ノルディックの休日 6-2
2.休日の使い方
ノルディック・ドリスデンはティーマのある宙域で一番賑わっている太陽系エンデバラの首惑星デーロンまで出てきた。
短距離宇宙旅客船に乗ればショートジャンプ一回、一時間余りで来ることが出来る距離だった。
本来ならアレクサンドリアやルージュまで出たかったが、休みは一日しかない。両惑星ともに日帰りは出来ないこともないが、強行軍となる。
平日だし突発的な休み。
誘える友人もなく独り出掛けることになってしまった。
なぜかというと、TDFで労務を担当している同僚ホーカル・ジェイスキンから強く有休をとることを求められたからである。
どうやらノルディックの労働時間に問題があるようで、ごまかしがきかないところまで来ているらしい。
「まあ日がな一日職場にいるようなものだからな」
忙しいと二徹三撤が常態化していた。事務室がある本棟から出た形跡すらない状態が続いていたのである。これでは誤魔化しようがなかった。
傍から見るとブラックな仕事をさせられているよう見えるかもしれないが、好きなことをやっているので、ノルディックは全く苦にならなかった。自ら時間を忘れて仕事にのめり込んでいただけなのである。
「学生みたいなノリは許されないか」ノルディックは苦笑しながら伸びをする。「それでも同じように仕事をしているフィオーレが指摘されないのはどうしてだ?」
納得がいかない。
そのフィオーレには休むからには仕事はさせないと言われてしまう。電算室に接続しようものなら、彼女の制裁が待っている様子だった。
一日部屋で寝ているのもただ単に身体を動かすのも物足りなかったので、ノルディックはそれならばとデーロンまで出かけることにした。
「それにあいつも今は忙しいからな」
ネット空間でデートすることも考えたが、あいにく時期が悪く一時間会えればいい日も多かった……。
そこでデーロンで久しぶりに中古屋巡りをしてみようと思ったのである。
映像ソフトやゲームなどの中古は人口の多い都会の方が面白いものが見つかるかもしれないのだ。もちろんネット店舗や通販で探す手もあるが、こうして足で稼ぐのも好きなノルディックだ。こうして手に入れたソフトの方が思い入れも強くなる。とはいえ伝説級の古いゲームなど高額すぎて眺めることしかできないこともあるが。
「前に来たのはいつだったかな」
宇宙港のロビーで店の検索を始めた時にノルディックは突然見知らぬ少女にしがみつかれることになるのだった。
「お前、何やってんだ?」
ノルディックが驚くほどに、後部座席で隣に座っている少女が端末を操作していた。
「今乗っているエアタクシーの履歴を消しているの。追いかけられたくないから」少女はぼやく。「せっかく逃げてきたのに追いかけられるなんて最悪」
「お前、手慣れてるな……脱走は何度目だ?」
「忘れたわ。片手くらい、それとも両手超えたかしら」
「常習犯かよ」ノルディックは眩暈がしてくる。「それでお前、名前は」
「テーセ・ナルスだよ。お兄ちゃん」
「テーセか」ノルディックは早速、デーロン宇宙港の搭乗員名簿にまず当たってみた。「テーセ、お前密航でもしてきたのか?」
「当たり~♪ さすがお兄ちゃん」
どの宇宙旅客船やシャトルにもテーセ・ナルスの名前はない。プライベート宇宙船の可能性もあったが、あの時間帯にデーロン宇宙港に降り立った宇宙船はなかった。
「テーセは何者なんだ? なんでオレの名前を知っている?」
「パパはお金持ちかもしれないけれど、テーセは普通に大学生だよ」
「大学生? 飛び級でもしたのか?」
「テーセ、十七歳だよ」
「はあっ! 嘘だろう? まだローティーンにしか見えないぞ!」
「酷いなお兄ちゃん。乙女に向かって」少し拗ねて見せるが、それがさらに子供っぽさを際立たせている。
「あ~分かった、分かった。それでなんでオレの名を知っている?」
「お姉ちゃんから聞いたの。強くて格好良くて優しいって。だからわたしのお兄ちゃん」
「赤の他人だろうが」理論が飛躍している。「それで誰だよ。そのお姉ちゃんて?」
女性関係なんてたかが知れているが、ノルディックの知り合い関連でテーセから連想できる女性はいなかった。
簡単に検索を掛けてみたが、テーセ・ナルスでヒットする情報はない。銀河保安局の身元捜索人名簿に載っていなければ、私的な捜索依頼にもその名はない。
謎だらけで、どこから来て何者なのか分からないままだった。
もやもやしてしまうノルディックである。
「秘密。サプライズにしたいんですもの」
「お姉ちゃんに会いに行く予定だったのか?」
