部長秘書の喜怒哀楽 7-4
4.フェリウスの涙に応えるために
「優勝、おめでとう♪」
オガワが乾杯の音頭を取ると、一斉にグラスが高々と掲げられる。
中華飯店の中規模な一室を借り切り祝勝会が行われている。TDFは新人歓迎のために企画された本社内課対抗バレーボール大会で参加百十二チームの頂点に立ったのである。
拍手とともにシンシマとレイストが手にした高性能カメラがトロフィーを持つ彼女達に向けられる。
フィオーレとデュエルナはトロフィーを手に笑みを浮かべているフェリウスの両脇に寄り添うように立っていた。フェリウスの頭上には勝者の月桂冠も乗せられている。
「当然の勝利ですわ」
フィオーレは高らかに笑い声をあげる。高慢な令嬢が板についている。悪乗りのしすぎだろう自慢の金髪が会場に入ってからは縦ロールになっているのである。
そのドリルのような髪が揺れるたびに周囲を粉砕してしまいそうで、止めてくれとシンシマとノルディックは心の中で震え、叫んでいた。
「初参加で初優勝は前代未聞だったよ」とオガワ。
「このメンバーで負けることはありませんよ」自信満々にアリエーは言う。
「反則級です」フェリシアは我がことのように喜び拍手をしている。「私のために本当にありがとうございます。嬉しいです」
嬉しすぎてまた涙が溢れそうになる。
TDFが一丸となって、この大会に参加したのはフェリウスがきっかけとなっている。
十月に入ったその日、レクリエーション担当のいないTDFで止む無く担当者会議に出席したのは手が空いていたフェリウスだった。
本社会議室から戻った彼女は目を真っ赤にして泣きはらた顔に悔しさをにじませていたし、彼女を送ってきた秘書課のフェリウスの先輩レイスィアもかなり憤慨していて修羅のような形相だった。
どうやら専務派の担当者達に侮蔑的な言葉を投げつけられたようである。憤慨したフェリウスは反論し訂正を要求したが、それでも蔑視した言葉は鳴りやまなかった。それは常務派からも出ていたようだ。
「だって悔しいですよ。ゴミのような人材しかいない吹き溜まりは出場しない方がいいって……TDFの皆さんは仕事だけではなく素敵で凄くて素晴らしい方ばかりなのに」
余程悔しかったのだろう。止まっていた涙がまた溢れてくる。
「皆さんのこと何も分かって無くて、酷いことばかり言うのです……」
悔しさのあまり泣きはらしその場から動けないでいた後輩をレイスィアは送り届けくれたようである。
「あいつらの顔は覚えたぞ。みておれ」
怒りに拳が震えていたが、彼女の肩を掴むとフィオーレは言った。
「これはTDFの問題よ。手出しは無用」
「なんだと。可愛い後輩が泣いているのだぞ!」
「フェリウスはTDFのために言ってくれたのですよね? そうでしたら私達が彼らに鉄槌を落として差し上げますよ。弱小? そう思わせておけばいいわ。全員粉砕して専務と常務の目論見も叩き潰してあげますわ」
肩に置いたフィオーレの指先が食い込んでいく。その迫力にレイスィアは気圧されるほどである。
「TDFが優勝するって宣言してくれたんだよな?」ノルディックの顔にも怒りが浮かんでいる。
「すいません。でも私、悔しくて」
「謝る必要はないわ」アリエーは指を鳴らす。彼女の宝石のような緑の目の奥底が赤く光っていた。「その言葉通りにしてやるし、あいつらの目論見とその担当者全員を蹴散らしてやるわよ」
「相手はプロだぞ」レイスィアは懸念を示す。
「ずいぶん社内対抗で大人げないことをしてくれますこと」フィオーレは冷淡に笑う。「TDFには私がいます。プロ? 超一流のプロをもってしても私達を負かすことなどできませんよ」
フィオーレは高らかに笑う。それは魔王の笑いだった。
彼女はスケジュール調整を済ませると率先して、リーダーシップを取っていく。
それをレイスィアから聞き及んだのか、社長イザンは、トロフィーの他に優勝チームには特別予算も副賞としでつけると言い出したのであった。
