バレンタイン・パニック 8-3
3.それぞれの想い
「クリスはTDFに馴染んでいるようですね。安心しました」
「そう見えるのなら嬉しいです。先輩」
「アリエーにもあのようなフォローが出来るのですからね」ひと月目の自分を思い出すとフェリウスは遠い目をしていた。「アリエーはちょっとでも寒いと丸まって震えていたりしましたからね」
「調べてみましたが、スクルとティーマでは惑星の平均気温が十五度も違うそうですね。よくティーマへの異動を承諾しましたよね」
「それは愛ですよ。愛」
「はえ~」
「それにしても」目の前の少しいびつなチョコを見てフェリウスは思う。「クリス、あなたは本当に器用なのか、不器用なのだか分かりませんね」
「手が大きいし、本当に指先の細かい仕事は苦手です」
「その割りアリエーにはあんなに見事なトップスを編んでいますのにですか」
「あ~、あれは趣味みたいなものでして」
「アリエーが喜んでいたではないですか。私にも何か編んで下さると嬉しいです」
「良いんですか?」
「あれだけの出来栄えの編み物を見せられたのですよ。もっと出来るのでしょう?」
「せ、先輩! 何が良いですか? リクエストにお答えします!」
「ではワンピースを作って下さいな。普段遣い出来るような。ラフなものを」
「先輩なら、私なんかよりもおきれいですから、何でも似合います。オレンジでいいですか?」
「あら、私の好きな色がよくお分かりですね」
「先輩なら、エンジ色やオレンジが似合うと思いました」
「あら嬉しい。では期待して待っていますね」
「頑張ります」
クリスは気合を込めて両手を握りしめていた。
エレナはこの女性陣の中にあっても孤立している。
フィオーレの厳しい目が合ったとしても彼女は参加するべきではなかったと思ってしまう。
フェリウスは楽しそうにクリスとチョコを作っていたから声を掛けづらいし、ディは妹に付きっきりだった。誰もエレナにかまってはくれない。
「エレナはつまらなかったかしら?」
彼女は気が付くと眉間にしわを寄せ、湯煎したチョコをヘラで懸命にかき回していた。
「ああ、分からないん、ですよね」意識して言葉使いが荒くならない様にはしていた。「こうして女子だけでチョコなんて作ったことないから」
「お料理会は初めてなの?」ペリシアはエレナの顔を覗き込んでくる。
主人の顔付きに慣れているのか、エレナの睨むような視線も気にかからないようだった。
「料理くらいはやっています。一人暮らしなんで少しはしますけど、味付けも大雑把、ですよ。なんでも材料を炒めてしまうし」
「ご家族とは料理をしなかったの?」
「うちは兄貴だけだったし、料理は母ちゃん任せ。一人暮らしするときは心配されたっけ」苦笑するエレナだった。
まあ、オートのキッチンシステムもあるし何とかなると楽観視していたし、実際に何とかなっていた。ゴミ屋敷にならない程度には。
「じゃあお料理する時は相手の顔を思い浮かべながら作ってみるといいわ。どうしたらおいしく食べてもらえるか、喜んでもらえるか。今は手渡す人の顔を思い浮かべてみるの。そうすれば、あなたも笑顔になれるわよ」
「あたし? そういうもんですか?」
「ええ、あなたの顔は材料という敵と戦っているように見えましたもの。目の前のことではなくて、その先の相手を思い浮かべる方が楽しいわよ」
「わ、分かりました」顔を赤らめエレナは応えた。「そ、そうします」
ディがテーセの面倒を見てばかりいるので、ひとりでポツンと作業するしかなかったので少しむしゃくしゃしていたのを見透かされていたようだった。
「ねえフィオ」アリエーは隣でチョコ作っていたフィオーレに声を掛ける。「どうしたらいいと思う?」
手にしたタブレットには完成予定のハート形のチョコレートが映しだされている。
「ずいぶんシンプルなのね?」意外だった。もっと目を引くものを作ると思っていたからだ。
「初めてだし、シンプルなものにしようかなと」
「ホーカルにあげるものでしょう? 小さすぎない?」
「大きくなると目立つし、重く思われないかな?」
「今更じゃないかしら? それでメッセージはどうするの?」
「どうしたらいいかな?」まさにそれが訊きたかったアリエーだった。
