トラッティン産業博覧会④軋轢 11-4
4.気心知れたやり取り
「転入初日から波乱含みで申し訳ないです」
オガワは吐息をつく。四人席のテーブルの向かいにはタンバ・イルト・シーストンが腰を下ろしている。
「前代未聞ですね」仕事中にしかも言葉すら交わしていない相手にプロポーズである。「世の中を見れば絶対にあり得ない話ではありませんが」
タンバも苦笑いしていた。確率的にはゼロではないのである。
彼はスープを口にする。「美味しいですね」
思わず感想を口にしていた。
「気に入ってもらえて何よりです」オガワは笑みを漏らす。「本社でも随一の社食ですよ」
「個別に対応してくれるとは思いませんでした」
彼は鮭のソテーを頼んでいた。
「手の込んだものとか、食材が特殊なものは前日に言ってもらわないとダメですが、大概のものは出してくれますよ。希望があれば言ってやってください。ペリシアも喜ぶはずです」
「そうですね」タンバは曖昧に応えていた。「デュエルナ嬢は断ってはいませんでしたね。その場を考えてのことでしょうか?」
「トモカネ君のことを考えてだと思いたいですね」採用されてすぐに居心地の悪い思いはさせたくなかっただろう。
そのトモカネは転入組のクルスと仲良く話し込んでいた。
気にすべきはエレナだろうが、アリエーやフィオーレに言い含められていたので大丈夫だろう。なによりノルディックが動いていない。
「エレナ君の目付は怖かったですよ」
「大丈夫です。うちにはアリエーやノルディック、フィオーレといった良識あるものも多いですから、乱闘にはなりませんよ」事前にそのような芽があったら摘み取られてしまうだろう。
「色々と噂は聞いていましたが、食堂での雰囲気を見ると、全然イメージが違いますね」
「噂はあくまで噂です。やっかみもかなり入っているものもありますしね」オガワは微笑む。「今日は歓迎会もありますから、彼らと話してみてください」
「そうしてみます」
「実際に話してみれば、分かりますよ」
オガワは目の前の親子丼を口の中にかき込む。今日は堅苦しくならないようにと頼んだのである。
最初の挨拶が終わるとオガワはタンバを呼び午前中はTDFの施設を案内していた。
タンバには『管理課長』という役職を振っていたが、仕事に関してまだ明言していない。パーンに一任するつもりでいたのだが、そのパーンとランチに社食で合流するはずなのに、彼は現れなかった。
「すいません。隣いいですか?」
端末で連絡を取ろうとしていた頃にようやくパーンの声がした。
「おおパーン、来たか。待っていたよ」
「クリスに怒られました」
「当然だろう」相変わらず時間管理が下手過ぎる。
パーンの秘書泣かせは変わっていない。
前任フェリウスから引き継いだクリスの苦労は絶えることはない。彼女は畑違いからの転向だったがTDFで頑張ってくれている。
今ではなくてはならない存在である。
「初めましての方がいいですよね」パーンはタンバに子供らしい人懐っこい笑みを向ける。「こうして直接お話しするのは初めてですから」
「そうですね」
役職に反応しているのかタンバは警戒しているようにも見える。
「どうですか、TDFは?」
「面白いところですね」
「でしょう」言葉を選んでいるようにも見えるが、パーンは気にせず微笑んでいた。
どちらが子供で大人か分からない対応に見えてしまう。
「活気もある」
「トラッティン産業博覧会も近いですからね。フィオが張り切ってくれていますし、トラッティンではロイスとキャスティが頑張ってくれています」
当然のことの様にパーンは答えていた。
「私には場違いなところに来たような気がするよ」
当然そう思うだろうなとオガワは感じる。
腫物を扱いようなものである。医療が発達していても身体的な病状は解決されてきているが、精神的なものは未解決なものの方が多い。どんなことからトラウマが解消されるか分からないし、ストレスによっては再発することもある。
「大丈夫ですよ」
パーンは軽く言ってのけたので、オガワが目を見張る。
「TDFは人材が豊富ですから」
パーンはエレナとディとランチをしていたノルディックを呼ぶ。
ゆっくりとした動作でノルディックは立ち上がると巨体を揺るがすようにやって来た。山か壁のように見えてしまう。前髪で目がよく見えないのは恐怖に感じてしまうのではないだろうかとオガワはタンバを見て危惧する。
