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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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トラッティン産業博覧会④軋轢 11-5

 5.アドリブ



 地下のパーンパイプにバンドメンバーが招集された。

 パーンの唐突さにはメンバーは慣れていたが、それでも予告無しなのは急すぎると誰もが思っていたし、一緒に連れられてきたタンバとトモカネはもっと困惑しているだろう。

 仕事中なのにと。

 TDFでのバンドメンバー結成はパーンの思い付きであり、思いっきり趣味が入っていると言ってもいい。トラッティン産業博覧会のTDFのテーマ『銀河通信』では音や音楽も重要な役割を占めている。それでもそれらを自分たちが演奏して生み出すことになるとは彼ら自身思ってもいなかったことである。

 まとめ役のシンシマはレイストとオガワに製作中のモジュールを任せるとギターの調節を始めていたし、ホーカルも気にすることを諦めてドラムを叩いている。

 エレナも呼ばれていたがベースは手元に無い。

 パーンは最初からキーボードで参加する様で準備をしているし、ディとアリエーは二人で歌詞を確認しながら話をしていた。

 最初の観衆になるのはエレナにトモカネとタンバで、離れたところで作業をしているオガワとレイストにも聞こえるはずだった。

 当然のことの様にトモカネはディだけを目で追っていた。

 合図はホーカルのスティックだった。

 曲はユリウス・ドリスデンのファーストアルバムにも収録されている『リトルボーイ』だ。

 聴き慣れた曲だったが、タンバは衝撃を受けた。

 アレンジがうまかった。テンポよくドラムが旋律を刻み、ギターはエフェクターを駆使しうねりや歪を生み出し音域を広げていた。ディもアリエーも声が透き通るようで曲調に合っている。

 どれほど練習を重ねているのだろうか?

 曲が終わると自然と拍手している。

 トモカネも同様だった。

「これをトラッティン産業博覧会のパビリオンステージで披露する予定です」

 パーンは胡散臭い笑みを向けながら言う。

「君達がかい?」

 パーンは真顔だったが、他のバンドメンバーは苦笑しているか戸惑っているようでもある。いまだに本気かと思ってしまうし、アマチュア意識が拭えないせいもある。

「プロも顔負けだ。聴きに来た人も喜んでくれるはずだよ」

 タンバは感想を言いながら請け合う。キャッチコピーを付けたい雰囲気になる。

「音の可能性を示すためです」パーンには野望のようなものがあるらしい。「トモカネも、どうでしたか?」

「ブラボーと拍手したいくらいでしたよ」特にディに。

 トモカネが立ち上がり力説している。

「ありがとうございます」パーンはニヤリと笑う。何か企んでいるようにも見えた。「僕はエフェクターの方に回りますので、キーボードをトモカネに、タンバさんにはサクソフォーンで参加してもらいますね」

「「いまここで?」」

 トモカネとタンバの驚く声がはもる。

 パーンはしてやったりのようだ。

 シンシマが先導して楽譜を示しながら曲の意図を示していく。アリエーとディはそれに合わせる気が満々のように見える。

 タンバには事前に用意していたかのようにアルトサックスが手渡されていた。

 吹き心地を確かめながらタンバは五線譜を確認している。トモカネも同様だった。

 ほぼ間に合わせといえるバンドが組まれる。

 シンシマとホーカルは二人に合わせるようにギターとドラムを鳴らしていた。

 エレナには驚きの連続だった。

 演奏は所々ぎこちなさもあったし、トモカネもタンバも久しぶり演奏でミスがあったけれど曲からは外れてはいない。アリエーもディも楽しそうに歌っていたのでショックを通り越して唖然とする。自分には出来ないことを彼らはやってのけているのである。

 最も驚かされたのは間奏に入ってからだった。

 譜面にないことを彼らはやっていたのである。

 タンバはまさかアドリブを振られるとは思っていなかった。シンシマが譜面にない弾き語りを始めて、ドラムもそれに合わせてきた。

 譜面を追うのに手一杯で演奏を止めたがシンシマの顔を見ると、次はタンバだと言っているようで、覚悟を決めるしかなかった。流行歌の旋律だったのも幸いしている。

 慣れ親しんできたジャズは自由と創造性だ。

 久しぶりの演奏はそれを思い出させてくれている。曲調を崩さないように熱を込めてサクソフォーンを吹いた。

 それまで経験からかタンバはそのアドリブからの返しを行っている。

 音楽は魂だと思い出された。仲間と気兼ねなく音楽を奏でていた頃のことである。

 言葉を交わすのと同じレベルで楽器同士語り明かしていた。

 楽しすぎた。

 トモカネはその瞬間に戦慄していた。

 フェイクではなくアドリブはジャズでの定石だったが、彼はソロ演奏が多いのでやったことはない。それでもタンバさんに振られることは目に見えている。

 アリエーとディは打ち合わせもなくタンバのサクソフォーンに合わせて軽くステップを踏みながらスキャットを入れてくる。その声を聴きながらトモカネはキーボードを奏でた。即興だったがうまくいったと自負できる出来栄えだったと思うし、思いたい。

