バレンタイン・パニック 8-4
4.すれ違いとふれ合いと
自宅でのんびりと相撲を観戦していたオガワは休日に突然、社で使っている端末にフィオーレから連絡があったので驚いたという。
『どうしたんだい。休日に珍しいね?』オガワは彼女に訊ねていた。『今日は集まってチョコレート作りだったのだろう?』
「はい。つつがなく解散しています」
『話をしたら、妻も参加したがっていたよ』
「それは失念していました。パートルさんには申し訳ないことをしました」
フィオーレは通話のみでオガワに連絡を入れていた。
オガワならちょっとした表情の変化で感情を読まれそうだったからだ。
『大丈夫だよ。今日、買い物に行っているみたいだからね』
「チョコレートでしょうか。なるほどパートルさんも刺激を受けているようですね」
『困ったものだよ。それで、何かあったのかな。パーンパイプでトラブるとかは勘弁してほしいな』
「いえ、それはございません。オガワさんに確認したいことがございまして」
『私にかい? 仕事以外でとは珍しいね』
「オガワさんが適任かと思いまして」
『なるほど、ホーカルのことかい?』
「察しられますか?」フィオーレは苦笑する。声で気付かれたのだろうか。
『ああ、今日の集まりを考えるとアリエー君とホーカル君のことだろうと分かるよ。フィオーレ君がこの集まりを主導したのだろう?』
「助かります。今のアリエーを見ていますとイライラしてしまいますので」
『良く分かるよ。私もホーカル君と話をしているが、どうにもねぇ。とはいえフィオーレ君は理由も察しがついているのだろう?』
「確認までです」
『ホーカル君にも困ったものだよ。何度指摘しても主張を変えようとしない。頑固者だよ』
「でもアリエーのことは考えてくれているのですよね?」
『お互いに想い合っているのだから、私はすぐにでも一緒になってもいいと思っているのだが、ホーカル君は考えすぎなのだよ』
「そうですよね。あのヘタレは」
『ホーカル君なりにアリエー君を想ってのことだとは理解しているが、一方的すぎるし、考え過ぎなのだと私は思っているよ。それでアリエー君の気持ちをないがしろにしているから、何度も言っているのだがね』
「ありがとうございます。妥協点を話し合わないのは、二人の想いがすれ違っていることにも原因があると思います」
『私もそう思うよ。話し合えば解決できると思っているからね。二人は相思相愛なのだから』
「ホーカルはアリエーの故郷のことを考え遠慮している。アリエーが想うスクルや家族、精霊やのことを気にしている。精霊使いであるアリエーは将来スクルに戻らなければならないから、縛り付けたくない。そういったところでよろしいでしょうか?」
『その通りだよ。流石はフィオーレだ』
「ありがとうございます。それではその方向で動いてみます」
『君が動いてくれるのなら、安心できるかな』
「そう思っていただけるのはありがたいのですが、TDFとそれに関わる人達に迷惑が掛かかってしまうかもしれませんよ。よろしいのでしょうか?」
『そこまで大事になるのかい?』
「どうでしょう。ホーカルを追い詰めるつもりですし、アリエーにも動いてもらわなければなりません」
『お手柔らかに頼むよ、フィオーレ君』
「結果はご期待にそえるようにします」
『分かった。ほどほどにしてくれるといいな』
「善処します」が、誰がどのように動くかにもよるだろう。
オガワの了承を得たことでフィオーレはほくそ笑み通話を切るのだった。
さてどのようにホーカルを追い詰めてやろうかしら。
テーセは鼻歌交じりに寮と本棟をつなぐ三階の通路を歩いていく。
「チョッコレート♪ チョッコレ~ト♪」馴染みの旋律を口ずさみ彼女は軽やかにスキップしていく。
セキュリティを解除したディが寮への扉を開くとテーセはさらに寮の奥へと入る。
「楽しそうね」
「ワクワクドキドキだよ。ディ姉はこんなことない?」
「きっとノルディックに手渡すときはそうなるのかもしれませんね」
「絶対にそうだよ。楽しみ」
「テーセが羨ましいわ」
「わたしはディ姉の方が、うらやましいよ。毎日ドキドキして破裂しそうなくらい胸が高鳴るの」
「心臓に良くないわね」
「毎日が楽しいよ♪」テーセは笑みを浮かべていた。「わたしも四月からTDFの寮に入れないかな?」
