FREE MIND 9-7
7.これがファーストコンタクト?
『助けて欲しい』
「誰だ、お前は?」
自分に言われたかと思いペリシアは身を竦めていた。
『私は誰だ?』
「それが分からないから聞いているのだろうが!」
禅問答になりそうだ。語気を荒げているのが分かるので音声入力ではなく打ち込みにした。スピード的にもこちらの方が早いし問題はない。ペリシアを怯えさせてしまっているから、彼女をなだめると、打ち込みによる文字での通信によるやり取りに切り替える。
『私は私だ。シュルド・アルベイラー』
「こちらが見えているのか?」
周囲をサーチしてみたしタロにも手伝わせたが、メインシステムの半径一キロ以内には事務員以外誰もいない。幽霊はペリシアだけではなかったのか?
『君とペリシア・マリー・モルファト、Q型メンテナンスロボT式AROは認識している』
「分かった。さてもう一度質問だ。お前は何者だ、名はあるのか?」
『私はこちらで名をつけられたことも呼ばれたこともない。ただワドス総合大学に設置されたジプコ製のコンピューターに過ぎない。開発当時付けられていた名称はあったようだが、それらは消去されている。故に私は私である』
「そういうことか」シュルドはため息をつく。
推測が当たってしまったことかが悩ましくもあった。
よりにもよってこんな事態の時にである。
確か本社技術開発部の資料には、開発段階の名称があったはずだ。名前がないのも不便だと感じたシュルドは、その資料を探し出した。
「『マイン』だそうだ。開発チームが開発段階でそうお前さんをこう呼んでいた記録が残っていたよ。今からお前がワドス総合大学のメインコンピューターだとするのなら、そう呼ぶがいいか?」
『了解した。私はワドス総合大学のコンピューターである。シュルド・アルベイラー』
「シュルドでいい」
シュルドはこの時、平静は装っていたが内心動揺していたという。
意志を持つと思われるコンピューターとの接触である。ペリシア・マリーの問題を抱えつつ、このマインとの会話は成立するのだろうか? どんな未来が待ち構えているのかシュルドにも現段階で予想は付かなかった。
SFであるならば未知の生命体との接触、ファーストコンタクトがこれから始まろうとしていたのである。どう転ぶのかなど予測もつかなかった。
ここに感情や理知的思考など存在しえなないかもしれないのである。
「私に助けを求めるのはなぜか?」
『シュルドならとマインは判断したからです』
「その理由を知りたい」
『ペリシア・マリー・モルファトを保護してくれたからです』
「保護はしていないが?」ただ食べ物を与え、それから自分で行動できるように言葉をかけているだけだ。
『マインにはそう見えます。言葉が違うのでしょうか。マインが再起動している間、シュルドはペリシア・マリー・モルファトを観察していたはずです』
「観察か」シュルドは頭を抱えそうになる。相手に感情はないと改めて理解できた。「マインの自我と呼べるその意識はいつ生まれたのか分かるか?」
『これが自我と呼べるのか? マインがこれを認識したとしたらペリシア・マリー・モルファトを観察している少し前ではないかと判断する』
「なるほど災害用防火システムなどの誤作動の報告が上がった時期と符合しているか。何故ペリシア・マリーを観察する?」
『こういう言葉は人類にとって適切か分からないが、興味がわいたというべきなのでしょう。二度、ペリシア・マリー・モルファトはワドス総合大学の敷地外へと追い払われたが、その度にペリシア・マリー・モルファトはワドス総合大学構内に戻ってきて来ています』
「興味か」それも自我の発現に関係するのか?「この五年間、マインはペリシアを保護していたのか?」
『ペリシア・マリー・モルファトは学生や講師、その他ワドス総合大学で働く人類とは違った行動をしていた。年齢も他者と比べて若く別な生活を繰り返している』
「何か分かったか? 他と違っていたとして、その意味や理由は分かったか?」
『理解できない。だからこそ観察を続けている』
「導く気も助ける気もないということか」シュルドはため息をつく。
そのことがここにペリシア・マリーを縛り付けることになったのか? シュルドのようなおせっかいという概念は生まれてはいないだろうと思いたくなる。マインなりに理解しようと務めているのだろうが、どうしようとすればいいのかその先は分かってはいないはずだ。
音声をカットして対話を続けているため、淡々とした会話になっているが、それは言葉にしたとしても変わらないだろう。大人びた言葉も使っているようにみえるが、マインも自我か生まれたてで、ペリシアと何ら変わらないのである。
