クリスの帰郷 13-1
13話スタートします。
1.有給の使い方
「大丈夫かなぁ」
窓からは見えないが、背後にあるはずのティーマの方を向いてしまう。
「先輩にも、申し訳ないなぁ」
仕事は尽きることが無かったし、毎日が慌ただしく過ぎていく。
「本当に良かったのかなぁ」
シートをリクライニングさせながら、目は宇宙旅客船の窓外を見つめている。
しばらくすると惑星ティーマが見えてきた。
「申し訳なくて……」ため息が出てくる。
船内アナウンスがワープの時刻を告げていた。
忘れようとしても気持ちはTDFのことや、任せてきたはずの業務のことを考えてしまう。
彼女は半年余りの間にTDFでの仕事量と忙しさに馴染んでしまいワーカーホリックになっていることに気付いていないようだ。
「あの~、オガワさんよろしいですか?」
ディスクワークに集中していたオガワに部長秘書ナーブ・クリスタル・リクスフェンは遠慮がちに声を掛けた。
彼女は百九十センチ近くある大柄な体を丸めていた。申し訳なさそうである。
「何かな? パーンか? それとも何か手続きに問題が出たのかい?」
オガワは顔を上げると端末から手を放すと、人懐っこい微笑みを向けてきた。
「そ、そうではなくてですね」慌てクリスは否定して。「今度、休みが欲しいのですが」
「いつだい?」
「銀河標準時で来週の水曜日と木曜日になります」説明しようとしていたことを一気にまくしたてるように口にしていた。「ハイスクール時代の友人の結婚式がありまして、それに招待されているんです」
「ずいぶん急だね?」
「ああ、いえ連絡自体はもっと前に来ていたのですが、ルートと最短で往復できる方法を計算していたら遅くなってしまって」慌てたように手をワタワタさせてしまう。「銀河標準時で二日間ですが、ティーマ時間では一日半で済むように航路のこととか考えましたので、TDFの皆さんのご迷惑にはならないかと」
フェリウスに仕込まれた出張時のルート選定や便の選び方を駆使し、端末が指示してきたルートだけでなくあらゆる交通機関を使うことで最短を導き出していた。少し高くつくけれど仕事を終えて深夜便でアレクサンドリアを目指すことでティーマ時間で半日以上短縮することが出来た。五時間も地元に滞在できるのである。
「それでは慌ただしいし向こうでの滞在時間も短くなってしまうだろう?」
「本当にご迷惑かけたくないので、お祝いしたらすぐに帰ってきます」
産業博覧会が近づくにつれてプログラム班は慌ただしくなってきている。先週もテーセの一件があり主力のノルディックとディが丸一日抜けて担当ではないクリスまで動員されて大変なことになっていたのである。総務の仕事も長い時間キャスティ一人に背負わせるのは心苦しい。
何より部長を見ている人がいなくなる。
あの神出鬼没で、すぐにどこへ行ったか分からなくなる行動力は本当に厄介だった。部長の予定が入っている時の彼の管理は厳重にしないと本当に大変なのである。
「いいや」オガワの隣で仕事をしていたホーカルが口を挟んできた。「もっと休むべきだ」
「えっ?」
どちらかと言うと渋られるか反対されるのではと思っていたのに、さらに休めと?
どういうこと?
