部長秘書の喜怒哀楽 7-3
3.新たなる秘書
ナーブ・クリスタル・リクスフェンは緊張していた。
ティーマ宇宙港に降り立って、エアタクシーに乗りバナスシティのジプコ本社などの林立する高層ビル群を見ているととんでもない都会に来たのではと思ってしまうのである。
生まれ育った惑星サウスの首都サウスドラウデンシティも片田舎から出てきた彼女にとっては人が多い都会だったが、バナスシティはもっと大都会に見えたのだ。もし採用されたりしたら、こんな都会でやっていけるのかと。
彼女は濃い茶色に銀の筋がはいる髪をひっきりなしにいじっている。小波のように幾重にもウェーブのかかった髪が何度も揺れていたし、山吹色の瞳が周囲を所在無げに見渡していた。場違い感が半端ない気がしてくる。
「大丈夫かな。緊張してきた」
百八十九センチある大柄な体を縮こまらせながら、彼女は本社ビルへと入っていった。
受付に訪問理由を言うと、受付嬢が二階にある応接室への案内図を端末に転送してくれた。そこで面接の担当者が待っているという。
「時間は間違っていない。よし」
指示された部屋の前に立ち、来訪を告げるインターフォンを押すと扉が開いた。
「失礼します。ナーブ・クリスタル・リクスフェンです」
入室して五歩、立ち止まると、採用時の面接を思い出しながら名乗り出て挨拶をする。
オガワは彼女の姿を見て圧倒された。提出された履歴書から分かっていたけれど、実際に会ってみると数値以上に彼女が大きく感じられた。それに体形がアンバランスに見える。
ある程度肩幅があり胸も大きいがウェストがコルセットでも巻いているのかと思うほどくびれているのに腰は胸に合わせたように広がっている。手足も細いが華奢と表現していいものかとオガワは思ってしまう。
「本社TDFで部長代理をしていますバーリー・リライアント・オガワです。この度は当TDFの秘書への応募に感謝いたします」オガワは彼女に座るように勧めた。
ソファだと窮屈そうなので、普通に会議机を出してイスにチェンジするとオガワも座る。
座っていても彼女は頭ひとつ分大きい。目線の位置からもアリエーよりも身長がありそうだと理解する。どうにも大きな胸に目が行ってしまう。
「ありがとうございます。失礼します」おずおず彼女は座った。
「早速お話を伺いたいと思いますが、リクスフェンさんは太陽系サウスの支社でお働きのようですが、よくこの応募を見つけられましたね?」
秘書募集要項は他の支社でも見ることは出来たが基本的に本社内での閲覧に限定されているようなものだったので、サウス支社からの応募に驚いていたのである。
「え、え~と、十月の本社社内報がうちの支社にも回ってきまして、初めてTDFのことを知りました」
「ああ、うちのノルディック君が銀河保安局から感謝状をもらったという?」
「はい。凄いことをされる方がいるのだなと思って、TDFのことを検索してみたら、一緒に秘書募集の案内が出てきました。駄目元で応募してみたのですが、書類審査が通ってびっくりしています」
田舎太陽系出身だし、本社に憧れて、箔が付けばいいかなと思って軽い気持ちで応募してみたのに、本当に本社から呼び出しがかかるとは思ってもいなかったのだ。
「サウス支社では総務を担当されているのですね」
簿記などの必要スキルは持っているようでハイスクール卒業後、ジプコに入社し事務畑一筋だったようだ。二十人規模の小さな支社で課長を含めた三人で総務を回している。学業での成績は中の上で、勤務評価も目立った加点もマイナス査定もなく社内査定は標準で普通。
フェリウスと比べてしまうのは酷であるが、大きく戦力ダウンすることになるだろう。とはいえフェリウスに任せすぎたところもあるのは事実だった。フィオーレももしこの子が使えるのであればそれに沿った工程表を作り直すだろう。秘書役の本来の目的はパーンを管理しきれるか、ついていけるかである。それさえできればあとのことはこちらで何とか出来るはずだとオガワは考えを改める。
「はい。五年になります」
オガワが直に会って話をしても、これと言って目立ったところはない。
