トラッティン産業博覧会④軋轢 11-7
7.それでもやめられない
ディとの会話に集中していて周りが見えていなかったのもある。
次に視界が戻った時には真っ白な天井を見ることになる。
病院だった。救急搬送されてベッドに寝ていたようだ。
付き添ってくれていたクリスの話によると、エレナに殴られたらしい。一発でノックアウトされたことになるし、その一撃で左顎関節を砕かれていたという。
エレナの怒りはそれだけでは済まなかったようで、さらに頭部に何発か喰らったようだったが、ディが必死に止めてくれたのとすぐに駆け付けたアリエーによって引き離され助かったみたいだ。
よく頭蓋骨が無事だったな。というかさらに殴られていたら脳に致命傷を負っていたかもしれないという医師の話である。エレナの手は鋼でできているのか?
顎は全治四日。頭部というか脳に異常はなかったが一晩様子見ということになり、止む無く入院となった。
現代医学で単純骨折は一瞬で接着し増補剤で元に戻すことができるけれど、複雑骨折となると話は別で細かくなればなるほど接合に時間が掛かる。病院に担ぎ込まれた時の頭部の内部写真を医師に見せてもらったけれど、呆れるほど砕かれていて手術も大変なことだっただろう。
全治四日は重症の部類だった。
とりあえず痣はきれいさっぱりなくなっているし、欠伸など大口を開けない限り、痛みはなく会話の可能になった。ただ食事だけはかみ砕く力戻っていないので三日間は流動食か栄養剤のみとなってしまう。酒もNGなのが地味にきついが、治りが遅くなると言われると我慢するしかない。
エレナめ、やってくれたな。
あいつの行動と言葉からは人の痛みが分かっていないようにも思えていた。今の医術からすれば打撲やケガ、骨のひびくらいなら家庭にある簡易の医療キットで簡単に治せる。だからこそどれくらいのことをしでかしているのか、理解できていないのではないだろうか。
甘やかされ、気付かずに育っていてもおかしくはない。
まあ、あたしとディの会話や様子を見ていれば、ストッパーがいなければこうなることは目に見えていた。クリスの話では、倒れたあたしに馬乗りになって殴りかかっていたのは頂けないな。ディに嫌われるだろうし、真っ青な顔をしていたのではないかと推測できる。
喋れるようになると、すぐにディには謝罪の言葉と無事なことを告げている。
端末の画面越しだったので絆創膏姿なのと話し方がおかしいのを心配されたが、まあ、彼女の言葉遣いや表情から安心させられたような気がする。
オガワさんからは五日間入院していてもいいと言われたが、明日の昼前には出社することで何とか納得させた。
入院は初めてだが、半日で飽きたので仕事をしている方がマシだった。
必要なら頼られたいという気持ちもあったのだろう。
「何しに来た?」
低い声で病室に現れたエレナに訊ねた。
「お、見舞いだよ」
所在無げに視線を合わせずエレナは小声で言う。当たり前だが、いつもの勢いはない。
頭部に巻かれた包帯や左側を覆う絆創膏からどれだけ深手を負わせたか理解できたようだ。
「だったら不要だ。帰れ、仕事中だろう」突き放すように言っていた。
「もう終業時間は過ぎているし……」
「あたしのやりかけの仕事もあるし、終わっているとは到底思えないな」
「シュルドさんがだいたい片付けてくれていたし、残りはノルディックが」
「迷惑かけまくりだな。明日お礼を言っておかないと」わざとらしく吐息をついてみせた。
「悪かったよ」
囁く声がしたが、聞こえないフリをする。
「フィオーレには感謝だよ。明日には復帰できるから、プログラム班にはお礼を言わないとな」
「そ、そうか。それは良かった」
「本当にそう思っているのかよ」
ホッとしたような顔つきのエレナをサイバーグラスを外し睨む。
「えっ?」
「完治は四日後だ。なんだよその顔付きは? 顎関節の複雑骨折だよ。完治するまでは飯もロクに食えないし、酒も飲めないんだぞ」語気を荒げて見せる。
勘違いするな。
「……すまない」
「本当にそう思っているのか? ここに来たのだってディやフィオーレだけじゃなく全員に言われてだろう」
「タンバさんもオガワさんも何も言っていない」
「ずいぶん子供染みた言い訳するよな。言わないだけで誰もがお前が悪いって思っているはずだよ。その手で病院送りにしているんだからな」
「だからすまないって」
「そうか。用は済んだんだろう」鼻を鳴らす。「とっとと帰れ、満足したんだろう」
