天使と完璧令嬢 2-1
1.新作ゲームのタイトルのこと
ゲームタイトルは重要である。
そうノルディック・ドリスデンは銀色の髪を振り乱し巨体をゆすりながら熱弁していた。会議室での話し合いは一時間にも及ぶが、その大半がノルディックのゲームに対する熱き語らいであった。
迫るその姿は相変わらず圧迫感があり、彼の発する熱量をパーンは暑苦しいと考えてしまうほどだ。
「ノルディックはどうしても『グランダー』の名をゲームに冠したいという訳ですね」
「さっきからそう言っているだろうが」拳を握りしめる。「オレにとってのきっかけで有り、憧れでもある『グランダー3』だ。長く温めて来たゲーム企画、とって置きのゲームプランだからこそ、その名でやりたいんだ」
「分かりました。でも版権許諾が下りますかね?」
歴史上有名な事件に登場する名ではあるが、それを正面から扱い冠した作品は長らく現れていないのである。
それが心配だというパーンに、ノルディックは腕組みし胸を張った。
「それは何とかなる」
「どうしてそこまで言い切れるのです?」
「口約束だけれど、オレが子供の頃に先方から許可をもらっている」
「どうやって? とは聞かない方がよさそうですね」話したそうなノルディックを制する。「十五年くらい前でしょう。子供の口約束なんて忘れられているのでは?」
「男と男の約束だ。それを違えるようだったら、もう一度殴り倒す」
どうやらノルディックは銀河標準時で八歳の頃、現役ログナーとガチンコで戦ったことがあり、そのやり合った人物こそが実は創設者ファミリーの直系だったりするのだった。
「なんかすごい話ですね」
「オレはその頃には身長は百六十センチあったし、体重もそれなりで師匠である爺さんに鍛えられていたから簡単には負ける気がしなかったからな。今でもその人とは年一くらいでメールのやり取りをしているし、この件を伝えたら一度話がしたいってなった」
「それを先に言ってくださいよ」
「ゲーム企画のことを話すのに夢中になっていて忘れていた。すまない」
「会うっていうことは、向こうの星系に行くってことになりますよね? 確か太陽系ワルナーでしたか?」
「そうそう。その星系にある惑星グランダー」
「ログナーの星として有名ですよね」
「それでだ。こと契約が絡んでくるんだ、ちゃんとした人が行くべきだろう? 誰か行ける人がいないかな?」
「今のTDFにそんな人手があると思いますか?」
「そうだよなぁ。オガワさんに無理させるわけにもいかないし」
「でも契約は重要ですからね」パーンが扉の方を見ると用件を終えたオガワが、どうやら戻ってきたようだった。「オガワさん、良い人いますよね」
扉が開いたとたん突然投げつけられた言葉にオガワは面食らう。
「話が見えないし、なんで断定的かつ決定事項になっているんだ?」
オガワは苦笑しながらコーヒーを手に腰を下ろすと、パーンとノルディックの話を聞くことにした。
ゲームへの情熱もさることながら、ノルディック・ドリスデンの『ログナー』と『グランダー3』への入れ込みようは異常だと感じるほどだった。
二百年ほど前の宇宙歴(UC)百七十六年に起きた『ワルナー太陽系事件』は銀河史史上でも有名な事件のひとつであるが、そこで活躍したログナー達の詳細を知る者はそう多くはないのではないかと思われる。宇宙の運び屋、何でも屋と言われる彼らが歴史の表舞台に顔を出すことは少なかったからである。
その一人一人の活躍をまるで見てきたかのように熱く彼は語っていく。
ノルディックは少年期にジャスティン・オキノの著書『ワルナーの光と真実』『ログナーの軌跡』というノンフィクションの歴史ドキュメンタリー小説を読み感動した挙句、両親に頼み込み家族でログナーの星、惑星グランダーまでの家族旅行を実現させていた。一週間滞在して観光そっちのけでノルディックは宇宙港やアポ無しでログナー評議会ビルへと単身乗り込んで行き、そこからログナーと親交を深めたのだという。
