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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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風に抱かれて 5-5

 5.風に抱かれて



 スポーツセンターを出ると繁華街に出て、ナビに従って紹介してもらったエスニック料理を出してくれる店に行く。スリランカやベトナム系の料理を出してくれる料理店だった。

 土曜日ということもあり店は繁盛していて、アリエーは満足してくれた様子で終始ニコニコしながら食べている。

 大柄だけど十代の少女のようなあどけない表情だった。

 アリエーはガパオだけでなく追加でカレーも頼んでしまいパーンの倍は食べていた。

 二人が店を出ると晴れていた空は灰色の雲で覆われ、冷たい風も吹きだした。

 身体の内側から火照っている身体には心地よくもあるパーンだった。

「天候はもちそうですね」

「空気は冷たいけれど、風は悪さをしてこないようね」アリエーは頷く。吐く息が白かった。

 それほど遠くなかったので、歩きながら二人は中央公園を目指すことにする。

 アリエーはバナスシティに何度も来ていたが、繁華街をこうして歩くのは始めだったようなので、ウィンドウショッピングを楽しみながら歩くことにした。

「気を遣ってくれるのは分かるけれど、いつも家デートで終わっちゃうのよね」

 アリエーは少し不満げだった。

 寒くないかと思ってパーンが訊ねてみると、アリエーの来ているロングコートは特注品だそうで、繊維状の細いヒーターが入っていて内側から身体を温めくれるというのである。ロングブーツも手袋も薄い生地だが、宇宙空間での作業にも使える高級素材だという。

「だからコートの中は薄着でも大丈夫なの」

 白地に赤と青のラインが入ったコートを翻してくれる。ティーマを想定して準備していたそうだった。

「ホーカルは愛されていますね」

「当然です」アリエーは胸を張る。「パーンは本当に十四歳なのかしら?」

「見た目相応ですよ」歯を見せ笑うパーンは年相応のあどけなさが見て取れる。

「そうよね。ごめんなさい。でも私をエスコートしてくれたり、私に気を遣ってくれたり、私が同じ年齢だったころよりも大人びている気がするわ」

「きっと社会でもまれたからでしょうか。見た目で言われることは多々ありますから」

「苦労したのね」それで言うのならアリエー自身は恵まれていたのかもしれない。「パーンの魂はまだまだ若々しいわ。今のまま育てはきっといいカダナになれるわ。ああカダナは精霊の父神でもあり、スクルでは良き成長した者にそう言葉を差し出すの」

「ありがたいですが、僕自身は真っ直ぐというよりもねじ曲がって育っているような気がしますよ」

「精霊使いの私の目がそう言っているのです」

 アリエーは笑顔のまま何度も頷くと、朝と同じようにハヴィラダのメロディーを口ずさんでいく。

「アリエーは本当に風ですね」

 彼女の回りには優しい風が常に吹いている。

 晴れていれば緑も映えるのであるが、あいにくの曇天模様。それでもパーンは公園と隣接する植物園に案内する。

 公園中央部の森林地帯も良いが、ここには園内を見渡せるレストハウスもあるし、巨大な温室もある。アリエーが過ごしやすいかもしれないと思ったパーンだった。

 植物園は幾つかのブロックに分かれていて、気候やテラの地域に合わせて分類されているという。

 亜熱帯の温室を抜けると、最後は二ホンの庭園を模して造られたという庭に出る。

 茶屋と呼ばれる喫茶コーナーがあり、テラスで緑茶を楽しむことが出来た。

 本来このような日であれば室内で飲むべきなりだろうが、熱い緑茶を手にテラスから庭園を眺めることにした。

「この星は生命力に溢れていますね。素晴らしい」

「極寒の星なのですが?」

「気候は関係ありません、この星は太陽の暴走によって一度終焉を迎えたのかもしれませんが、それでも再び蘇ろうとしています。私には分かります。生命力と暖かさを感じるのです。これから芽吹こうとする若木のような星です」

