ノルディックの休日 6-5
5.反撃の狼煙
銀河保安局のとある一室ではひっきりなしにコール音が響いている。
停電の影響が大きかった。
「はい。事件ですか? 事故ですか?」
銀河保安局エマージェンシーコールセンターの担当者は、コール音にすぐに反応し訊ねていた。
『両方で~す♪』
軽やかに幼い声が耳に響いてくる。一瞬、反応が遅れた。
「両方? 何がありました?」
『誘拐されました~。今、拉致現場で監禁されていま~す』
「本当ですか?」
緊迫感のない軽やかな口調が、偽通話であるようにも思えてくる。逆探知も始める担当官だった。
『今、そちらにナルス家の護衛さん達が駆け込んでいないですか?』
その問い掛けに担当者は隣にいた者に合図する。
受付や窓口に問い合わせるとすぐに返事が返ってくる。
「君は誰だい?」
『テーセ・ナルスです』
「確認が取れました。無事なのですね? 今はどこに?」
『場所はわたしには分からないので位置情報を転送します』
モニターに映し出された地図に光点が灯る。
「宇宙港?」
『宇宙船の中に軟禁されていますので、助けに来て下さいね』
「手配しています。このまま回線を維持してください」
『今邪魔が入ってきたのでいったん切りま~す。よろしくです♪』
ぶつりと通信が切れた。
緊急事態が発令され、救助のための特別チームがすぐさま編成されたのである。
その時、デーロン宇宙港から通信が入る。
宇宙港に停泊中の船から煙が上がっているという通報だった。大規模な事故にならないように宇宙港内消防隊の他に銀河保安局のレスキュー隊と特殊消火班に出動要請もかかったのである。
「よし♪ 通話完了」
そうはいっても指先の動きは止まらない。ノルディックはコンソールの端末を開き、手動でシステムを動かしテーセのサポートに回る。
ロック画面は無理やり通過する。
幼い姿なのにテーセは電子戦に長けていた。
「テーセはメインシステムを乗っ取るつもりか?」
「いくらノルディがAランクでも短時間では無理でしょう?」
「なんでその呼び名を? ディが教えたのか」
「二人の時はそう呼んでいるって♪ うらやましぃいぃぃぃ。ああでも同じが嫌ならわたしはノルデ兄と呼ぶね」
どんどん呼び方が簡略化されているような気がする。いやもっと簡略化している奴がいたか……。最後には一文字で呼ばれる日も来るか知れないと思うのである。
「呼んでいいとは言ったが」その妹にまで呼ばれるとは……彼女にすらそう呼ばれたことがないのに。「それにしても性格は真逆だな」
「本質は同じだってママは言っているよ。それにわたしはもっと小さかった頃、身体が弱かったから、寝込んでばかりで医療やバイオチェンジのお世話にばかりなっていた。ようやく普通に暮らせるようになったかと思ったら少し発育が遅れているし、スタイルの良いディ姉とは大違いだよね」
十七歳なのにチビで幼児体形なのは気にしているようだ。突っ込まないでおいてよかった。
「ディ姉は頭も良いし、天使と言われるくらい優しくて気が利いて……」
「比べられたら、劣等感抱きそうだな」
「そんなことないよ」きっぱりとテーセは言う。「自慢のお姉ちゃんです。ディ姉大好き♪」
白い歯を見せ彼女は天使のような輝くばかりの笑顔を見せる。この引き込まれそうな笑顔は姉妹だと分かるほど似ている。
「確かに誇れるし自慢できるな」
「こんな味噌っかすなわたしを見捨てないで守ってくれる」自分を理解した上で落ち込んでいるのだろうか?「わたしはあんなもの平気で作っちゃうし、おかしなこともしているから」
「自覚はあるのかよ」
「小さなころは無意識にやっていたんだって」
「無意識に?」出来るものなのか?
「みんな気味悪がって友達もいないんだ」
「居ないって、普段からあんなことやっているのか?」
「お姉ちゃんだけ。わたし、パーツとか端末握っていないとなんか手元が寂しくて手にしていないと気になって仕方がないの」
子供がお気に入りのシーツや手拭いを手放せないような、そんな感覚のものだろうか?
癖でイライラしたりすると無意識に爪を噛んだりもする。ただそういったものは幼少期のものでいつしか成長ととともに卒業できるものではないのだろうか。病気が関係しているのかは分からないが、精神的な成長が遅れているのか?