「……どうやったら、あんなことが出来るんだよ」

 手元も見ないでディを目で追い続けるトモカネへの怒りも忘れてエレナは呟いた。

「キーボード鍵盤の位置関係は引き慣れていれば手元を見ないでも演奏できますよ」

「気にならないのかよ?」

「目を閉じて体中にため込んだ思いを吐き出している演奏者もいますよ」パーンは事も無げに言う。「あとは心を合わせるのと信頼関係ですかね」

「今日顔を合わせたばかりだぞ?」

「それでも音楽は心の共通言語ですよ」

「音だぞ。言語じゃない」

「されど音ですよ。エレナは僕が言った言葉を覚えていますか?」

「心の音を聞け、だろう?」

「聞こえましたか?」

「所々だけれどな……」

「努力しているのなら報われます。エレナだって出来るようになりますよ。音を心音だけでなく感じるようにしてください。音にどれだけの思いが込められるのか分かりますよ。全員が心を乗せて楽器を奏で、声を上げているのですから」

 パーンは演奏前にシンシマにお願いしていた。間奏の間にアドリブを入れてタンバさんに振って欲しいと。

 その狙いに見事にタンバさんもトモカネも応えてくれた。それがエレナの心にも響いたと思いたい。

「出来るのか?」

「ちゃんと音を聞いてください。それぞれの音は違っても意味があるのですから」

「わ、分かった」

 頷くエレナを微笑ましくパーンは見ていた。

「イコライザーやエフェクターはいいのかよ?」

「ここでも操作は出来ますよ」パーンは音に合わせるように身体を揺らしている。手元は遠隔でイコライザーを操作しているようだった。「最初は聴きたいでしょう。二人がどんな演奏をしてくれるのかさ」

「パーン的にはどうなんだよ?」

「トモカネの曲や演奏は聞いていましたが、ディだけを見ながら良く合わせられるなと思いました。タンバさんは未知数でしたが、さすが年の功というかうまいですね。錆びついているなんて言っていましたが、お金取れますよ」

