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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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部長秘書の喜怒哀楽 7-6

 6.初顔合わせ



 ティーマは十二月を迎えようとしていた。

 フェリウスがTDFに出向して七ヶ月が過ぎようとしている。リクスフェン嬢から連絡を受け宇宙港を出た時間を確認したのちに彼女はTDF本棟入口に出た。

 コートがないとやっぱり寒い。

「時間どおりです」

 エアタクシーが止まると、ナーブ・クリスタル・リクスフェンが少し窮屈そうに身をかがめながら下りてくる。

 本当に大柄な人だった。小顔だが穏やかそうな表情なのでホーカルやノルディックのような威圧感は感じられない。

「お待ちしていました。リクスフェンさん」背中を丸めないように姿勢を気にしながら礼儀正しく挨拶する。「部長秘書しています。フェリウス・アーク・アウゼンです。本日は忙しい中、TDFへの来訪ありがとうございます」

 礼儀正しい所作にリクスフェンは見とれてしまい反応が遅れてしまう。

 秘書ってこういったことまで出来なければならないのだろうか?

「な、ナーブ・クリスタル・リクスフェンです。ほ、本日はお日柄もよろしくお招きにあずかり、恐悦至極です」

 慌てて深々と挨拶してしまうと、それを見ていたフェリウスからは口元に手を当てていたが、噴き出したような笑う音が聞こえてきた。

「すいません。私のようになさらなくても大丈夫ですよ。これが秘書の正しい挨拶というわけではございません。私は元々こういった教育を受けていたので、こうして挨拶しているだけです。非礼にならない程度に挨拶できるようにしていただければ大丈夫ですよ」

「お、教えて下さい」背中を丸め、前のめりになっている。「私、秘書なんて初めてで何も分からないので」

「そのための研修期を考えています。慌てなくても大丈夫ですよ」

「は、はい。ありがとうございます。アウゼンさん」

「フェリウスとお呼びください。ここでは皆さんにそう呼ばれています」胸元に手を当て誇らしげに言う。「貴女はどう呼べばよろしいでしょう? ナーブさん? それともリクスフェンさんかしら?」

「どちらも私の名前は呼びづらいようなので、みんなにはクリスと呼んでもらっています」

「分かりました。ではクリス。こちらへどうぞ。部長がお待ちです」

 カードを通すと棟内へとクリスを招き入れるのだった。

「ここはずいぶん暖かいですね?」

 ロングコートを脱ぎながらクリス訊ねてくる。今日はワンピースの上にスーツ風ジャケットを着ていたので、オガワから聞いていたスーツ姿の時とは印象が違って見える。手足は本当に細かったが。

