部長秘書の喜怒哀楽 7-8
7.雪花
私、フェリウス・アーク・アウゼンのティーマでの雪花(十二月)は足早に過ぎていくような感じでした。
年の瀬が近いせいなのか、それとも私が秘書課に戻る日が近づいているからでしょうか?
雪花には雪の花が開くように水分の多い湿った雪が降り積もる。時には歩道を歩けなくなるほどだったが、忙しくて自分のアパートメントに帰れない日々もあるので、このころの私にとってはあまり関係がない。
雪の花と聞くと私はフィオーレを連想する。クールビューティな彼女にはかなり助けてもらっていたからかもしれない。
私は夜空を見上げ息を吐き出す。一瞬白く染まった星の輝く澄んだ夜空を見上げ「楽しかったよね?」いつの間にか呟いていた。
何度も部長には泣かされ、仕舞に『泣き虫フェリウス』とまで言われていた私である。恥ずかしくもあるが誇らしいと感じるのは、短くとも彼らの一員であったからだろうか。
私はフィオーレを初めとしたTDFの女性陣には本当にお世話になっていた。
それらを雪の花とユリウスの曲から思い出す。あのどこかしら土着的な旋律とともに。
風はどこから? 南から?
熱い情熱と優しさに溢れる風が私を包んでくれる
天を覆う星空よ 気高き風に 緑に問いかけよう
地平を 宇宙を 心を占める寂しさよ 愛おしき愛よ
凍てつく寒さを振り払え
汝が求める真実を我らに示せ
風よ 精霊よ
我ら星に息づく風たちに
私は生れて始めCMというものに出演しました。
ジプコTDF館のテーマ曲としてユリウス・ドリスデンから提供していただいた歌は『風に抱かれて』というタイトルでした。
私達のためにユリウス・ドリスデンが曲を提供してくれたなんて、何という幸運なのでしょう。タイアップはこれまで無かったことなのです! ユリウス初のことですよ。
フィオーレが依頼を出して三日後に届いた曲をすぐに銀河系中に知らしめるために、私達は動き出しました。迅速過ぎるほどに。
それが三十秒と一分のCMにネット上で閲覧できる五分間の映像素材でした。それらの閲覧回数は最終的に数百億回にも及び、今も再生され続けています。注目度は急上昇です。
セットは地下二階のパーンパイプで実際の映像素材を使ってフィオーレがプロデュースしました。
メインステージ第二層で展開する予定の大樹が葉を広げ、天空には星が輝き地上をほんのり明るく照らす。まだ七十パーセントの出来だと彼らは言っていますが、風も緑の息吹もリアルでした。
三十秒版での登場はアリエーのみです。
大樹と天空を映し出したカメラの隅で大樹から飛び降りてきたアリエーが着地とともに素早くカメラに向かって弓矢を撃ちます。あまりに迫力があり過ぎて衝撃的な映像になっていますが、実際にアリエーの射た矢は小さなカメラアイを正確に射抜いています。自慢のカメラを射抜かれたシンシマが嘆いたほどですよ。高価な機材が一瞬で壊れています。ですが迫力と衝撃の映像が出来上がりました。
私が出演したのは一分版の方です。
アリエーが大樹に祈ると彼女の身体が光の精霊に包まれたように淡く光ります。特殊映像がかぶされているのでしょう? 神秘的できれいでした。そう何もかもが。
ちゃんと『風に抱かれて』も流れています。
私は彼女の周りで空を見上げるモブの一人でしたが、初めて見るアリエーの祈りの姿は神秘的で、星の瞬きと流星群の美しさとともに感動のあまり涙が出てきました。当初はシルエットだけの予定でしたが、私の泣き顔はばっちり撮られてしまい、それがCM素材として使われることになってしまいました。五秒程ですかアップで写っています。自分で初めて見た時には顔から火の出る思いでした。
『泣き虫フェリウス』の面目躍如とシンシマやレイストからはからかわれたほどです。
最後に撮影された五分間のネット映像は『風に抱かれて』フルコーラスバージョンとなりますが、時間に合わせて間奏などを伸ばしているのでクリスタルディスク版とも違っています。その曲に合わせてアリエーが舞い、前奏や間奏になるとディのナレーションが入りジプコTDF館のテーマと見所を解説していきます。一層や二層のステージ映像をバックにアリエーが縦横無尽に飛び跳ねる姿は、まるで妖精か精霊なのか、それとも宇宙遊泳しているように見えてしまう。ここただの地下室ですよ? どうしてそんな動きが出来るのですか?
