ノルディックの休日 6-9
8.再会、そして未来へ
「ようやく戻ってこれた~」
ノルディックは宇宙船のタラップを降り宇宙港の滑走路を歩きながら伸びをする。
ティーマとデーロン間のスペースライナーではなく銀河保安局の宇宙船でティーマへと帰ってきた。乗り心地は良いものではないが、貴重な体験でもあった。シンシマがうらやむかもしれない。
「ここがティーマなのね」
テーセは送ってくれた搭乗員に可愛らしく礼を言った後に、滑走路に出るとコックピットに向けて手を振っていた。
ノルディックが銀河保安局から解放されるまで三時間かかっている。
その前にテーセは聴取を終えていたが、ノルディックを待っていた。彼女の聴取がノルディックよりも簡単に済んだのは、テーセが一貫してノルディックが無双したと言い張ったからである。多少端末のサポートをした程度だと言えたし信じられたのは彼女がコンソールを使っていた記録が残っていなかったからだ。そして父親に向かっては頑としてティーマに行くと言い張っていたようである。結局、母親からの連絡もありティーマ行きは許可されることになる。
かなりの騒動が待合室で展開していたようだ。テーセはノルディックと二人だけで行くと言ってきかなかったらしい。
「ディには連絡を入れているから」ノルディックはテーセを抱え上げる。「ロビーで待ってくれているだろう」
案の定、二人の携帯端末はマフィアによってデータが抜かれていた。捜査終了後戻されることになるが、返された端末は初期化されているので使いづらくて仕方がない。連絡も銀河保安局経由でジプコTDFにしてもらい、ディに直接端末に連絡をくれるように頼んだくらいだ。
吹き抜けていく冷風がテーセの髪をなびかせる。彼女は髪飾りやリボンは外している。
「寒くないか?」
「お兄ちゃんにくっ付いていれば寒くないよ♪」
「ならいいが、ティーマ用の服を頼んでいた方が良かったな」自分のコートは宇宙港のコインロッカーに入れてあったが、テーセの分はない。
ティーマは十月凍月である。冬本番を迎えようとしていた。
「じゃあ明日もデートしよう♪」
「オレ、明日は仕事だぞ」
「いいじゃない。ディ姉と遊ぼうよ」
「簡単に言うなよ」
二人もメインプログラマーが抜けたらリーダーに何言われるか……。
考えないようにした。
「さてディはどこだ?」
普段の改札口からとは別の場所から宇宙港ロビーに入っている。
首を巡らせているとテーセを呼ぶ声がした。
テーセはノルディックの腕から飛び降りると声のする方へと駈けていく。
「久しぶり、お姉ちゃん」
二人は固く抱きしめ合っていた。
「無事でよかったわ。事件の話を聞いて心配したのよ」
離れてテーセの様子を確認する。
指先の包帯に気が付いたのだろう。ディは少し顔を曇らせていた。
「大丈夫。これはいつものことだから。お兄ちゃんと一緒だったから」
「少し怖がらせたかもしれないが、まあ無事に帰れたよ」
ノルディックの言葉に何度もテーセは頷いた。
「ノルディックがいてくれて本当によかった」少しだけ涙をあふれさせながら、ディはノルディックに感謝する。「貴方が居なければテーセは」
「そんなことないよ。オレもテーセには助けられた。こうして切り抜けられたのはテーセのおかげでもある」
ディは持ってきた鞄からテーセ用に準備していたコートを掛けてあげていた。
相変わらず気が利くし、微笑ましい光景だった。
ディの後ろを見ると見知った顔が立って感動の対面を見ている。
「なんだ。来ていたのか」
「そりゃ来るだろう。ヒーローの凱旋だぞ」とシンシマ。
「もう情報が行っているのか? 早いな」
「シュルドさんとフィオーレが調べてくれたよ。災難? だったよな」
「それにディの妹が来るというのでしょう。迎えに来ないとね」アリエーが笑顔で言う。
みんな興味津々なのだろう。
女性陣は全員、それにシンシマとレイストが加わっていた。
ディが女性陣の前にテーセの手を取り連れて行き、紹介していた。
「フィオーレお姉ちゃん、アリエーお姉ちゃん、フェリウスお姉ちゃん」テーセは可愛らしく二人に挨拶していくと彼女達からハグされていた。あざとすぎる。最後はエレナだったが、テーセは彼女を見て指さすと「エレナ~~!」と呼び捨てだった。
腰が砕けそうになるエレナである。
「あたしだけ同格扱いかよ」テーセは歯を見せ笑いかけてきた。「まあいいか」
ディの妹なら許す。
微笑ましくその光景を女性陣は見つめて笑い合っている。
「さて行くか」シンシマはノルディックの肩を叩く。
「もう用は済んだだろう」テーセとディを二人だけにしやりたかった。
「何言っているんだよ。これから歓迎会だろうが」
ニヤリとシンシマとレイストは笑いかけてきた。
「別名事情聴取とも言わないか」明日以降も銀河保安局に出頭して事情聴取を受けなければならないんだぞ。
「分かっているじゃないか。パーンやオガワさんは会場で待っているよ」
シュルドもロイスもいて全員そろっているらしい。
ノルディックの休日は延長戦に入っているようである。
因みに翌日の有給休暇は申し出る前に、ディの分と合わせて許可されていたのだった。
テーセはその話を聞いて飛び上がって喜んでいた。
