トラッティン産業博覧会③相克 10-7
7.内なる戦い
ジプコのロゴ入り社用エアカーを運転してあたしはTDFへと向かう。
マイエアカーで行くつもりだったが、制服という事もあり部長から営業車両で向かへと指示が飛んできた。直帰と行かないところが残念である。
プレミアムラインの納品だった。残業は最低限に抑えてちゃんと予定日に間に合わせた。
とはいえ目に見えない空間ラインである。品物を納めるというよりは仮想のサイバー空間への設置、または接続という事になる気がする。
まあこれも言葉遊びのようなものである。
本来、納品に関しても本社近隣の惑星やティーマ内であれば管理部の仕事だろう。しかもASCに任せるのではなく接続までやらせられるとは思わなかった。
問題ないからいいけれど。
確かにご指名を受けて、色々とマシマシにライン構築はしたので、データだけでなくスペックに関しても自分で説明した方が早いし、納得もしてくれるだろうが、色々と可笑しいだろう。入社半年の新人の仕事ではないはずだ。
タバコに火をつけると、落ち込みがちだった気持ちを落ち着かせる。
TDFへ行くにあたっては、同行を申し出てくる男性社員もいたが、双璧目当てなのは分かり切っていたので丁重にお断りした。彼女達がもてなしてくれてお茶が飲めるわけではないのだ。双璧は名の通ったプログラマーだぞ。男性陣勘違いしていないか?
それに最後までやるにせよ一人の方が楽だったからだ。
広いガラガラの駐車場に車を止めると、仕事道具の入った、とはいえ機材はTDF側のものを使わせてもらうので、鞄の中はタブレット二つくらいで軽いものだった。
入口のセキュリティをパスし中に入ると、入口脇の応接コーナーにいた部長秘書があたしを迎えてくれる。
ナーブ・クリスタル・リクスフェンと名乗った彼女は非常に長身である。あたしも百六十五センチと決して低い方ではなかったが、彼女は二メートル近くあるのではないかと思ってしまう。
体形も特徴的すぎて、ガン見してしまう。とにかく胸がデカかくて目が行ってしまうが、逆にそれ以外が細身すぎた。
「ちゃんと食べてます?」
思わず訊いてしまった。
仕事がハード過ぎてろくに食事もできないのではと勘繰ってしまう。なにせ『秘書殺し』と言われた部長の秘書である。心配にもなるだろう。
部長秘書は質問の意味が分からないのか、キョトンとした後に「食事はしています。ここの社食は美味しいですよ」と答えてきた。
「じゃあ栄養がすべて胸に行っているのか? 栄養管理士に相談するか、ホルモンバランスを見てもらった方がいいのでは?」
「そう言われたのは初めてです。相談してみますね」
部長秘書には軽く嫌味をいなされてしまった。
この人もおかしいし面白いな。
案内された部屋は機材を見る限り、ラインオペレート出来る部屋のようだ。サイバー空間用のモニターに管理部にあるような機材も見受けられた。研究部門だとは聞いていたけれど、何でもあるのかと思ってしまう。
「お招きいただきありがとうございます。ラインオペレーター営業部所属、オリエナ・ヒルデルナです。本日はよろしくお願いします」
丁寧にその場にいた人達に挨拶する。
ホテルマンや専門の指導職から接遇研修をこちとら受けているのだ。お腹の辺りで手を当てて背中を丸めないように伸ばしたままゆっくりと腰を曲げて挨拶すると顔を上げ、営業スマイルを張り付かせたまま一人一人に視線を向ける。エレナには少し目を細め笑いかけたが。
想定しうる反応でエレナが口元を引くつかせていたのが、おかしすぎた。
あたしはこういう反応を求めているのだ。流される方がきつい。
オペレータールームには五人の男女がいた。
前に進み出て手を差し出して来たのは本社最年少部長パーン・ロス・ヘルメナス本人だ。神出鬼没と聞いていたのでこんなところで直接会えるとは思ってもしなかった。身長はあたしよりも若干低めで藍色の髪と金色の瞳が印象的だった。
それにしても品定めなのか、わざわざ部長自らお出ましである。
「部長のパーン・ロス・ヘルメナスです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。部長自らお出迎えとは光栄です」
眼鏡は外していたので、表情からこちらの胸の内は読まれるかもしれない。
差し出された手を握ると汗ばんでいないし、妙な体温差もない。
成人したばかりとはいえ年下とは思えない対応力に感心してしまう。
腹の探り合いが始まっている。面倒くさいと思いつつ表面的に対応しようとしていた。
「プレミアムラインに興味もありましたので、見学させていただきます」
部長の他には、前回相手をしたアリエーと、エレナがいて、にこやかに笑いかけてくる人物があたしをTDFに引き込んだというオガワ部長代理だった。安心感を与えてくる笑みが人を信用させるほど明るく朗らかで『人徳』と言われるゆえんだと感じさせるし、その隣には雰囲気から美の双璧のフィオーレ・カティエスが笑いかけてきた。
