トラッティン産業博覧会③相克 10-8
8.楽しみが増えた
「オガワさんでしたよね」黒縁眼鏡の紳士に声を掛ける。「何であたしをTDFに?」
コンソールをエレナに明け渡し、彼女が用意してくれた缶コーヒーを口にする。
そのエレナはというとフィーレにあれこれ指示されながら必死になってプログラムを組み上げては流し込んでいる。
「去年の採用記録の中にオリエナ君の大学での研究データがあって目に留まったんだよ」
「ああ、アピール用に提出したあれですか。そういえばうちの部長も同じこと言っていましたね」
「秀でていると見て思ったよ」
「光栄です」」恭しく頭を下げてしまう。そして顔を上げると。「でも性格はこんなんですが」
「それ故に仕事から外されたりして能力が活かせない方が問題だと思うよ。能力は最大限発揮されるべきだと私もパーンも考えている」
「『狂犬』と『毒舌』ですか」
口にしなくてもいいことをまた言ってしまっている。
「結果だけが評価されて伝わってしまうことがある。それが本当に正しかったのかを見極めることもなくね。悲しいと思わないかい?」
「『英雄』になっていますからね」
「そういう事だよ。本来評価されるべき行為が否定されて、人間性までもそれに伴って定着してしまう。本質を見ることもなくね」
「オガワさんは性善説を唱えているのですか?」
「『仏』とまで言われているけれど、どうだろうね」オガワは苦笑している。「こうして会話をしてみないと分からないことが多いじゃないか」
「そうですね」オリエナはまじまじとオガワを見る。「あたしが見えますか?」
「私以上にフィオーレとアリエーはオリエナ君を見ているし、私自身も感じるところがあるよ思っているよ。大丈夫だ」
オガワの声が染みわたって来ると同時に、視線の意味を感じ始めていた。
「合格ってことですかね」
「パーンも問題なさそうだ」オガワは微笑む。「TDFでもいかんなく能力を発揮して欲しい」
「好き勝手やっていいと?」
オリエナはニヤリと笑った。
「まあどうしても予算や今の様にトラッティンに力を注ぎこまなければならないが、空いた時間は好きに使ってもらっていいよ。やりたいことは自分自身で探すのがTDFの方針だからね」
「あの部長が決めたんですか?」
「それでノルディックも能力を遺憾なく発揮してくれて、業績に貢献してくれているよ」
「ではあのラインを改良することも良いんですかね」
「そのためにオリエナ君をTDFに招いたのだから問題ないよ」
「好きなだけいじくって下さい」パーンがモニターを見ながら言ってくる。
「二言はないのよね?」
「データのやり取りに支障がなければ勝手にやりなさい」ラスボスも了承してくれた。
何だろう。こんな職場があるのだろうか?
「もっと高速化できるのでしょう?」部長がオリエナを煽ってきた。
「アイディアはありますよ」
「他の人にも扱いやすくしてよね」
アリエーがオペレーションルームに戻ってくるとオリエナの肩を叩く。
「そんなに? 調整が必要ね」オリエナは着替えてきたアリエーの格好を見つめる。「それにしても寒くないの?」
いくら夏が近いとはいえ、朝晩の空気は冷たかった。
相変わらずのへそ出しルックである。見ている方が寒く感じてしまう。
「少しは慣れたかな。それでも故郷の気候が恋しくなるけれど」
「お腹を壊さないようにね」
「ありがとう」素直に言われてしまうとこっちが気まずいのだが。
「あれはTDFの要望で設定したからじゃじゃ馬に見えるけれど、野良犬よりは扱いやすいはずよ」
アリエーはフィオーレに直々に指導説教されているエレナをみて苦笑いしている。
「あまり煽らないで上げてね」
「無理じゃないかな」あれだけ揶揄い甲斐のある人間もいない。
「程々にね。ケガをしても知らないわよ」
「それも込みで止められないのよね」
オリエナは宣言している。
アリエーは首を鳴らし、話を変えた。
「それでデータ転送のことなんだけれど……」
アリエーは気になっていた点をオリエナに訊ねてくる。
アドバイスを加えつつタブレットを操作しながら問題点を解消しオリエナは答えていた。これだけ奥深くラインの話が出来たのは久しぶりだった。
ジプコに入社してからは初めてかもしれない。
ハード班の疑問点が解消されたようで、アリエーはオガワとともに地下にある工房へと戻っていった。
クライアントの要望に応えられたようで、オリエナはホッと一息入れるのだった。それにオガワや他の面々の言動を見ていると、TDFでは仮面を付けていなくても問題なさそうだ。反省すべき点は反省すべきたが、気が楽でいい。
こうなってくると四月の人事異動が楽しみになってくるのである。
キャスティは試験運用が終わると吐息を漏らす。
組み立てた展示用機材の調整だけだと思っていたら、ティーマのTDFから連絡が入りライン接続が完了したので、運用を開始すると言われた。
機材とTDFが繋がっていることに気付かなかったので、キャスティは驚いてしまう。組み立てだけで終わるものと思って現場にいたからである。
「またドレス姿を披露することになろうと思いませんでした」
「綺麗だったよ」
「ありがとう」
素直な夫の言葉にキャスティは顔まで赤かった。
工事中のミタグラ社の方々やトラッティン支社の人々からは拍手喝采だった。
居合わせた人々からのポーズ要請にも応えていたし、支社長をアストロノーツ姿にしていたのである。それを現場ではなくティーマからコントロールしているのだから驚きだろう。
「接続がうまくいってよかったよ」
「緊張していましたものね」
「かなり高度な技術が必要になるからね」
「そんなに?」気付かぬうちに終わっていたはずである。
「通常であれば、両方の機材や端末からラインを伸ばして途中で接続させているけれど、今回はTDF側からラインを構築していき、一気に接続させている。普通はもっと時間が掛かるものなのに半日で終わらせて、テストにまで持ち込んでいる」
「そうなのね」
「パーン、フィオーレ、アリエーがいたとしても彼らもこれに関しては知識はあっても専門ではない」
「私と同期になるオリエナ・ヒルデルナさんは、それだけ凄いという事なのね」
「そうなる」ロイスはキャスティに頷く。「これで少し目途が立ったかな」
「少しなの?」
「あと三ヶ月ほどで完成させていかなければならないからね」
パビリオン内をロイスは見まわす。
大樹も宇宙船コックピットを模したスペースも出来上がってきている。
ステージもあと少しで音響設備とともに出来上がる。来月には関係者を招いて演奏を披露することになっていた。
スケジュールは盛沢山だった。
人の出入りも激しく、トラブルはそこら中に転がっている。
苦労も絶えないだろうが、ロイスは気を引き締めヤマネ副社長と話を始めるのだった。
〈第十話 了 第十一話へ続く〉