耳に残るユリウスの曲ですし、目に焼き付く映像と印象的なナレーションでした。フィオーレは映画監督になれるのではと思うほどです。
因みにディの音声素材はユリウスの曲とともにラジオネットにも流れました。
反響は大きく放映と閲覧開始当初から問い合わせも多数寄せられ、ジプコ本社の広報担当部門はパンク寸前であったとか。通信会社なのにですよ? ユリウス・ドリスデンの効果は破壊力満点でした。おかげでトラッティン産業博覧会での注目度は爆上がりです。再生回数を見て私達は抱き合って喜びました。
大勝利でした。ユリウス・ドリスデンさんありがとう!
因みにアリエーやディには中央の映像会社からスカウトの話もあったようですよ。すべてお断りしていましたが、凄い話ですよね。
「なあノルディックさんよ」
「なんだい、シンシマ君」
「ファンとして問おう『風に抱かれて』はどう見たってアリエーがモチーフだよな」
「そうだな」
「お前さあ、改姓してないよな?」
「何でそうなる?」
「ユリウスを教祖と崇める宗教染みた集団まであって、全員が改姓しているそうだぞ」
「うちの太陽系では一般的な姓だぞ。家系図も見せようか」
「冗談だよ。ユリウスってお前の太陽系の出身なのかもな。素性は明かされていないけれど」
「そんなのどうだっていいだろう。ユリウスはユリウスだ」
「そうだな。なあアリエー感想は?」マイクを向けるようにシンシマレポーターはアリエーに話しかける。
「歌から風や光、緑までも感じられるんだよ。もう感動しまくりだよ」アリエーは興奮していた。「もしも私がモチーフだったとしたら、すっごい嬉しい。直接会ってハグしたいくらい」うっとりするような表情だった。
「フィオーレがユリウスに送ったっていう資料を的確にとらえ過ぎだよな」とノルディック。「ユリウスって、そういうのを汲み取るのがうまいんだろう」
「そうとしか思えない、うちらのテーマを的確にとらえ過ぎだよな」
「いいことを言うじゃないか」
シンシマとノルディックの話を聞いていると頷く私であった。
本当にありがとうとお礼が言いくたなる。因みに社内からはTDFにも問い合わせが多数あったし注目度も更に上がりました。
風は道標
私を銀河に誘う心
緑の彼方 海の断崖 宇宙の深淵を乗り越える優しき風よ
強き信念の風よ 愛おしさに応えて欲しい
彷徨い凍てつく闇より守りし風よ 愛して欲しい
気高き風と心は精霊とともに 果てなき道を光の速さで吹き抜ける
私の風よ 心の精霊よ
これ見て他社もユリウス・ドリスデンに曲の提供を依頼したようですが、ことごとく撃沈したようです。銀河系中に様々なユリウスの新曲が溢れるかと思いましたが、違いました。
私達に配慮してくれた。TDFは運が良かったのだと笑うノルディックの言葉が印象的でした。「我らにラッキースター・ディあり」と彼は高らかに笑いディを持ち上げる。
ルージュ万博のチームが、TDFへと曲の使用権を求めてきたのには呆れました。強奪しようとしていたのです。
同じジプコだからいいだろうというのが彼らの言い分でしたが、ユリウス・ドリスデンに断られたのでしょうね。私は彼らを鼻で笑い飛ばしてあげたい気分でした。
フィオーレは契約書を手に彼らの要求は突っぱねると、この曲は私達TDFのためトラッティンのために作られたものだと宣言します。拍手です。
欲しいのなら自らの手でユリウスから新しい曲を手に入れよと。
更にはルージュのテーマには合わない。ユリウスの品位を損なうなど彼らには言いたい放題でしたね。
