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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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トラッティン産業博覧会④軋轢 11-6

 6.不協和音



 トモカネは思考を巡らせる。

 ディへの想いを曲にするならすぐにも出来るが、それでは何か足りない気がしてしまっている。

 曲に求められているのはトラッティン産業博覧会のTDFのテーマと寄り添うものだ。

 そこから外れてしまったら、自分の心は届かない。

 テーマはディが唱えたものだと聞いている。

『人と人をつなげる。心と心をつなげる』彼女は瞳を輝かせ語ったという。それはディの純粋な想いからである。

 宇宙や時間、距離を超えて繋がる。それが『銀河通信』だ。

 どんなに離れていても想いも心も通じ合える。それを曲にすればいい。

 二日でトモカネは曲を作り上げる。

 頭にイメージしていたものをディへの想いと重ねながら曲にしたのだと彼は語っている。引かれようがそれだけは譲れなかった。

 バンドメンバーからの反応は悪くない。むしろいいかもしれないとトモカネは手応えを感じる。

 曲調はポップスに近くなっていて、明るく軽やかな曲調に、もっとねっとりと感情的にまとわりつくような曲を想像していたオリエナには拍子抜けであったようだ。

 軽やかではあったがどこかしら牧歌的な調べが、アリエーにはお気に召したようだ。彼女は歌詩を付けると言い出している。故郷を思い出しながら歌詞にしたとアリエーは言っていた。イメージはクリスかもしれないとアリエーは言うが、彼女自身のことも入っているのではないかとフィオーレやホーカルは思うのだった。

『プリズム・カントリー』はこうして出来上がり、TDFバンドオリジナル曲第一号としてシンシマとタンバがアレンジし編曲していっていた。

 それについていくのにエレナは四苦八苦していたが。

 彼女にはいまだフェイクもアレンジも難しい課題で、その日の全員の調子や気持ちの変化とともに演奏ごとに曲調は変わっていくので、独善的かつ画一的にしかベースを弾けない彼女には辛かった。自分の演奏が理解出来るにつれ、焦りとともに身体にも心にも重く圧し掛かってくる。

 フィオーレはパーンに煽られるように作詞を引き受けていた。

 忙しいけれど、それを理由に手は抜かない。すべてに全力で百パーセント以上の力を発揮し完璧を求める。それが彼女の流儀である。

 産業博覧会のテーマを踏まえながら、宇宙の深淵と心の距離を考える。

 それさえ決まれば、今回のディとトモカネのことをモチーフにしながら詩を考えると、意外とあっさりと言葉が紡ぎ出される。

 タイトルは『銀河通信』

 今は無意識なディの心と想いを綴ったものである。

 フィオーレは宇宙賛歌だと言っていたが、その意図は別にあるとディ以外のバンドメンバーは思っている。

 作曲とアレンジはタンバにゆだねられた。

 シンシマはタンバの歌声を聞いて、彼も歌に交わるべきだと言ってきた。

 タンバは固辞しながらもアリエーやディに乞われて歌うようになっていく。それに伴いトモカネも歌い始める。トモカネのテノールとタンバの渋いいぶし銀のようなバリトンはバンドにマッチしているように見えてくるから不思議だ。


 トモカネは毎朝、出社すると、ディの元へと行き、朝の挨拶とともに、手を差し出し想いを告げる。

 その手を取ってもらえることはなかったが、それでもその言葉をディは嬉しそうに聞いているようにも思われた。朝の癒しである。

 初出勤の翌日にはバラの花束を持ち込み、それを差し出しながら告白しているが、ディは少額な物であっても贈り物はお気に召さなかったようだ。今回限りして欲しいと花束を受け取りながらディは言ってきた。トモカネの気持ちを知りたかっただけなのと、金銭的に迷惑を掛けたくはないということで、トモカネが贈ろうとするのを止めていた。

 実際、誕生日など特別な日以外、ディは誰からも贈り物を受け取ることはない。

 そのため言葉が重要になってくるが、いくら語彙を尽くしてもバリエーションは限られてくる。

『付き合って下さい』とトモカネが行っても、デートの誘いだとは思ってくれないのか『どちらにでしょうか?』とトイレかTDF研究棟内であるかのように答えを返してきた。とりあえず社食でのランチまでは誘うことが出来たようである。

『愛しています』トモカネが心を込めも『ありがとうございます』とディは笑みを湛え、お礼を言ってくるだけだった。

 一見朴念仁のようも見えるが、それがディの自然体の姿でもあった。

 愛の言葉を受け入れても、それは全ての人達に等しく返すものであるという無意識の反応であるといえた。

 それでもトモカネはめげずにディにアタックしていく。

 何百万回と繰り返していけば強固な壁も抜けられると思って。

 その一途さは揶揄うことすらできないほど真剣なものである。

 ノルディックはそんなトモカネをある種尊敬の眼差してみることになる。それに彼に口を挟まなかったのは愛の言葉はディが生きていくうえで必要なものであると感じているからだ。

 空っぽのディの、暗澹とした心に光を灯していけるように、徐々にではあるが浸透して行っているのではないかと思えるからであった。


 早朝、オリエナが事務室に入っていくと、すでにディが席についてモニターがひとつ浮かび上がっていた。

「おはようございます」

 入室に気付いたディが声を掛けてきた。

 事務室内を見渡すとそれぞれの席の掃除は済んでいるようだ。

 空調がしっかりしている室内が汚れることがあるとすれば、人為的なものになる。それだって掃除マシンに任せれば夜のうちにやってくれているはずなのに。

 それに先月まではTDF本棟内の寮暮らしがメインだったはずだが、今月末からは本社第二データ処理部に採用されている妹と一緒に暮らしていると聞く。寮から一番を目指してきたはずなのに転入以来後れを取っている。

(どれだけ早いんだよ!)