話しっぷりからも、多少訛りもあるが純朴でまじめなのは伝わってくる。
癖の強い個性的な人間ばかり見てきたせいか、平凡に感じてしまうが、長身で痩せすぎなプロポーションは目立つかもしれない。それに少しくせ毛の髪を気にする傾向にはあるようだ。何度も無意識に髪をいじっていた。
「スポーツとかは得意ですか?」
「走るのは早かった気がしますが、特にこれといった成績は残していないというか、バレーボールやバスケットボールをやったこともありますが、本当にうまい人にはかなわなくて。ああでもベースボールではピッチャーを任されたことがあります。ちょっと不器用で変化球が投げられなかったのでストレートのみでしたが、リリーフで活躍したことはあります」
ちょっとした自慢なのだろう。リクスフェンは少しだけ胸を張り笑みを浮かべた。
「なるほど、なにか特技はありますか? 趣味は編み物とありますが、細かい作業がお好きなのでしょうか?」
なぜか今のように背を丸め小さくなりなりながら編む姿が見えてしまうオガワだった。
「特技かどうかは分かりませんが、こつこつやり遂げることは好きです。地味すぎて申し訳ありませんが」
「根気があることはいいことだし、TDFでは必要なものです。うちは特殊ですから」
「編み物は、その自分の体形がこうなので既製品が合わなくて」腰に手を当てながら恥ずかしそうにリクスフェンは言う。「その、自分で服を作らないと、このスーツのようにオーダーメイドになってしまいますので」
わざとではない? リクスフェンの大きな胸を改めて見つめてしまうオガワだった。
「あ、あのTDFは研究部門と聞きました。私も資格を取ってプログラムは習得しなければならないでしょうか?」
「していただけるのなら歓迎しますよ。それを教えてくれる人材もうちにはそろっていますから」前向きなのはいいことだ。ただオガワは先生役を考えると少しだけ苦笑した。「これはあくまでも部長秘書としての採用となります。職務を果たしてもらえると助かります。資格などはそのあとの話になりますね」
「? 採用していただけるのですか?」
「そうですね。今のところ問題は感じません」
「い、いいのですか、私で?」
リクスフェンは慌ててしまう。落ちるだろうから、本社見学して帰ろうと思っていただけに、思いもかけない展開だった。
「新天地で新しいことに挑戦してみようという気持ちを持つということは、簡単にできることではありません。もっと自分に自信を持っていいことなのですよ」
「は、はい。ありがとうございます。でも」
「あとはサウス支社と話をしてみないと分かりませんが、私個人としましては採用に問題はないと考えています。リクスフェンさんは、すぐに来てもらえることは可能ですか?」
「えっ、すぐですか? どうなのでしょう」異動なんて初めてなので全然分からない。
「では、仮採用ということで話を進めていきます」
気持ちの整理がついていないようなので少し様子を見ることにする。
「わ、分かりました」
「話は進めていきますが、気が変わられたりするようでしたらすぐにご連絡下さい」あとはリクスフェンの決断に任せるつもりである。無理強いは出来ない。「TDFでは寮も完備していますので、特に考えていらっしゃらないのであれば、そこへの入寮も可能です」
「私、サウスから出たことがないので、凄く助かります」
リクスフェンはサウス生まれのサウス育ちだった。ホッとしたように彼女は言う。
その姿をオガワは微笑ましいと思えてくる。これならTDFでやっていけるかもしれないと手応えも感じていたのである。
サウス支社との話し合いと本社での手続きにひと月かふた月といったところであろうかとオガワは考える。年明け直後になるかな? あとはパーンに引き合わせてみてだとオガワは心の中で思うのだった。
「ロイス、よろしいですか?」
フェリウスに声を掛けられ、ロイス・カインズは読み終えたところにブックマークを付けてモニターから顔を上げた。
黄色の髪が風もないのにフワフワと揺れているような気がした。機嫌がいいのだろうか?