「パーン、なんだ?」
「神田の」
「大明神か?」ノルディックは事も何気に応えている。「『付け足し言葉』なんて誰が分かるんだよ」
「日本語独特の表現ですよね」
「確かにティーマでは日本語も普通につかわれているけれど、五百年以上前に生まれたものもあるんだ」
「『何か用か(七日八日)』と言われたら『九日十日』というつもりでした」
「お前なぁ」ため息をついてノルディックはオガワとタンバを見た。「それに誰が大明神と言って分かるんだよ?」
「ジャパンの江戸時代の参勤交代ですよね」
「それは『大名』」
「時間、進行を止める」
「『タイム』な。なあオレは何で呼ばれたんだよ?」
ノルディックはパーンと掛け合いをしていく。自然と。
「色々と考えていますよ」パーンはノルディックを拝む。「さすがノルディックです」
「オレは明神じゃねぇ。拝むな」
「こうやって律義に付き合ってくれるのはノルディックだけですから」
「そうだねぇ」オガワは頷く。「相変わらずウンチクがあるし流れるような会話だった」
ノルディックは嫌そうな顔で唸る。
「怖くないでしょう」そう言いながらパーンはタンバを見る。「面白いんです」
「見事としか言いようがないな」
感心したようにタンバは端末をみながら二人の会話に出てきた単語の意味を検索している。
「それで本当に何の用だ?」
「今の掛け合いをタンバさんに見せたかっただけです」
「くそっ」ノルディックは顔を赤らめる。「タンバさん、オレはいつもパーンと漫才をしているわけではありませんからね」
「実際に見てみないと分からないものもあるよね」タンバはノルディックに微笑む。
「パーン覚えていろよ」
「大丈夫、忘れませんよ」
「嘘をつけ、すぐにとぼけやがるくせして」
タンバは二人の様子に肩を震わせ笑っていた。
去っていくノルディックの背を見ながら「個性的ですが、良い面子ですよ」オガワが言う。
席に戻ったノルディックは肩を落とし大きなため息をついている。そんな彼をディは励ましているようだ。
「そのようだね」タンバはパーンを見つめる。「私は彼らとうまくやって行けるだろうか?みんなの意に沿えればいいが」
「問題ありません」
「私に出来ることはあるだろうか?」
そう問いかけるタンバはすがるような眼であったとオガワは思うのだった。
「前任の仕事にこだわる必要はありませんよ」
「そうだろうか?」
「もっとやれることはあるはずです。探してみませんか、TDFで」
しっかりとした口調でパーンは言ってくれたので、オガワは安心することが出来た。
「広報関係は手薄なので、タンバ君にはやってもらいたいと思っているのだがね」
「アサノさんに外注してばっかりいますからね」
「開発宣伝のアサノ課長に?」
タンバは驚いていた。彼はかなり多忙なはずだった。
「なにせ最初は四人から始まって実績を出さなければならなかったので、手が回らない分野も多かったんですよ」
「これだけ強固な横のつながりが出来ているのも驚きですよ」
企業が巨大になればなるほど他課との横のつながりが希薄になり、うまくいかないことの方が多かったから、珍しく思ってしまう。
「うまくいかないこともあるけれど、良い人材にも恵まれているよ」オガワは頷く。「ただ全体を見ると本当に人手が足りなさすぎる」
「博覧会に参加するとなれば、この人数は少なすぎます」タンバは言う。「それなのに雰囲気がいい」
ギスギスしていないし、殺気立った雰囲気もなかった。
「そんなことはないですよ」オガワは苦笑する。「今日は歓迎会がありますが、普段は終業時間が過ぎても灯りが消えることがありませんよ」
「本当ですか」
「労務担当のホーカルが頭を抱えるほどです」
「徹夜なんてざらですからね」パーンは事も無げに笑っていう。
「パーンは気が付くと消えて、勝手に仕事をしているくらいです。管理職としてはあるまじき行為です」
「そういうのはオガワさんとシュルドさんにお任せていますから」悪びれもせずにパーンは言った。「タンバさんも時間には帰るようにお願いします」
「困ったもんだ」
オガワは吐息を漏らす。
「タンバさんには好きにやってもらいたいと思います。プログラムならフィオーレに、ハード関係ならシンシマに言ってもらえればすぐに参画することが出来ますから」
