クリスの帰郷 13-3
3.個性派揃いに囲まれて
敬愛する秘書の先輩、フェリウス・アーク・アウゼンには困った時には今も課を超えて助言をもらっている。
更には愚痴まで聞いてもらったこともある。なくてはならない心の支えだ。
背中を丸めがちなクリスに背筋をのばすよう姿勢から心構えまで教えてくれて、秘書以上に秘書としてあるべき姿を指導してもらった。
本人は泣き虫と言っているけれど、クリスはそれを見たことが無い。
笑顔で颯爽と仕事を取りまとめ、部長だけでなくTDF全体を支えてくれていた姿しか見ていないからだ。仕事ができる人を体現している。ウェーブのかかった金色の髪はフワフワで優しげな表情と合っていて、本当に綺麗で頼りになる。憧れであり目標だった。
その先輩が心の拠り所と言い懐いているのがペリシアさんだ。そんなに年が離れていないのに大人のアドバイスをくれるし、何よりも料理の腕が素晴らしすぎた。超一流シェフの味を社食で味わえるのである。
最初の頃に落ち込んでいる時に故郷の料理で励ましたくれたのは今でも忘れられない。
あの強面でぶっきら棒なシュルドさんと結婚しているのには驚かされたが、子供さんと一緒に写っている端末の待ち受け画面は凄く幸せそうで羨ましかった。
「この人がねプログラム班のリーダーで、プログラムだけでなくTDF全体を把握して皆を纏めてくれているの」
「すっごい、超絶美女だね」
「ジプコ本社ではその隣にいるデュエルナと並んで双璧って言われているほどの美女よ」
「何であんたが自慢げなのよ?」
「だってこんなパーフェクトな女性と会ったことなかったもん。一緒に仕事が出来るだけでも光栄だよ。二人とも会社の社員ネットで行われているコンテストでも一位を取り合っているって」
「姉妹なん?」
「雰囲気が似ているけれど、違うよ。姉妹なのはディとテーセだよ」
クリスはその隣を示した。明るくピースサインをしている女の子を指差した。
「可愛すぎだろ! 幾つ?」
「今年大学卒業したばかりの十八歳。四月にジプコ本社に採用されているの」
「じゃけんコニーばりの童顔だな……」
「え~、あたしそんなに童顔じゃないよ」頬を膨らませるコニーだった。
フィオーレ・カティエスは容姿だけでなく頭脳明晰でキレキレの人だ。
怒らせると容赦なく心を抉るような罵声を浴びせてくるし、酷いときには力技で相手を蹴散らすしねじ伏せる。
あまりの二面性に最初は戸惑ったけれど、一緒に仕事をしていると分かることがある。見た目や雰囲気からは孤高の美女にも見えるが、フィオーレは面倒見が良くて優しいのだ。
若手男性陣からは『お母ん』と言われるほどである。
私は総務を担当しながら秘書をしていて、ディスクも離れていたけれど、頭を抱えていると、自分の仕事があるにかかわらず手助けしてくれていた。
ディもである。彼女は本当に天使だ。
この世にこれほど優しく気の利く人か存在しているかと思えるほど癒されるし、隣にいるだけで幸せだった。
ディの声とその微笑みに初めて会った時は衝撃を受けたほどだ。
トモカネが初顔合わせで求婚したのも頷けるほどである。このプロポーズのことをみんなに話したら唖然としていた。
やっぱりそうなるよね。すごく勇気があるよね。
フィオーレもだけれど、こんなパーフェクトな人が存在しているのだと、思いっきり自覚させられた。
精神的に参って寂しくなった時でも気が付くとフィオーレが誘ってくれたりして、どん底に行く前に二人の励ましに心が浮上させてもらっていた。
心から二人はTDFの癒しでありお母さんだと感じてしまう。
今のディはノルディックに恋しているようにも見える。彼を見るディの瞳が熱っぽく見えてくるのだ。恋を知らない私でも分かるくらい。彼もいい人なのでうまくいって欲しいと、心から願う。