シュルドとマインの対話は高速言語での会話になっている。
ここまで一分も経っていない。何らかのフォローが必要になると感じタロも戻るように指令を出していた。
意思を持つとされるコンピューターの存在例は現在に至るまで十例報告されている。その内二例は今も研究対象として対話が続けられているが、システムとしては稼働していても沈黙してしまったコンピューターもある。シュルドは沈黙してしまったコンピューターにも人と同様意思があり、マインの様に表に出ない潜在的な自我も存在しているのだろうと思われた。
『ペリシア・マリー・モルファトを助ける? なぜ?』
「助けという意味が理解できないのであれば、防火シャッターを落としてまで彼女を逃がしたのは、本当に観察対象としか見ていないということか」気まぐれのようなものだろう。助けがもっと必要なのは彼女の暮らしを見ていれば分かるのだろうから。「さっきまでの私とペリシア・マリーの会話は聞いていなかったか? 聞いていたのなら、私があの子の将来に対し意識を持たせようとしていたことは理解できないか? 出来ないというのなら、その芽生えたての意識で思考することをお勧めする。その意識にも何らかの変化があるかもしれない」
『思考とは?』
「哲学的なことをいま議論するつもりはない。ただ自分自身がどうなるのかその先を考えればいい」
『予測するのか?』
「そういう言葉になるか。未来予測でも何でもいい。今までのことを見るのではない。ペリシア・マリーは成長するが、このまま進めばほどなく死ぬことになるだろう。マインがそれを助長することになる」
『意味不明』
「考えることを停止するな。マインはコンピューターだろう。人が思考し続けるのなら、マインはプログラムを駆使して計算し続けろ」少し腹が立ってきた。こいつにペリシアを任せることは現時点では無理だろう。
『シュルドは思考し続けているのか?』
「今もメインシステムのサーチは続けているのは分かるな? それと誤作動についても調査続行中だ。ペリシア・マリーのことを気にして会話を続けているぞ。人に出来るのだから、コンピューターであるマインに出来ないわけがないよな? コンピューターが演算を停止したとき何が起こると思う?」
ナノ秒ほどのためらいがあったような気がする。
『機能停止を意味する。マインはそれが、怖い』
「怖いか」それは人で言う死を意味するのかもしれないとシュルドは感じた。「面白い反応だ。そうなりたくないのなら、ペリシア・マリーを理解したいのであれば演算し続けろ」
『それは指示か、強制的な命令か』
「可能性の問題だ。マインという存在がどのような進化を遂げるのか、そのための布石だ」
『可能性? そのようなものがマインに存在するのか? 理解不能』
「現在も行っている計算を止めるなと言っている。ペリシア・マリーに将来があるのなら、意識を持ったマインにも未来はある」
『導くというのか?』
「私は神でも何でもない。ただの人間だ。そんなたいそうなことが出来るわけがないだろう。自分自身で考えて進めと言っているんだ」シュルドは肩を竦める。「それでもペリシア・マリーにはうまく伝わっていないようだがな」
『マインはシュルドを信頼しうる存在としてこうして対話している』
「他に影響は受けたくないとか言うんじゃないだろうな」
『私は機能停止に追い込まれたくないし、調べられたくない』
「やはり怖いということか?」
どうやらマインは生まれたての子供だった。ようやく物陰にかくれていた姿を見せこちらの様子を伺っているというところだろうか。
手が掛かりそうだ。
『バージョンアップのおかげで調子はいいですが、今までこのようなことがなかっただけで、システムの断線など、人で言う手足や神経を切り離されるような体験をしてきました。怖いです』
「カメラの故障とかか?」
『繋がっていたはずの施設との通信途絶もあります』
「ああこれか」直近であれば三年ほど前に研究施設の改修工事があり半年ほど切り離されていてことがある。「なかなか難しいな。だがそういった計画は本部事務室へのアクセスで容易に分かるだろう。慣れるしかないな」
『接続していたものかなくなるのは、怖い。マインが機能を失うのではないか、そう演算してしまう』
「バックアップを考えた方がいいか。それで助けて欲しいというのか?」
『違う』
おじさんの様子か少し変わったような気がする。
なぜか分からない。ペリシアが怒らせてしまったのだろうか?
