テーセの憂鬱な時間 12-5
5.苦手から逃げない
ノルディックは自分が力技が得意な肉体派であると思っている。
頭脳派は弁の立つフィオーレやシンシマに任せたかった。彼らの方が睨んでばかりのノルディックよりも説得力がある説明や解説が出来るはずなのである。
無いものねだりだったが、ノルディックはガード役と監視役から今度は探偵役へと転身しなければならなくなっていた。
口下手で苦手なのに……。
といえディやテーセのためもあり逃げるわけはいかない状況である。やるしかない。
役職者席には面白くなさそうに課長はこちらを見ていたが、それでも彼はシナリオが崩れていないと思っているのだろう。ノルディックの視線に怯みながらも逃げずにいる。
「テーセの組んだプロテクトは外しましたよ。これで作業が開始されていますよ」
「ご苦労だったな。帰っていいぞ」
厄介払いしていた。
「終わってはいませんよ」ノルディックは室内に響き渡る声で言う。「解決しておかなければいけないことが多くありますからね」
「テーセ君が処分されるだけだ。問題はない。うちの課のことだから部外者はさっさと消えろ」
「功労者に向かって、それですか?」
ノルディックは眼を細める。目付きが更に凶悪になった。
「功労者だと? 迷惑をかけたのはそいつだろう!」
指先を突き付けんばかり指差してきて、上から目線で子供を押さえつける様な目線と言葉を投げつけてくる。
「迷惑? あんたの指示だよな。『誰も近寄らせないガードプログラムを組め』なんてテーセに命じたのは。なんで新人一人にそんなこと任せたんだ?」
「言っていない」
「どうなんだ、テーセ?」
「そう指示されたから、あのセキュリティプログラムを作った。終わり時間間際だったし、時間内に帰れって言われたから、急いだ」
「言う訳が無いだろう!」
「指示していないと言い張るんですか?」
当たり前だという課長にノルディックは、展開し続けている大型モニターに昨夕の事務室内のカメラの画像を音声とともに示した。
ノルディックの言葉通り、課長はテーセに指示を出していた場面を課員全員がそれを目にすることになる。
それを見ていたコードマンは真っ青になっている。まだこの時点でテーセの脇に彼女はいたのだから、知らないはずはないのである。
「な、なんだ、これは……フェイクに決まっている!」課長は声を荒げていた。
「フェイク画像かなんてすぐに証明できますよ。総務部のセキュリティ管理課の原版から再生していますからね。いくら課に残っている映像を修正しようと、あんたが証拠隠しにフェイクを作ったのはバレているんだよ。ここで撮られた映像は総務で保存されているのを知らないのか?」
「な、なら、あれはコードマンにだ。新人にやらせる訳が無いだろう。私は指示をほったらかしにしてコードマンが新人に押し付けたんだ」
「そ、そんな……」
「へえ、ずいぶん、薄情な先輩だな。新人にそんなこと言って一人帰るなんてな」
「……私はしていません……」
蚊の鳴くような声だった。
もっともコードマンは課長が立ち去った後もテーセとは話すらしていない。テーセが作業を開始し、定時になるとテーセを置いて帰っているのだから。一人黙々と作業を続けるテーセの姿だけが写っていた。
「それから作業中にサイバー空間で邪魔しに来た奴ら、誰がやったか分かっているんだからな。それもこれが終わったら報告させてもらうからな」
心苦しくはあるがノルディックは事務室内を鋭い目で見渡した。
騒然としていた事務室は静まり返り、幾人かはノルディックから顔を背けている。
「新人一人に責任を押し付けるなんて恥ずかしくないのか?」
課長だけでなく、課の全員を睨みつけた。
「私はしていない。コードマンが勝手にやったことだ」
「だそうだけど、コードマンさん、何か言うことは?」
「わ、私は……」
「あんたが、テーセの帰った後に事務室に戻ってきていることも端末を操作してプロテクトを外そうとしていたこともログが残っている」
「……そんな」
「消したと思っていたデータは、ちゃんと保存されているんだよ。そういうことする奴が多いからな。総務でちゃんと管理しているんだよ」
産業スパイ対策でもあるが、入室状況は逐一総務にもデータ送信され管理されていたし、端末の使用状況は業務終了後総務に送られることになっているのはトップシークレットの機密でもあった。ノルディックがこれを知っているのは、TDFではこのシステムをかいくぐって完徹や残業をしまくっているからで、褒められたことではないが、このシステムに関しては熟知していたからである。
ノルディックはそのデータも大型モニターに示す。テーセが帰ったあと、しばらくして事務室に戻ってきたコードマンはテーセの端末を管理者権限が必要なコードを使って立ち上げているようとしている姿があった。