すさまじいばかりの行動力だった。
太陽系ワルナーで起きた歴史的大事件は宇宙海賊と裏で大企業が結託し、惑星を支配下に置き資源を独占したことに端を発する。惑星の人々を奴隷のように抑圧されていた彼らから助けを求められた現代ログナーの先駆者でもあるグランファミリーは動こうとしない銀河連邦政府にも頼ることなく、少数で巨悪に立ち向かい彼らを解放するまで戦い抜いたのである。
その物語は何度かドラマや映画の素材ともなっていて、活躍したのは巨大ロボット『グランダー3』で、機動人型兵器の原型となった惑星開発用ロボットを基にした三機合体型の人型巨大ロボットであった。
最終決戦ではグランダー3と母艦ジュノーだけで、百隻以上の宇宙海賊艦隊と渡り合い惑星ワルナーを守り抜いた奇跡の戦闘とも言われている。
ノルディックは企画したシューティングゲームでは当時の実機と搭乗者をキャラクターにして史実通り再現し、ゲームに使用したいというのである。
実名が出るのであれば故人であったとしても、その子孫である方々からの許諾がいる。
パーンが「似たようなネーミングとキャラではだめなのですか?」と問うと「やるからにはこだわりたい」とノルディックは答えるのである。
「営業や契約交渉が出来て、ノルディックを任せられる人ね」
話を聞いてオガワはパーンを見つめる。彼はそういった人物をオガワが知っているはずだと信じて疑わない目を向けてきていた。どこからそう言った自信がわいてくるのだろうなと思いながら、入室際のパーンの言葉を思い浮かべる。
「良い人いますよね、か。パーンの秘書すらあてがうことが出来ていないのによく自信に満ちた言葉が出てくるね」
「秘書の話は置いておいて、いますよね?」
「いるよ」深くため息をつく。「そのことでパーンに相談しようと思っていたところだったんだよ」
「営業畑の方ですか?」
オガワは首を横に振る。「データ処理部に所属するプログラマーだが、すごく良い娘だし、能力も高い」
「TDFにオガワさんはその方を引き入れたいのですか? 何か問題でも?」
「彼女のことは先日辞職した旧三課の課長から頼まれていたんだよ。それで総務の方で引き受けようと思っていたが、TDFの案件が降ってわいてきただろう。TDFがスタートしてからにしようと準備は進めていたんだが、ここはこういう状況だろう? 彼女の意志も確認しなければならないし、どうしたものかと思っていたんだよ」
「つまりはどうしようも無いこの部署に大切な方の娘さんを迎え入れてもいいのかと思っているのですね?」とパーン。
「現状からすればそういうことになる」
オガワは厳かに告げる。
「箱入り娘ですか? まあ個性的で変態的な部署であることは認めますよ」ノルディックは肯定する。「部長自ら進んで泊まり込んでみたり、オレも状況がブラックこの上ないと思いますしね。心配になるのももっともです」
「シュルドさんもノルディックも癖が強いですからね」
「パーンに言われたくないし、お前よりはましだと思っているんだがな」
「おかしいですね」
「秘書が続かないっていうのはどうなんだよ」パーンを睨んでノルディックはオガワに言う。「パーンの秘書問題も大概ですよね」
その言葉にオガワは苦笑いを浮かべるしかなかった。
パーンの奇妙で奇怪な行動と思考についていけず、TDF開設前から三ヶ月で秘書として雇った人が立て続けに二人も辞めていた。現在三人目を絶賛募集中である。オガワは先ほどまで辞した前任秘書を元の部署に戻すための手続きと交渉を人事部と行って来たばかりだった。
ただノルディックは辞めていった社員をかばうことは出来ないと思っていた。