「もう仕事を始めているとか?」

 以前はディ含めたプログラム班はシュルドさん以外残業三昧で、繁忙期には泊り込みや徹夜もざらであったと聞くが、ディは妹の世話もあり彼女の入社以来ほぼ定時に帰って送り迎えもしているらしい。

(思考パターンが読めないと聞いていたけれど)

「いえ、先程、トモカネに読んで欲しいと手渡れたディスクを見ているところです」

 真剣にモニターを見つめるディの手元にはクリスタルディスクがあった。

 興味がありサイバーグラス越しにデータを見ると、プロテクトが掛かっていないCDからは相当量の文字データが飛び込んでくる。

「ラブレター?」

「初めて頂きましたが、そのようです」にこりと笑いかけてきた。

 映像データはない。純粋に文章のみで、その量は異常だった。

 目に飛び込んできただけでも、一瞬でディへの賛歌の言葉が連ねられている。四十行×四十文字の書式に則って三十二枚……。

(小説かよ! 引くぞ!)

「そのトモカネは?」

「珈琲を飲みに行くと言っていました」

「そうか」なら都合がいいか。「なあ、いつまでこんなこと続けるつもりなんだ?」

「いつまでとは?」

 ディは質問の意味を計りかねているようだった。中途半端ないい方では通じない。

 真摯にディはトモカネの告白を喜んでいるようだが、言葉を受け止めても彼が希望するところまで思いは届かないだろうことは目に見えている。

 純粋な気持ちも理解できるだけあって、彼が不憫に思えてくる。

 例えるならブラックホールに光が吞み込まれるようなものだろう。

「いつまでトモカネに希望を持たせるつもりだ?」

「早急に答えが必要でしょうか? 私はトモカネの好きの意味も愛もまだ理解できていません」

「一週間、告白されて、そのラブレターを読んでもか?」

「初めてのことですし、私がここに書かれているような人物にふさわしいのか分からないのと、彼が私に思い描いているような人間なのか測りかねています」

 それは嘘だ。

 ディは一目会ってすぐに、目の前の人物の人間性を理解しているように見える。無意識に感覚的なことであってもだ。トモカネに嫌悪を抱いてはいないが、それでもここまでぼやかしているのは、どこかで恐れや逃げがあるのではと思いたくなる。

「希望を持つことはいけないことでしょうか?」

 ポツリとディは言った。

 それが本音なのかもしれない。

「絶望に叩き落すのを先延ばしにしているようにしか見えない」

「絶望? 先延ばしなのですか?」

 ディは真剣に悩んでいるようだが、どんなにトモカネが言葉を尽くそうとディの心に響くことはないだろう。

「未来はどうなるかは誰にも分からないのに?」

「そう言っていれば許されるとでも? 可能性はあると言いたげだな」

 正論であるかもしれないが、正しいとは思えてこない。だからこそイラついてくるのだろう。語気が荒くなっているのが分かるほどだった。

 オリエナは自分がひねくれているし、斜に構え周囲を見ているのは分かっているからこそ、真っ直ぐすぎて仮面を被っている輩を見ると嫌悪したくなる。

「確かに何が起きるか分からない時代だよ。奇跡なんて言葉が消滅しないようにな。それでもどんなに言葉を連ねようと、可能性が皆無な未来もある。気付いているだろう?」

「そうでしょうか?」

「都合よくしか考えていないんじゃないか」

 なぜ天使に対してここまで怒りをぶつけるのか分からない。

 人間離れしている彼女はどこか別次元にいるのかもしれないし、自分だって子供じゃない。波風立てずに大人としてなあなあなところを落としどころにしてもいいはずなのに、それでも流れに抗わずにはいられなかった。

 ディだって知らなくてもいいことだってあるだろう。だが、ここは天国でも、平和や善意だけが存在する世界ではなかった。ロクでも無いことばかり起こり、人の身も心も傷つけていく世の中だった。

 それでも性分なのか、不協和音を撒き散らしたくなる。

「ディの頭の中がお花畑でも平和ボケした世界でなければ気付いてほしいな。いくら想いを寄せようとノルディックにその心が届いていないように、あんたの心にはトモカネの意志も愛も届いていなことにさ。けじめをつけることで先に進めることだってあるんだ。先延ばしは残酷であるにすぎない」

「そうですね」胸に両手を当てる姿は祈りを捧げているようにも見えてしまう。「たとえ届いたとしても私の想いは叶わないものなのかもしれませんが、それでも大切な想いです。それを忘れることも捨てることも出来ません」

「だが、トモカネはあんたじゃない。同じことを押し付けるな」

 優等生な答えに呆れかえる。それがディの本質だとしても。

「私も悩み考え、心を砕いてきました」

「あんたの世界には善人しかいないのかよ」

「信じていますから」

「あたしには無理だ」

 心も言葉も平行線だが、なおも不遜なことを言い募ろうとしたとき、視界が突然暗転した。

 何が起きているのかもわからないまま、一瞬だった。


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