FREE MIND 9-5
5.運命という歯車
薄暗い通路は節電でもしているのか電力供給不足か分からないが明かりが灯っているのが半分以下に抑えられているせいだろう。
「辛気臭いな」つぶやきが思った以上に耳に響いてくる。「これでは幽霊が出てきてもおかしくはないな」
幽霊の正体は如何に、だ。シュルドは苦笑する。
歩いていると彼自身の靴音とタロの微かなモーター音しか聞こえてこない。
構内の案内図を見るとT字路の突き当りを左に曲がれば進行方向にカフェテリアがあるはずである。
その時、低い唸り声のような音が微かに響いてきた。
T字路の先だ。シュルドは足早に突き当りまで向かい左右の通路を見渡すと左側で白い布のようなものが見えた。
「幽霊?」
またうめくような音が聞こえ、白いものが壁に吸い込まれるように消える。
シュルドが消えたと思われる場所まで駈けつけると、こじゃれた扉がそこにはあった。構内マップを確認すとるカフェテリアの入口だ。彼の目的地でもある。
「この中に入っていったとすると、やはり人か?」
シュルドは扉を開くと慎重に中へと足を踏み入れた。
当然カフェテリアに灯りはなく奥のスペースの自販機の一部から洩れる光だけだった。休日なだけあって軽食を提供してくれるスペースは閉まっていたし、外にはオープンスペースもあったが窓全体にシャッターが下りていて行き来は出来ないようになっている。
ぐるりと室内を見回すと奥のテーブルに白い人影が見えた。
「子供? なんでこんなところに?」
シュルドは強制的に明かりを灯すと、部屋全体が眩しいほど明るくなる。
子供は慌ててテーブルの下に隠れてしまう。動きは緩慢なようにも見えたが。
逃げようとしているのかどうやら床を這うように移動しているみたいだ。
「出てきなさい」入口で仁王立ちになりながら陣取るシュルドだった。語気を荒げないように注意したつもりである。
それでも警戒しているのか姿を見せようとしない。
できるだけ穏やかな声で話しかけてみる。
「私は大学とは関係ない部外者だ。君が何者なのか確認したいだけなんだ」
「危害を加えるつもりはない」
「話がしたい」
声を掛け続けて五分、ようやくテーブルの下から子供は首だけ出す。
落ち窪んだ瞳は死んだ魚のように濁っていたし、頬はこけていて男なのか女なのかも分からない。十歳くらいだろうか? まだ濡れているようにも見えるが髪の毛は枝毛だらけてボサボサである。浮浪者同然に見えた。
なんでこんな子供が構内にいるのだ?
まだ逃げ道を探しているのかキョロキョロと辺りを見回している。
「話がしたい。そこに座ってくれないかな」
そう話しかけたとき子供のお腹が盛大に鳴った。
「うめき声はこれか」
シュルドは苦笑すると、自販機を指差した。
子供は言葉を発せずシュルドの様子を見ていた。自販機になのかシュルド本人になのかは分からないが、興味があるのだろうか?
彼は自販機から軽食を二つ買ってくると、近くのテーブルに向かい合うように子供を座らせる。
明るい中で改めてみるが、覇気はなく死んだような瞳を向けているし、臭いも変だ。消毒液の臭いだろうか? 公衆トイレの臭いがする。
何が食べたいのかと聞くと子供はハンバーガーを指差ししたので、それを二個買い、そのひとつを子供の前にオレンジジュースの入ったカップとともに置いた。
キョトンとして目の前のハンバーガーの箱を見つめる。いいにおいがしてまた腹が鳴っている。
「食べてもいいよ」
シュルドがそう言うと子供は急いで箱を開け温かいハンバーガーを掴み、瞳を輝かせ大きな口を開けて一口頬張った。
味わったことがないのか喜びに顔をほころばせていた。
「名前は?」
「ペリシア・マリー」手についたソースを舐めながら子供は答えた。
女の子か! シュルドは驚いた。
「年は幾つだ? 銀河標準年で教えて欲しい」
「十五歳になりました」
「十五? そうは見えないぞ」
栄養失調のせいか発育が止まってしまっているのかもしれない。
彼女は勢いよく二口目を頬張り、飲み込んだ後に手の中のハンバーガーを見つめて、箱に戻そうとする。
シュルドは慌てて止めた。
「全部食べなさい。足らないようなら、これも食べていい」
自分の分にと買っていたバンバーガーも差し出した。
「いいの?」
「かまわないし、そのオレンジも飲んでほしい」
「ありがとう。おじさん。お腹いっぱいになるまで食べるの久しぶり」
彼女は手を合わせ祈ると、歯を見せ笑った。
前歯は何本かかけていたし、虫歯のようなものも見受けられた。バイオノバ技術の恩恵を得られずに暮らしているのが分かる。
「誰もとらないからゆっくり食べていいぞ」シュルドは聞こえないようにと息を漏らす。「学生じゃないよな。何故、ここにいる?」
「ここで暮らしいるから」
「大学でか?」ワドス総合大学には寄宿舎や寮はなかったはずだ。「どうやって?」
「週五日工学部の学生食堂で働いています」忙しそうにペリシアはハンバーガー食べていた。
シュルドはペリシアの言葉からタブレットを取り出し事務の端末に強制的にアクセスし調べてみると、確かにアルバイトとして登録され三時間ほど働かされている。
「ただ働き同然だろう」
まだ物価が下がる傾向にない太陽系アルケリの経済を知らなくても一週間ももたない金額だとすぐに分かる。
「そうなの?」アルバイトの相場を知らないペリシアは小首を傾げる。「働くとまかないをくれるよ」