確かに向き不向きもあるし性格的なものもある。難しい仕事ではあるが、諦めるのが早すぎるし、子供だと見下したり抑え込もうとするのはどうなのだろう。辞めていった者達にも非がありすぎて、その非礼を見たシュルドは容赦なく毒舌をぶつけていたのである。それは自業自得ともいえる行為だった。
「ではお試し期間を設けましょう」パーンは気にしていない様子だった。「大丈夫でしょうが」
なんでそこまで自信があるのだとノルディックは突っ込みを入れたくなるほど、その言葉は強気であると思えてくる。
「そういってくれると助かる。出向という形で先方に話を付けて手続をとろう」オガワは端末から人事部と第二データ処理部に連絡を入れていた。「彼女がいれば、契約も問題ないはずだから安心してほしい」
「よかったですね」パーンはノルディックの肩を叩く。「じゃあ頑張って話を付けてきてね」
「えっ? オレも行くの? いいのかよ作業状況的に?」
人が少ないのに開発スケジュールはタイトだった。
「先方と知り合いなんでしょう? 約束した本人が行かなくてどうするのですか」
「任せたよ」オガワも信頼し切った表情でノルディックの肩に手を置く。「彼女の名はデュエルナ・ネルミス・ツイング。標準時で二十歳になり、髪はセピアブロンドで身長は百六十七センチだからノルディックと並べば頭一つ分は違いそうだな。琥珀色の瞳の美しい娘だ。惚れることもちょっかいを出すのも無しだからね」
ノルディックはその名を聞いて冷や汗が出てきた。いくら社内情勢に無頓着な彼でも耳にしたことがあったからである。天使として。
デュエルナ嬢とTDF所員との顔合わせはつつがなく済んでいた。
所作も言葉遣いも美しく正しくて、最初の挨拶から圧倒されてしまうほどだった。
初対面であっても強い口調で毒舌を飛ばしてくるシュルドであっても何も言わず、普通に話を聞き接していたほどである。
拍子抜けするほどであったと、のちにノルディックもオガワも思ったほどである。
デュエルナの出向はあの企画会議から三日後に実現していた。
オガワの人脈ゆえであろう。
出張前にパーンやシュルドとも一日仕事を共にしていたが、つつがなく済んでいたし、彼女自身も嫌な顔ひとつせず、TDFに馴染もうと懸命に頑張っていて、その姿にノルディックは好感が持てた。
さらに付け加えるなら絶世の美女とは聞いていたが、彼女の容姿をみてそれが誇張でも何でもないと思い知らされるほど、その姿は目に焼きつき印象に残った。その容姿を鼻にかけるようなこともしていないし、すこぶる感じが良かった。
それが彼女の人気の秘密かもしれない。
本社のネットワークで年二回、上半期と下半期の入社と異動時期に合わせて非公式に行われているミスコン人気投票では、入社以来上位五指に入る人気を獲得し続けトップをとった年もあったほどである。見た目だけでなくその性格からも人を惹きつけてやまない非の打ち所のない女性と称されている。
それもあってかティーマ宇宙港でシャトル待ちをしている間もデュエルナ嬢は周囲から視線を集め続けていた。
手足は細く長く均整がとれ姿勢も美しい。容姿も端麗で水面を流れるようにセピアブロンドの髪は長く艶やかに腰の辺りにまで達している。琥珀色の瞳で微笑みかけられるだけで誰もが幸せを感じることだろう。
慈愛に満ち世話好きで、誰にでも分け隔てなく優しさを振りまく。
地上に舞い降りた天使とは彼女のことを言うのだと称されたほどである。
動物園の人気キャラを四方八方から見られるようにしているのではと感じてしまうほど多くの分別無い視線が向けられてくるため、自分に向けられた視線ではないはずなのだが、ノルディックは居心地が悪くなってしまうほどだった。それでも彼がここに踏みとどまっているのはオガワからはボディカード役を仰せつかっていたからであり、いやらしい視線を向けてくる者は睨みつけ、寄って来る輩には壁となり立ちはだかった。
「真っ黒なサイバーグラスを用意しておけばよかったよ」