「何かありましたか?」
「明日からのトラッティンへの出張の手配が済みましたので、ロイスの端末に宇宙船の切符やホテルのデータを転送しようと思いまして。遅くなってすいません」
「そんなことありませんよ」モニターわきに置いていたTDFでの端末のスリープ状態を解除する。「なにからなにまでやっていただいて助かっています」
おかげでこうして仕事に集中できる。
「どういたしまして。スケジュール調整は得意ですから」何とか誇れるようになってきた。
「でもパーンの秘書ですよね。僕の分までいいのかな」
「そうですね。本来であれば個人で手配するのも当たり前だと聞きます。その課の主計が居ればそこが担当します。ですがTDFにはそのような方がいませんし、私がやらないと誰もしてくれませんからね」
「そうですよね。最初の頃は僕もどのルートが良いか考えて頭を悩ませていましたから」
「私は皆様の負担を少なくするのも秘書の務めだと思っていますので、部長以外のスケジュールも把握できるようにしています」
「大変ですね。でもありがとうございます」
素直に労いの言葉をもらえるのが嬉しかった。
「ですが、役割や役職に関係なく仕事をこなし、課長クラスの決済まで私がやるのですよ。これってどうなのでしょうね?」
お道化た口調でフェリウスは言うが、本当に苦労しているようだった。
「どうと言われましても、僕にはそういった事務の流れは読めません。すいません」
「ロイスは正直でいいですね」
「パーンやオガワさんから任せられているのでしょう? 信頼されている証ですよ」
「それならいいのですが、丸投げされている気分です。もしも私の後任が来たとしたら、苦労するのが目に見えています」
「TDFにずっといれはいいのに」
フェリウスはロイスの目から見てもTDFに馴染みすぎていた。
「私は秘書課の一員です。やっぱり戻りたいです」
「残念ですね。これだけ頼りにしていますのに」
「責任を押し付けられているだけではと思う時がありますよ」
「それなら僕で出来ることでしたらお手伝いします」
「嬉しいですが、ロイスはパーンパイプの設計も担当していますよね。そこから奪ってしまってはフィオーレやシンシマに怒られてしまいます。よほど余裕があればということにして下さい。私がパーンパイプに携わっては足手纏いもいいところですし」
「僕もついていくのがやっとですよ、技術は日進月歩です。僕の八年のブランクは大きすぎますから」
「それでも基礎は分かっているはずです。私にはプログラムの『プ』の字も分かっていないのに手伝わされています」
「ああ『グランダー3』のアップデートでしたよね」
「時間的に間に合わないと強制的に手伝わされます。滅茶苦茶ですよ。シュルドさんには怒られるし、ノルディックもフィオーレも殺気立っています。それが毎月続くのです」
「今もですよね?」
「RPG化も進めているのですが、私には全容がいまだに理解できません」フェリウスは苦笑する。「ですがゲームのことに妙に詳しくなってしまいゲームをやっていても開発者目線になってしまい楽しめないこともあります」
「プログラマーの素質があるのでは?」
「冗談でもそれは勘弁してくださいな」
「十分TDFに馴染まれているようだ。うらやましい限りです」
「ロイスもではないですか?」
「自分では良く分からいものです。でもそうであればいいです」
「私は秘書課に戻った時が心配です。あの頃のように秘書課の方々と仕事ができるのかと」
「やはり戻られてしまうのですか?」
「いつになるか分かりません。ですが出向扱いですのでいつかは戻れると思っています」
「TDFに転属することはないのですか?」
「私は戻ることが前提になっています。秘書課では先輩達が待っていますから」
「残念です。僕はフェリウスをあてにしていましたので」
「戻らせてください。私は出向中の身なのですから。それに私は頼りないですよ」
「貴女が頼りないのであれば僕はやっていけませんよ」
「大丈夫ですよ。私が保証します」笑みを漏らす。「それに今回の出張ではロイスにお願いすることもあります」
「フェリウスにから頼まれたのであれば、頑張りますよ。なんでしょう?」
