トラッティン産業博覧会④軋轢 11-3
3.ランチタイムの動き
隣に腰を下ろしていたエレナの肩の動きを見て、立ち上がろうとする前にノルディックはエレナの首根っこを大きな手で掴み、力技で座らせた。
向かいに座るディに気付かれないほどの早業だった。
「落ち着け」
「な、何もしないって」
「嘘つけ、人を射殺すような目でトモカネを見ているくせに」
「だってよぉ。思い出すだけで腹が立つんだよ。ディに求婚だぞ。いいのかよ」
女らしい言葉遣いを忘れたようにエレナは呟き続ける。
「あれだけ自然体でプロポーズできるのは凄いよ」
呆れを通り越して唸るノルディックだった。それにフィオーレもアリエーも動かなかったのである。
ということは悪意はないとみるべきなんだろう。だからこそ、エレナ以外は誰も対応していない。ディに任せるつもりなのだ。
そのディはノルディックの向かいに座っていたが、今、珈琲を取りに行っていた。
「それに嫌だったら(ディのセンサーに)何らかの反応があっただろう」
「突然のことでパニックになったのかも」
「動揺しているようには見えなかったぞ」
「認めない」
「お前はディの親父かよ」ノルディックは呆れる。「決めるのはディだぞ。エレナはディがやろうとしていることを潰すつもりか?」
「だってよぉ~」
「情けない言葉を出すな。ディが悲しむぞ」それにと、ノルディックは親指でカウンター席のフィオーレを示す。
彼女の目が更に糸のように細くなり光ったような気がして、一瞬でエレナの背筋が伸びた。
「ディは何も言ってこないだろう?」
戻ってきたディはエレナとノルディックの前に珈琲を置いた。エレナの丼には半分以上残っている。
「少し驚きましたが、真摯なお気持ちは受け取りました」
天使の笑顔でディは答えてくる。
「ときめきとかそんな感情はあった?」
「ときめきとかそういうことは分かりませんが、トモカネの真剣な気持ちは感じることは出来ました。それを無下にすることは出来ません。それに知りたいと思った気持ちも偽りではありません。お友達にせよこれからですから」
「そうか」
ノルディックは口角を上げて頷くが、それには無意識に嘘が混じっていると感じてしまう。会ってすぐにノルディックだけでなくフィオーレやシュルドの本質を見抜いているディである。一瞬のことであれトモカネの本質は本能的に感じているはずだ。全面的に受け入れていないからこそ、あのような言い方になったのではとノルディックは推測してしまう。
彼はアリエーが初めてディと会った時の言葉を思い出してしまう。
『空っぽの心が見えた』
まだディは自分を形成し始めたばかりだった。日々の闇や空白を埋めて行っているはずなのである。この一件も彼女の糧となってくれと祈るばかりである。
だからこそアリエーも何も言ってこないのだろうし、ノルディック自身も見守るつもりでいるのだった。
「悪い方ではありません。一途な方なのでしょう」
胸に両手をあてて天使は言う。
誰にでも優しいディの対人関係は全方位外交に例えることができるかもしれない。『敵を作らない』『周囲とうまくやる』
誰にでも等しく愛を向けるディだからこそ、誰も傷つけずに接していく。かなり綱渡りにも思えてしまうが、それがディだし、良い経験になってもらいたいと思わずにはいられない。
それにしてもトモカネもいい根性をしている。
てっきり昼休みにアタックしてくると思っていたが、今は情報収集にあたっているのか新人同士クルスと談笑しているようだ。
「なんだよ。このバカまだ納得してないの?」
丼の乗ったトレーを手にオリエナが話しかけてきた。
断りもせずオリエナはディの隣に腰を下ろすのである。