ブレザーではなく社会人になるときに用意した黒い礼服を着てくれば来ればよかったと心の中で深いため息をつく。
この日、ティーマ宇宙港には『美女と野獣』が現れたとか、キングコングにノルディックを例えたりと、同じ人類であっても『月とスッポン』『ひょうたんと釣鐘』などと揶揄された囁きが、バナスシティのネットワーク上を賑わせることになる。
シャトルが宇宙ステーションに向かって飛び立つ。十分にも満たない移動である。
太陽系ワルナーまでの直行便がないためティーマの宇宙ステーションでグルデアを経由してきた大型の旅客船に乗り、太陽系ルージュまで行き、更に乗り換えてからワルナーまで向かうことになる。標準時間で一日がかりの大移動となってしまうのであった。
「申し訳ない」
ノルディックはすまなそうにデュエルナに頭を下げると、それを彼女は不思議そうに見上げながら見つめてくる。
視線回避のためにシャトルの窓際に彼女を座らせていたが、百九十センチ近くあり肩幅もあるがっしりした体格である。シートからはみ出している部分もあるだろうから圧迫感も半端ないと思ってしまうノルディックだった。
「問題ありませんよ。逆に私の方がご迷惑をかけてしまっているのでは?」
「この体格ですから窮屈じゃないですか? もうひとつ席を取ればよかったかな」
「優しさに包まれているようですよ」
ノルディックの顔を見上げながら微笑みかけてくる。背筋を伸ばし凛とした表情は本当に美しすぎた。それ故に眩しすぎて周囲の人々には見せられるものではかった。
「オレがちゃんとデュエルナさんをエスコートできているとは思えないし、不愉快な思いをしているんじゃないかと思って」
「心から安心できています」
どこかの貴族階級であるような言葉遣いであり所作だった。実際に貴族階級が存在する惑星もあり、デュエルナが本物のお嬢様であるのではと疑いたくもなってくる。
「気遣いもできない。面白い話が出来るわけでもないし、こんなオレがいては不愉快極まりないよなぁ~」
「そのようなことはありませんよ」勘違いしかけるほどうっとりするような視線を向けてくる。「貴方には愛する奥様か深くお付き合いされている恋人がいらっしゃるのでしょう? 安心して身を任せることが出来ています」
「えっ?」
「あら、いらっしゃらなかっのですか?」
「い、いや付き合っている子は居るけれど、どうして分かったんだ?」
今まで誰にも気づかれたことがなかったのに……ノルディックは内心焦りまくっていた。
自身の事にはかなり鈍いデュエルナではあったが、不器用でもガラス製品を扱うように繊細に扱ってくれるノルディックの行為に気付かぬほど鈍感ではなかったようである。
「紳士的ですし、丁寧に扱っていただいているのが伝わってきました」
だから気付いたのだとデュエルナは言う。
「姉や友達からはぶっきらぼうだとか気が利かないだとか言われているんだがな」
「ちゃんと意識なさっているのであれば、そのようなことは言われなくなりますよ。傍らにいる彼女様も安心し切っているのではないのですか?」
「そうだといいな」苦笑いする。「それから確かに付き合ってはいるけれど、内緒で頼みます」
ノルディックは手を合わせ、身を縮こませながら懇願するのだった。
「分かりました。秘密なのですね」
「まだ知られたくないんだよ。そう言ってもらえると本当に助かる」
ノルディックは礼を言うとシートベルトを外す。
シャトルがステーションに着いたのだ。重力が半減してあるので身体が軽くなり移動の手助けになっている。ノルディックはデュエルナに手を差し出す。
差し出された大きな手に目を見開きデュエルナは見つめていたが、嬉しさから上気したように顔を赤らめ彼の手を取る。搭乗手続きを取りながら呪縛が消えていくとデュエルナは感じるのだった。
