クリスの帰郷 13-2
2.クインテット
クリスことナーブ・クリスタル・リクスフェンの故郷太陽系マルダは六つの惑星を持っていたが、開発されたのは惑星サウスのみだった。
まだ惑星サウスのすべてが開拓されたわけではないのがその理由である。
かつての惑星テラの欧州という地域の一部地域の国家が入植者を募り開拓民を受け入れたため、人口はさほど多くはなかった。銀河系の中でも太陽系マルダの位置は辺境という訳ではないが、牧歌的な風景が広がり、農耕や牧畜を主な産業として自給自足を理想としながら銀河連邦に所属してきた。
惑星サウスではサウスドラウデンが首都であり唯一の大きな都市になっている。もうひとつ都市としてノーストラウデンがあるが、あくまで北半球の搬出ための宇宙港としてしか機能しかない。
行政や産業と工業の要としてサウスドラウデンは存在していて、建築物や通りは中世欧州の街並みを模していてどのような大企業のビルであっても五階以上の建物は景観条例から建てられることが無かった。都市部以外は小さなコミュニティしかない。そのコミュニティが広範囲の牧場や農園を経営している小さな集合体となっているのである。
クリスの実家も牧畜と農業を生業としていて、のんびりとした時間の中で幼少期を実家で暮らしてきた。
クリスは夜の面のサウスを見ていた。
故郷へ帰ってきたという実感がそこにある。サウスの惑星の灯りは小さな点しか存在していない。大型の輸送システムの移動がそのコミュニティ間で見えるのみである。
シャトルが降下していくとサウスドラウデンの宙港が朝日とともに視界に入ってくる。
都市部以外は色とりどり田畑が見え、のんびりとした風景だった。
ああ、帰ってきたんだ。
気が付けば半年ぶりである。
クリスはぼんやりとその景色を眺めていた。後ろに残してきたことは置いてきた。
ナーブ・クリスタル・リクスフェンは税関と検疫所を出て、宇宙港のロビーに出た。
惑星時間では早朝に近かったのでロビーの人はまばらだった。
友人たちには到着時間を知らせていたけれど、迎えは期待していない。実家に帰るか、どこかでモーニングにして時間を潰した方がいいか考え始めていた。
いったん実家に戻るとなると高速便で片道四時間もかかるが。
「クリス~!」
突然声がして、声の方に顔を向けると、コニーの姿が目に入り一瞬で懐に入られた。避ける暇すらない。
ゴフっと声が出てしまう程、脇腹に頭から突撃された。
実家にいた時、子山羊に突撃されたことを思い出した。
「い、痛いよ。コニー。加減してよ」
実際にコニーは同い年なのにクリスより五十センチ近く身長が低く童顔だった。
「だってだって、クリスったら全然戻らんけん!」
「ごめんなさい。でも仕事が忙しいと話していたでしょう」
「なんで銀河標準語なんよ。垢ぬけちゃってさあ、あたしたちのことなんてどうでもよかったんだな~」
「れ、連絡は入れていたでしょう」グループチャットには顔を出していたし、通信もしていたはずだ。「それに私、秘書だよ。仕方ないでしょ。田舎丸出しで話なんかできないもの。皆を馬鹿にされたくないし」
「そんだってさ」
瞳を潤ませコニーはクリスを見つめてきた。
「そん通りじゃ」その後ろからリエンの同意するような声がする。「半年も帰ってこないけんな」
マーリエン・ズムド・ドーミーは身長こそクリスよりは低いが、颯爽としてこざっぱりとした女性だった。
「帰る暇もなかったのよ。グループチャットには連絡入れていたでしょう?」
「だどもさ。忙しの一点張りじゃけん。心配したとよ?」
「ごめんなさい」クリスはシュンとしながら謝った。「本当に仕事が忙しかったのよ」
「ジプコ本社ってばさ、ブラックなん?」
「そんなことはないよ。仕事環境はいいんだけれど、今、一大プロジェクトを抱えているので大変なの」
「まあ、クリスを見ればいい職場なんだなって分かるけんど」
疲れ果てた様子もなく晴れやかな表情なので、やり甲斐はあるんだなと思ってしまう。
微笑ましく彼女を見てリエンはコニーを押しのけるとハグしてくる。
「寂しいじゃん、ホントに会いたかったんよ」
