ノルディックの休日 6-7
7.英雄達の目論見
惑星デーロンの宇宙港は騒然としていた。
ロビーでは足止めを食った旅客が端末で撮影を行い、指さしながらそれを見つめている。
停泊していた宇宙船から煙が上がったのである。そのためにシャトルや宇宙旅客船の着陸は停止された。荷物や資材などの輸出入品は宇宙空間やステーションで留め置かれ、人は中継ステーションでの乗り換えから小型のシャトルで飛行場への臨時の輸送が開始されることになってしまう。
不平不満は起こったが、時間的損失は最小限に行政府は収めようと動いていたのは銀河保安局からの要請もあったためである。
銀河保安局はマフィアの偽装宇宙船を包囲しつつあった。
消火やレスキュー隊に交じり、装甲車両が展開している。軍事関係に詳しいものが見れば、それが船内への突入を目的とした包囲作戦であることは明白だったことだろう。
紫の煙が上がっているため、全員が防毒マスクを着用していて、半径五キロ以内には人を近づけないようにしていた。
艦外装の温度が上がっているようなので、消火班は冷却のための放水を始めているが、艦内からの応答はない。
緊急回線を使っているが宇宙船からの返答はなく、保安局は宇宙船内への突入を視野に入れつつタラップを用意し、船体内の情報などを収集し突撃の機会をうかがっている。
「あとは銀河保安局が何とかして欲しいなあ」
ボムを満足いくまで作り終えたテーセは背もたれに身を預けながら伸びをする。
「よく頑張ったな。ありがとうな」
「頑張ったよ。お兄ちゃんがいてくれたから、楽しかった」
姉と同様信頼できる。安心できて背中でも隣でも任せることが出来た。
ディ以外とではすぐに集中力がなくなり、気もそぞろになるのに一時間以上プログラム作業を続けていたのである。「楽しかったからかな。ディ姉以外とはすぐに飽きちゃうから」
「相性が良かったのなら光栄だ」
「うん。ノルデ兄はテーセを褒めて欲しい」
ノルディックはそういわれて手を伸ばすと、テーセの頭を思いっきりワシワシ撫でた。
「髪が痛んじゃうよ」
「ああ、すまないな。妹がいたとしたらこんな感じかと思ってしまった」
距離が近すぎて存在しない記憶が出来上がってしまいそうだった。
「だったら本当にお兄ちゃんになってよ!」
身を乗りだしてノルディックの顔を覗き込んでくる。
「おいおい」軽い調子でノルディックは応えた。「ディから聞いているんだろう?」
「絶対にディ姉はノルデ兄ことが好きだよ。簡単に会えない彼女様より絶対にディ姉の方が良いに決まっているよ」
「まあ天使だからな」
実際に好意を寄せてくれているのは男としては満更でもない話だ。相手は天使でありジプコでも双璧と呼ばれる美人で器量よしである。彼女と出会う前だったらどうだったのだろう。
それでもノルディックの決意は揺るがない。
「ありがとうな」
「お兄ちゃんはいつまでもどこまでもテーセのお兄ちゃんだからね」
コンソール越しに身を預け抱き着いてきた。
「飽きるまで付き合ってやるよ」
「彼女様が居なかったら、わたしだって告白していたんだからね」
「物好きがここにもいたよ」ノルディックが苦笑する。
「だってお兄ちゃんは格好良いし、強い。わたしたちのヒーローだよ」
「光栄だね。天使二人に言われるんだからな」
「天使はディ姉だよ。わたしは小悪魔か堕天使」テーセは微笑む。かわいらしさは無限大だった。「わたしがこれだけ出来たのは初めてだし、嬉しかったのは本当だからね」
「満足したようでよかったよ」
「安心できたし、本当に心行くまでプログラミングが出来た。こんなこと初めてだったんだから」
満面の笑みをテーセは浮かべ自分自身の銀の爪を見つめていた。
「しかし爪を工具にしてしまうほどなのになんでプログラマーを目指してんだ?」
「私、壊したりバラバラにするのは得意だけれど、組み立てるのは苦手なの。特に一からパーツを組み上げていくことが出来なのよね」
「はあ、冗談だろう?」
「元に戻すにしても変な組み上げ方しているのは見ても分かるでしょう。爆発させるくらい。プログラムもディ姉のように美しく組み上げることは出来ない。ディ姉はわたしの目標なの」
「プログラムなら一からでも組めるというとことか」
「そういうこと師事した先生方には不評ですけれど」
