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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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バレンタイン・パニック 8-8

 7.激闘パーンパイプ



 パーンは勢いのままパーンパイプに飛び込んでいくと、コンソールの上に座り小休止する。そこが定位置であるかのようにアリエーが来るのを待ち構えている。

 入口ではフィオーレが扉を開けてアリエーが突入できるようにしていた。

「パーン!」

 アリエーは猛然と駆け込んでいくとそのまま加速して間合いを詰めていく。

「遅いわよ。ホーカル、始まっているわ」

「なんでフィオーレまでいるんだ?」

「私はカメラマンよ」

 端末を構えて中の様子を撮影しているのだという。所員全員にライブ配信中だった。

「貴方は特等席でアリエーの姿を追いかけなさいな。あの子がどれだけ必死なのか分かるでしょうから」

「そんなこと、見なくても」

「本当に?」食い気味にフィオーレは言う。「見ているフリだけで、ちゃんと見ていませんのでしょう? それならあのような言葉は出てきませんわよね」

 パーンパイプでのやり取りをフィオーレは言っていた。

「何で知っている?」

「パーンパイプには室内カメラもですが、録音機能も有しているのですよ。事務室の者には状況が分かりませんから、全員に事の発端を伝えてあります。当然でしょう?」

「嘘だろう……」失態を知られていることに眩暈がしてくる。

「私がその場にいたらその陰嚢、握りつぶして差し上げていましたわ」フィオーレは冷笑していた。空気が一気に氷点下になったと感じられるほどである。「アリエーの叫びにホーカルはどのように応えてくれるのかしらね」

「どのようにって……」

「あれだけのことを言わせているのです。逃げることは許しません。明日に貴方の亡骸が港で発見されますよ」

「おい!」

「答えはすでに出ているのでしょう? 付き合いだした頃からね」

「そ、それは」

「伝えてあげなさい。あの寂しがり屋さんに」


 大きなネコと子ネコが飛び跳ねている。二人の追いかけっこは猫同士が競い合っているようにも見えた。

 いや、あの跳躍力はクルーティンに匹敵するかもしれないとフィオーレは二人の様子を見て思う。なにせアリエーは世界記録をも更新するような跳躍を見せていたからである。そしてそれを身をくねらせるように避けていくパーンの動きは奇妙過ぎた。人はあれだけ柔軟に体を曲げたりひねったりできるのだろうかと思えてくる。

 パーンは勘がいいのも知っていた。さらには動体視力がよく俊敏性もずば抜けている。それらを活かせばスポーツの世界でも活躍できたかもしれない。

 アリエーは初めてパーンとテニスをしたとき、彼は覚えるのが早かったが、ここまでくると想像以上に優れた運動能力を持っていると思い知らされた。

 闘争心に火が付いていたが、更に燃料が投下された気分である。

「森では無敵なこの私をここまで手こずらせるなんて!」

 汗をぬぐっていると、パーンは涼しげな表情でアリエーを見ている。

 普段、無理やりにでも押さえこんでいた闘争心が露わになってきていたので、アリエーの目の奥が赤く光っている。獲物を狙う目だ。

 怒りの中にも嬉しくて震えているのか、自分が笑っているようにもみえてくる。口角が上がっているのがアリエーは分かるほどである。

「絶対に逃がさない」

 アリエーはタックルにでも行くように低い姿勢でパーンへと突進していく。

 猛接近するアリエーにパーンは逃げやすい左ではなく右の壁側へと飛んだ。アリエーはどちらに飛ばれてもかまわなかった。パーンがステップした瞬間には左腕を伸ばしている。指一本でも服に引っ掛けられれば勝ちだ。パーンは手足を使って壁を伝うように上へと逃げ、そこから壁を蹴って左に飛ぶつもりだった。

 無茶な体勢からアリエーは床を蹴ったため、足の筋肉が悲鳴を上げているのが分かる。

 その刹那、襟のところに指が掛かった。中指と人差し指で引っ掛けると、パーンを引き寄せ、無理やり空中でパーンに両腕を回し抑え込む。

「捕まえた!」

 床に落ちる寸前に体を入れ替えアリエーは背中から落ちた。後頭部を打たないようにすると床に打ち付けないように衝撃に耐える。その状態から身体を半回転させるとパーンの肩を両腕で抑え込んだ。