「そうだねぇ」オガワも同意する。
「いいのですか?」心配になってくる。
「クリスはTDFに来てから有給取っていないだろう?」
「そういえばそうですね」
ティーマにはTDF以外で知り合いも友達もいなかったので、彼らと一緒に週末休んでいれば問題なかったし、故郷からも今回のような話し以外で帰ろうというような事態にもなっていない。
「それじゃあ、困るの!」
立ち上がったホーカルは右手を握りしめ強い口調で言った。
「ど、どうしてでしょう?」意味が分からない。
「TDF全体の有給消化率が悪すぎるんだよ! 社員としての当然の権利なのに行使しようとしていない」
「ホーカル君もだよ」オガワはボソリと言った。
「僕はとっていますよ。先日も里帰りしなければならなかったし」アリエーを連れて彼は故郷に行っていた。「それにオガワさんもじゃないですか」
「それなり使っているつもりだが?」
「まだ二日じゃないですが、誰も長期のバカンス休暇を取っていない」
「そうは言うけれどね。折衝が」
「パーンにもやらせればいいでしょう。曲がりなりにもあいつは部長なんだから」
オガワとホーカルの間で強い言葉のやり取りになってしまっている。
「まあまあ」クリスは間に入るように言う。「産業博覧会の準備もありますし、皆さん忙しいですから、仕方がないですよ」
地元にいた頃はクリスもバカンス休暇を取って友達と会ったり旅行していたりしていたけれどTDFに来たら忙しくてすっかり忘れてしまっていた。
「残業も増えすぎ……」
労務担当のホーカルの悩みは尽きない。
TDF本棟に寮があるため、社員証による入退室があいまいになっている。というよりもフィオーレによって完全に有耶無耶にされてしまっていて、総務すらTDF全体の就業時間が把握できないほどになっている。
ホーカルは月の残業時間と年間の総残業時間の辻褄を合わせるために頭を抱えることになってしまっていたのである。クリスも残業代の経理でキャスティとともに報告を手伝っていたのでその辺りの苦労は分かっているつもりだったが、ホーカルに言わせるともっと酷いらしい。
「僕が率先して有給を消化しようとしても誰も続いてくれない……。オガワさんも管理職でしょう。もっと皆に示しがつくように仕事をして下さいよ!」
「残業は極力しないようにしているつもりだが……」顔を背けながらオガワは言い訳がましく答えていた。
「皆さん仕事を抱えていますから」クリスは冷や汗を流しながらホーカルをなだめていく。「納期もありますから。ねっ、ね?」
「そりゃあ分かるけどね」ホーカル自身、労担の仕事よりもハード班の作業を優先したかった。「それなのに、パーンの野郎、仕事ばかり増やしやがって! バンド練習ってなんだよ。仕事中だぞ。産業博覧会のステージで俺たちが演奏を披露する必要があるのか? 確かにディとアリエーの歌唱力はプロと遜色ないし、タンバさん、シンシマとトモカネの演奏もアマチュアとしては突出しているけれど、この忙しい時期に練習ってどうなんだよ?」
ホーカルの魂の叫びだった。
クリスとオガワはホーカルに落ち着くよう言い聞かせるしかない。
「す、すまない」ホーカルは冷静なろうとして謝罪する。「とにかくクリスも長期休暇取っていないよね」
「そうですが……」
支社にいた時には十日位バカンス休暇が認められていたし取得は義務だったけれど……。今それを申請する気にはなれなかった。
「頼む。クリスが先駆けになってくれ。有給を五日取れば九連休に出来るだろう」
「そんなに休むわけには」
「パーンのことはフェリウスに任せてもいい」とオガワ。
「そんな。先輩にご迷惑をお掛けするわけには!」
「大丈夫、大丈夫。彼女にかかるストレスはペリシアが何とかしてくれるから」
オガワは受け合うと、秘書課に連絡を入れていた。
前任のパーン秘書であったフェリウスは、現在秘書課に戻って仕事をしていたが、オガワの提案をすんなり受けてくれていた。後輩のためならばと。
思わず床に両膝膝をついてフェリウスを拝んでしまいたくなるクリスだった。
敬愛する先輩のフェリウスは、ペリシアさん特製の新作ホールケーキと毎日のランチと終業時のデザートで手を打ちTDFへ短期出向してくれことになる。クリスは何度も何度も彼女に頭を下げていたのだった。お土産も絶対に買ってくると誓った。
さらに五日追加で休んで欲しいというホーカルの願いは断ったが、それでもクリスは思わぬバカンスというか、かなりゆとりのある里帰りになったのであった。
多少の後ろめたさを残しつつ。
ティーマのジプコ本社TDFに異動して初めての帰省である。
友人や家族に会えると思ったら、後ろめたさなど深く考えることなく前を向くクリスだった。そもそも懸命になって仕事に励んでいる自分に驚いてしまう。
考えなしで、流されやすく、大らかすぎるといわれるからであり、自分自身そう思い込んでいたから意外だった。
読んでくれて本当にありがとうございます。
感想、評価いただけると本人的にもモチベーションが上がりますので、よろしくお願いします。