その通りでしたが。
私は心の中で、何度もざまあみろと繰り返していました。
年が明けるとトラッティン行政府からTDFに申し出がありました。産業博覧会の顔としてジプコを使いたいというのです。大企業ミネルヴァやコングロマリット、アマデウスと肩を並べることになりました。凄いことでしたが、どうやら彼らもユリウスの『風に抱かれて』が目的であったようです。ユリウス・ドリスデンの知名度は抜群でしたからね。その影響力を産業博覧会にも使いたかったようです。
いろいろとユリウスの事務所と協議することになりましたが、秘書課の私やディの法務関係の師匠シェロンヌさんと弁護士資格を持つマリカが間に立ってくれてうまく取りまとめて下さいました。感謝です。
その時にトラッティンでTDFのバンドメンバーで披露することになるユリウス・ドリスデンの曲が五曲ほどあるのですが、その使用許諾も得ていました。ちゃっかりしています。
これによってさらにジプコTDF館の知名度は上がります。
前売りチケットを購入してくれている人たちの期待度も上がってくれればいいなと私は願うのです。
我ら故郷を離れ幾星霜
幾百 幾万の時を超えて 星々の海を流れ続ける
目指そう風よ 見つけよう精霊よ 私の風を
私の緑成す銀河へと凱歌を響かせよう
優しき歌と 心清らかな祈りとともに 我とあれ光と風よ
輝ける未来へと我らを誘え
風よ 風よ どこから? どこへ?
クリスマスの日にTDFは細やかなお披露目をする。
イザン社長やアサノ課長、秘書課の面々など親しく信頼のおける方々を招いての細やかな祝賀会だ。
当然です。これからもまだまだ産業博覧会に向けての作業は続くのですから。
同時に私の秘書課へ戻る日も決まりました。
来年の一月十二日になります。クリスの異動と辞令発令が、一月五日に決まったからです。
私はライトアップされた大樹の上に抜けるように広がる青空を見上げ、吹き抜ける風を感じながらこれまでの七ヶ月間を思い出していました。
本当に泣き虫でした。プライドはズタズタに打ち砕かれ泣きながら最初の頃は悔し涙とともに仕事をする日々でした。辛い日々でしたが、それでも彼らの優しさに気付くと私は涙を流しながらも踏みとどまれました。人間的にも成長できたと感じていますよ。中盤以降はペリシアさんもいてくれたので、少しはゆとりを取り戻せたと思います。アルベイラー夫妻には感謝の言葉もございません。今では家族ぐるみのお付き合いも出来るほどになっています。これまでの私を振り返ってみますと、ここまで深くお付き合いできるほど人間関係を築けるとは思いませんでしたので。
私は足元には草原が展開していますが、これは私が立っているのはホールに展開された絨毯の上です。アリエーが選んできたものだと聞きますが、素晴らしい感触です。香りと風もアリエーさんが監修しただけあってリアルすぎていましたので、室外であると錯覚してしまいそうです。
楽しくグラスを手に語らいながら、シンシマとホーカルの演奏をバックにディとアリエーの素敵なハモニーに耳を傾けます。本番ではこれにピアノとベースが加わる予定だそうですが、間に合うのでしょうか?
私は途中で抜けてしまうことになりますが、彼らの成功を心よりお祈りしています。
彼らは大切なお友達ですから。
ペリシアさんがクリスマスの大きなケーキを運んできてくれました。
それを見た私は歓喜したことは言うまでもありません。感謝とともに。
ありがとう。TDF!
〈第七話了 第八話へ続く〉