 服装で体形を誤魔化そうとしているのだろうか? かえって違和感を覚えるフェリウスだった。

「ここには寒いのが苦手な方が居まして、それに合わせて室内の設定温度を変えているのです」

「はえ~、そうなんですね」

 キョロキョロと周囲を見回しながら彼女は頷いた。

 ずいぶんと純朴で大らかな人だとフェリウスは感じていた。


 休憩室兼社員食堂へとクリスを案内すると、すでに席についているパーンがいた。

 フェリウスはホッと胸をなでおろす。逃げずにいてくれたと。

 キッチンを見るとペリシアと目が合い、彼女は準備万端と頷いてくれた。クリスをパーンに紹介していたオガワとともにあとはペリシアに任せて二人はその場を辞した。

 パーンとクリスが改めて挨拶を交わしていると、ペリシアが手押しのワゴンに料理を乗せて運んできてくれた。

 前菜のスープが置かれ、パンがバケットにいれられている。ザワークラフト共にメインにはソーセージとアイスバインが出てくる。クリスの故郷を意識しての料理だった。

 馴染んだ料理に見た目も凄く美味しそうで、生唾を飲み込んだクリスはふと対面のパーンから視線を感じると顔を上げた。

「……あの、何か?」熱い視線のようにも感じられた。

 体中を舐め回すように観察されたわけではない。ただ顔をジッと見つめられてしまい少しクリスは戸惑ってしまう。

「いえ、ずいぶん美しい『骨格』をお持ちなのだなと」

「美しいですか? ……はあ、骨格がですか?」

「はい」晴れやかな笑みだった。本気でそう思っているのだろう。

「そう言われたのは初めてです」嫌ではないと感じるクリス。

「僕も初めて言いました」

 アリエーが美しい筋肉なら、クリスは安定した安産型の骨格を持つ人であり、美しいとさえと思えたパーンである。

「ありがとうございます」

 色々と説明しなければならないかと思ったが、クリスは彼女の大らかな感性故か、それだけで受け入れられたようだった。

「美味しいですね」一口アイスバーンを頬張ると、クリスは笑みをもらした。

「TDF自慢の社食です」パーンもつられるように微笑む。「この後出てくるデザートはフェリウス自慢のケーキセットです」

「それは楽しみです」

 料理を話題にしながら楽しく会話は進んでいるようだと、ペリシアはキッチンから二人の姿を眺めていた。アフターティとデザートを出すタイミングは逃すまいと二人を注視している。


 フェリウスはその場を辞して、オガワとともに事務室へと戻る。

「リクスフェン君を見てどうだったかな?」とオガワ。

「とても良い方に後任を受けてもらえて嬉しいです。大らかな方のようですから、私の様に取り乱すこともないと思いますよ」

「……そうか」

「ただ秘書としての仕事はこれからのようですので、教えがいはありそうです」

「ずっと総務畑だったようだからね。その辺はよろしく頼むよ」

「五日いただけますか?」

「そんなにいいのかい?」早く戻りたいのではないだろうか?

「部長のことTDFの現状を踏まえた上で、最低限秘書として皆様の前に出せるようにしたいです」

「それはありがたいな」

「皆さんにはお世話になりましたし、私の教育が不十分でTDFのしいては私の恥にならないようにしたいのです。クリスが恥をかくようでしたら皆さんに私が顔向けできませんし、ここに顔を出すことすらできなくなりますから」

 フェリウスは微笑んだ。やる気に満ちているとオガワは思うのだった。

 オガワは着替えてパーンパイプに向かい、フェリウスは一人で事務室に戻ると部長席の隣にある自分のディスクを見ると、机の上に小さな箱が置いてあるのを彼女は見つけてしまう。何かあっただろうか?と手にする。

「ねえねえ」慌てふためいて事務机の上に乗っていた箱を手にしながら、フィオーレに駆け寄っていた。「これ時限爆弾じゃないよね。私、何も悪いことをしていないよね?」

 彼女が手にしていた箱は、バナスシティでは人気のパテシェの店のものだった。入手するには二時間待ちのケーキが入っているが、それが無造作に置かれているのか気になってしまう。気軽にもらえるような理由もないし、意味が分からずメッセージもなく不気味であったため思わずフィオーレに訊ねてしまっている。

「これ毒が入っていたりしないよね?」

 そうフェリウスに言われた瞬間にフィオーレはエレナを睨みつけていた。今の状況では直接手渡しても拒絶されそうだったのは分かるが……、心の中で頭を抱えながらフィオーレは誰からのものであるとも言わないで、あとで二人で美味しく食べようとフェリシアを説き伏せるのだった。


 時間を見計らってフェリウスは食堂に現れると、クリスを連れて事務室へ向かう。

「部長はどうでしたか?」

「いい子でしたね。甥っ子を見ているようでした。ああ部長にこう言ってはいけませんね」髪の毛をいじりながら照れたように笑う。

「部長も大概ですから大丈夫ですよ。いずれ分かるとは思いますが、狡猾で図太いですから」

「はあ?」

「私はここへ来るまでは分刻みのスケジュールを組み、その日の日程をこなすのが得意でした。でもここに来てそれは無駄だと知り止めました」

「どうしてですか?」

「意味がないからです。ここでは自由に時間が動いています。そのためのゆとりや余裕が必要なのだと知ったからです。無事にスケジュールに間に合わせること、みなさんを仕事に送り出せることが大切です。そのために何が秘書としての私に出来るのか、ここに来て様々なことに気付かされました。クリスも何かがつかめるといいですね」