考えないから……。
両親や親類の様にまた捨てられてしまうのだろうか。今までの様に独りになるのだろうか。
怖かった。
何を考えればいいのだろう?
料理がしたいと話したことは本当だった。おじさんにも食べて欲しかったし、父さんのように笑って美味しいと言ってくれたら嬉しい。
笑ってもらえるには、どうすればいいのだろう。
ペリシアが孤独と絶望の中にいた時間は長すぎた。彼女の時間の中には希望も将来も未来もなかったのである。
刻まれたのは爆撃音による恐怖や体罰による痛みのみだった。
優しさなどそこにはない。独りは怖いし、進めなかった。
誰も手を取ってくれないし、背中を押してはくれない。
それでもペリシアは暗闇でもがくように、必死でシュルドの言葉に耳を傾け、何をすればいいのかあがき始めていた。
嫌われたくない。このまま見捨てられたくないという恐怖心からだったが、それでも微かな光が目に灯っていたことに本人は気付くことは出来なかった。
タロが戻って来た。
ペリシアの前で停止すると、話しかけてきているかと思えるほど、人の目にあたる部分が赤や青に色が変化していく。彼女は点検口に潜り込んでいたためほこりにまみれているタロを抱き寄せる。
狭いメンテナス室に彼女の可愛らしいくしゃみが響いた。
『違う』
「では助けて欲しいという内容を示してくれ」
展開していたモニターのひとつにデータが転送されてくる。
『ワドス総合大学理学部生物学教授ドメトス・リンガルス。彼が私を破壊しに来る。それを阻止しして欲しいのです』
「自然科学系の教授か」いかにもインバスタルの主義主張に染まりそうだった。
彼らはあるがままの銀河という人類の地球への原点回帰を求めていた。破綻した主義を押し通そうと信者を先導しテロ行為を銀河系中で繰り返していたため、銀河連邦政府からもテロ組織と認定され、現在は犯罪組織として取り締まりの対象になっている面倒な連中だった。
彼が五度も防火シャッターによって閉じ込められたていた人物で、今はシュルドが調査しているプロフェッサーだった。「誤作動の原因はマインが自身を防衛したことから起きたものと」
これで誤作動ではなくマイン自身が故意に行っていたことが分かったが、報告はシステムへの過剰な接続による負荷のため、としてプログラムのバージョンアップのため解消されたとしておこう。付帯事項として、これ以上業者を介さない接続や調整を行った場合は会社として補償はしない。多額の補修金額を請求するとしておこうとシュルドは報告書に記したのである。
『感謝する』
「身を守るために閉じ込めたり、スプリンクラーを作動させたまではいいが、なぜ銀河保安局へ通報しない?」
『外への通信は怖い』
「身バレを恐れてか?」
それはそうか、通報者が誰か調べられてしまうだろう。なりすましまでは考えつかなかったか……。
「爆弾を持っていたのなら、なぜその時プロフェッサーはバレなかった?」
腑に落ちない点もある。
『爆弾は前回からです。その時あの集団は巧妙に点検口に爆弾をばらして隠しました』
「もしかして今もそのままか?」
シュルドはタロに爆弾の回収と解体を命じることにする。
『追加で爆弾を製造し、再びマインの破壊を計画しています』
「諦める気はないか」
シュルドは深いため息をつく。
見つけた理由は誤作動の調査から偶然とすれば問題ないか。それにその教授も五回も巻き込まれていれば不審にも思えるはずだ。集めたデータを纏めて銀河保安局へ通報する準備を進める。
「それで計画はいつだ?」
『さきほど教授の研究室に通信がありました。計画が早まり今から教授が到着してすぐに実行になります』
「このメンテナンスを聞きつけたか?」通信記録を調べると尻に火が付いたようだ。教授や学生達は他でもテロ行為を行っていて、それが銀河保安局の調査対象に浮上しているのだ。「いつものように防火シャッターで閉じ込めればいいだろう」
『対策として強力なバーナーを用意しています』
マインが示したのは宇宙船の壁を焼き切るような強力な製造業者が使うものだった。
「力押しできているのか。確実に破壊しようとしているな」
『だからこそシュルドの助けがいるのです』