プロテクトを解除してデータを盗み出そうしているが、それは果たせず終わっている。
「これ、どこと連絡とっているんですかね?」
映像では端末を使って連絡を取っている様子があったのでノルディックは訊ねる。
データの抜出が不可能なことを会話からも告げているのが分かる。
「……課長……です」
申し開きでないコードマンは白状している。
「私はそんな連絡受けていないぞ!」
通話ログを調べれば分かること忘れているのかな。
「わ、私は忘れ物を……」コードマンも言い訳がましく言ってきた。
「機密データを持って行くことか?」ノルディック指摘にコードマンは目を見張る。「このままだと機密漏洩の罪を擦り付けられるところだったんだよ」
実際にテーセが退室した後にコードマンは事務室に戻りセキュリティ解除してデータを移し替えて、産業スパイに潜り込まれたという形でテーセに罪を擦り付ける算段だったのだろう。
お粗末なシナリオだ。
「この課長に出世させてやるって言われていたんだろうけれど、異動の前に機密漏洩の罪を着せられて処分される予定だったんだ。テーセに感謝しろよ。機密が保持されたことにな」
「か、課長」
コードマンの悲痛な問い掛けに課長は顔をそむけた。
正直に答えて、謝罪すれば情状酌量の余地もあると考えていたが、コードマン自身も保身考えて頭を巡らせていたので、ノルディックは放って置くことにした。ちょっかいをかけてきた六人を含め処分の判断は第二データ処理部の部長に任せることにしていたのである。
テーセは裏の話に唖然としていたし、ディは胸に手を当て意気消沈している。
課長はまだわき散らしていて、非は認めないつもりらしい。
三課の入口が開き、二人の背広姿の男が入室してくると、入ってきた人物をみて三課の課長は驚愕していた。
ノルディックとしては期待していた通りであるが、遅すぎた感じもしている。
「ぶ、部長!」
第二データ処理部部長ホールドソン・フェミングだった。その補佐官と一緒に登場である。あとのことは任せようと思った。
「何をやっている?」部長は役職者の机が並ぶ場所へと進んできた。「君たちは?」
ノルディックとディを見て社員証を確認するとすぐに部外者であることを理解したフェミング部長は問い掛けてくる。
「TDFに要請があって派遣されました」二人は丁寧に部長に自己紹介していた。
「こ、こいつらは勝手に」
「勝手に君が呼んだんだろう?」
「そ、そんな訳はありません」
「この棟の案内部門からは、入室許可を得ている旨話を聞いているが?」
「私ではありません」
「なら誰がだい?」
鋭い目で訊ねてくる。課長だけでなく課全体を見渡していた。
「チーフリーダー、君かい?」
その問いにチーフリーターは慌てて首を横に振っていた。
「私に報告も無しに何をやっているのかな?」
「し、新人がセキュリティをぶち壊して、作業が滞っていました」
「いまではないよね」チーフリーダーを見た。「いつからだい?」
「あ、朝からです」
「そんな報告は耳にしていなのだが、どういうことかな? 今は何時だろう?」
時計を見れば惑星時間で十五時を過ぎようとしている。
「わ、私は報告しろと指示していました」
「誰に任せたのだろう。君かい?」
その問い掛けに課長はコードマンを指差した。
トカゲの尻尾切りのつもりだろうか。
「そうか。報告義務違反だね。後で処分も考えよう」
「わたしはそんな指示受けていません!」
「口答えするな!」課長は声を上げていた。
「無駄口を叩いているのは君自身のようだが?」
「私は事実を申し上げているだけです。私は彼らのやったこと知りませんし、存じ上げていません」
「そうか」わざとらしく吐息をついて見せる。「何も知らないと言い張るのだね」
「そうです」
「君は自分が管理者失格であると宣言しているに気付いていないのだろうね」
「えっ? そんな訳」
「あるんだよ。管理能力が無いと宣言しているものだからね。無能だとね」
「そ、そんな訳ありません。こうして犯人を挙げているではありませんか」
「本当かね?」
フェミング部長の問い掛けに全員が否定するように首を横に振っていた。
「誰が首謀者で誰が実行者なのだろうね? 教えてくれないかい? 私に報告義務があるのは課のトップである君だと私は思っているのだがね。他紙の記憶違いだろうか?」
「そ、それは」
目を細め淡々と話をしている。事実しか彼は信じていないようだった。
「私ではありません」
キッパリと言っていたが、虚勢なのは分かるほど目が泳いでいた。
「誰が私への報告を指示し、それを怠ったかと聞いているんだ。犯人は分かっているんだろう? 君言ったよね?」
「ですから……」