「テーセは第二データ処理部でしょう」
テーセはジプコで内定を取ると、すぐに第二データ処理部から強い引きあいがきていた。成績も優秀だったが、デュエルナの妹ということが知られてTDFへの牽制の意味合いもあったのだろうと考えられている。本人は気にしていなかったが。
「それにテーセと暮らすための家は借りていますよ」
どれほど爆発しても良いように買取りが出来る物件と契約を結んでいた。
「ディ姉と暮らすのも楽しいけれど、ノルデ兄と一緒に寮にいた方が面白そう」
「それはテーセがTDFに来た時の楽しみになさい」
「はあい。ここがノルデ兄の部屋ね」
「居るかしら」頬に手を当てディは小首を傾げる。
「絶対に待っていてくれているよ。ディ姉はいいの?」
「私はバレンタイン当日に渡しますから」
「じゃあ、お先に」テーセはインターフォンを押す。
テーセの声にディもいるのだろうと外を確認せずにノルディックは扉を開けている。
「よう。終わったのか?」
「はい。つつがなく」ディは微笑んだ。
「爆発はなかったようだな」ノルディックは通路に顔をだすと、周囲を見回し、他に気配がないのを確認するのだった。
「ノルデ兄、酷いよ。フィオーレお姉ちゃんにわたしたちのあだ名を教えてしまうなんて」
「すまない。だが事前に話しておなかったら、オレが今度はフィオーレに怒られるからな」
むくれるテーセの頭を撫でながらノルディックは言い訳をする。
「私はフィオに怒られて嬉しかったですよ」
「初体験か? おめでとうと言っていいのか分からないが」
「嬉しいし、楽しかったですよ」
「ディ姉だけずるいよ」二人の世界に入り込もうとする姉と兄にテーセはさらにむくれる。「ノルデ兄」テーセはチョコの入った小箱を渡す。「ハッピーバレンタイン♪」
「お、おう」気迫に気圧される。「早すぎないか?」
「十四日は大学で用があって外せないの。だからね」
「そうか。ありがとうな。嬉しいよ。中味は因みに何だ?」
「開けてみてもいいよ。時限式のチョコだから」
「本当に爆発するんじゃないだろうな? 初めてもらったのが、それでは怖すぎるぞ」
「爆発しそうなチョコはアイディア段階でフィオに止められていましたから大丈夫ですよ」ディが笑う。
「な、ならいいが」
本当に考えたのか? 後でフィオーレに訊いてみた方がよさそうだ。
可愛らしいリボンをほどくと小箱の中には丸や星、円柱や台形など様々な形の一口サイズのチョコが箱一杯に入っていた。しかも白やピンクのものまであるからバラエティに富んでいる。
「キラキラの宝石箱だな。テーセらしい」
「彼女様には貰ったことないの?」
「うちの太陽系にはそう言った風習はなかったからな。姉とカードのやり取りをしたくらいしか記憶にない。あいつには仮想空間でもらったこともあったが、あれは疑似的なもので味覚や食感はあっても現実のものではないからな」
「やった♪ テーセが一番♪」テーセは飛び上がった。「ねえノルデ兄、うれしい? うれしい?」
「まあ、悪くない気分だ」
「私も渡せばよかったかしら」ディはちょっと悔しそうだった。
「同時に渡せば一番乗りだったね」
「テーセは卒業祝いに何が欲しい?」
「えっ? くれるの?」瞳を輝かせていた。
「お嬢様向けの高級品は無理だが、何が欲しい?」
「指輪!」
「ませたこと言うな。誤解を招きかねん」
「ちぇ~っ。でもジュエルが良いな。ネックレスとかイヤリング。ノルデ兄が選んでくれたもの」
「おいおい。センスないぞオレは」
「ノルデ兄が選んでくれたものならどんなものだっていいよね? ディ姉」
「そうね」その表情は少し羨ましそうにも見える。
「ディにはホワイトデイにお返しを考えているから」
「よろしいのですか?」今度は顔がほころんでいる。
「いいも何もバレンタインにはくれるんだろう?」
「はい。もちろん」ディの破顔一笑は破壊力がありすぎる。
「ディ姉の熱い想いが入っているからね。期待してよねノルデ兄。わたしもホワイトデイのお返し期待しているし」
テーセは腰をくねらせ妙なポーズを取ながら彼に言う。
「テーセには卒業祝いを渡すだろう」
「それはそれ。これはこれ」
「ちゃっかりしているぁ。手ごろな店でディナーを考えているが、それでいいか? オレにはクッキーなんて無理そうだからな」