「いつも工具持ち歩いて……、いやここでそんなものを持っていたら取り上げられるよな」非金属性の工具はありえない衣服に隠せるものでもない。「今の状況でどうやって、電子手錠を解除したり監視カメラを壊したんだ?」
「これよ」テーセは手の甲をノルディックに見せる。「気が付いているでしょう? わたしの爪の色」
シルバーの人差し指の爪が数ミリ伸びて形を変える。
「お前、その爪……」
「入院している時に先生が施してくれたわたし専用の工具。爪をカッターやドライバーのように使えるようにしてもらったの。金属製だと爪が耐えられなくなったりするけれど簡単な玩具や端末くらいならこじ開けることも出来るし、分解も出来てしまうの。一瞬だけれど静電気を纏めて放出も出来るわ」
「凄いな」そんなことしている奴を見たことがない。
「そうなのかな。ママには怒られたし、ディ姉には泣かれた」何故ママもお姉ちゃんもそういう顔をするのか分からなかった。好きなことをやっているだけなのに。「他の人も私の指先を見て嫌なものでも見る様な視線を送ってきた」
「凄いじゃないか、そんなこと考えた奴を見たのは初めてだぞ。やるならとことんやれよ。面白いから」
「変じゃない? 気味が悪くない?」
「なんでだよ? 誇っていいぞ。それでオレは助けられたんだし、脱出することが出来たんだ。テーセが居なければ、助けすら呼べなかったんだからな」
「良いことをしたの? ティは?」
「出来なかったことをやり遂げた時は胸を張れ。迷惑をかけるのは問題だが、それを活かせるときもあるんだよ」
大きく見開かれた瞳が輝きを増す。欲しかった言葉がもらえたからだろうか、本当にテーセは嬉しそうだった。
「それに友達? 今はオレもいるだろう」
「ノルデはお兄ちゃんだよ」
「兄貴でも友達になれるだろう。それにディは友達の友達は、やっぱり友達だって言っている。うちの連中だったら、全員友達になるだろうさ」
「友達が出来るんだ。わたしでも」
指先を見つめながらエヘヘとテーセは嬉しそうに笑い何度も頷いていた。
「オレにだって友達はいる。出来ない訳がないんだよ」
「普段はそんなことないけれど、機械が手元にあると無意識に分解してあんな感じのものに組み立て直しちゃっているんだよ?」
「怖すぎるだろうが、家の中まで溶かしたり燃やしたりしていたのか?」
「うん。わたしの部屋のベッドから床、はては地面まで」屈託なく笑う。
「迷惑かけまくりだろうが」
「ついた仇はTNT、トリニトロトルエンだよ。失礼だよね。わたしのミドルネームを含めた名前の頭文字をとってね」
「ミドルネームがあったのか?」
「ナルスがミドルネームだよ。ママの姓はツイングだもの」
「テーセ・ナルス・ツイングか」ノルディックは確かに名前から火薬の略称が出来ていると心の中で唸った。「さもありなんだな。もしかしてディのネルミスっていうミドルネームは」
「父方の姓だよ。ネルミスがディ姉のパパさんの姓」
「なるほど。それだけやらかしていれば家族が心配してしまうだろう? だから一人暮らしなんてさせたくなかったんだろうし」
「出来るって言っているのに信じてくれない。わたし十七歳だよ」
「まあ信頼されるように頑張れ」投げやりに言うしかなかった。「室内の酸素抜きなんて穏やかじゃないな」メインシステムからの信号を見ながらノルディックは呟く。
「焦っているのよ。わたしたちが優秀だから」
「優秀か。大学で何やっていたんだ?」
「プログラミングだよ。プロフェッサーには見捨てられているけれど」
「これだけ電子戦が出来て、テーセは頭も判断力もいいだろう」
「ありがとう。ノルデ兄。実はね、わたしの得意は違うの。プログラム構築はディ姉のようにきれいに出来ない。わたしはボムを作るのがうまいの」
テーセは微笑んだ。
プログラムは構築言語をひとつ変えるだけで、正しいものが凶悪なプログラムに変化することがある。
テーセは構築プログラムを理解した上で、それに変化をつけてしまうのだ。
変化が付いたプログラムは、性質を変えボムとしてサイバー空間でテロを起こすのである。普通ならあり得ないことをテーセはいとも簡単にやってのけていた。今もサイバー空間でメインシステムからの侵入をボムで防いでいた。
サイバー空間に二次元地図を書いたとすると、ノルディックとテーセのいるサブシステムは敵に囲まれた砦のようなものである。周囲から迫ってくる敵に対して砦の周囲にテーセは地雷原のごとくボムを仕掛け、相手を混乱させていく。ボム地雷を踏んだ端末はウィルスにでも侵された状態になり、それらを除去しない限り使い物にならなくなってしまっているはずだ。
