トラッティン産業博覧会③相克 10-2
2.反骨
「ミズウラ君はどうしてジプコを志望したのかな?」
オガワは対面にいるトモカネ・ミズウラに訊ねた。
一対一の面談だった。
彼は銀河標準歴三百四十一年生まれでこの年に十九歳になる。出身は太陽系エディオの第六惑星トリークで、一浪してエディオラ総合大学に合格し文学部を卒業している。
見た目は眼鏡を掛けた優男風だが、ジュニアの頃までは太っていたらしく心機一転鍛え直して今の体形を維持しているというので意志の強さが見て取れた。ウォーキングが趣味でウィンタースポーツはかなりやり込んでいるようだ。極寒の惑星ティーマを志望したのもそのことがあったのではと推測できた。
文学系からの志望は意外に見えたが、ジャーナリスト志望であり、そのことから通信産業にも興味があったようだ。
彼の見た目は普通にも見えるが、話してみるとかなり変わった思考と反骨精神が見え隠れしている。
「情報通信産業自体に興味があってです」
彼曰く情報通信産業もメディア系であると言いたげであった。
志望はジャーナリストだったが、ことごとく受けたメジャーメディア会社の試験と面接に落ちてメディア系は全滅だったようだ。大手系は諦めローカル系のメディア産業を目指そうとしていたが、その前にジプコをたまたま受けた結果、オガワの情報網に引っかかり最終面談まで来ていたのである。
プログラムに関しても最低限のC級ライセンスは取得していたので通常業務での問題はない。
「趣味欄には音楽全般とありますが、どこまででしょうか?」
「本当に全てです。聞くことから評論、演奏まで全てです」
「演奏もですか、楽器は?」
「ピアノが出発点ですが、オルガン、チェンバロなどの鍵盤楽器から、キーボードも弾けます」トモカネは淀みなく答えた。
「バンドとか楽団に所属していたことはありますか?」
「ありません。ビアノコンクールにはジュニアの頃に出たこともありますが、どこかに所属しようと探したことはありませんし、自分が所属してみたいと思える場所もありませんでしたから」トモカネは真顔で答えた。
「そうですか。曲は作りますか?」
「はい。何曲か作りましたし、公開もしています」少し苦笑するように彼は答えた。「あまり良い評価は得ていませんが」
「それは今も聴くことが可能ですか?」
オガワの問い掛けにトモカネは頷くとアドレスを示した。ネット上には二曲上がっていて、どちらもインストだけの五分以上ある曲だ。ひとつはマイナーコードを使ったポップス調の曲で何かしら人生を語っっているように聞こえてくる。もう一方はメジャーコードを使いつつもフォークとロックを交えた少し懐かしめな曲調であったが、彼の意志が反映しているような感じである。
「これだけできるのであればプロにも進めたのでは?」
オガワは感想を口にした。
「あくまでも趣味です。プロの方々にはおこがましい。それに自分はジャーナリズムの分野を目指そうとしていたので」
「なるほどこだわりがあるという事ですか」
「そうですね」トモカネは頷く。「例えばバルナ・ホナスはご存じですか?」
近代銀河系クラシック界に革命をもたらしたとされる人物を知らない人間はいないだろう。
「その彼の楽曲であっても、指揮者や楽団の演奏によって解釈は変わってきます。同じ演奏はないと思っていただいていいかと。数多の演奏があり、超メジャーなテラ交響楽団やアレクサンドリアなどの楽団が評価されがちですが、自分としてはレイズやローデシアの楽団の演奏が素晴らしすぎました。評論家は名前ばかり見て何を見ているのかと言いたかったし、指揮はパロヤナよりもベームの方がバルナ・ホナスを理解している。そう言ったところを見るべきだと自分は感じるのです」
「……なるほど」そこに拘りがある?