大型の宇宙旅客船はエコノミークラスであっても快適に過ごせるようになっている。シートは大柄なノルディックであっても快適に長時間座っていても大丈夫なようにゆったりと設計されていた。
ノルディックは機内に持ち込んだサイバーグラスを装着し端末を展開する。
「デュエルナさんも好きなことをしていていいよ」
モニターの内容は確認出来ないようになっているが展開している画面を彼女はジッと見つめていた。
「マルチタスクなさっているのですか?」
尊敬の眼差しを向けてくる。
「良く分かるな。画面見えないだろう」ノルディックは手を止めてデュエルナを見た。「まあ覚えたてだしまだ早くない」
「私もできるようになりたいです」
「そうなのか、ライセンスは?」
「A級の検定に二年前受かっています」
「じゃあランク的にはオレと同じだな。それだったら大丈夫だろう」
「教えていただけませんか?」
「オレはまだ教わっている側だ。三つが限度だし、スピードもないから教えるなんてまだおこがましいな」
「では貴方が師匠と呼ばれている方を紹介していただけませんか?」
彼女は手を合わせ必死に懇願してくる。
「う~ん」ノルディックは考え込んでしまう。「たしかに師匠は五つ同時に展開させられるし超早いが……あの人は変態だからな」
「へんたい?」デュエルナは小首を傾げ訊ねてくる。
「ああ忘れてくれ今の言葉は」
人を悪く言う言葉とかは知らないことが多いとオガワさんから聞いていたし、そういった言葉を使うなと厳重注意を受けていた。ようするに彼女は人を罵ったり陰口を言ったことがないのである。
そんな人間が居るのかと思ってしまうが、目の前にいるのは純真な天使であった。
「まあ個性的というか、スパルタな人だから」
「以前聞いたことがありますが、その時とは意味が違うようです」
「どんな使われ方をしたか知らないが、忘れてくれ頼む。デュエルナさんはそんな言葉を遣わない方が良い」
彼女の口からそんな言葉が吐き出されたとしたら言われた方は心が折れてしまうだろう。絶対に。
「分かりました。忘れます。それで紹介していただけますか?」
「シュルドさんに? いいのかな。デュエルナさんは出向扱いだろうし」
TDFに深入りするには問題が山積である。それにシュルドのことをどう思っているのか分からないし、まだ一日程度では相互理解は難しいだろう。
「それなら問題はありません。出向はあくまで名目上でして、オガワさんが配慮してくださっているだけですから」
「そうなの?」
「昨日、共に仕事をさせていただいて皆さんがとても良い方だと分かりましたので、オガワさんにはすぐに異動の辞令が欲しいとお願いしましたところです」
「マヂか。じゃあ問題ないか」
「ありがとうございます。ドリスデンさん」
「ノルディックでいいよ。さん付けもいらない。これからは仕事仲間だからな」
「分かりました。ノルディック。私のこともディとお呼びください。親しい方はそう呼んでくれています」
本当は敬語もいらないとノルディックは言ったのだが、これは生まれも関係しているようなので難しいとディは言っていた。治せるようであれば徐々に同じような言葉遣いになるようにすると彼女は微笑む。
その所作も笑みも本当にお嬢様なのだろうかと思ったほどであるが、ディは一般家庭の育ちだという。
「了解。なら紹介されるんじゃなくて、自分からシュルドさん立ち向かっていく方が良いな。あの人は相手からちゃんと意思表示される方が喜ぶから」
「分かりました。出張から戻りましたらお願いしてみます」
「ディなら大丈夫さ」
距離感が思いっきり縮まったと感じるのである。
仲睦まじくお互いのことを話し合って、一時間後に仮想空間で待ち合わせがあるとノルディックが言うと、ディはタブレットを取り出し読書を始める。タイトルはS級検定の専門書だった。