普段であれば迷惑この上ないが、これは一種の才能であると言えるだろう。
マフィアの偽装宇宙船ブリッジは大混乱だった。
一部コンソールの画面はブラックアウトし起動すらしないものある。慌ただしく強制起動ユニットを持ち出し部下がコンソールの周りを慌ただしく動き回る。通信士は艦内通信を何度も繰り返し対応に追われていた。
「何をやっている!」
宇宙船の艦長でありリーダーは苛立ちのあまり声を上げ怒鳴り散らしていた。
「お前らプロだろうが!」
電子戦担当に向かって怒りをぶつけている。
ステーションの送電システムを使って、銀河保安局の監視網をすり抜けて秘密裏に誘拐したまでは良かったが、すぐに閉じ込めた部屋の監視システムが破壊され、逃走を許してしまっているのである。
なかなかチャンスが巡ってこなかったナルス家の令嬢を誘拐する機会が訪れたかと思ったら、宇宙港ロビーでの誘拐は失敗していたので腹いせにあの時にいた大男も攫ってきた。
痛めつけた後で大男を雇っていた会社にも身代金を請求するつもりだったが、目論見は外れっぱなしであった。
挙句、部下の三分の一が倒され、使い物にならなくなるわ、床のいたるところが高熱によって溶かされ配線や配管がボロボロになる始末である。
「まだ取り押さえられないのか!」サブシステムに向かっている部下に怒鳴った。
『す、すいません。まだです。パスワードをランダムに変更されてしまっています』
「何のために解除システムを持たせていると思っているんだ!」
メインシステムからサブは切り離され独立している。逆に制御系プログラムにまで影響が出ていて、宇宙港から出ることすらままならなくなってきていた。
「ボス。宇宙港管制センターから通信です」
「無視しろ!」
「そ、それが、本艦の船体から煙が出ていると」
「なんだとぉ! あの野郎オレの船になにしゃがった!」
「救急隊を向かわせたと言っています」
「阻止しろ!」
「無理です」
「なんでだ?」
「銀河保安局の通信を傍受しましたが、奴らがこの船に向かってきています」
悲痛な叫びがブリッジに響き渡る。
「早く操縦システムを復旧させろ! この星からずらかるぞ」
「テーセ。怖くないのか?」
「怖いよ。怖いに決まっているじゃない」どこまで本心なのかは声色から判断できない。「でもね。ディ姉がノルデ兄と一緒なら安心できるって言っていたんだよ。信じているんだから」
「分かった。分かった」分厚く大きな手で包み込むようにノルディックはテーセの頭を撫でた。「絶対にディのところに連れて行ってやるからな」
「約束だからね」
テーセは組み上がったサイバーボムを侵入してこようとするウィルスや侵入者目掛けて投げつけた。
視覚的に表現するなら、蓮の花がポンポンと花びらを広げていくように、花火は広がっていくのである。
ティーマの古民が見たら花火が打ち上げられると『玉屋』『鍵屋』と夜空に向かって叫びたくなるのではないかというくらい鮮やかにボムが爆発している。
この艦の電子戦担当は相当面食らっただろうな。
「陽動は得意なの」テーセは笑う。「教授は認めてくれなかったけれど」
卒業論文『警備システムの発展性』も教授からは表現が感覚的、抽象的すぎると質問だらけだった。
「これは才能だろう。誰が何と言おうとすごいぞ」
サポートしていたノルディックは眼を丸くする。これだけ効果的なボムを見たことがない。
「今のわたしたちだけではメインシステムの掌握なんて無理だもの」
「そうだなぁ。向こうの電子戦担当のレベルにもよるし、どこのセキュリティ使っているかだが、現状、手元にあるが小型端末ひとつでは回線維持が良いところかな」
そう言いながらも制御システムに一瞬だけど侵入し、停止信号を打ち込んでいた。
一時しのぎだろうが、それでも偽装宇宙船の足止めくらいにはなる。
「うちのSランクならどんな手を使うだろうな」
「そんなに凄いの?」
「根性ねじ曲がったお母んだけどな。とにかく凄い」そこまで言って口が滑ったとノルディックは話題を変える。「なあテーセ。お前さんのボムを狙った場所で炸裂させることは可能か?」
ノルディックは何か思いついたようだ。
「やったことない。分からないわ」
ボムは偶発的にできることの方が多いし、被害を出さないようにいつもなら自分の端末内で爆発させている。
「それじゃあ、オレが誘導するから、デカい花火を作ってくれよ」
「いいの?」テーセが目を輝かせる。
「才能があるんだ。それを眠らせるのはもったいない。効果的すぎて、向こうも面食らっているだろうからな」
ノルディックは笑う。
「ありがとう」本当にテーセは嬉しそうだった。
「さあ、反撃だ。攻撃は最大の防御ってな」




