トラッティン産業博覧会③相克 10-4
4.反省会
「あ~、むしゃくしゃする!」帰りのエアカーの中で助手席のエレナは頭を掻きむしり唸り声を上げていた。「あいつ何なのよ!」
アリエーもそれは思わないでもないから、ハンドルを握る彼女はエレナの様子に同情しながら苦笑するしかない。
あれほど人をあげつらう人間を見たことがなかった。
「確かに腹の立つ言い方もされたけれど、私には途中から普通に対応してくれていたわ。だからこそエレナはオリエナさんの言葉に対して煽り耐性をもう少しつけないとね」
「あんな言い方されたら無理!」
「ほら、その口調。フィオに怒られるし、ディに悲しい顔されるわよ」
「だったらストレス発散させてよ」
「暇じゃないって言ったでしょう。まっすぐ帰るわよ」
ハンドルを握っているのはアリエーだったから、エレナは悔しそうだった。
「あいつ嫌いだ!」
「確かに口さがないけれど、私はオリエナみたいな客にも対応したことがあるから気にしないかな」
それにあれはストレス解消ではなく自己防衛みたいなものだろう。自分を守るために虚勢を張っているような感じがしてくる。それはアリエーも同じ気持ちになることがあるからこそ分かってしまうのである。
相手を不愉快にさせるのはどうかと思うが、一度確立してしまった性格は簡単に矯正できるものではない。隣のエレナの様に。
「あたしは無理!」
「無理だとしても、エレナがそのままだったら、オリエナがTDFに来たらまた絡んでくるわよ」
「勘弁してよ!」エレナは吠える。
「TDFにこれまでいなかったキャラだから、エレナの性格矯正にも役に立つわよ。オリエナとお友達になれたら素敵じゃない」
「本気で言っている?」
頷くアリエーの顔は本気だった。
オリエナ自身も友達や仲間を求めているように見えたからである。オリエナを見た時、アリエーがその内側の状態を感じたのは、ひっそりと広い荒野に根付こうとして風にユラユラと揺らぐ細い一本の苗木のような心だった。彼女自身も寂しがり屋なのだろう。
だからこそ虚勢を張って生きている。
「それにあたしがいなくてもよかったじゃない」
「プログラムやスペック説明に誰かプログラム班から来てもらおうとは思っていたけれど、シュルドさんがエレナにやらせようするとは私も読めなかったわ」
数値以外うまく説明できたものはない。アリエーも呆れるほど下手くそな説明で、オリエナもスペックをよく理解してくれたものだと感心してしまう。
「下手で御免」悔しそうに唇を噛みしめエレナは言う。「それにプログラム班ではあたしが一番仕事のできない下っ端だからでしょう」
「私もディの方が楽だったよ」
「そんなこと分かっているわよ。絶対そうだ」
「交渉も楽だっただろけれど、もれなくノルディックもついてきそうだったからね」
「あたしだってディは守れるのに」
「ノルディックは威嚇するだけで、エレナみたいにすぐに殴り掛かったりしないわよ」
「うっ……」
「選択肢としてはエレナしかなかったのでしょうけれど、エレナも対外的なことにもっと慣れていってもらわないとね」
この件はシュルドさんからの試練というよりは、親心のようなものなのだろう。
「分かってはいるけれど……」
「そうじゃないとトラッティンには連れて行けないわよ。お留守番したい?」
トラッティン産業博覧会には開催直前になれば、ほぼ全員が惑星トラッティンに赴き活動することになる。設営や管理だけでなく、コンパニオンとしての役割も担わないといけなかった。
「それだけは絶対に嫌!」
「それに『野良犬』のままじゃ嫌でしょう。ノルディックの様に『英雄』と呼ばれる様にならないとね」
エレナは口をへの字にしてふてくされていたが小さく頷いた。それを見てアリエーは微笑ましく思ってしまうのだった。エレナがヘソを曲げてしまわないように、口には出さなかったが。
オリエナはシャワーを浴びた後はリフレッシャーを使い緊張や身体のコリをほぐすと、肌着のまま、髪も下ろしすっぴんで何も付けずキッチンへと歩いていく。
生きているなと感じながら、冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出すとその場で缶を開け一気に飲み干した。