「それでこの人が」クリスが一人の女性を指差すと。
「アリエー・ファムカさん!」リエンが気付き声を上げる。
「な、何で知っているさ?」目を丸くするコニーとフェアンだ。
「だってジプコの産業博覧会パビリオンのCMの人だよね?」リエンは興奮している。
「ああ、あのCM見てくれたんか」気付かないうちにクリスも何度か方言と標準語の間を行き来してしまい、ゴチャゴチャな話し方になっているがしばらくすれば完全に地元の言葉に戻っていることになるだろう。
「見るじゃ。だってユリウス・ドリスデンの曲だけん」
「私は携わっていないけれど、あのCMは全部うちの部署で作ったよ」
「クリスって凄いところにいるんだ」コニーは驚く。
「そうなんよ。だから凄いっていたでしょう」
「クリス、サイン貰って」リエンが身を乗り出してクリスに言う。「あたしこの人のファンなんよ」
「サインかあ」
「だめなん?」
「ほいじゃなくて、アリエーはサインて言われてどうなんだろと思ってさ」クリスは微笑んだ。「サインはもらえるだろうけんど、本人に会って行った方がいいじゃ」
「そやかて直接会う機会なんて」
「だったらトラッティンの産業博覧会にリエン、招待しよか?」
「マヂ? でもさ人気パビリオンなんじゃろ?」
「たぶんな。あのCMで知名度が爆上がりなんよ」
「そんなんで入れるんか?」
長蛇の列に待ち時間もかかりそうだ。入れたとしても本人と顔合わせなんて無理だろう。
「TDFの私たちには優先的な招待枠があるんよ」笑顔でクリスは三人に説明する。「私も期間中は部長について行って現地にも在中することになるから、その時なら案内できるし」
「行く行く」リエンは身を乗り出し興奮気味だった。
「いいなぁ」コニーが物欲しそうにクリスを見ている。
「来るならフェアンもコニーも招待するよ?」
「だったらみんなで行こうか?」コニーが目を輝かせている。「いつからだっけ?」
「銀河標準時で八月一日に開幕で、期間は十一月いっぱいかな」
「結構長いんだね。そいじゃいつ行こう? 休み合わせなければだね」
楽しそうに話が盛り上がっているコニー、リエン、フェアンを目を細め見つめてしまう。
やっぱり自慢の友達が、好きな同僚を誉めてくれるのは嬉しかった。
「あのCM凄いよね。どうやって撮ったん?」
「リエンなら分かると思ったけど、分からんけ? アリエーはスタントなしであのCM撮影しているんよ」
「うそ、分かんないよ」リエンは目を丸くしている。「あの動きだよ。特殊撮影かと思った」
「あれ? 本当に全部彼女が実際にやっているんだよ」
そう言ってクリスはバレーボール大会の動画を見せる。
本社でもアリエーファンは多く、バレーボール大会でのアリエーの雄姿をまとめたファイルがあるのである。
自称『野人』『野猿』と自己紹介することがあるアリエー・ファムカは運動神経が異常すぎるほどで、スポーツ万能だった。
強さでも比類なきものがあると言われているが、接してみるとそんな風には思えないほど物腰が柔らかく気配りができる優しい人だ。たまに常識が他とズレまくることがあるけれど、それは些細なことだと思えるし、文明社会とは隔離された世界から来ているとは思えなかった。
薄着というか、厚着が嫌いな彼女は見ているこっちが寒くなってしまう程、肌を露出させている。制服の無いTDFでおへそが出ている服装を見るとお腹を壊さないかと心配になるし、肩を出していることも多い。なので先日贈った薄い緑と明るめのグレイのノーカラーコートをよく使ってくれているのは嬉しい。ベルトも付けられるしボタンですぐに前を隠せる。優れものでよくできたと自画自賛している。