頬にお互いにキスしている。
「私もだよ」
「クリスさ。太ったん?」
「そう?」
クリスはリエンに言われても実感が無かった。
「うん。半年前よりも絶対に肉がついている」コニーが頷く。
「良か意味で太っているじゃ。顔も丸くなってん」
「そ、そうかな」
「そやってあか抜けたんな」コニーは悲しい顔をしてみせた。「髪も整えているし」
学園時代も就職してからもくせっ毛をいつも気にしていたはずなのに。髪に手を当てる癖はなくなっていた。
「いや、ストレスか、幸せ太りかしれん」
「幸せ? 向こうにいい男が出来たんじゃな。だから帰ってこんと?」
「そんな訳無い無い」
クリスは慌てて否定するが。
「有り得るよな」コニーの言葉にリエンも頷く。「あたしらを見捨てた半年ん間、何があったんか聞かせてもらおかの」
「見捨ててないって。勘弁してよ、リエン」
「何があったか知りたいよな?」リエンはコニーを見る。「だよな。今から尋問だ。相棒」
「了解。ボス」
「勘弁してよ~」
クリスは抵抗するが、両腕を左右からがっちりと押さえられ、大柄な彼女が引っ張られるように連行されていく。
コニーとリエンはハイスクール時代からの仲の良い友達だった。教会系のスクールに入れられて同じクラスになって仲良く学生時代を過ごしてきている。学園で掛け替えの無い時間を共に過ごしてきた仲間である。
「問答無用」
それでも容赦はなかった。宙港駐車場のリエンのエアカーに乗せられ、街中へと向かうクリスだった。
温もりを感じながら。
リエンは学園でも目立つグルーブ、クインテットのリーダー格で皆を引っ張ってくれていた。コリアンヤ・ミーズ・ドーリアンの愛称はコニー、物凄く小柄なマスコット的存在で交流こそなかったがクリスの生まれたコミュニティの近くの出身だし同い年で気心知れている。さらにこの後に合流するフェアンことモーリズ・フェアン・コリウィアと結婚すると連絡をくれたカーリアン・ムルフォン・カムランといつもいつも行動を共にしてきた。
ハイスクールを卒業して道は違ってもいつも連絡を取り合い、食事をして飲んだり遊んだりしながら、地元では親交を続けてきた。クリスがティーマに転勤になるまで、それが当たり前のように週に何度も行われていのである。
親友カーリーが結婚すると聞いて祝いたくて、無理を言って帰郷したクリスだった。
半年間、端末で連絡しか取っていなかったけれど、多少手荒でもこうして温かく迎えてくれて、故郷に帰ってきたと実感させてくれるのは、本当に有難かったし嬉しかった。
疎遠にしていたことが気掛かりだったからだ。
三人で郊外の大手チェーンファミレスに入ると、フェアンがいる。
サイバーグラスを掛け、髪はインテリ風に肩口で切りそろえている。風ぼうはミドルの頃から変わっていない。
「元気にしていた? フェアン」
声を掛けるとフェアンは怪訝そうな顔で見つめてきた。
「な、なに?」
「都会人になって帰ってきた」ボソリと言われてしまう。
「そんな訳無いでしょう?」
「服装もだし、話し方も標準語になっている。それに背中が丸まっていない。高いところから見下ろされている気分だわ」
「言ったでしょう。私は秘書なのよ。訛っていたら笑われてしまうし、職場の皆に恥をかかせてしまうの」
「辺境に左遷だって聞いていたのに」
「そんな訳無いって言っているでしょう」
「そやけど、トロトロポヤポヤなクリスに秘書なんぞ務まる訳なかと思っていたもんなや」
フェアンが言うとコニーもリエンも頷く。
「その通りだけれど、ひ、ひどい」
「半年間メッセージのみだよ。忙しいばかりで、どんだけブラックなんかと」
「だぁから説明したんじゃ、博覧会って、大きな仕事があってさ」
「ようやく話し方が戻ったん」
「そりゃあんたらとこんだけ話をしとると戻るべさ」
「よかった~。話し方忘れちゃったかと思ったんよ」コニーが抱き着いてくる。
「ティーマってジプコの本社があるけれど、太陽系クレイオは位置的に辺境って言われているよね」
「私もそう思っていたけれど、ここよりも大都会だよ」
クリスはフェアンの隣に腰を下ろした。
向かいにはコニーとリエンが座っている。
