのに、僕までついて行ったら、邪魔でしょ」

 「そうなのか?」

 「そうですよ。相沢さん、矢野先生が亡くなってから、ずっと元気なかったじゃないですか。でも秋吉さんが現れてから、前みたいに自然に笑顔が出るようになった、自分でも、そう思いませんか?」

 豊はそういえば、という顔をした。

 「矢野先生は素敵な方でしたけど、もうこの世には居ないんですよ。いつまでもくよくよしていたら、仕事にも差し障りますし。僕から見ても秋吉さんは美人だし、とても素敵な人だと思いますけど」

二十四歳の北原に言われて、豊も立つ瀬がなかったが、彼が言うことも一理あると思った。

 「そうだなあ、俺もいつまでもくよくよしていられないな」

 そうだ、そうだ、と豊は心の中で繰り返した。

 一方、祐希は突然、ちくりと胸が痛んだ。

 (体は無いのに胸が痛むなんて、体は無いのに心があるなんて)

 祐希は口惜しかった。


続く

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