強さではあの壁の様な巨体のノルディックがTDF最強と言われているけれど、アリエーと彼が競い合っているのは見たことが無い。ただエレナがアリエーに何度も挑んで負け続けているという話だ。エレナもスポーツは何でもこなしているけれど、それ以上らしい。エレナはいつも鋭い目付きで睨むように話をしていて怖いが、ディやアリエー、ノルディックといるときは少し目が柔らかくなるような気がする。
もっともエレナとは仕事以外ではあまり話をしたことが無い。会話も続かないので嫌われているのかもしれないと思うほどだった。
「個性的な人ばかりだね」
「部長ってこの人?」コニーがオガワを指して訊ねてくる。
「オガワさんは部長代理で『仏』って言われるほどいい人。私の面接官でもあった人でよく私なんか採用してくれたなと思った」
「あんたがそれを言う」リエンは呆れていた。
「私、のんびり屋だし」
「違う?」コニーはタンバやシュルドを指差してくる。「じゃあこの人かこの人だね」
「部長はね、この子。パーンていうんだ」
「こ、子供だよね?」
「弱冠十四歳でTDFを立ち上げたんよ」
パーン・ロス・ヘルメナスは捉えどころのない子だった。
成人したての十五歳で身長はコニーより少し大きい程度であるが、精悍な大人の顔立ちをするときもあれば、年相応に笑うこともある。すました顔で平然とオガワやシュルドだけでなく年配部長や取引相手と渡り合っている姿には驚かされた。普段から少年らしく無いのである。
フェリウスが嘆くようにクリスも毎日振り回されている。
それでもオガワやシュルドが後ろでどっかと構えてくれていたし、新しく来たタンバもそうだった。そういったベテランが温かく見守ってくれるから、忙しくても大変でもやっていけているのだろう。
フィオーレやディだけでない。ロイスやキャスティもそうだ。一人じゃない。
とろい自分が半年もエリートな人たち仕事を続けられるのは、支えてもらえているからだろう。だからこそ少しでも自分の仕事をちゃんとこなして、どんなことでもいいから役に立ちたいと思うのである。
認めてもらえるように。
「他社や部長間で打ち合わせや会議があるのに事務室から消えるんか?」フェアンが驚く。
「忽然とね。気配もないんだよ。ホント来客が来たときはどうすべと思っだたよ~」クリスは当時を思い出すと冷や汗が出てくる。
「首輪でも付けて縛り付けたら?」コニーがあっさりと言って来る。
「それでも逃げ出すって、先輩は言うんよ」
「すっげぇ嫌な悪ガキだな」
「そうかなあ」
クリスは過ぎたことは気にしないようにしていた、一緒に仕事をしていても嫌な感覚はなかった。
「本当にあんたって」フェアンがため息交じりクリスの肩を叩いてくる。「変わんないわね」
「そりゃあクリスだもん」コニーとリエンが突っ込む。「なにせ学園でも類を見ないおおらかさだったからねぇ」
「気にしすぎたって仕方が無いけん。分からんものは分からんじゃん?」
のんびりとした顔でへにゃッと笑うクリスを見ていると、力が抜ける。
「まあそうだけんどね」
これから合流予定のカーリーも含め、リエン、コニー、フェアンとクリスが学年の五人衆『クインテット』と呼ばれ何するにせよつるんでいた。見た目もデコボコな集まりだし性格もバラバラだったけれど、どんな時にも緩衝材になってくれたクリスがいてくれたからこそ、ケンカしてもグループが空中分解することなくこうして今も集まって友達としてやって行けているのだ。
クリスがティーマに転勤してしまい、身近だった存在が消えてしまうと、それが良く分かる。
「こうしてみっと、秘書に向いていたんかな?」
コニーの問い掛けにクリスは首を傾げる。
「分からんけんど、ただティーマに行って世界は広がったかもしれんけ」
しみじみ呟いてしまうクリスだった。
人生嫌なことばかりではないし、すれ違いばかり起きるでもないことを教えられた気がする。




