第五演目 空へ、空へと
一面みどりのなだらかな丘に、妖精の村がありました。
妖精たちの背丈は、大きくても二十センチほど、小さい妖精だと人間の指と同じくらいしかありません。それぞれ鳥や虫の羽をもち、毎日楽しく、のんきにとびまわってくらしていました。
アゲハチョウの黒と白の羽をもつ妖精は、アゲハとよばれています。まだおさないのですが、好奇心が強く、ほうっておいたらどこにでも一人でずんずんと飛んでいってしまうような子でした。
アゲハの夢は、あの遠い遠い空のそばまで飛んでいくことです。ふんわりとただよう雲にねころがってあそび、お日さまの光をめいっぱいあびることです。けれど、アゲハの羽では、そこまで高くは飛べませんでした。
夏、毎日のようにアゲハは、お弁当にしるけたっぷりの草の実二つ持って、ひらひらと飛んででかけました。だんだんと体力がついて、遠くまでは飛ぶことができるようになってきたのですが、なかなか上へ上へと飛ぶことはむずかしいのです。
妖精のおじいさんは、チョウの羽では空高く飛ぶことはできないのだとはっきり言いました。
「お前の羽は、花畑を楽しく飛び回り、友達と遊ぶためにあるのだ。空を目指すなんて、無茶なことはやめなさい」
「では、あたしの羽を鳥の羽にかえてください」
アゲハはいっしょうけんめいそうお願いします。
「わしや、たかの強い羽に。そうしたら、雲の上までも飛んでいくことができるのでしょう。げんに、鳥の羽をもった妖精たちは、あんなに高く飛んでいるじゃありませんか」
「ばかもの!」
おじいさんがアゲハをしかりました。
「お前の羽は、お前ただ一人のための贈り物なのだ。それをかんたんにとりかえてしまおうだなんてとんでもない! それに、そんなことができたためしはない」
アゲハはしょんぼりして、おじいさんに背を向けました。
おじいさんにたしなめられても、アゲハの夢はかわりません。
「空のかなたまで、自分の羽でいきたいわ。花のまわりにふく風と、雲の上の風はぜんぜんちがうというでしょ。その風にのって、どこまでも、見たこともないところをみてみたいの」
アゲハの話を聞いてあげるのは、たいてい友達である馬のハナでした。もぐもぐと草をかみながら、ハナは言いました。
「わたしも、たまに空を飛んでいる夢を見るよ。つばさが生えて、星のまわりを自在に飛ぶの。ただの夢だけどね」
アゲハだって、そんな夢を見ることもあります。でも、アゲハは起きている時に、自分で夢をかなえたいのです。
「じゃあ、手伝ってあげようか」
ハナが提案します。
「山のてっぺんまで、つれてってあげる。そこからなら、アゲハの羽でも空の高いところを飛ぶことができるよ」
「ほんと!?」
アゲハは大喜びしました。
「でも、ちょっとだけよ。疲れてしまうからね」
約束して、次の日の朝にアゲハとハナは出発しました。ハナが山道をカポカポと歩いていきます。アゲハは彼女の頭にちょこんとのって、ハナがたいくつしないように、あれこれとしゃべっていました。
おなかがすくと、ハナはそのへんに生えている草を食べました。アゲハは、これから夢がかなうのだと思うと胸がいっぱいになり、何も食べませんでした。大好物の花のみつさえもです。
とうとう山のてっぺんまでくると、ハナは足を止め、ふうっと息をはきました。
「ついたよ、アゲハ!」
アゲハはハナに抱きついてお礼を言います。
「ありがとう、ハナ。このご恩は忘れないわ」
「おおげさね。帰りも送ってあげるから、いってらっしゃい」
「ええ!」
アゲハはハナの頭の上に立ち、一段と近く見える青空を見上げました。それから、ふと見下ろして、ぞっとしました。
ハナとアゲハのいるところの下はどこまでも深い谷底が広がっていて、地面などとても見えないのです。いつも二人がくらしているみどりの丘も、今はありません。
「怖くなっちゃった?」
ハナに聞かれて、アゲハはすぐに首を振りました。
「まさか! 行ってきます!」
ほんとうは、すごく怖かったのです。でも、アゲハは無理に気持ちを盛り立てて、羽を広げました。
飛び立ったアゲハは、強い風にさらわれて、あっという間に遠くへ飛んでいきました。もうハナの姿も見えません。空高いところの風はとても強く、アゲハの羽はとても使い物になりませんでした。おまけに寒いのです。風が冷たい空気を星から運んできて、アゲハを包んでいるようでした。アゲハはくしゃみをしました。くしゃみの音は、ごうごう鳴る風にかき消されて、誰にも届きません。アゲハは空へ、空へと両手をのばしながら、下へ下へまっさかさまに落ちていきました。
さっと何かが飛んできて、アゲハをつかまえ、風から身をかわしました。あたたかい腕にしがみつき、アゲハはぶるぶる震えます。茶色く大きな羽が、力強く風を切るのが間近に見えました。
「アゲハ! この、悪い子め!」
アゲハを助けてくれたのは、わしの羽を持った妖精です。
「帰ったらおしおきだぞ」
アゲハは身をすくめます。
「ごめんなさい。どうしても、空を飛んでみたかったの」
「知ってるよ」
わしの妖精は、ぐるっと回って、雲の上まで飛んでいきました。そして、風が少しおだやかなところまでくると、そっとアゲハを放してやりました。
「思う存分、飛んでみな。危なくなったら受け止めてやるから」
こうしてアゲハはとうとう、自分の羽で空高く飛ぶことができたのでした。空は、静かでした。妖精のおしゃべりも、虫の足音も、馬たちが草を食べる音も聞こえません。不意にさびしくてたまらなくなりましたが、わしの妖精がちゃんとすぐ側を飛び回っていてくれました。
そのうちおなかがすいてきたので、アゲハはわしの妖精の元へ戻りました。
「おや、もうおしまいかい?」
「ええ。おなかがすいたの」
「困った子だな」
そう言いながら、わしの妖精は、アゲハをのせてハナの待つ山のてっぺんへとゆっくり帰っていきました。
閉幕