多くのものを耳にして自分の嗜好で取捨選択しているのが話から分かった。オガワにはその到達点がどこかは分からなかったが……。
シンシマもクラッシックに明るかったはずだ。彼と話をさせたならかなりディープな論争になるのではとオガワは感じてしまう。そこで意気投合するか刺々しい論争になるかは分からなかったが……かなりマニアックなものになるだろう。
「ミズウラ君は自分の音楽の原点がどこにあると思いますか?」
「最初はピアノを習ったことからでした。ピアノ曲から古今東西のクラシックに興味は広がり、ジュニアではフォーク、その後ロックへと嗜好を変えています」
影響を受けたミュージシャンをトモカネは上げていく。それはオガワも聴いたことがある名立たる奏者も含まれている。
かなりの数の音源を聴いてきたため出発点はあったとしても、これまで取り込んできたものが合わされしまい、それは原型を留めていないだろうと彼は言う。
「ジプコに目が向いたのは」トモカネは白状するように言う。「ユリウス・ドリスデンのCM曲を聞いてからでした」
想像以上に彼女の曲は銀河系の人々に影響を及ぼしていたようである。
「いい曲だよね」
「そうですね。ユリウス・ドリスデンはデビューしてまだ三年余りですが、まだ自分を確立していないような曲が多いです。ポップス調であったり、それでいて弾き語りのような語り掛ける意味合いのフォークな曲もあり、最近ではロック調の曲も歌っています。バラエティに富んでいると言えば聞こえがいいですが、自分が見えていない感じがします。それがあのCM曲では民族音楽的な曲を取り入れ歌いかけていました。こんな曲が書けるのだと驚きました」
「面白い意見だね。評論家を目指しても良かったのでは?」
「自分がメジャーな意見ではないと理解しています。異端の意見として取り上げられることはあるでしょうが、それでもあくまでも異端です。大勢の意見を代返しているものではありません」
「面白いと思うのだがね」
「そう言ってもらえるはありがたいことです。記者目線で行くと事実を客観的に報道しそれを伝えることが大切だと思いますが、こと評論になると自分の我が入りすぎているはずです」
彼は自分が語りすぎてしまうのを理解しているようだった。それがオガワには好感が持てた。
「なるほど今はどのような曲を聞いているのかな?」
トモカネの目が光ったような気がして、オガワはこの質問が失言であったと理解する。
「トローリアにある小さなコミュニティの歌とかでしょうか」
「コミュニティ? 民族歌みたいなものなのかな?」
「出来て二十年程の集落です。思想的な集まりでしたが収録されているのは彼らが鼻歌代わりに歌っている主義主張みたいなものですね。朝起きたら顔を洗い歯を磨け自分自身を見ろ。寝る前には瞑想しろ、ある意味カラオケよりも酷いものかもしれません」
「そうなのが商業化されているかい?」
「超マイナーレーベルですが、存在しています。もちろん銀河系レベルで流通しているものではないので、見つけたとしても取り寄せるのは苦労しましたが」
「な、なるほど」
レーベル名を聞かされたが、聞いたことがないメーカーだった。かなりローカルなのかもしれない。
「他には地球時代のシャーマンの祈祷の原版を手に入れることが出来ました。これはリマスタリングしていない貴重なものです」
「そうなのかい?」
「当時の原版は現地でそのままマイクなどの収音機器を向け録音しています。そのために外の話し声や物音までも拾っていることが多々あります。そういった雑音と言えるものまで直に聴くことが出来ます。同じく教会に設置されたチェンバロを使って収録されたミサ曲がありますが、早朝に録音されたのか鳥のさえずりや航空機の飛行音まで拾っていました」
「聞きづらいのではないだろうか?」
「本来の音楽はホールなどの無い時代から演奏されています。曲の完成度を求めるのならスタジオで収録すべきでしょうが、祈祷はその場で行われるものであり神聖なものでした。ミサに来た人々はスタジオではなく教会でその曲や歌を聞いたはずです。歌や曲の始まりは風の音や虫の声、鳥の囀りであったはずです。それを人が音楽として形づくってきています。私はその原点を聞いているのだと思います」
「血肉となればいいですね」
「そうですね」トモカネは微笑んだ。「そういった音が作れたらいいですね」
オガワは素直に頷くトモカネを見て、トラッティン産業博覧会のTDFのテーマに合っているのではないかと思ってしまうのであった。
「ずいぶん変わった人物だ」
オガワの話を聞いてシュルドは言った。
「淡々とした感じで話をしていたけれど、かなりの熱量を感じたよ」
「心に響くものがあったと、それで採用になった?」
「心というよりは耳に残ったね」オガワは思い返してみる。「パーンにも彼の曲を聞いてもらったら、反応は薄かったけれど、駄目だとも言っていないからTDFに来てもらうことにしたんだよ」
「まあパーンは作品に関しての感想は、ほぼないですからね」
出来て当たり前と思っているのか、ダメ出しがないことが、良かったとみるべきなのだろうとシュルドも思っている。
「彼はTDFのことをどこまで知っているのですか?」
「研究機関という事しか話をしていないよ」オガワは言う。「あとはパーンに説明してもらおうと思っている」
「相当面食らうでしょうね。作曲なんて」
「ホーカルも何とかなっているから問題ないだろう。パーンのことを受け入れられればね」
「まあそれが一番でしょうかね」
「今のところ最初の頃の秘書以外は、パーンのお眼鏡にもかなっているようだから、何とかなって欲しいよ」
