部長秘書の喜怒哀楽 7-1
1.周囲の喧騒を余所に
「おい」レイスィア・ドゥワイユは秘書課課長の机を拳で破壊されるほどの勢いで叩いていた。「課長、いつまで『魔窟』にフェリウスを閉じ込めておく気だ!」
彼女の細い腕からは信じられないほどの物音がして、机の上にあったものが全て跳ねあがる。鋭角的な顔立ちが彼女の性格を現しているように見える。
「落ち着きなさいよ。レイスィア」
「あの子が『魔窟』に行って半年だぞ。シェロンヌは心配では無いのか? 私はあの子が苦しんでないか、気が気ではないのだぞ!」
「昨日も連絡をくれたでしょう。元気にやっていると」
「空元気ではないのか? 我々に心配かけまいと」
我が子を心配する母親のようだ。
「もう。TDFにカティエスさんがいるからでしょうけれど、心配が過ぎているわよ」
「あのカティエスだぞ! 何をしてくるか皆目見当のつかない悪魔のようなトリックスターだ。シェロンヌは気にならないのか?」
「カティエスさんのあれは貴女にだけですよ」
研修時代に散々からかわれ、試験や競技で負けたことをいまだにレイスィアは根に持っているらしい。
「分からないだろうが! あの根性が捩じり曲った食わせ者は!」シェロンヌのスーツの襟に掴みかかっている。普段の凛とした姿はどこにもない。「それでどうなんだ、課長よ!」
「私もオガワ氏とともにTDFの秘書を探しているが、本当に見つからないのだよ」
秘書課課長マグナ・ベン・ライクストンはため息をつきながら首を横に振る。
「だからといってこのままではフェリウスが壊れてしまうだろう。すぐに呼び戻せ! 代わりが必要だというのなら、私が人質にでもなんにでもなろう」
「いいえ、わたくしが行きます。貴女は秘書課のリーダーなのですからね」シェロンヌが進み出てくる。
ジプコ本社秘書課で半年にわたって続くいつものやりとりである。
彼自身ここまで長引くとは思っていなかった。すぐにフェリウスを連れ戻せると思っていたのだが、それが半年経っても約束の後任が見つからず、こうしてずるずると時間だけが過ぎてきてしまっているのである。
これはTDF部長の呪いとしか言いようがなかった。
「今日もミスりました~……」
カウンターテーブルに右頬を押し付けフェリウスは嘆いた。その声は尻すぼみになり消え失せていく。
「大事には至らなかったのでしょう?」
真っ白なソーサーの上にティカップを置くと、ペリシアはアプリコットティをティポットから注いでくれた。湯気とともに癒しの香りがする。
ペリシアの心遣いが身に染みる。
「紙一重です」それでも先方からかなり嫌味を言われた。「相手は専務派です。提出が間に合わなかったら、突き上げは必至でした」
「それなら気にしないように」
ペリシアは気にしないようにと言ってくれているのだが、あの時部長を見つけられずサインがもらえなかったらと思うとゾッとする。「あぁ~悔しい」自分の至らなさにフェリウスは両手で頭を押さえるように髪を掻きむしる。
「そのようなことしては駄目よ。綺麗な髪が台無しだわ。フェリウスは美人なのですから」
「いいよ」フェリウスは首を横に振る。「私はみそっかすですから。フィオーレのように完璧に仕事をこなせないし、ディのように思慮も愛想も良くないし、アリエーのように俊敏には動けないもの。三人の誰でもいいから私と代わってくれないかな~」無い物強請りなのは分かっているし、無茶振りけれど。
「彼女たちの代わりは出来るの?」
「無理です」フェリウスはきっぱり言う。「三人とも変態クラスのサイボーグですから。一般人には太刀打ちできません」
「フェリウスもすごいでしょう」ペリシアもフェリウスが上げた三人のことを考えると苦笑するしかなかった。「まああれだけこなせる人はいないと主人も言っているけれど」
「一騎当千過ぎです。レベルが違いすぎます」
「フェリウスだって頑張っているのでしょう? 主人も認めていましたよ」
ペリシアはフェリウスの前に杏子のタルトを置いた。
「ペリシアさん、好き♪ もう私と結婚してください。重婚も同性婚も可能な星に行きましょう」
「あらあら」
「また振られた」フェリウスはタルトを一口頬張るとそれを味わいながら。「それから明日は私も厨房に立たせてください」
「時間は大丈夫なの?」
「午前中は決済資料を纏めるだけですから問題ありません」
目を輝かせフェリウスはペリシアに言う。
「待っているわね。美味しいランチを振舞って皆さんを唸らせましょう」
「ペリシアさん、大好き♪」