「ぷふぁぁぁぁあっ♪」
ミドルガ産の麦酒はホップが利いていて喉越しに良い。
最初の一杯を堪能すると、もう一缶取り出して寝室へと向かう。
オリエナが借りているアパートメントは2LDKの集合マンションだ。喫煙可のマンションを探すのには苦労したが、住み心地は悪くない。むしろ気に入っている。
タバコを見ただけで毛嫌いする人も多い。
テラ時代とは大違いで改良され進化しているがタバコは煙も出るから、どうしても臭いが出るし粒子が壁にこびり付こうとする。そうさせないように換気はしっかりとしていたし、汚さないように使っている。仕事でも制服にも臭いが付かないようにしていたが、あの野生児には気付かれたかもしれない。
「まあ、気付かれた方がいいか」
TDFに喫煙者がいるのかは分からないが、知っておいてもらった方がいいだろう。
タバコはオリエナにとって精神安定剤だ。
嗜好品として好む人もいるし、タバコは銀河系社会では麻薬指定されている太陽系もあるが、精神安定剤として医療品扱いされている星がほとんどである。医療品として薬局で処方されていたし、煙も出ない疑似的電子系煙草もある。臭いだって香水のような甘ったるいものから涼し気なシナモンの香りまで様々な種類が存在している。医療品だけでなく嗜好品として煙草を強力に輸出品として主力産業としている太陽系だってあるのである。
オリエナとしては舌や喉にひりつく辛くて重い感じの銘柄を好んで吸っていた。
今はパロルド産の『ラッキースターセブン』を好んで吸っている。これが身体にも精神にも合う。
会社では休憩時間に指定された場所でしか吸っていないが、マンションに戻ると精神状態次第ではチェーンスモーカーになってしまう。
体に良くないと指摘する医療機関もあるが、酒とともにオリエナは気にしていなかった。むしろ酒と煙草が太古から存在してくれていたことの方がありがたいと感じているくらいだ。
窓際の縁に座ると窓を開けてすぐにタバコに火をつけた。くゆらした紫煙が目の前で揺らぐのをぼんやりと眺めながら缶ビールを開けた。
ホップとタバコの苦みが舌と喉を潤す。
「今日もやってしまったな……」
相変わらず躁鬱の落差がありすぎる。
自分自身の感覚から言うと今は鬱状態が続いている。うっとおしいくらいに。
この性格が嫌でたまらない。
故郷から遠く離れたジプコ本社の採用試験を受け、採用まで至った彼女は出身の太陽系アンジェから飛び出してティーマにやって来た。誰も知る人がいな場所を選び人生をリセットするためだった。
こんな性格が嫌いだし、自立出来たならやり直すつもりでジプコに就職したのである。
大人しくしていればいいのに、新天地でもこの性格だけは治らなかった
「まあ怒らせはしたけれど、被害がなかったから良しとするけれど……」
アリエー・ファムカが抑えてくれたからよかったが、殴られれば病院送りになってもおかしくない状況だった。
それでもエレナ・ホナミ・ヤジマは新しく見つけた玩具のような存在になるだろう。揶揄い甲斐があるし、ほどほどに仲良くやっていけそうだ。
エレナは嫌がるだろうし、彼女が心底どう思っているか知らないが。
乾かした栗色の淡い髪は下ろしたままで肩口まで達している。サイバーメガネもそのままだったが、何かを検索しているわけではなかった。ぼんやりと煙の流れを見ている。
眼鏡も自分を隠すためのものである。目線や瞳から感情を読まれないようにスモークやサングラスのように色を付けることがオリエナは多い。もっともすぐに視力が悪くなるので週一で眼科に通い補正してもらっている。
「全く懲りていないな」
あの状況でエレナに殴られても文句は言えなかったし、契約自体無くなっていたことだろう。
「どっちがガキだよ」
自嘲気味に笑う。子供の頃からそうだ。
自分の欠点をあげつらわれるよりも先に、相手の性格やダメなところを指摘していく。自分を守るためとはいえ辛辣過ぎたし向こうが怒り心頭になっているのも分かっているが、それでも笑みを絶やさず畳みかけるように相手を翻弄していくのである。