「これからロイスは出張ではなく、トラッティンに常駐することにもなるでしょう?」
「そのようですね。忙しくなると行き来する時間がもったいないですからね」
「そうなると拠点となる場所が必要になります。仕事は支社の一室が借りられるそうですからいいのですが、住む場所を確保しなければなりません。ホテルでも構わないかもしれませんが、やっぱりくつろげる空間が必要になりますよね?」
「ストレスを減らすことも念頭に入れて、戸建てやアパートメントを丸ごと借り受けることも考えた方が良いと?」
「さすがはロイスです。最終的にはTDFの戦力のほとんどをトラッティンでの作業に振り分けることになるようです。開催中もコンパニオンやシステム管理に奔走することになるとフィオーレは考えています。そんな忙しいスタッフを労う場所が必要です」
「責任重大ですね」
「はい。オガワさんはロイスの奥様となられる方もTDFに採用なされてトラッティンで仕事を進めてい頂くことも視野に入れています。そうなると二人の愛の巣も必要になりますよね」
「愛の巣ですか」ロイスは面食らう。
「大切なことではありませんか。新婚旅行になるよう手配しますので、頑張ってください」
「オガワさん流に自分の目で見て確認せよですね」
「よろしくお願いします」
フェリウスは軽く会釈すると、その場を離れるのだった。
「準備は出来たぞ~」
パーンパイプで準備していたシンシマが中央の送風システムの前にいるアリエーに声を掛けると、ストレッチを入念にしていた彼女は手を上げる。
「スタート!」
パーンパイプが置かれた広い部屋の中央には十メートルの高さの天井に届くほどの博覧会用のシステムが建てられている。シンシマがシステムを起動するとスピーカーからは葉擦れの音と鳥のさえずりが聞こえてきた。多数設置されたスラスターからは風が吹き出してくると大気の流れを生み出す。
アリエーは深呼吸すると、軽くジャンプした後に体操の床競技を見ているような動きで、側転からジャンプしながら空中で三回転する。
「なあ、あれ意味があるのか?」シンシマはホーカルに訊ねる。
「全身で風を感じるのに必要なんだとさ。ここには木々もないからな」
服装も裸でやりたいと言って来たが、全力で止めた。アリエーが気にしなくてもみんなが気にするのである。なんとかスクルでの服装で落ち着かせたホーカルだった。
アリエーは手に持った強力な磁石を駆使して壁を上っていく。足は何もつけていないのに吸盤でも付けているのかというくらい器用に壁を上っていく。
「壁におうとつがあるというんだぞ」
「ミリ単位の歪みだろう? さすがは野生児」
電磁吸盤を使って天井を腕だけで横断し始めるアリエーだった。
「あれはノルディックでさえ難しいと言っているよ。なにせ電磁石を切るタイミングを少しでも間違えたり、握力がなくなったら床へ真っ逆さまだからな。それに普通あんなに素早く動けないってさ」
「簡単やっているように見えるんだがなぁ」シンシマは呆れる。
軽々と天井から下りてきた。マットレスもないのにぶれずに着地する。十分以上にわたり彼女は室内を縦横無尽に動き回り、居合わせた彼らはアリエーの円舞を見せられた気分だった。
「シンシマ」呼びかけてくる。「結果を言うよ」
「お手柔らかに頼む」
「音響は問題無し、ちゃんと鳥も木の位置で囀っていたし飛んでいた」
「それは良かった」
「スラスター一番は水分をコンマ二増やして、スラスター七番は一増やす。三番は温度をコンマ一暖かく。十番も同じに」
「ちょっと待てぇ! 修正が追い付かないぞ」
「だったら録音していてよ。忘れないうちに話すから」
「体中がセンサーかよ」呆れるシンシマに、次々と修正点を突き付けてくる。
「そのせいで厚着が出来ないのかもしれない」ホーカルは肩を竦める。「鋭敏すぎるんだよな」
「次は光の感覚ね」とアリエー。
「なんだそれは?」
「湿度だけじゃないわ。光の具合で風は変化していくのよ。時間や天候とともにね。リアルに再現していくのなら必要なのよ」
アリエーは当然のことのように言ってのける。
「数値で表せるのかよ」
シンシマは呆れ果ててしまう。室内で自然に感じられるリアルな風を再現するために懸命の作業が続くことになる。