テーセの指先の動きは舞うというよりは軽やかにスキップするような足取りにも似ていた。
「まあ見る目のない人たちだった言うことだな。頑張れよ」
話さなければ分からないことが多かったが、その度に謎も噴き出してくるような、不思議な子であった。
通報者の一人アミキ・クレイオーはデーロンの民放放送局のインタビューを受けることになってしまう。たまたま通報者がその場に残っていたからだろうか。
輸送便の関係で太陽系を訪れていただけに過ぎないし、休憩を取りつつ宇宙港滑走路を眺めていただけだったが、それを目撃してしまっていたのである。
『驚きました。黒煙から紫の煙でしょう。絶対に宇宙船の制御系かエンジンにトラブルがあったと思って銀河保安局へ通報したんです」緊張しながらアナウンサーに応えている。「エンジンの暴走でなくてよかったですが、ここまで大事になるとは思いませんでした。被害も出ていなかったしケガ人もなくて本当に良かったです』
少し早口になりながら彼はインタビューに答えている。
のちに銀河保安局からは事件解決後に誘拐事件があったと発表されているが、このころはエンジントラブルからの事故であるとの情報も流れ宙港のロビーは騒然とし、外野が騒ぎ立てたことでローカルニュースを賑わすことになる。
「テーセ、おまえ今度は、何やってんだよ!」
ノルディックはコンソールから立ち上がったテーセがスカートの中に手をやり下着を脱いでいるのに驚きの声を上げてしまう。
「卒業のためだし、用心のためよ」
カボチャパンツを手にテーセは笑う。
彼女の手にしたその中からリード線を取り出すとともに十数個の小型バッテリーが床に散らばった。
「まだ持っていたのかよ」ノルディックは呆れてしまう。
どれだけ危険物を所持しているんだ。骨まで燃やし尽くす気かとノルディックは思い背筋が凍り付く。
「手数は多い方が良いもの」
「何と戦っているんだよ」
「戦っているのかな?」
指先を見つめながらテーセは呟いた。
「爪を見ている時のテーセは思いつめたような顔をしているぞ。オレでも分かるほどにな」
「ディ姉がわたしの爪を見て悲しむの」普段は指先手袋で誤魔化しているようだが、ディは彼女の爪を見て胸を締め付けられる思いであったのだろうか。
「家族だろう。ちゃんと話し合えよ。どう見たってお互いに理解が足りていないだろう」
ノルディックは指摘する。
「分かってくれるかな?」
「分かるも何もなあ。ニュアンスだけでは通じないことが多すぎるんだよ。話さないことには始まらないこともあるさ」
ノルディックの彼女ともそうだった。すれ違いが起きるたびに言葉にしなければ伝わらないことも多いと気付かされるのである。お互いのすれ違いから身をもって知ることが出来たし、今でも寂しそうな彼女の顔は心に刻み込まれている。
コミュニケーション不足から生まれる誤解だからこそ話さなければならないことを。
「わたしはディ姉を悲しませたくない。でも好きなことを手放したくもなかった」止められると思っていても。
「ディだって分かってくれるよ。ちゃんと話せ」
ノルディックは言葉でテーセの背中を押した。
「わたしの中にあるもやもやは言葉に出来るのかな?」
「伝えようとしなければ、オレは今も彼女と付き合っていないだろうな。行動で示し、言葉にしないと本当に分かってもらえなかった」それでも伝えきれていなかったかもしれない。
「わたしは好きって伝えているよ」
「ディもそうだろうな。それでもわだかまっているんだろう。その爪のことも」
「私のわがままだよ。だって分解するのが好きだもの」
「その爪を使わなくても出来るだろう?」
「わたしは手で触れる感覚が楽しいし好きなの!」
「だったら、それを心から伝えろよ。伝わらないはずがないだろう」
ぶっきらぼうにノルディックは言い放つ。
「意地悪だな」
「オレは人の心を読むのが疎いからな。悪いな」
「ノルデ兄らしいよね」テーセは歯を見せ笑った。「うん。出来そうな気がしてきた」
「何をだよ」その言葉は少し不安にもさせられる。
「ディ姉と話をする。ありがとう。お兄ちゃん」
テーセは何かを心に決めたようにノルディックに笑いかけて来た。
宇宙港関係者と銀河保安局の職員は固唾を飲んで事件の推移を見守っていた。
午後になると聞きつけた報道各社も宙港に詰めかけている。銀河保安局の報道官や宇宙港施設関係者を取り囲んでいた。