ラスボスを思わせる雰囲気に身が引き締まる思いだった。
「すでに高性能なラインをお持ちでしょう。恥ずかしい限りですよ」
当て擦りである。それでも。
「提示していただいたスペックはTDFプログラム班を納得させるものでしたよ」
「それなら良かったです。コースを提示した甲斐もあります」
表情に笑顔を張り付かせながら答える。
「そのおかげでトラッティンとのやり取りも楽になるはずです。よろしく」
さらにフィオーレ・カティエスと握手を交わすと良い香りがしたし、その手は柔らかくキーを叩きつけているとは思えないほどだ。間近で見ると同性であっても次元が違うと感じてしまうし、眼福だった。
お世辞抜きに。
彼女とオガワと部長はスーツだったが、エレナもアリエーも作業着姿である。ただ着こなしはアリエーに軍配が上がる。エレナには女性らしさがない。同性でも危惧したくなるレベルだった。
「すごくいい部屋ですね。こんな機材、ラインオペレーターに導入してもらいたくらいですよ」
少し嫌味っぽく言ってしまった。相変らず止まらない自分に心の中で苦笑してしまうが、誰も反応してこないというか、無視されている。
「これは導入前の試験です」部長はこともなげに言う。「近々ラインオペレーター室でも導入されるはずですよ」
「なんだ。(わがまま言って)導入させたのかと思っていましたよ」
観察しているとエレナだけがピクリと肩を震わせた。
サイバーグラスを掛けると、中央のコンソールに腰を下ろす。さて作業開始だ。
あたしは「管理部の連中は古くなった機材に文句を言っている」「営業部も同様」「支給された端末の操作性が悪い」「人手が欲しい」と色々と誰に言うでもなく話続けていると。
「口よりも先に手を動かせよ」
エレナがボソリと言った。
乗ってきたのはエレナだけか。
アリエーは右隣のコンソールに座ると、サイバー空間のチェックをしてくれている。サポート役に回ってくれるようだ。
ちゃんと仕事は始めているよ。サイバーグラスを通してコンソールに座りながら操作性をチェックしてデータを流し込んでいるのに、それも分からないとはねぇ。手を動かさないとダメ?
「ヒルデルナさんは、仕事をしていますよ。サンバー空間にデータが送られています」冷え冷えとしたフィオーレの声がする。「口よりも先に手が出るあなたも、それが分かるくらいになりなさいな。そうでなければ、これからの仕事は任せられません」
空間数値の変動を指摘しながら、エレナに話しかけていた。後ろを見なくてもエレナが身を縮こまらせているのが分かる。
まだまだこいつの目は節穴だ。この面子の中では一番揶揄い甲斐がある。
「おっかねぇな」
とはいえわざと見えないようにデータ送信していたのに見破られてしまった。さすがSランク。
「TDFではこれが普通ですよ。それでオリエナさん、数値はこれであっている?」隣のアリエーが確認してくる。「今まで見たことがない値だから」
彼女も第五宙域ASCの若手エースと言われただけある。その手際に安心して後方を任せられた。
「そのままサイバーレベルは維持してください」あたしは答えた。理解してもらえたのが嬉しい。普通は嘘くさい数値に見えてしまうから注意されがちなのだ。
かなり限界ギリギリの設定にしていたのだからなおさらである。
当てずっぽうだったり、知ったかぶりする輩も多いのでこういう気配りをしてくる人も珍しいし感心してしまう。
「今まで見たことがないのにこれで問題ないのね?」
「プレミアムですから」含みある声で対応してしまう。「安定していますよ」
タブレットから詰め込んできたデータを流し込んでもエラー音は聞こえてこない。
こんなピーキーな設定なのに空間で馴染んでいるのが不思議だった。自分てやっていてあり得ないだろうと、突っ込みたくなってきている。
「やっぱりあんた凄いわ」隣のアリエーに言う。「こんなに後方を任せられるASCは見たことがない」
「それは光栄だわ」
「だってエラー音がこれまでないんですもの。通常あり得ない」楽しくなってきた。「あたしのことはオリエナって呼び捨てでいいからね」
「了解、オリエナ。このまま続行でいいのよね?」
「当然よ。あたしが設計しているのですから」虚勢を張りながら答えた。
うまくいくかはこれからである。
後方を確認するまでもなく、視線からエレナが睨んでいるのが分かるし、部長やオガワからの興味津々な視線も感じられた。
こういうのは初めてだったので、興奮してきた。
サイバー空間にTDFとパビリオンを結ぶラインが構築されていく。何ものにも邪魔されずデータをやり取りすることが出来る細いが強固で美しい線がTDFから伸びていった。
「とりあえずTDF側からトラッティンまで伸ばしているけれど、最終的にはどこまで繋げるのかな?」
後ろを見ずに訊ねた。
手だけでなく視線を動かすの忙しいのだ。
「ロイスからの報告では、向こうで待機しているはずですよね」
部長が確認しているのか?