事件から一週間後、ノルディックと社長イザンが銀河保安局からの感謝状を手に写る写真が社内報一面にでかでかと載ることになる。
『本社社員大手柄、銀河保安局から捜査協力に感謝状をもらう』とタイトルがついている。
誘拐事件の詳細についてはだいぶぼかされているが、事件解決に尽力したことがふれられていた。
事件内容に関しては尾鰭が付いた噂も社内ネット上では流れている。
曰く『船内で大暴れしてエンジンを暴走させた』『マフィア相手に素手で戦った』『コンピューターを使用不能にさせた』等々である。
そんな噂とともにノルディックへと風当たりは変化していくことになる。
『狂犬』という単語はいつしか消えていき、ディの妹を救った『英雄』『ヒーロー』としてみられるようになっていったのだ。
彼は社内から好意的な受け取られ方をされるようなったのである。
本人はあまり気にしていなかったが。
ディに仕事中だったが私用の通信が入っていた。
彼女は立ち上がると壁際に移動しながら壁に向かって話をする。なんか良い知らせだったのだろうか、彼女は壁に向かって礼をするように何度も頷いている。
通話が終わるとディはノルディックの元に小走りにやって来ると、無言で彼の手を引き、事務室の外へ連れ出した。使われていない別室へ来るとずっとこらえていたのだろう彼女はポロポロと涙を流し始めた。ノルディックは、突然のディの行動と涙に狼狽してしまう。
「ど、どうしたんだ? 何の連絡だったんだ?」
「テーセからです」涙は後から後から流れ出している。「ノルディックには感謝してもし切れません」
深々とデュエルナは頭を下げる。
「な、何があった?」
「テーセが、あの子が」感情を抑えきれないのか口元を押さえたディの瞳からはまた涙があふれ、そして流れ落ちていく。
「テーセが何かやらかしたのか?」
また爆発させたか、それともコンピューターを使用不能にでもしてしまったか?
「違います」ディはノルディックに抱き着いてきた。
周囲に人がいなくてよかった……。
ノルディックは仕方無くディの頭を優しくなでる。
「テーセが爪を……元に戻してくれました」
ディは端末を取り出しテーセの写真を見せてくれる。テーセはカメラの前で爪を見せながら白い歯を見せ笑っていた。
「あの銀色の爪は私にとって傷跡でした。消すことのできない記憶です」
「そうか。よかったな」
「ノルディ、本当にありがとう。貴方があの子に言ってくれたから」
「決めたのはテーセだろう? オレは何もしていない」
「テーセはノルディが背中を押してくれたと言っています。貴方と会えて私達姉妹は本当に良かった」
「大げさだ」
「そのようなことはありません。誘拐犯だけではなく、私の傷も癒してくれました。あの子の爪を見て私は本当に息が出来たと思いましたし、前へ進めるような気がしているのです」
ノルディックの服にしがみつき嗚咽を漏らしながら彼女は感謝の言葉をつづる。
何度も「ありがとう」と言い続けた。
当たり前のことをしたつもりだったノルディックは困惑し続けることしか出来ない。
彼女の顔は泣きすぎて最悪だっただろう。それでも泣き止んで顔を上げた彼女の笑みは極上のものだった。天使ゆえの晴れやかなものである。
「困ったことがありましたら、なんなりと言って下さいね。私達は貴方の助けになりたいのですから」
天使からの祝福の言葉だった。
「お姉ちゃん」テーセは元気いっぱいに手を振っていた「お兄ちゃん」
「お前、暇なのか? ティーマに毎週来ていないか」
「忙しいよ。就活だもん。企業巡り中」
似合ってはいないが確かに紺色の地味なスーツにタイトスカート姿だった。
ノルディックとディは昼休みにテーセに呼び出されていた。
「来年卒業か。そっちは大丈夫か?」
「単位はちゃんととれているし、試験結果も問題無し」テーセはえへんと胸を張る。
「オガワさんからの話では成績優秀だそうです」
ディは嬉しそうだった。テーセと手をつないでいる。
「そうなのか」意外だった。
「ジプコ本社に就活するんだから、成績優秀じゃないとね」
「第二データ処理部から引き合いが来ているとか」
「うちじゃないのか?」それにあそこは常務派だろう。いいのか?
「他の仕事も経験した方が良いと母にも言われました。それにTDFが基準になると問題があるとオガワさんにも言われていますので、一年ほど余所で見てもらうことになりました」
「なるほど」
「うん。他で仕事をしてからTDFに行く予定♪」本社入りは決定事項でもあるよう言いっぷりだ。「よろしくねお兄ちゃん」
「はいはい。頑張れよ」
あの時のテーセを思い返すと、彼女を飼い慣らせ、いやいや使いこなすのは難しいだろうと思うノルディックであった。
「ねえ二人ともお昼でしょう? ランチをおごってよ」
テーセは空いた手でノルディックの手を掴むとせがんできた。
「TDFで良いんだろ?」
「ペリシアさん大好き♪」
二人に両手を取られながら、嬉しそうに二人の手を握りしめ、ぬくもりを感じながらテーセは歩き出すのだった。冷たかった手が温かみを帯びてくる。
真冬なのにそこだけ陽だまりが出来たようであった。
〈第六話了 第七話へ続く〉