「はい。ありがとうございます」「楽しみ~い♪」
「テーセはもう少し太ってもいいだろうし」そう言ってノルディックはテーセを見る。
「なに?」
「少し肉付きが良くなったか?」テーセを抱え上げてみた。
「身長は二センチ、体重は三キロ増えたそうです」とディは顔をほころばせていた。
「あ~、二人とも体重は言わないで。ハラスメントだよ」
「もう少し丸っこくなった方が可愛らしく見えるぞ」
「わたしはディ姉のようなセクシー路線の方がいいな」テーセは抱え上げられながらむくれている。
「二センチ伸びたのは奇跡だろう? 百五十センチ超えたか。良い傾向だ。テーセはふっくらとしていた方がいい」
「お兄ちゃんが、かわいいって言ってくるなら、まあ許す」
「ありがとうな」そこで先程からディがチラチラと何度もノルディックの後ろを見ているのが気になった。「ところで、ディは何を見て気になっているんだ?」
テーセは扉の向こう側を除いてみると、通路や玄関先が結構散らかり、汚れているのがすぐに分かった。
「何にも気になるものはないはずだが」
「気にされまくりだよ」テーセはニヤリと笑う。「ディ姉を刺激しまくり。少しの汚れだってディ姉は見逃さないから」
扉を閉めていなかったのが悪かったのに気付かされる。
ノルディックが後ろを見ると扉の向こう側には散らかり放題な部屋が丸見えだった。そして毎朝出勤するとディが自分や他の人の机をきれいに整理整頓してくれていることを思い出すのだった。
「ああ、いや、これはだな。いまから片付ける予定で……」
「ノルディ、この部屋は私が片付けさせてもらいます」
「やっぱり、ディ姉の片づけスイッチが入ったし、やる気モードに火をつけちゃった」
テーセは腹を抱えて笑う。
猪突猛進にノルディックの部屋に上がり込んだデュエルナは猛然と片づけを始める。止める暇もなかった。テーセは楽し気に男部屋に足を踏み入れるのだった。
星空は見えない。
「何で愛想つかされないんだろうな……」
アーケード街を歩きながらホーカルは呟く。
オガワにはまた滾々とアリエーに対する態度を問われてしまう。
アリエーとは極力作業中は接触を避けているし、不愛想なしゃべり方をしている。同じ作業班だし、見られてもいいと思いながらやっていることだが、オガワからこうも何度も呼び出しが続くと、オガワにも迷惑をかけている感じがして少し心苦しい。
何よりもTDF女性陣の目線が痛く感じてしまう時がある。
「だけどなぁ」
同じ部署になって、なし崩しとはいえ同棲までしている。これ以上踏み込むと後戻りできなくなりそうで怖い。
「あとになってアリエーに後悔して欲しくないし、悩み苦しむ姿も見たくはない」
深々としたため息が出てくる。
「これからどうするか? 帰ればアリエーが待っているだろうし」
もう一軒のみに行こうか? そう考えながら歩いていると。
「ホーカル、見つけた」
幻聴かと思ったら、振り返ってみるとアリエーが立っていて、ホーカルの元に駆け寄ってきた。
いつもの白地に赤と青の二本のストライプのはいったロングコートを着ている。手にはなぜか傘を持っていた。
「なんでオレの居場所が分かった?」
「私の勘よ。雨が降りそうだから、迎えに来たのよ」
「雨? 傘は一本のように見えるが?」
「相合傘がしたくて」
「なんてベタな。俺達の身長と体格を考えろよ」雨よけにもならないかもしれない。
「それでもやりたいのよ。良いじゃない」口をとがらせるアリエーだった。「なんならデパートでビーチパラソルを買ってこようか?」
「お前ならビーチパラソルでも振り回せるだろうが、通行人の邪魔になるぞ」
端末からはティーマ市内で雨が降り出したとシグナルが鳴っている。
「うちの野生の天気予報士は凄いな」
「私の勘はよく当たるの」アリエーは歯を見せ笑う。「ねえ、ご飯まだでしょう? 食べに行こうよ。雨なら二時間くらいで止むし」
「傘はいいのかよ?」
「またの機会でいいわ。このまま帰っても私が料理するわよ。お酒もあるし」
「そうだったな。じゃあ飯を食いに行くか」
ホーカルが頷くと、アリエーは腕を絡めてくる。
「くっつくなよ」強くは言わないし、振りほどこうとはしなかった。
「いいでしょう。まだ寒いんだから」
二人は寄り添いあれこれ言いながら店を探して歩いていく。その姿は楽しそうに見えた。