そしてノルディックの隣に座りなおすと、気を利かせて覗き見防止のシールドまで展開してくれたのである。そのシールドプログラミングはディの見姿と同じて優しく美しいものだと彼は思ってしまう。
いつもとは違った場所で彼女とノルディックは待ち合わせをしている。
繁華街のデートスポットで合流すると、彼女はノルディックの腕に嬉しそうに両腕を巻き付けてしがみつき、周囲の人々に親愛度を見せ付けるのだった。
楽しそうに今日の出来事を話してくるのだが、ノルディックの話を聞くうちに彼女の表情は険しくなっていく。
それにノルディックは気付かずにディのことを誉めてしまっているのだった。
「嫌!」
「どうしてだよ。お前もお嬢様だろう? 彼女をどう扱ったらいいか分からないから教えてほしいんだが」
「絶対に嫌っ!」
周囲にいた人々が唖然とするほど大きな声で首を横に振る彼女だった。
痴話げんかが始まったかと興味津々な視線が向けられてくる。
彼女の嫉妬がどれほどのものなのか理解出来ずノルディックは不思議そうに彼女を見ていたが、ちゃんと話した方が良いと彼女の手を引き近くにあった喫茶店に入っていく。
「どうしたんだ。お前らしくない」
珈琲と彼女にはケーキセットを注文しながら呆れる。
「こんな美人じゃない!」不安を抱えながら端末に映るディを指さす。
「すごくいい子だよ。こんな子が世の中に存在するのかと思ったくらい容姿も性格もいいな」
「どうせ美人じゃありませんよ。性格も悪いですよ」
「お前はかわいいし、今のままで問題ないんだが?」
「私は嫉妬深いですよ」顔をしかめ彼女は眉間にしわを寄せる。「このまま嫌われて、私は捨てられちゃうの……」泣きそうな顔だった。
「どうしてそうなる? オレはディとの接し方と扱いが分からないからお前に聞いているんだが」
頼りにしているのにその態度はどうかと思ってしまう。
「貴方がそこまで褒めて、美人で包容力もあるのよ。シールドまで張ってくれているのでしょう?」
そのプログラミングセンスを彼は絶賛していた。嫉妬に狂いそうだった。
この出張から戻りディが信頼を寄せていることがパーンとオガワの知るところとなると、これ以降、ディがTDFの外で仕事になる際は余程のことがない限りノルディックが付き添うことになる。ボディガード役であったが、それが分かっていてもディの名が出てくるたびに彼女は心穏やかではなかったし、一方的に敵愾心を燃やしライバル認定してしまっていたほどである。
それほど無意識に無自覚にノルディックはことあるごとにディをほめちぎっていたため、彼女の誤解が解けるのはこの三年後、二人が結婚し披露宴のパーティで顔を合わせるまで続いたのである。
「そんな女性と旅行なのでしょう」
「なんか勘違いしているな。出張だと言っているだろう。仕事なんだよ」
「嘘よ。婚前旅行にするつもりなのでしょう」
彼女は両手で顔を覆いながら涙を流していた。仕方なくノルディックは席を立ち彼女を抱え上げると膝に乗せて座った。
「嫉妬してくれるのは嬉しいが、オレはお前一筋だと常々言っているだろう。信じてほしいな」傷つくだろう。
「だってだって、傍らにこんなにも良い人がいるんだよ。不安になっちゃうよ~」
彼女の不安は収まらないようなので、顔を向き合わせるとノルディックは不安を口にし続ける彼女の口をふさぐ。人目をはばからずディープなキスをするのであった。おずおずと舌先がふれあうと抱きしめる力が強くなっていく。息が続かなくなり二人は唇を離したが、それでも彼女の不安が消えていなかったようなので再びキスをする。感情の起伏が激しく苦手なことから逃げがちであったが、彼女が納得するまで愛していると行動と言葉で示すことに決めているノルディックだった。
「浮気だったら嫌だからね」
とろりとした目で彼女はノルディックを見る。
「する訳がない」
再び口を塞ぐように口づけをするノルディックだった。