薄いスープや本当に残り物で、まかないと呼べるものではなかった。シュルドは怒りがわいてくる。
「よく暮らせているな。両親は?」
「いない」首を横に振る。
「どこで暮らしいるんだ?」
「ここ。夜中に研究棟が開いていたらそこに忍び込んだ。大学全体が休講している時は森とかで寝ていた」
「よく追い出されなかったな」生きてこれたのが不思議だ。
「うん。最初の頃は見つかって大学の外に追い出されたこともあったけれど、塀が壊れているところもあってすぐに戻って来れた。ケプ」かわいらしいゲップが出ていた。「今は捕まったことないよ」
急激に血糖値が上がっているのか、幸せそうな顔つきだった。
「警備がザル過ぎるだろう。それにその臭い。消毒液か?」
「変?」自分の体臭をペリシアは嗅いでみる。「さっき身体をトイレで洗ったんだけど」清潔だと言いたいらしい。平然と彼女は言った。
「髪の毛もか?」
髪の毛がボサボサな理由が分かった。それがこの子にとっては当たり前のことなのだろう。
「何故施設に入らない?」孤児を扱っている施設はあるはずだ。
「入りたくない。売られそうになったから」
相当トラウマがあるのだろう。ペリシアは震えていた。
「なんだと! 本当か?」
「うん。何人も施設長とか偉い人がゲリラに子供を引き渡していたの。それにわたし達はロクに食事ももらえなかったし強制的に修繕とか瓦礫の撤去もやらされた……」
「どこの施設だ?」
シュルドは声を押し殺し訊ねた。
正義感からではない。純粋に許せなかったのだ。子供を兵士に育てたり、人間の盾として使うのが。それを助長する輩がいて、それで私腹を肥やすのが許せないのだ。
シュルドはおおよその場所を聞き終えると、大学のシステムを使いながら、その施設を調べていく。
施設では日常的に今も人身売買が行われていた。反政府ゲリラに子供を売り渡しているのである。シュルドは子供の受け入れ記録や使途不明の金の動きを記録して証拠をそろえていった。
一時間もかからずにデータを纏めるとアルケリの銀河保安局へ告発するのだった。
すぐに動いてくれたのが分かると、シュルドはペリシアに笑いかけていた。理解できるかは分からないが。
幽霊騒ぎの原因はペリシア・マリーだろうと推測できた。
報告義務はないだろうが、このことを大学事務に報告していいものなのかは分からないシュルドだった。
ペリシア・マリーはワドスで生きていたが、いまだ続く内戦のアルケリに囚われ過ぎている。彼女の死んだような目を見れば一目瞭然である。
何もかも諦めすぎていた。
彼女も戦争の犠牲者だ。
内戦状態も含め五年間もの間ワドス総合大学の中で生き延びられたのも気にかかる。捨て置けないし、どうにもシュルドには手に余る問題だった。
それにペリシア・マリーのその落ち窪んだ目付きが気に入らない。
すべてを諦め、流されるまま生きている。それはシュルドの主義には反していた。そのまま捨ておくことも出来たし、ぶつかって来て欲しいのだが、悟ったように瞳を濁らせるペリシア・マリーの先のことも考えないその姿が吐き気を催す。
「なにかやりたいことはないのか?」苛立ちが声にも表れている、
ペリシアは肩身の狭い思いでシュルドの話を聞いていた。怯えさせるつもりはなかったのだが……。
「やりたいこと?」
「このまま生きていくつもりか?」強い口調で彼は言うとペリシアはやはり怖がる。「何かやりたいこととかないのか?」
道を示すことくらいならできるかもしない。
「分からない」ポツリとペリシアは呟く。「ワドスに来て私は生きていることが不思議だった。死んでもおかしくなかったのに、おじさんとこうして話をしている」
「私のことはどうでもいい。成人したんだろう。みると最低限の教育は受けているのだから職にもつけるはずだ。やりたいことはないのか?」
学歴を見るとハイスクールはまだだったがエレメンタリーとジュニアは卒業していた。
「何もないよ」
諦めきった表情だった。
「なんで諦められるんだ? ペリシア・マリーの人生は百音年以上続くんだぞ」
「そうなんだ。父さんも母さんもすぐに死んじゃったよ。私はこうして生きていることが不思議。神様に感謝した方がいいのかな」
ペリシアは再び手を合わせる。
シュルドは自分が拝まれているようで落ち着かない。
「必要はない。これからも生き抜く意思があるかだ。ペリシア・マリー、君はこれからの人生でやりたいことはあるのか?」
「お腹一杯食べたいな」ペリシアはヘニャリと笑った。「こんなに気持ちがいいのはなかったから。ありがとうおじさん」
「シュルド・アルベイラーだ。私は君のおじさんではない」
「神様ありがとう。こうしてシュルドのおじさんと会えたことに」彼女の口元は笑っているようにも見えるが、死んだ目では不気味に思えてくる。「今の幸福感を他の人にも教えてあげたいな」
「なら腹一杯美味しいものが食べられるように、料理人になればいい」
「お料理は見ていると楽しそう」食堂の風景を思い出してペリシアは言う。「私も喜んでもらえる様な料理が出来たらいいな」
「覚える気があれば料理人にでもなれるはずた」
「無理だよ。シュルドのおじさん。職業安定所に行ったことがあるけれど、私みたいな子供がわんさかいるし、大人だって職を求めているんだよ」
「それでもだ」
シュルドはペリシアを見捨てることは出来なかったし、幽霊の元凶だとして告発することも出来なかった。大学側突き出して犯罪者のレッテルを付けたくはなかったし、可能性がある芽を潰したくはない。