チョコの上に書くメッセージで悩んでいたのである。
「ストレートに『結婚して』でいいのでは?」
「返事くれなかったら? 無視されそうで怖いのよ」
「ありそうよね。あのヘタレ男は。シュルドさんやノルディックに突いてもらおうかしら」
シンシマやレイストだと悪乗りしそうなので除外した。逆効果になりかねない。
「えっ? えっ? なんでそこまで?」
「ある程度心理的に追い詰めないとだめなのではと思ったのよ。どうみてもお互いに想い合っているのに」もどかしすぎた。
「そうだといいんだけど~」
「もっと自信を持ちなさい。アリエーは愛くるしいし、美人なのですからね。それといちいちホーカルの反応を見てダメージを受けないの」
「だって、だって~」
「愛して欲しいのは分かるけれど、向こうから愛したいと思わせなさい。期待しすぎなのよ。それに問題は貴女よりもホーカルです」
「そうなのかなぁ」
悲しそうな笑みを浮かべているアリエーの手をフィオーレは優しく包む。
「自信を持ちなさいと言っているでしょう? 貴女自身にではなく、貴女の周りのことで踏み込めないラインがあると私は思います」
「私が精霊使いだから?」
「それとも家族とかね?」
「以前家族とは引き合わせたけれど問題なかったけど……」とアリエー。
「その辺りはオガワさんと要相談かしら」
「どうして!」
「オガワさんは最近ホーカルと二人だけでよく飲みに行っているからよ。きっとオガワさんは何か掴んでいらっしゃるわ」
「私もオガワさんに訊いてみようかな」
「私が訊ねておきます」伝えづらい情報もあるかもしれない。そうなるとアリエーの前では口が堅くなる可能性もあった。
「フィオ。頼りになる」
甘えたようにアリエーは抱き着いてくる。
「頼りになんてなりません。私も恋愛は初心者ですよ」
「でも好きな人はいるのよね? お付き合いとかは?」
「お互いに学生時代にはデートらしきものはしたことがありますが、仕事を始めてから時間も合わないことがあり、お付き合いといえるものはしていませんね」
「寂しくない? 今回は告白するの?」
「向こうから言ってきた時は結婚も考えますけれど、それはありませんね。それに私からは今のところ言うつもりはありませんよ」
「ど、どうして?」
「私は自分が彼に負けを認めるまで、告白はしません」
「どんな人と何を戦っているの?」
「プログラムです。戦っていると良く分かりますわね」フィオーレは笑みを浮かべる。「彼は私の人生で唯一勝てないと思っている人です。厳密にいえば今の貴女やノルディックにも勝てそうにはありませんが、私が戦闘に特化すればあなた方にも勝てるはずです。ですが本当に彼には勝ち目が見えません」
「フィオが?」意外だった。
「全力をもってしても勝てません。ですが、私の心はまだ折れていません。彼に勝ちたいと執念すら持ち続けています。ですので今のところ彼は唯一無二のライバルで有り、倒すべき相手なのです。私が心から白旗を上げない限り、私は彼に挑み続けるでしょう。だからこそその時まで恋愛はお預け」
「何を応援すればいいのか迷うけれど」勝てば解決するのか、負けた方がいいのかアリエーには判断が付きかねる話である。「でもフィオにも熱い想いはあったのね」
「ありますよ。私は負けず気嫌いで、情熱家でもありますもの」
「その自信はうらやましい。相手を魅了している感じだよね」
「当然です」フィオーレは笑う。「そうね。そのチョコレートにメッセージは『大好き♡』でいいのでは? 返事を期待するよりも貴女の気持ちをホーカルにぶつけてしまいなさいな。『親愛なるホーカルへ』と書き添えるのも良いわね」
「う、うん。そうだね。そうする」
「あなたも情熱をその身を焼き尽くすほどにぶつけてやりなさい」気持ちを素直に届けさせた方がいいはずだ。身も心も蕩けさせ、燃やし尽くすように。
「ありがとう。フィオ」
「いえいえ、どういたしまして」フィオーレはアリエーに微笑みかける。すっかり母親目線だった。「ペリシアが呼んでいるようですから、ちょっと行ってきますね」