「オガワさんもご苦労様です」
空いたグラスにシュルドはビールを注いでいく。
「新採はキャスティとその彼ですか? そうなるとあとは転入組ですか? 一人はラインオペレーターに持って行かれたという子ですか」
「彼女はどうしても必要なピースだと思っているからね」
「まあ能力的なものは問題ないとして、社内ネットでは人格的なことを言われているみたいですが」
「そんな話も聞こえてくるね。その辺りはフィオーレに任せようと思っているよ」
オガワは苦笑する。
「オガワさんが匙を投げるのですか」
「私も話をしてみるし対話は続けるけれど、狂犬や野犬を手なずけた世話好きの方がいいような気がしてきたんだよ」
「オガワさんもTDFに染まってきていますね」
「そうかもしれない」ピッチを上げるようにオガワグラスを空けた。「オリエナ君を引き取る絡みで、もう一人預けられることになってしまったよ」
「抱き合わせ商法みたいなものですか」
「そうなるね。タンバ・イルト・シーストン君がTDFに来ることになった」
「聞いたことがある名だ」シュルドは社内ネットを検索する。「私やオガワさんと同年代ですね。療養期間が終わったのか」
タンバの名はジプコ本社でも知れ渡っている。
広告課一筋で次の部長候補であるとされていたし、信望も厚く仕事もできる人物だった。
二年ほど前に部下の大きな失策をカバーするために遁走した挙句、精神に疾患をきたした。数ヶ月にわたって顧客や社内上層部と折衝を続けていたため、神経をすり減らし胃が痛くなる日々が続いたのではないか。謝罪だけでなく損害賠償から、部長やさらには取締役から罵声を浴びせられていたとも聞く。
解決には至るもタンバは出社できないほど追い詰められていたようで、長期離脱を余儀なくされたのである。
「TDFに来るという事は降格ですか?」
「とりあえずTDFで役職は用意するが、負担にならないようにするよ」
「それがいいですね。うちには世話好きも多いから何とかなると思いたいですね」
「そうだね」
オガワはシュルドの肩を軽く叩く。
「出たとこ勝負になるかもしれないが、うちに馴染んでもらいたいものだよ」
タンバは転職組であったが、同郷でありまだ会社が小さかった頃にはしたし気に飲みにも行っていた人物でもあったから、彼の生末を案じているのだろうとシュルドは見ている。
「彼は戦力になる」オガワはグラスにビールを継いでもらいながら言う。
「確かにそうでしょうね。療養明けになりますから無理はさせられませんが、フィオーレや若手の相談相手にもなってくれるでしょう」
「きっとそうなるよ」オガワは頷く。「最後の五人目はうちを希望してきた」
「物好きですね」
反射的にシュルドはそう言ってしまう。
「そうとも言える」オガワは苦笑いしている。「クルス・バートン・フルクス君は」
「どこからですか?」
「総務部厚生課からだよ」
「オガワさんの部下ですか。よく飲みにも行っていたんですか?」
「極力採用や人事には関わろうとしていたけれど、彼の採用は四年前だったので、忙しかったのか関わっていなかったんだよ」
オガワは苦笑する。
本社採用や転出転入に関する人員や出来事はいくらあると思っているのだろうか、それにすべてに目を通すのは不可能に近いだろう。
オガワがただ承認するだけの上司でなかったのは幸いであったが。
「彼の総務での評価も悪くはないが、彼の能力からするとデータ処理系の仕事の方が合っていると感じたよ」
「という事はそれなりのライセンスを持っていると?」
「大学でC級は取得済みだよ」
「それが何で、総務に?」
「彼の人柄と言うか性格からかな。とにかく明るくて人当たりが良いらしい。それだけを見ると厚生担当というのも合っているように見えるよ」
「酒好きで、女好きですか……」
社内ネットの評価を見てシュルドは呆れる。
「トラブルにはなっていない。それは厚生課の課長にも確認しているよ。課内ではムードメーカーで、レクリエーション担当として去年の社内バレーボール大会も仕切っていたそうだ」
「もしかして、そこでTDFの女性陣を見て、希望したという事はないでしょうね?」
「それが正解だよ」
「アサノかよ」シュルドは眉間にしわを寄せる。
そのアサノを見るとフィオーレの尻にでも手を伸ばしていたのだろう。彼女に手首を捻り上げられているのだった。
「勘弁してくださいよ」妻に手を出そうものなら首を捻ることも簡単にやれるだろう。
「そこは大丈夫だろう。フリーな子にしかモーションはかけていないようだからね」
「まあ、妻帯者にまで手を出そうものならフィオーレが黙っていないでしょう」
「そういうことだよ。それに彼には婚約者がいるらしい」
「欲求不満ですか?」別々の星系で暮らしているという話を聞くとそう思ってしまう。「知られたら穏便には済まないでしょう」
「それが同僚や課長の話からすると、女性絡みのことでも一切合切話しているという事らしい」
「はあっ?」変な声が出てしまう。「どういう神経なんですか?」
「理解に苦しむよね。それで喧嘩にもならないし別れ話にもならないらしい」
「相手の器というか懐が深いんですかね」
「それが円満の秘訣だと、彼は言っているそうだよ」オガワも呆れるしかなかった。「面白いよね」
「かなり癖が強そうですね」
「そういった子の方が、うちに馴染むかもしれない」
「そうなんですかね」理解に苦しむシュルドだった。「まだタンバ氏やその厚生課の子とは話をしていないんですよね?」
「近々会う予定だよ。その時はどうだい?」
オガワはグラスをシュルドに向けてくる。
「考えておきますよ」
シュルドはグラスを合わせると麦酒を飲み干すのだった。