「その前にお兄ちゃんに会えたけれどね。これってラッキーだよね」
最初からノルディックを狙っていたわけではない。ただあまりにも確率的に低すぎるだろう。よっぽどの幸運がない限り、それを考えると頭痛がしてくるノルディックだった。
「あの連中は何者なんだ」
「多分パパがわたしにつけた護衛。ここまで追いかけてくるとは思わなかったけれど」
「護衛? テーセはどこかのお嬢様か?」
「良く分からない。パパのお仕事、わたし知らないもの」
「それだけ端末使えて、知らないって訳ないだろうが」
「悪いことはしていないと思うけれど、パパはわたしに秘密にしているのよね。まあわたしも知らなくても不便じゃないから気にしていないけれど」
「生活が制約されていたら不便だらけだろうが」
「去年からだし、卒業したら独立するからいいのよ。ママも認めてくれているし」
「去年? 家族全員で暮らしているんじゃないのかよ」
「ママが忙しくなっちゃって、わたしはパパのところに預けられちゃったの」口をとがらせるテーセだった。「お姉ちゃんも独立して出て行っちゃったし、テーセつまらない」
嘘は言っていないようだったが、どうしてもテーセの経歴や家族構成の輪郭がぼやけていて全体像が見えてこない。
「つまらなくなって逃げだしてお姉ちゃんに会いに行くのか」深くため息をつく。「頭が痛くなってきたぞ。とりあえず宇宙港に向かって、安全にそのお姉ちゃんに会えるように旅客船の手配をしてやるから、それでいいだろう」
「お兄ちゃんは何をするの?」
「繁華街を見て歩く予定だった」深く考えずに出てきたがスケジュールが無茶苦茶になってきたノルディックだった。
「だったらわたしも行きたい」狭いスペースなのにノルディックの膝に乗ってくるテーセ。
「追われているんだったら、さっさと巻いてしまってお姉ちゃんのところに行けよ」
「お兄ちゃん強いから、わたしを守ってくれるでしょう。それにわたし寄り道とかさせてもらえないから、ここでお兄ちゃんとデートしたい」
十七歳にもかかわらず幼女にしか見えないテーセに目を潤ませ懇願されるとタジタジになってしまうノルディックだった。
「さっきの連中に見つかっても知らないぞ」
勝手に目的地を変更すると、テーセはエアタクシーを繁華街の入り口で止めて降りてしまうのだった。
放っておくわけにもいかずノルディックはエアタクシーから降りる。テーセはノルディックの左腕に抱き着いてくるとしなだれかかる。
本来の重さはなかったが、想像以上にプッシャーのかかるノルディックだった。
デーロンのアーケード街は人通りも多く活気に満ちていた。
平日にもかかわらず親子連れも多く、学生も和気あいあい通りを楽しそうに会話しながら歩いている。
テーセは楽しくてノルディックに腕を絡めながら、いつもとは違った風景、見知らぬものに心ときめかせていた。本当に無邪気にはしゃぐ女の子だった。
「ねえねえ、お兄ちゃん、あれなに?」
「ジャンクフードだな。ホットドックに似ているようだ」
「食べたい、食べたい」テーセはノルディックの腕を引っ張り店舗の前まで引っ張っていく。
祭りの屋台を親戚の子供にせがまれながら歩くようだとノルディックは思ったほどである。故郷で姉と二人で手を取り歩いた頃が懐かしく感じてしまう。
だがそんな感傷に浸る暇はなかった。
ソフトクリームを食べれば、溶けだしたクリームが服にかかってしまう。フランクフルトを美味しく頬張ったと思えば、口の周りがケチャップだらけで、それを袖でぬぐおうとするのだ。白い服が汚れると慌てて止めて口元を拭いてやる。
子供とはこれほど手のかかるものなのだろうかと思ってしまう。
ちょっと待て、テーセは十七歳だった……。
箱入り娘で世間知らずだった彼女と故郷で街歩きしてもここまでにはならなかった。
手をつないでいないと、勝手に目についたものに飛びついていく。アーケードの中を猫が歩いていると追いかけまわしたり、ショーウィンドーに並ぶアクセサリーなどの装飾品を楽しそうに見つめていた。面白かったのはパーツや部品などの素材を扱っている店の前を通った時にそれらを何かの小物と勘違いしたか、もの欲しそうに見つめていたテーセだった。
変わっているなと思いつつも、テーセの動きが止まるたびに慌ただしくノルディックはテーセの面倒を見ることになってしまうのだった。
想定していた休日とは違う方向に向かうが、そんなことを気にしている余裕もなくなるほどテーセの動きは予測がつかなかった。
部長秘書フェリウスの苦労は、こんな感じなのだろうか?
いや、パーンは勝手に動くがここまで迷惑はかけていないか?