「考えてみよう」
「悩む必要はありませんよ」
パーンはランチを頬張りながら言う。因みに今日のランチはエビとアジのフライ定食である。彼はタルタルソースで食べている。
「ところでタンバさんは音楽が好きですか?」
「好きだけど?」
「ジャンルは?」
「最近はクラッシックが中心かな」
質問の意味が分からずタンバはキョトンとしている。
「それ以前は?」
「ジャズやロックかな」懐かしむようにタンバは答える。
「ジャズですか。楽器は何を?」
「えっ?」
「タンバさんを見ているとそう思ったんですよ」
オガワはパーンの笑みを見て、会話からではなく直感で話をしていると感じた。
「演奏していたんですよね?」
「トランペットとサクソフォーンかな」
「金管と木管両方いけるんですね」
「二十年も前の話だよ。今では腕も錆付いているよ」
「では錆落としをしましょう」
「終業後、有志で集まったりしているのかな?」
タンバは興味を示したようだが、オガワはパーンの出方を見ることにする。
「ランチタイムの後ですよ」
「えっ?」
「今、TDFのメンバーでバンドを組んでいます。トモカネも含めて顔合わせをしますから、タンバさんも来てくださいね」
屈託のない笑みをタンバに向けていた。
「そうくるか」オガワは苦笑している。「フィオーレとシンシマには話を通しておこう」
午後は人員配置の組み換えをしなければならないようだ。
TDFは四人から始まったこともあり、基本的にはプログラム班とハード班に分かれているだけだった。
人が増えていくにしたがって細かく役割分担されていくことになり、総務関係などの仕事を兼務する者も増えていくが、そのいずれかに所属することになる。キャスティの様にプログラムの知識が無く経理担当であっても彼女はプログラム班に組み込まれていて、忙しいときには仕事が回ってくることもあったのである。知識が無かった彼女は必至で勉強することになった。先生役はやはりシュルドである。
フィオーレが統括するプログラム班が最大派閥だろう。
現在はシュルドを筆頭にノルディック、ディ、エレナの五人がメインとなっていたが、今回新たにクルスとトモカネが加わっている。オリエナもプログラム班だしライセンスも持っていたが彼女のメインはラインオペレーターでサブとしてプログラムに参加しているといってもいい。秘書のクリスも同様でパーンのお守りをしつつ総務も回していたが、有無を言わさずプログラムに参加されてせられている。
パーンも遊撃部隊として参加しているが、フィオーレは頭数に入れていないようだ。
ハード関係のリーダーはシンシマでアリエーとレイストが中心になっている。
オガワも名を連ねたいところだったが、TDFと総務の統括や人事関係で忙しく参加時間が少なく本人的には残念な思いもしている。
他にホーカルやロイスもいるが、ホーカルは労務担当としての仕事も兼務していたし、バンド活動にもパーンよって引き込まれていた。ロイスもオガワのサポートに駆り出されることが多いし、現在はトラッティンに出向している。
パーンもひょっこり現れて、指示を出したり手伝ったりしているが、フィオーレ同様シンシマも彼をあてにはしていなかった。むしろ振り回されてしまっていると思っていたのではないか。
今回の異動でタンバがTDFに加わったが、オガワはタンバと直接会ってみても配属先は決めかねてしまう。役職だけは決めたがそれは曖昧なもので、最終的にはパーンに下駄を預けるつもりでいた。
これまでも鬱病になったり精神的に問題を抱えてきた者の対処には当たっていたが、タンバの事例を見る限り慎重に扱いたいと考えてしまう。
環境や仕事、人間関係で大きく変わるからだった。
妻子もタンバは抱えていたが、単身赴任して本社にいるのだからなおさらだ。
タンバが頭角を現し活躍していたのは広告関係だった。
宣伝関係はTDFにとって独自に展開できずアサノに外注している分野だったので、タンバはそれを強化出来る人材ではあったが、彼一人背負わせるわけにもいかない。対人関係にストレスがかかる仕事である。無理に任せたいとは思わなかったのである。
目標や目的を見失っている彼に何が任せられるのか、そう考えていた時にパーンはタンバをバンドに誘う。それがいい方向に向かうとオガワは思いたかった。