「……本当だな」

 エレナは本当に悔しそうに眉間に皺を寄せ、口をへの字にしている。足の上の手はきつく握りしめられていた。

 演奏はあっという間に終わってしまう。

 心地よい汗が出てくる。ところどころミスはあるがそれでもやり切った感じがしたのである。

「トモカネ、どうでしたか?」

「すっごくいいよ」

「そうでしょう」破顔一笑するパーン。「トモカネにはこのバンドに合った曲を作曲してください」

「はあ」トモカネは突然のことに驚いた。

「今の演奏を聴いて思うことがあるでしょう?」

「確かにあるけれど」ディを見ながらトモカネは頷く。「いいのか?」

「好きにやって下さい」

 パーンの言葉にトモカネは頷く。「何十曲だって出来るよ」

「もっと絞って下さいね」

「そ、そうだな。曲がぼやけないようにしなくちゃ」

「タンバさんは錆落としをお願いしますね。それが当面のお仕事です」

 その言葉にタンバは唖然とするのだった。


 トモカネもタンバも音楽傾向が同じだったこともあり、すぐにその話で盛り上がり打ち解けていた。今はオーケストラの演奏について二人は議論を交わしていた。

 交わした言葉の末に惑星ボラーダの交響楽団指揮者による第三番交響組曲のクリスタルディスクをタンバに貸すことで話がまとまったりしている。

「それにしても七曲か」タンバは汗を拭い息を整えながら言う。「時間が無いというのに私達も覚えなくてはならないのは大変だね」

「そうですね。もっと合わせる時間が欲しいですよ」

 もっとディと一緒に居たいしその歌声を聞いていたいという打算がトモカネにはあったが。

「時間はなるべく多く作るようにいたしますよ」パーンは請け負った。「重要ですからね。それからトモカネには曲も作ってもらいますからね」

 トモカネは驚いていた。

「いつかはやると思っていたが、とうとうオリジナルにチャレンジかよ」シンシマは肩を竦めるが楽しそうだった。今まで練習を重ねてきたのは、カバー曲ばかりだからだ。

「インストにするの?」アリエーは訊ねる。

「作詞を先にしてもいいですよ」パーンは何か思いついたのだろう。「二曲当時進行にしましょうか」

「二曲も?」

 練り上げる時間が取れるのだろうか? 誰もが疑問に思ってしまう。

 パーンはそんなバンドメンバーのことなど気にしていなのか、フィオーレに連絡を入れている。

「同時進行って」シンシマは呆れる。「演奏しやすい曲にしてくれよ」

「どんな曲だって演奏してくれますよね?」

「楽しい曲だと良いね」アリエーはディを見てほほ笑む。

「フィオが作詞を承諾してくれましたから問題はないかと」

「本当に?」

 アリエーとディは瞳を輝かせ、ホーカルは呆れ果てていた。

 フィオーレ自身忙しいはずだろう。

「オリジナルとなると君達ならいい演奏になりそうだね。ソフト化してもいいんじゃないかな」タンバは評した。

「良いアイディアですね」

「どうやってだよ?」シンシマは呆れる。「売り込むにしても大変だぞ」

 そんな時間はどこにもない。

「いっそオリジナルレーベルを作るのもいいかもしれませんね」

「TDFのかよ。冗談だよな?」

 ほくそ笑むパーンにシンシマは突っ込む。

「タンバさんが認めてくれたのですし、『宇宙鋼神グランダー3』のサントラも出したいじゃないですか。やれることはいろいろとありますよ」

 誰もがまだパーンの神髄を理解していない頃のことだった。

 ここからパーンのTDFオリジナルレーベル構想が生まれたと彼は回想している。誰もが冗談であると思ったが翌年にはパーンは周囲を巻き込んでオリジナルレーベルを立ち上げた。遠大な野望であると気付かず多くの人々がそれに乗っかり、振り回されることになるのである。


 さらにもう一曲演奏してみて、パーン達バンドメンバーがあれこれアレンジのことや感想を述べあっていると、パーンの視界の片隅でエレナが立ち上がり、こちらへやって来るのが見えた。

 お膳立てをしていたが、ようやくという感じでもあった。

 彼女の中で葛藤があったのは認めるけれど、プライドが高すぎたのではないか。

 苦笑するしかなかった。

 フォークソングのメッセージ性について話していたタンバとトモカネの前にエレナは俯きながら立った。

 それに気づき、二人はエレナを見ている。特にトモカネは睨まれ続けていたので警戒していたし、彼女のことはクルス情報だけでよく知らないから様子見であった。

 パーン以外ではアリエーがすぐに気付いていた。

 しばらく無言のまま対峙してしまっていたので、どうしたものかとタンバとトモカネは顔を見合わせ、トモカネが仕方なく声を掛けようとしたとき、エレナが声を上げて頭を下げた。

「お願いします!」

「何を?」

 反射的にトモカネは疑問を口にした。睨まれこそすれお願いされるようなことはなかったはずだ。

「弾き方とアドリブを教えて下さい」

「アドリブ?」タンバはその申し出に困惑した。「アドリブは教えられるようなものでもないし、楽器にしたって教えるような身ではない」

「そうですよね」トモカネも同意した。「アドリブというだけあって即興ですから、何度もやって慣れるしかないし、音楽的感性もある」

「あたしも楽器を覚えたてだけれど、他の人と合わせられなくて困っています。だから初めてで合わせるだけでなくアドリブまで出来たタンバさんとトモカネに教えてもらいたいんです」

 頭を下げながらエレナは大きな声で言った。

「そうなの?」

 トモカネが他の人達を見ると頷いていた。

「バンドに入ってこれから合わせていかなければならないタンバさんとトモカネにエレナも合わせて行けるように頑張りたいんですよ」

 パーンは言った。

「楽器は?」タンバは訊ねる。

「ベースです。曲は弾けるようになりましたが、どうしても他のメンバーと合わせられなくて演奏に入れてもらえません」

「そんなに?」

 タンバは気を遣って近くにいたホーカルに小声で訊ねる。

「ソロでの技巧は悪くないんですけれどね。性格的になのか他の演奏に合わせることが出来ないんですよ。実際に演奏してみると分かりますよ」

「なるほど」

 タンバは考え込む。

 このバンドにベーシストがいない理由が分かった。

「お願いします」

 再度、エレナが頭を下げた。

「これから練習はしなければならないから、その時でいいなら参加して見なさい」

 タンバは了解するとエレナはバーッと顔を輝かすのだった。


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