「とりあえずパビリオンまで繋げたけれど……ああこいつか」
「良く分かりますね」
感心したように部長は言う。
「指定された数値と合致しているからね。違った?」
「さすがです。合っています」
「褒められちゃったよ」鼻で笑ってしまったが。
「担当者も待機していますから、そのまま繋げてしまうことは可能ですか?」
「楽勝」調子に乗っているのが分かる。「これもサービスのうちよ」
いや予算のうちか?
ハイになっていてそれが止まらない。ちょうどいいお披露目にもなると、あたしはとあるパフォーマンスを思いついてしまう。
こんなことやっているとクライアントからは苦情になるだろうし、上司からは大目玉だ。異動の話もなくなるかもしれない。
まあその時はその時だ。
「アリエー、後ろでサポートしていてね」
「えっ? ああ、分かったわ」
突然のお願いに狼狽したか? それでも何も聞かずに後方に回ってくれるのはありがたい。
思いついたのは時間短縮になるが、乱暴な方法だった。
接続は本来ゆっくりと時間をかけて、接続側の機材に合わせて数値を調整し繋げる。それが普通だったけれど、今回はトラッティン側の数値もはっきり分かっている。
「一気に片付けるから、エレナ見ておきなさいよ。あたしが仕事しているところをさ。終わったらお茶だしてよ」
「あたしの煎れた茶は苦いわよ」
いい返しだ。
「目が覚める様なのがいいから助かるわ」
それじゃあ行ってみようか。
接続に関しては例えとしてビスやリベット打ちのようだという人と、溶接みたいだと説明する者もいるが、個人的にはプログラムという強力な接着剤で構築したラインと接合させるものだと思っている。
見えざるラインと形ある機材を、次元や惑星、宇宙空間を超えて人や物を繋いでいくのである。無なるものを可視化してみるのは楽しすぎる。
本来ならぶっとく荘厳なラインでも見せれば見ている者も圧倒されるのかもしれないが、あたしが構築したのは細くてもその曲線が流麗で流れるように仕上げられているものを彼らに披露している。
それを手っ取り早くつなげていく。
目に見えるような状態で例えるなら、細いランス状にしたラインの先端を小さな穴に向けて投げつけるとでも言ったらいいのだろう。的に当たったらその周囲に接着剤を流し込んで一気に固定するのである。
普通はやらない。
でも自信があったし、仕事では出来ないことも、ここでなら許容してもらえそうな気がしたのである。
それを考えると凹みそうにもなったけれど、部長が軽く手を叩いているのが分かる。
お前、良い奴だな。
気を取り直して、『完了』メッセージをトラッティン側に送信。
ストレスもタイムラグもなく届けられている。百億光年離れていても距離は意味をなさないことを証明していた。今この時にも。
「さてと接続は完了。どうですか?」
TDFのラスボス、フィオーレに訊ねた。
こいつが納得してくれたら問題はないだろう。
「壊すとか不具合が起きるとか考えないのかしら?」
「あたしが構築したんだし、問題ありませんよ」
その可能性はあったとしてもあたしは虚勢を張った。それがあたしの人生であるかのように。
「大した自信ね」左隣コンソールにフィオーレは優雅に腰を下ろした。
コンソールのモニター以外にも二つの画面が展開されているのが見て取れた。
嘘だろう? 超人過ぎないか?
「パーン、早速使わせてもらいましょう。動作確認をします」
「もう?」あたしは驚いた。「テストも無しに?」
「テスト送信はしているのを確認したわ。問題ないのでしょう?」
寒気のする笑顔だった。冗談が通じねぇ……。
「アフターサービスもありますし、お付き合いしますよ。ええと……」どう呼べばいい?
「フィオーレでいいわ。よろしくねオリエナ」
その後、二時間以上休憩無しに、パビリオン内でのパフォーマンスを確認していく。とんでもない情報量だった……。
あらかじめ用意している動きではなく、予測不能な動作に対応るように人とドレスの動きを合わせていくのである。変態的な情報量だった。
ありえねぇ。こいつら何者なんだよ。
因みに昼食もここで摂取した。ラインオペレーター部門の社食は可もなく不可も無くだったが、部長秘書が言った通り美味しかったし、栄誉のバランスもとれているため量を取りすぎてしまう。しかもデザート付きだよ。こういったカロリーでこいつらなんであんなに体形が維持形成されているのか不思議なレベルだった。
まあそれはどうでもいいか。
それにしても限界までスペック上げてオプション装備していてよかったと心底思いましたよ。プログラム量は半端なかったし、トラッティンとのやり取りも常軌を逸している。
耐えうるラインは出来たし予算に見合うものが提供できたと思う。まだ不満もあるが、反省しつつも良い酒が今晩は飲めそうだ。
それで良しとしよう。