毎年十一月からお昼休みなどを利用して約一ヶ月にわたって行われるこの対抗戦は本来、その年度の新規採用者と転入者が仕事場に溶け込めるようにと企画されたものである。ルールとしては男女三人ずつの混合チームで必ず新採と転入者を三名以上含めるというものだった。
TDFの半分以上がその対象者であり、プロレベルの運動センスと能力を持つ者達がここにはそろっていたことを社長以外は誰も知らなかったのである。
「大人しくしていれば、和気あいあいと対抗戦を楽しむことをできましたものを」
「いやいや、フィオーレがコートに立った時点で阿鼻叫喚でしょう」
「文句ありまして?」
「ないけど、相手が可哀そうだよ」
「ちゃんと手加減してもいいチームには緩やかなメンバーで戦って差し上げていましてよ」
もっともフェリウスに罵詈雑言を吐いた課のレクリエーション担当者に容赦はなかった。必ずTDFと当たるように秘書課と連携してトーナメント方式の試合を操作し試合場で制裁を加えていた。顔面目掛けてボールをぶつけることなど可愛いもので、ボールを追いながら肘打ち体当たりを食らわしていたのである。
「そうだね」オガワは頷く。「私やシュルド君にまで出番があったのだからね」
「それはこのバレーボール大会が親睦の意味もあります。私もその辺りはきちんと弁えていますよ」
「私も出場しました」フェリウスは微笑む。「楽しかったです」
「ぼくはバレーボールの試合で零封勝ちを見たの初めてですよ」と興奮気味なレイスト。
「二セットともそれをやりたかったですわね」準決勝で専務チームに五点も献上したことがフィオーレは不満らしい。
順当に勝ち上がったTDFは準決勝で専務の結成させていたプロのみで構成させた第三データ処理部第一業務課チームと対戦する。
そこでそれまで温存してきたノルディック、アリエー、そしてフィオーレが満を持して登場する。他にホーカル、デュエルナ、シンシマと鉄壁の布陣だ。
それまで体格でも圧勝してきた彼らは平均身長では劣るTDFをなめてかかってきたが、アリエーのファーストサーブから度肝を抜かれることになる。打点の高いジャンプサーブは乾いた音と共に一瞬で相手コートに突き刺さった。彼らは身動きできずコートの後方で転がるボールを見つめるしかなかった。アリエーのジャンプ力は野猿を自称するだけあってとんでもないもので、全身がバネの様にしなり男子プレイヤー以上のスピードと破壊力を生み出している。リベロ役の女史が吹き飛ばされたほどである。
「なあホーカル」
「何だ? ノルディック」
「オレ、初めてアリエーがサーブ打つのを見たけど、あれがもし間違ってこっちに飛んできたらさ」前を向いていなければならないため後ろが見えないのである。
「いうな。簡単に後頭部を吹き飛ばされそうで俺も怖いんだから」
たとえ相手がサーブを受け止め反撃に出ようとしても、前衛にはホーカルとノルディックが壁となって控えていた。
「腐ってもプロかなぁ」アリエーは舌なめずりする。受けられたことが不満らしい。「もう一段ギアを上げようかしら」
インパクトの瞬間をパーンは目でとらえていたが、ボールが潰れるのではというくらい歪み変形している。ボールは分身しそうな勢いでブレながら相手コートに向かっていく。受けることが出来てもその変化には対応しきれないし、うまく返すことは不可能に近かった。
「俺はあの歓迎会でノルディックが何を言っていたか良く分かったわ」とホーカル。
「フィオーレもだが、絶対に敵に回したくない」頷くノルディックだった。
フィオーレの相手を調べつくした上での指示に従えば相手スパイクをことごとく止め、最初のセットを完封していた。
アリエーは忘れていたと次のセットでは、相手チームの後方でふんぞり返って怒鳴り散らしていた専務の顔面目掛けてサーブを打ち込むのであった。次セットで跡がなくなった専務チームはプライドをかけて必死にくらいついてきたが、点数が拮抗することすらなかった。
彼らのプライドを粉々にし、コートに這いつくばらせていたのである。