それで自分以外で場がまとまればいいとさえ思っていた。
成人に近くなると、なあなあで済ませることでも、辛辣に指摘してしまうのは人間関係を面倒感じてしまうからだろうか。とりあえず許容してもらっているのか、許してもらっているが親友もいないし深い付き合いも家族ですらいなかったので、再婚した父の元から逃げるように地元を離れた。
同期も多くいたし同僚でよく話す子もいた。近しい年齢の飲み会にも参加していたが、やっぱり深く交わる気がいなのか表面的な付き合いが多く、自分から誘うことは無いから、もっぱら宅呑みがほとんどだった。
三本目の煙草に火をつける前に立ち上がり、冷蔵庫からビールのロング缶を引っ張り出した。再び窓際に腰を下ろすと黄昏ながら、アリエーの言葉を思い出す。
「あたしがTDF?」
冗談だろうと思ってしまう。
あそこは魔窟だろうに。
「採用半年で?」
この言動から苦情になったことも多いから、厄介払いされたという感じが強い。これでも社会人として営業には貢献してきたつもりだし苦情対応してきたつもりだったが、上はそう見ていなかったということだろう。
「やっていけるのか?」
疑問符だらけだ。
部長は『親の七光り』『親の脛かじり』『権力を笠に好き放題』と言われ『秘書殺し』『美女狂い』とまで言われているし、所属しているのも『狂犬』と呼ばれた猛者や『新人キラー』『毒舌』という輩がいる。『野人』や『野犬』がかわいく思えてくるほどの人物が顔をそろえているため『魔窟』とさえ本社の紳士淑女サイトでは言われている狂気な部署だった。
その潮目が変わったのはバレーボール大会であろう。
部長秘書が大会実行委員会でTDFのことをけなしてくる連中から涙を流しながらTDFが素晴らしい人がそろった部署であると訴えたのである。優勝できると言った秘書の言葉に彼らは応え、本当に優勝を部長秘書に捧げていた。美談として本社内に伝わり、プロ集団相手に圧倒した姿は感動以上にその能力の高さを示したのであった。
その前には狂犬がマフィア相手に単身人質救出と事件解決に尽力したとして社と銀河保安局から表彰されているのでる。バレーボール大会の活躍と相まって、その評価は変わっていった。
彼らの活躍ぶりに、一部では双璧の美女以外にもファン倶楽部が出来ていたのは面白おかしかった。その後、社長からTDFのトラッティン産業博覧会への正式な参加が宣言され、敵対勢力も増えたが社内で彼らの注目度は上がっていくのである。
「面白い現象だ」
ラインオペレーターの間では社長の発表以前からトラッティンとの強固な通信システムを確立させていた事を評価する声が上がっていたし、オリエナ自身面白そうだと感じてそのラインの状態を追っかけていた。
惑星間を結ぶ通信ラインは人で言えば血管のようなものである。血液は情報でありウィルス対策のデータだ。血小板は浸食しようとしてくる外部データを遮断する力になっているといって過言ではない。何度見てもそのラインの堅牢さと優美なデータプロクラムによだれが出てきた。
気にはなっていたが、自ら進んでTDF側のラインには関わろうとは思っていなかった。プレミアムコースをあの二人が知らなかったのは意外だったし、向こうからライン管理と設計を自分が指名されるとは思ってもいなかった。
「新人だし、あれくらいの容量になると営業には触らせてもらえないのよね」
このチャンスに乗らない手はない。しかもTDFに異動となれば今回のカスタマイズラインの他にあのラインも直接触れることが出来るはずである。
人間関係よりもそのことの方が重要だ。
「予算も潤沢。どこまでラインを盛ってやろうかしら」
自然と笑みが浮かんでくる。
口角が上がり、にやけてしまっているのが分かるほどだった。
「営業に煩わされることなく構築に没頭できるのが素敵すぎる」紫煙を見つめながら缶ビールをさらに開けるとニヤ付くのだった。「とことんやってやろうじゃない。待ってなさいよTDF」
煙を思いっ切り吐き出すと、更に缶ビールを開けるのだった。
今日のことはさらりと流し、明日は気持ちを切り替えていこう。今晩は酔いつぶれるまで飲む気だ。