彼女は転入組ではあるが採用されてまだ一年になっていない。新人ではあるが異動前からTDF何度も顔を出していてすっかり馴染んでいるからか、かなり太々しい。
「あまり煽るなよ」ノルディックは丼の残りをかき込むと味噌汁を飲み干した。
「ずいぶん遅かったな?」
自然とオリエナと差し向いなってしまったエレナが鼻を鳴らす。
「ライン触れていると楽しくてな」
いやらしいものでも見るように喉を鳴らしながらオリエナは笑う。女性とは思えない笑い方だった。
「気持ち悪いぞ」
「エレナよりはマシだ」呆れたように言う。「朝からずっと仁王像だ。いや仏像に悪いな。そんなしかめっ面して睨んでいても、天使は笑ってくれないぞ」
「余計なお世話だ」
「ディは認めてんだろう?」オリエナがディを見るとディは微笑みながら頷く。「エレナだけだろう」
「誰もやらないならあたしがやる」
「何正義面してるんだよ」オリエナは丼を持つと丼の淵に口をつけてトロトロの卵と鳥肉とともに米をかき込んでいく。早食いの王道だった。
頬を膨らまし嚙み込むと飲み込んだ。
「う、うるさい」
「友達な癖して、当人の恋路の邪魔をするのかよ。人でなしだな」
口の中が軽くなると二口目に入る。
「そんなわけ」
「そうなんだよ。親でもないくせに厚顔無恥に口を挟んでいる。お前がディを一生面倒見るつもりなのかよって言いたくなる」
誰もが言いよどむことをオリエナはオブラートに包む事もなく言ってのけていた。
「天使が害意を感じていないなら、それはエレナの自己満足にしか過ぎない。あいつを殴ったところでお前が嫌われるだけだしな。ノルディックも手を離しなよ。エレナは嫌われたいようだからさ」
「そうだな」ノルディックはエレナの首から手を放す。
「行って来いよ」オリエナは三口目を頬張った。「それともあたしをぶん殴るか?」
俯きエレナはテーブルの下で手を握りしめていた。
荒療治だが効果はあったようだ。
「仏のオガワさんが選んだんだぞ」三口目を飲み干すとオリエナは言う。「間違いはないじゃないか」
「あんたみたいなヤツもいるけどね」
ランチの親子丼に箸を付けていなかったエレナも丼を手にするとスプーンで一気にかきこみ始めたオリエナほど上手く箸を使えなかったからだ。
「それはお互い様だ。それにあたしはエレナほどじゃないかな。営業成績も悪くなかったんだからさ。性格がおかしいのは認めるけれどね」
「くっ」
エレナが言い掛けた言葉にすぐにオリエナは反応して声をかぶせた。
「嫌われたくないなら、その口をつぐみな」
「く~~っ!」
「納得も自己昇華も出来ていないのは、エレナだけだ」箸を向けながらオリエナは言う。「それは感情が制御出来ていないからだよ。ガキなだけなんだよ」
「う、うるさい」
エレナは涙目になっている。
「お前はディの何なんだ? お前だけのもんじゃないんだよ」
オリエナはそう言って、頭を隣のディの肩に乗せる。
甘えるような仕草でもあった。ディはというとオリエナの口元にご飯粒が付いているのを見つけ取ってあげていた。
オリエナは「ありがとう」というと首を伸ばして指先の米粒を食べるのだった。指先ごと。
立ち上がろうとしてエレナは何とか踏みとどまった。
どこまで計算しているのか分からないが、あざとすぎるオリエナだった。
そのおかげもあってかエレナの視線がトモカネから外れた。
ノルディックはオリエナとエレナのコンビネーションも絶妙だと感じてしまうのだった。
いや、これはコンビなのだろうか?
ディが感覚的にもトモカネの存在を嫌っていないのは救いと言える。
それならばトモカネという人物はこれからのディにとって必要な人間なのではないか? だからこそ、突飛なことではあるが、こうして出会えた。
正面切って愛を囁き続ける存在として。
考えることは山ほどあるような気がしてくる。