「……満足って……なにをだよ」
「言われて来て、そのぞんざいな物言い。目的を果たしたんだろう。あたしのこのケガを見たんなら満足しただろう。不自由な姿を見てな」
「……そんな訳……」
「正義の味方面が出来たんだ。さぞかし気分がいいだろう。守られた側も喜んでいただろう。良いご身分だよな何をやっても正しいんだろうからな」
「……」エレナは言い返せなかった。
真っ青な顔でディはエレナを見つめていただろう。
一撃でノックアウトしてもなお馬乗りになっていたというのであれば。
「正義っていいよな、その言葉が免罪符になる。正しいことをしたってな。満足したか? あたしをこうして病院送りにしてさ」
「……」
「黙っているのなら。帰ってくれよ。謝罪して来いって言われて渋々来ているんだろう? 心にもない言葉なんて聞きたくもない」
「そ、そんな訳……」
「いままで何をしても家族が謝ってくれたんだろう? いい家族を持ったよな。ディやノルディックに尻を叩かれなければ来れなかったくせによ。どうなんだ」沈黙を是とみてさらに言う。「自分が正義。悪いとなんてこれっぽっちも思っていないんだろうからな!」
語気が荒くなると顎が痛んだ。それでも追撃の手を緩める気は無かった。
エレナの顔はくしゃくしゃに歪んでいた。あたしが指摘したことは正解だったようだ。
「悪いと思っているよ……こんなになるとは思っていなかった……」
「それは良かった。正義の力を使っただけなんだろうからな。気付けよ。力の行使がどういう結末になるかをよ」
「ディの目は……みんなに蔑んだ目で見られた気がした」
「気のせいじゃないよ。それだけのことをやっているんだよ。自分の中にある正義のもとに勝手に暴走していたのによ」笑った。「ずいぶん甘やかされていたんだな」
「オリエナだってディを傷つけていただろう」
「必要なことを言っていただけだ。ディを何も知らない箱入り娘にでもするつもりかよ。生きていくために必要なことを言っていただけだ。ディはあたしに非があると言っていたのか?」
「……言っていない……」
「エレナはディの成長を妨げてしかいないんだよ。ノルディックも妹も気に掛けているけれど力で押さえつけないでいるんだからな。ディは子供じゃないんだからな。エレナは勘違いしすぎなんだよ。何様だ?」
「あたしは……」
「友達だと思っているんなら、何ができるか考えろってんだ。バンドにすら馴染めない癖してよ。自分の周りすら顧みれないエレナが子供なんだよ。身体だけ大きくなって成長できていないだろう。バンドで一歩踏みだしたみたいだけれど、そんなんじゃ何時まで経っても変わることなんてできないよ。ベースもあたしがやってやろうか」
反論してこなかったというよりもできないんだろうな。エレナは俯き握りしめた拳をこれでもかというくらい震わせていた。
「あたしはこれから始末書をとっとと書いて寝るんだ。エレナもだろうから、さっさと帰って始末書の書き方を調べろよ」
始末書はあたしにとって一ヶ月ぶりである。書き方は三度目だから忘れていない。面倒なのは手書きで書かなければならないことだ。
今の時代になっても反省の意味を込めなければならないのか、全文自書しなければならない。
定型文はネットで拾えるが面倒この上なかった。
「……うるさい」
サイバークラスを掛け直して病院で用意してもらったペンを握りしめた時エレナは呟いてきた。
「オリエナの言いたいことは分かったよ」
「冗談が言えるようになったじゃないか。何をだよ?」
目も向けずにペンを走らせる。
その時、エレナが動いたのが分かったので、彼女を見ると土下座していた。
驚きはなかったが、思いつめていたのは分かった。
「すいませんでした」
どれくらいその様子を見つめていただろう。
「ケガをさせたことは謝罪します。今後はこのようなことはないようにします。許してください」
「いい加減気持ち悪いから、顔を上げろよ」それでもエレナは床に額を擦りつけていた。「謝罪は受け取った」
仕方なく答えた。
「……よかった……」
ホッとしたように顔を上げた、エレナにあたしはニヤリと笑いかける。
「でも許しはしないよ」舌を出し唇を舐める。「これだけ事をやらかしてくれたんだ。何らかの形で借りは返してもらうことにするよ」
「許してくれたんじゃ……」
「それとこれは違う」
あたしは口角を上げると、嫌らしく感じられようにわざとらしくエレナに笑いかけるのだった。