「全員プロなんて普通あり得ませんよ」とフェリウス。「ジプコが協賛しているプロチームから引っ張ってきて名ばかりの職員にしていたそうですよ」
常務も同じことをやっていた。
決勝は常務派第一データ処理部第二データ処理課からのチームで二メーター越えばかりの長身のプロを集めている。
当初はここと専務のチームが圧倒的な強さで勝ち上がっていたために、優勝が本命視されていたが、準決勝のTDFチームの活躍を聞いた者達が仕事を終えた夕刻に集まり、広い講堂を埋め尽くしていた。社長の臨席もあり広報班が中継カメラを持ち込み、社内ネットで試合を中継していた。
プロの参戦にしらけ切っていた社員は下克上を期待していたようである。
第一データ処理部の面子にかけて、前日のTDFのデータを集め情報戦も仕掛けてきていたが、フィオーレやシュルドに適うはずもなかった。
ディとフィオーレが広い視野でコート全体を支配し、レシーブだけではなくトスまで上げるのである。ディの絶妙のトスにノルディックは雄叫びを上げて飛んできたブロックごと粉砕していた。どこにスパイクを打たれようとも相手の動きを読みディはフィオーレにボールを集めると、今度はアリエーが二メートルの壁も存在しないような打点からスパイクを打った。もちろん常務目掛けてスパイクを打つのもノルディックは忘れていない。一発でノックアウトしていた。相手もセッターによるツーアタックなどの奇策やクイックなどを駆使するが、揺さぶりにすらならず一セット目を落とした。二セット目はさらに混沌とし、フリーダムな展開になる。
六人目としてシンシマを外しパーンを投入。相手はさらに舐められたと憤慨するが、せせら笑うように、パーンは妙なジェスチャーを交えつつコートを駆け回っていた。さらには素足のアリエーは後ろ手になりヘディングやキックでサーブやスパイクを受けだしたのである。フォーメーションの穴やラインぎりぎりにボールをコントロールし落としてくる。
殺気みなぎらせたノルディックのスパイクには相手ブロックは委縮してしまう。本当に殺されるかと思ったようだ。実際、骨折していたプレイヤーもいたようである。
心折れ立ち直れなくなるほどフィオーレは完膚なきまで相手の心を折りねじ伏せた。
自身はディとともに観客に笑顔を振りまき、妖精のように舞うアリエーとともに観客を魅了する。
曲芸のような技と迫力あるプレーに、優勝したTDFは観衆から喝采を浴びるのだった。
最後はフェリウスに決めてもらう。ジャンプしてもネットから手が出るか出ないくらいだったが、フィオーレが彼女にトスを上げる。その後ろからノルディックがおとりで飛ぶとそれにブロッカーは反応している。案の定フェリウスはトスを空振りしたが、その頭上にボールは落ちて跳ね返るとネット際から相手コートへ落ちるのだった。
フェリウスは頭を押さえて座り込みそうになっていたが、自分の頭に当たったボールが合いコートに落ちているのを見て驚いていた。
審判のホイッスルが鳴り試合終了の合図とともに自分が決勝点を奪ったことを知り彼女がキョロキョロしていると、TDF全員がフェリウスを囲み、そして胴上げまでし始めたのだった。
純粋に社員のみで構成されたメンバーでの優勝は初であったという。
準決勝での六人はベストメンバーにも選ばれ、後々まで最強チームであるとも語り継がれることになったとか。
栄誉なんてどうでもよかった。
ただ一人のTDFメンバーのために彼らは立ち上がったのである。涙を見せ信じてくれた彼女の言葉を現実のものにするために。
「これは貴女がもたらした勝利よ」
ディが月桂冠をフェリシアに掲げ頭に乗せると、フィオーレはトロフィーを手渡したのである。フェリシアはトロフィーを愛おしく抱きしめていた。彼らに惜しみない賛辞を送り、涙を浮かべながら集合写真の中央にフェリウスは写っていた。
「最高のプレゼントです。みなさんは私のヒーローです」
TDFの名はさらに本社内に知れ渡ることになる。
トロフィー授与式の場で社長イザンはトラッティン産業博覧会へのTDF参加を宣言した。ようやくである。