「大丈夫?」

「捕まっちゃいましたね」

 のんびりとした口調で彼は笑った。いつもの口調と笑い方だった。

「パーン。私のチョコ返して! まさか食べていないよね? 箱ごと砕けていないよね?」

「大丈夫ですよ。フィオに預けてありますから」

「い、いつの間に」

「秘密です」

 アリエーがフィオーレを見ると、彼女の手の中にはアリエーがラッピングした小箱があった。

「よかった~」

 アリエーはパーンに覆いかぶさって来た。

「アリエー、重いですよ」

「パーンが悪いのよ」声もいつもの張りがない。「気が抜けて力が入らないの」

 これだけ身体を酷使したのは初めてかもしれない。安堵すると完全に気が抜けていた。

「ホーカル、ヘルプです」この状況は良くないとパーンは思ってしまう。

 アリエーはホーカルの手を借りて何とか立ち上がったが、足にも力が入っていないのか少しフラフラしている。

「大丈夫か?」

「なんとか~」アリエーは力なく答えた。

「ならば渡してしまいなさい」フィオーレはアリエーへチョコを返す。

「頑張って、アリエー」とパーン。

「頑張ってではありません。どうしてくれましょうかね。このいたずらっ子は」

 フィオーレはアリエーに手を振るパーンを引きずり二人から引き離すように出口へと歩いていく。

「ええっ、労ってよ。僕は功労者だよ」

「ここまで騒ぎを大きくして何が功労者ですか」

「明日は筋肉痛だよ~」

「自業自得よ。皆にちゃんと謝罪しなさい」

「は~い」


「ありがとう。フィオ母さん」ふんわりとした声だった。思考も緩やかになっているのだろう。でもそれが良かったのかもしれない下手に悩むこともなかったのである。「やっと渡せる~」

 アリエーはホーカルと向き合う。

「ハッピーバレンタイン♪」ホーカルにチョコを差し出した。「私の気持ち。い~っぱい込めたからね。味わってね」

「それでは中味が溶けてしまっているんじゃないのか?」

 ホーカルはそれを見て苦笑している。

「そんなことないよ」ヘニャリとアリエーは笑った。「私はねホーカルと一緒に過ごしていきたいの。あなたの隣がいいの」

「俺でいいのか?」

「ホーカルが大好き」

「アリエーはスクルに帰るんだろう?」

「そうだよ。いつかはね。私は精霊使いだから」当然のことの様に彼女は言う。「でもね、それは今すぐじゃない。何十年、もしかすると百年先になるかもしれないの」

「そうだとしても、俺はお前と結婚出来るのか?」

「どうして出来ないと思うの? 星の精霊使いだから? ホーカル、私はね型破りなの。スクルを飛び出した精霊使いは今までいなかったのよ」

「精霊使いは結婚していないんだろう?」

「何を気にしているのか良く分からないわ。精霊使いが結婚できないなんて縛りはないのよ。本当なんだから」アリエーは顔を近づけていく。「私はホーカルとともに居たい。それが星の意にそぐわないものだったとしても、私は星の精霊に認めさせる」

「出来るのか。それにいいのかよ」それは反逆だろう。

「私はたった一人だけれど、祖先のように故郷を飛び出して、私のハ・ヴィ・ラダを見つけるの。新たな神承を生み出すために」ホーカルに微笑みかけてくる。「ホーカルは私のカダナだもの」

「本当に俺でいいのか?」重ねて訊ねてしまう。

「ホーカルじゃなきゃ、イ・ヤ・ダ」

「分かった」ホーカルはようやく箱を手にした。「お前の気持ち受け取るよ」

「ありがとう」

「こちらこそだ。ロマンチックな言葉は言えないが、愛しているアリエー」

「ううん。すごく嬉しいよ」何度でも聞きたいくらいに。

「明日婚約指輪買いに行くぞ」

「婚約?」キョトンとした顔になる。

「いつか必ず結婚する。ただ今は婚約で勘弁してほしい。その前にもう一度スクルに行ってお前の両親とも話し合うし、うちの家族にも会ってもらう。それまでのつなぎとして婚約指輪を渡したい。誓いとして」

「それは嬉しいけれど」少し物欲しそうな顔をするアリエーだった。

「スクルもだが、うちの家系というか一族には面倒な様式や儀式があるんだよ。それをアリエーと俺はクリアしていかなければいけない」

「私は何をやらされるのかしら?」

「俺からすれば古びた因習だ。それでも俺と結婚するからにはクリアしてもらわなければならないものでもある」

「もしかして格式のある家柄なのかしら? もしかして両方で式を?」

「そうだ。一方でだけという訳にはいかないだろう。互いに様式が違いすぎる」

「そうなんだ。二度式を挙げられるなんて素敵じゃない?」

「お前はお気楽でいいな」

「貴方と一緒にいられるのなら、どんな試練だって乗り越えて見せるわよ」

「精神がゴリゴリ削られるかもしれないぞ」新郎よりも新婦の方が面倒な決まりごとの多い家系だった。

「頑張る♪」アリエーはホーカルの胸に頭を預け呟いた。「それに何で明日なの? 今からでもいいじゃない?」

「そうしたいが」ホーカルは入口を指差す。

 アリエーからそちらを見ると入口には所員全員が待ち構えていた。

「全員巻き込んで、大騒ぎしていたものね」苦笑するアリエーだった。

「今日はとにかくあいつらに平謝りだぞ」

「私が悪いの?」

「そうじゃないが、色々と説明しなければならない」

「あ~、説明責任ね。みんな離してくれそうにないか」

「いい玩具だろう」ノルディックのテーセ救出劇がそうだったように。「パーンも絶対に巻き込んでやる」

「頑張ろう、ホーカル。二人の初仕事?」

 アリエーとホーカルは手を取り合うと、全員のところに歩いていくのだった。

 アリエーの笑顔を見ただけでも、全員からの祝福と拍手喝采を受けたのである。


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