「私に出来るでしょうか?」

「自信を持ってください。クリスならではの仕事ができると私は思っています。部長もオガワ代理も貴女のことを認めたからこそ、今ここにいるのです。それにやっていただかないと私も困ります」

「困るのですか?」

「私がまたここに戻されるかもしれません」フェリウスは微笑む。

「は、はい。頑張ります」

「それではここが事務室になります。プログラマーの皆さんがここでは仕事をしています。他にも別な場所で作業をされている方々がいますが、そこまでは機密扱いなので正式な辞令が出てからのご案内となりますのでご容赦ください」

「とっ、とんでもねぇだ。現場なんてほとんど行ったことがないので、とにかくよろしくお願いします」

「私達の机がそこになります」フェリウスは自分の席を指さす。「ただ部長と一緒ですとその日はそこに座ることもないかもしれません」

「はえ~」

「驚くのも無理なからぬことではが、その驚き方は止めた方がいいですね」事務室に入りながら気になっていた言葉遣いをフェリウスは指摘する。

「わ、分かりました。気を付けます」

「はい。ではプログラマーの皆さんを紹介いたしますね」

 机の上にクリスの荷物を置かせると、プログラムチームの面々にフェリウスはクリスを紹介していく。

 クリスはフィオーレやディには暖かく迎え入れられ、シュルドやノルディックはぶっきらぼうではあったが、彼女は不思議と怖いと感じなかった。エレナに睨まれていたような気がするけれど、彼女は理由が分からなかったので気に病まないようにした。

 引き継ぐ席へと案内され座らせられるとTDFでの秘書としての心構えをざっくばらんに説明するフェリウスであった。

 シュルドが、ノルディックを呼びつけ何かを言っていたが、クリスには専門語が呪文みたいに聞こえ全然理解できない。ノルディックが肩を落とし机に戻ると隣のディが優しく手を添えていたのが印象に残る。お付き合いしているのだろうか?

「総務をなされていたのですよね?」

「はい。文書の取りまとめが主な仕事でした。経理も少し手伝っています」

「決済に関しては?」

「主任や課長がいたので、私はやっていませんね」

「なるほど、ここが特殊ですものね。分かりました」決済に関しては着任してから教えよう。「宿泊や切符の手配は?」

「出張者の手配はやったことがあります」

「良かった。これからTDFでは出張者が増えていくことになります。ルートや時間の設定もお願いすることになります」

「部長以外の方にもですか? 部長秘書なのに?」

「はい。皆さんお忙しいのです。私達の仕事は、彼ら全員にお仕事に集中していただくことになりますので、その手助けをしなければなりません」

「お母さん? それとも縁の下の力持ちみたいだな」

「そこまでは無理です。皆さん優秀ですから、私は私のできることを全力でやるのみです」フェリウスは微笑んだ。「あとクリス。あなたは気を抜くと方言や訛りが出るようですから、話し方に気を付けてくださいね。部長の品位を下げることになりますから」

「わ、分かりました」背筋を伸ばすクリスだった。「気を付けます」

「大丈夫。クリスにならできますよ」

「心強い言葉です。先輩」

「今日はこれくらいにしましょう。クリスを宇宙港までお送りします」

 頷くクリスを連れて、事務室を後にする。

 それを見送ったエレナはノルディックに向かって囁いた。

「なあ、あの子、身長のわりにずいぶん手足が細すぎやしないか?」

「エレナ。聞こえていてよ。人のことをあげつらうものではありません。ディを見なさい」

 悲しそうな目を向けるディを見て、慌てて謝るエレナだった。

 先は遠くエレナのゴールが見えない。


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