「ウッソだな」コニーが笑う。
「本当だって」クリスはタブレットをバックから引っ張り出すとテーブルの上で3D展開し、三人に見えるようにエアカーから撮影したバナスシティの風景を見せる。「高層ビル群を見て私も唖然としたんだから、都会に来たって」
「本当だ!」
サウスドラウデンシティには五階以上の高層建築は存在しないから空に届きそうなくらいの高層ビル群は珍しいし衝撃を受ける。
「都会だ」
「でしょう。行政府がある中心部だって人もここより多いし広いんだから」
街の様子を映した映像をタブレットで見せている。
それでも農耕地が広がるサウスに比べるとティーマは未開発の荒野も広がっているが、それを見ていないクリスにはバナスシティだけを見ればサウスよりも大都会に感じてしまうのである。
「辺境って言われているけれど、本社があるんだし、私が秘書をしている部署は本当に凄くていい人たちばかりだからさ」
「そうなん?」
「フェアンなら分かると思うけど、Sランクプログラマーが二人いて、Aランクを持っている人も四人いるの」
「う、うそ。AだけじゃなくてSランクもいるん!」地元企業にプログラマーとして就職したフェアンが口を開けて驚いている。「プログラマーとしては超エリート集団じゃん」
「本当にすごいんよ」クリスは頷く。
誇らしげでもある。
「いい影響があったんよね。あか抜けたしさ」
「さ、最初の頃は気が付くとサウスの方言で話していたりして、訛っていて気を抜くなと、先輩に怒られただよ」
「ほうか、ほうか。クリスはとっぽいけんね」
「分かっているよ。申し込んでみたけれど、本当に秘書で採用されるなんて思っていなかったもん」
「でもさ、服装見ても分かるんよ。クリスさ、いい感じできれいになったよ」
「えっ、えっ?」
「前は体形、気にしすぎて隠そうとしていたから服装がおかしくなっていたもんね」
リエンの言葉に他の二人も同意していた。
「逆にコーディネートがおかしくなりまくって、目立っていたけん」
「う、うそ」顔が真っ赤だと分かるくらい汗が出てくる。
ミドルに入学したての頃は普通に平均的な身長だったクリスはハイスクールに上がるとすぐに、三十センチ以上背が一気に伸びている。
学園では頭一つくらい抜きんでていたため、成長に身体が追い付かないのか括れ過ぎた腰と細い手足に悩んでいた。
さらにはなぜか胸が大きくなりすぎていたし、髪の毛もくせっ毛でまとまらず周囲の視線が痛くてそれを隠そうと服装で工夫していたつもりだったけれど、彼女らから見るとおかしなコーデだったようだ。
そんなことを今更言われることになろうとは……。
いやTDFでも言われたか? 気にしないようにしていただけで。
「TDFの皆が素敵な人たちだったからかな」
「都会にというより、人に染められたんか」
「ほうだよ」クリスは微笑んだ。「本当に凄くて素敵な人たちなんだからさ」
クリスはタブレットに保存しているTDFのメンバーの写真を親友たちに見せ始める。
「これが今現在のTDFの人たちだけど」四月に撮った集合写真を見せる。「皆綺麗で憧れるのよ」
さらに食堂で撮ったバレンタイン前に女性陣で撮った写真を展開する。
「な、なに! 美女集団」
フィオーレやデュエルナ、アリエー、ペリシアはフェリウス先輩とともに自慢できる人々だった。
「この人が秘書の仕事を教えてくれて、最初に面倒を見てくれたフェリウス先輩。秘書課で秘書のプロ」
「この人もきれいだよね。髪がサラサラフワフワしていいんでね」
「先輩は私に仕事のイロハを教えてくれたの……、でその隣にいるのがTDF全員の健康を考えてくれている社食のスペシャルな料理人ペリシアさん」
「顔面偏差値高過ぎね?」
「すっごい大人の魅力を感じるけん、すごか」憧れるとコニーは言う。
「ペリシアさんは子供もいるけれど、私たちと銀河標準時で五つくらいしか違わないよ」
「ホントけ? 信じられと、ホントに大人ムーブしてんな」
「コニーと比べるとなおさらだな」
「スペシャルってのは? もしかしてクリスがそんなに肉がついたのもその人のおかげ?」
「そうだよ」