フィオーレは全身全霊を込めてハート型チョコにホワイトと赤に染めたチョコで文字を書き始めるアリエーの姿を目を細め見つめていると、本当に彼女の気が文字に乗り移っていくように見えてしまうのだった。
「気持ちが伝わるようにか」
「あなたもボッチが好きなのね」
エレナの心の内を見透かしたようにフィオーレが声を掛けてくる。あくまでも高慢に。
「あんただってそうだろう」
言い返されると分かっていても、エレナは言わずにはいられなかった。
「フェリウスに声を掛けましょうか?」
余裕と嫌味たっぷりな口調だった。普段なら手が出そうだが、適わないので無視しようとした。
「い、いいよ。クリスと楽しそうにしているし」
「あなたが遠慮なんて天変地異の前触れね」
「う、うるさいよ。嫌味を言いに来たのか?」
「ペリシアが私に視線を向けてきましたからね。特別にかまって差し上げます」
「余計なお世話よ」
「口調は意識しているようですね。ペリシアにもなにか言われていたようですが、語気が荒すぎます。あとはその目付と睨みつけるような表情を何とかしなさい。私は毎朝、鏡で自分の顔を見て笑顔の練習をしなさいと言っているでしょう?」
「……難しいんだよ」エレナはボソッと言った。「昔からこんな顔付だし」
「諦めないの、諦めたらそこから前には進めないわ」
この言葉を口にして二ヶ月ほど前に自分も言われてしまっていたと、フィオーレは思い出していた。ミュウリエイ・パテイスと言いましたか、面白い子だ。テーセ以上に肉体と精神のバランスが取れていないようにも見えてしまう。
「進めるのかよ。あたしはさ」
「進めますよ。努力をすれば」フィオーレは微笑んだ。「それにしてもあなた、意外と器用ですのね」
目の前に置かれた六つの色とりどりのトリュフには顔が模されていてピンクや白の粉を塗している。
「意外で悪かったですね」
「悪くはありません。良い傾向です。それにベースもそこそこ弾けるようになっているそうですし、そうやって努力なさいな」
「うまくなっても、バンドに入れてもらえなければ意味がない」
「協調性は人の輪に入っていかなければ生まれませんよ」
「どうやって?」
「そうやって拗ねていじけていたり、相手からの好意を自分の殻で弾き返したりしていては無理よね」
「分からないよ……」エレナの言葉は小さくなっていく。
「考えなさいな。それであなたは誰に渡すつもりなの?」
「ディとロイス」
「少ないわね。もっと増やしなさいな」
「誰に渡せと、いうの?」
「迷惑かけているのだからアリエーとノルディックに感謝しながら渡すといいわ。それにシュルドさんはあなたの師匠でしょう? 日頃の感謝をなさいな。あとディに渡すのにその妹がいるのに渡さないとは気遣いに欠けますわね」
「そ、そうなに急に言われても材料が……」
「フェリウスは諦めたの?」
「もう課が違う、でしょう」
「でも、こうして顔を出してくれているし、彼女、ランチタイムにも結構な頻度で姿を見せているわ。もうギブアップなの?」
「きっかけというか、どうして話しかけたらいいのか……」
「意気地なしだったのね。良いでしょう。口実は作ってあげますから、あとはあなたで何とかなさいな」
「えっ?」
「どう行動するかはあなた次第ですよ」フィオーレは真顔で言う。「フェリウス、ちょっといいかしら」
「どうしたのですか、フィオーレ?」
「そちら材料余っていますかしら? そう、分けてもらえない? 助かるわ、エレナったら分量を間違えたみたいでチョコが足りないのよ。クリスもいらっしゃい、エレナが湯煎で格闘しているのよ。見てあげてくれない?」
「わっかりましたぁ~」クリスは声を上げる。
大らかな後輩にフェリウスは目を見張る。エレナが怖くないのだろうか?
フェリウスは送別会の時も声を掛けられることはなかったから、嫌われているのかもしれないと思っていたし、あの視線はやはり苦手だった。
大柄なクリスやフィオーレの陰に隠れていれば大丈夫かなと思いながらフェリウスはフィオーレやエレナを手伝うことにする。
クリスはアリエーの件が余程嬉しいのだろう大らかな笑みを浮かべ材料を片手に二人の元にやってくる。フェリウスはというとエレナの視線に少しひるみながらだが。
表情には出さなくても、エレナは内心焦りまくりであった。