物見遊山が服を着て歩いているのではとノルディックは思うほどたったとのちに彼は回想するほどだったという。
連絡を受けたテーセのパパである男性は娘を想うがあまり祈るようにテーセの無事を願っていたようだ。
「とりあえず、外にいる奴らをいったん蹴散らしてくる」
ノルディックはテーセをサブシステムの陰に隠れさせると身の安全を確保できたと思いながら出入り口に立つ。
テーセに合図すると、タイミングよく扉を開いてくれる。
端末を手にしていた電子戦のプロにノルディックは拳をふるう。一瞬で彼は漫画かお伽話のようなヒーロー然とした活躍をやってのけているのだ。
ノルディックは銃口が向けられていないのを確認すると慎重さを脱ぎ捨てて端末を握りしめていた者を吹き飛ばすように殴りつけ、護衛を次々と顎、延髄へと手刀に拳や蹴りを入れている。五人はいただろうマフィアをなぎ倒していた。
カメラから様子を伺っていたテーセの目が追い付かないほどたった。
ノルディックが悠然と戻ってくると、テーセは拍手とともに迎えた。
「ずいぶん仰々しくバッテリーをつなげたな」
手の中に納まるような手榴弾ではない。すべてがリード線によってつながっていて、サブシステムの上に置かれている。
テーセはメンテナンスハッチを開けて中を覗き込むと一番脆そうなところに爪を差し込んだ。力を入れるとやっぱり爪がはがれた。
痛みはないけれど、それでもテーセは顔をしかめるが、こじ開けた場所にバッテリーを突っ込んでいく。
「お前、大事な爪!」
「痛みは無いから」あっけらかんとした口調でテーセは言う。
それでもノルディックは部屋の中から医療キットを探し出し、テーセの指に軟膏を塗り包帯を巻いた。
「ノルデ兄が認めてくれたから、褒めてくれたから、わたしはやることに決めた」
「それは良かったな」何か期するものがあるのだろうとテーセを見つめる。
「感謝を込めて、ここでの履歴を消し去る花火を盛大に上げるのよ」
「ほどほどにな」
テーセは自分のやった痕跡を消し去るつもりだ。サブシステムのコアデータを調査不能状態にするつもりだった。なにもかもノルディックに押し付け被害者面するつもりなのである。小悪魔全力全開だった。
そろそろ銀河保安局が突入を企てている頃だと時間を見ながらノルディックは外の状況を確認しようとする。
突入機会をうかがっている銀河保安局に連絡が入る。
緊急コールセンターを経由して現場指揮車両へ通話が回された。
指揮官が通信に出ると、男性の声がする。テーセ・ナルスとともに誘拐されたサラリーマン、ノルディック・ドリスデンだと名乗る。
映像はなかったが、テーセ・ナルスの声もして本人だと声紋から判断され、ともにいることが確認された。
犯人からの要求であることも危惧されたが、彼が言うにはマフィアはブリッジで孤立していて、突入しても問題ないということだった。二人はサブシステムのある部屋でろう城しているので迎えに来て欲しいと申し出てきたのである。
罠も危惧されたが、船の外装の温度が上昇していることもあり、突入が決行された。
タラップが突入口に横付けされると、ハッチを数秒で開き、二十人からなる突入部隊が船内へと入っていった。
中では拍子抜けするほど抵抗がなかった。
逐一入ってくる突入部隊の報告に困惑する指揮官だった。
三十分後にはブリッジも制圧された。その前にノルディックとテーセは救出部隊によってサブシステムのある部屋から出ることが出来た。十人の隊員達に前後を守られながらテーセを抱え上げると、悠然と歩きだすのだった。
「まるで王の凱旋だな」
ノルディックはタラップ下で警護する銀河保安局の面々を見て呟いた。
「お兄ちゃんはそれだけ活躍をしたのよ」
「オレはお前の手の平で転がされているようにしか思えなかったよ」ため息交じり言うのだった。
サブシステムがある部屋の入口は閉じられていて、超高熱によって内側から発火を起こしサブシステムは使用不能、データごと消されてしまっていたにことに、この時誰も気づいていなかった。
一時間後にはマフィアの偽装宇宙船は制圧され、更にブリッジに残されたデータから彼らの拠点も銀河保安局本部の精鋭部隊によって急襲され構成員は全て逮捕された。そのマフィア自体が壊滅させられたのである。
お手柄以外の何物でもなかった二人だった。