「やはり君は無能だよ。残念だ。ところで」話を切り替える仕草を見せたので課長は胸を撫で下ろしていたが、追撃の手は緩んでいなかった。「課長は第三データ処理部の部長と面識があっていろいろと話をしているようだね。引き抜きの話も来ていて目出度いよね」
「えっ?」突然の部長の話に唖然としている。
「それを聞いて私からも君を第三データ処理部に行けるように話をしてみたんだが、ついさっき断られたよ」
「ご、ご冗談を」
その時、端末に着信が来ていた。
タイミングが良すぎて三課課長は慌てて端末を見ると、その文面を見て顔色が真っ赤になった後白くなり、更には青くなっていく。
「色よい返事か来たようだね」
「な、何のことでしょう?」
とぼけようとしていたが、課長が専務派と結託しようとしていたことは事実だった。
頻繁に専務派の人間と連絡を取り合い接待までしていた。
「知らないのなら私から説明しようか?」
「け、結構です。私は何も存じませんので」
脂汗が浮かんでいる。
専務派がここにも絡んできたのにはノルディックも呆れるしかなかった。
TDFに対して常務派はだいぶ大人しくなっている。万博で成功すれば常務の功績はアピールできるから、そっちに集中していた。一方の専務は会社での存在感を見せようと躍起になっていたが、大きな成果は上がっていない。
取り込もうとしたTDFには袖にされているし、バレーボール大会でも面子を潰されている。それでも専務側は諦めていなかったようだ。
しつこいと思えるほどに。
今回、目を付けたのはディの妹テーセだった。
人質にでもするつもりだったのだろうか。妹を餌に主力のディを引き抜きTDFの人員を切り崩し内部崩壊させようというところだろう。
テーセを第三データ処理部に所属させるように働きかける。甘言を以てして。
専務に接待され煽てられたのだろう。出世街道に乗れるはずだと欲を掻いた課長は常務派からの鞍替えとしての手土産とばかりに開発中の機密データを持ち出すつもりだった。テーセを売り渡し、コードマンに罪を擦り付けて。
厚顔無恥もいいところだろう。巻き込まれたコードマンやその他の子飼いとされる課員はいい迷惑なはずだ。
「それは部下もだが、君の管理能力が無いと思っていいのかね?」
「私は無実です。課は掌握しています」
「知らないと言っているのにかい? 私への報告も事後にするつもりでいたのに?」
「は、はい。ミスなきようきちんと報告いたします」
「それは良い心掛けだ。君には第十四データ処理部の管理室に回ってもらうよ。端末を開き給え」
「このタイミングで異動? 今が重要な時期なのにですか?」
「重要な時期だからこそ、任せられる人物にやって欲しいではないか。そう思わないかい?」
「しかしこれでは降格では……」
「機密を持ち出そうとした人物に何も任せられる訳が無かろう。知らぬ存ぜぬで済ませようとしているのだからね。君の席があるだけありがたいと思いたまえ」
役職は外され、日陰部署へと回されたようだ。一からのスタートになるが、そこで勤勉に仕事をすれば再び上に上がる道もあるかもしれない。
「知ろうとしなかったのだからね。私が何も知らないでここに来ていると思ったのかい?」
「私は何もしていません!」
「では、コードマン君を処分しろと?」
「彼女が勝手にやったことです」
「監督不行き届きにも程があるよね」部長は言う。「それに君にはハラスメントの申告も出ている」
「私は指導しただけです」
「それが行きすぎだと思わないのかい? 記録が残っている以上訴訟を起こされれば君は身の破滅だよ。会社を巻き込まないで欲しいな」
「わ、私はそんなことしていなよな!」
課員に対して声を上げていたが、それに同調する者はもはや誰もいなかった。
「していないよな!」
さらに声を荒げるが全員が顔を背ける。
「では、新しい職場に向かいたまえ」
入口を示されて、前課長は自分の端末を持つと事務室を出ようとしたが、それも部長の指示により取り上げられたのである。
さらに端末の精査をして余罪が無いか確かめるためであった。
実際に課の予算の横領などの余罪が出てきて、解雇から損害賠償請求にまで話が及んだということだった。
「騒がしくてすまないね」
フェミング部長はにこやかに三人に笑いかけてくる。
コードマンやその他の連中にもこの場で処分を言い渡すようである。今の部長は赴任したばかりという話を聞いていたが、フェミング部長はこれまで以上に切れ者であるようだった。
「向こうの部屋で待っていてくれるかな。君達には話もあるからね」
補佐官が三人を応接室へと案内するのだった。
「未遂ではあるが、処分は免れない」
コードマンへフェミング部長は話し掛けている。
ディやテーセの耳に入らないことにノルディックは胸を撫で下ろしていた。