「面白い考えですね。気に入りました。企画に使わせてもらいますね」

「企画? 何かしら?」

「まだ社内にも社外にも内緒の企画です」本社内ではバレバレではあったが。

「私の感じ方は変わっているでしょうから、役に立つかどうかわからないわ。でもパーンだって似たような感じ方をしているでは?」

「僕はティーマで生まれ育ちましたが、アリエーほど鋭敏には感じていないでしょう。それに息づいているという概念は面白いと思います」

「ティーマはいい星ですね。スクルとは真逆な星なのに同じ風を感じることが出来ます」

「ここに住むことは出来そうですか?」

「もちろん」

「それならば案内した甲斐がありました」

「ありがとう」アリエーは目の前の池を見つめる。「ホーカルのことよろしくお願いしますね」

 白く濁った息とともに言葉が紡がれる。

 強く想いのこもった白は彼を思ってのことなのだろうとパーンは感じた。

「よろしくと言われましても、アリエーはホーカルの面倒を見ないのですか?」

「えっ、私は……」あたふたしてしまうアリエーだった。「職場も住んでいる星も別だから、常に一緒にいることも出来ないし……」

「一緒にいたくないのですか?」

「居たいけれど、こればかりはどうにもならないから」

「TDFなら空きは十分にありますよ?」

「そう簡単にはいかないのが現実よね。星系を超えての異動は難しいと聞くし、ましてや本社なら」

「むしろアリエーがそれを望むかだと思いますが?」

「望んでもいいのから? 導きがあるとしたら、私は彼の傍らにいたいわ」

「願いがかなえるようにしますよ」

 言質は取ったとパーンは笑みを浮かべる。

 アリエーにはそれがウィンディギルトの笑い声であるようにも見えるのだった。

「パーン、あなたは何を見つめ、何を求めているのかしら?」

 目を細めパーンを見ていると、濃いとび色の瞳は真っ直ぐにアリエーを見つめてくる。

「分かりません」

「本当にあなたはウィンディギルトのようね」思ったままを口にするアリエーだった。「目指している世界が見てみたくなるわ」

「いつでもご招待しますよ」

「嬉しいお誘いですけれど」アリエーはお道化て見せる。叶わぬ夢だと思って。「期待しないで待っているわね」



  ウィンディギルト 何故泣くの

  あなたはただ彷徨う道化、

  気の向くままに 地に足は付いていない

  異なる視線 異なる思考 異なる思い

  とらわれない自由な魂

  人も精霊も欺き 心を隠す

  ウィンディギルト 何故笑うの

  喜びも 快楽も 忘れたはずなのに

  惑わし 苦しみをも飲み込むあなた

  何が足りないの 何が欲しいの

  教えて欲しい 闇に全てが食われてしまう前に



 植物園を出て歩いていると携帯端末に着信音がする。

 アリエーはホーカルからのメッセージだと分かるように着信音は他とは別にしていた。ワクワクしながらメッセージボックスを開くと、傍から見ても分かるくらい落ち込んでいるアリエーだった。

「パーン」ゆっくりと情けない顔をパーンに向けてくる。「ホーカルからメッセージが来たんだけれど、今晩は戻れないかも、だって……寂しいよぉぉ」

 夜には会えると思っていたのである。

 パーンはアリエーの丸まってしまっている背中を優しくさすってあげた。

「オールナイトの映画を観に行こうかな」ベッドに独りは寂しすぎる。「独りで飲むのも嫌だし……何かないかなぁ……」

 ため息が風となり大地を溶かし底無しの闇を作っているようにも見えてしまう。

 パーンはTDFにフィオーレとディがいるか、確認しようする。二人ならきっとアリエーと気が合うはずだ、性格的にも能力的にも。公園を出るまでにアリエーの考えがまとまらなかったら、連絡してみることにする。

 トボトボ、ユラユラと歩いてくるアリエーの安全を考えながら、公園の出入り口へと歩いていくと、公園を出た歩道の脇に小さな、それでいて原形をとどめていない生き物が投げ出されていた。

「死骸?」

「クルーティンのです」

 パーンは駈けだした。

 それは公園沿いではなく、少しだけ車道から歩道に入っていて、どちらの清掃用ロボットの管轄にならない場所に横たわっている。エアカーに跳ねられてしばらくたっているが、歩道の清掃マシンは夜にしか稼働しないし、歩行者にも無視されていたのだろう。

 衝撃の強さからか、顔をそむけたくなるが、パーンは膝をつくとクルーティンの亡骸を抱きかかえる。

「パーン、血が」

「魂の痛みに比べたら、かまいませんよ」穏やかに声で言うが、亡骸から目を離さない。「還ろうな。お前のいたところへ」

「どうするの?」

「清掃マシンに任せても灰も残らないだろうし、研究所でもはく製か解剖に使われてしまうでしょうね」

 クルーティンはティーマ唯一の固有種で、発見されてから五十年程しか経っていないのでまだ希少かつ生態が分からない生物だった。

「それは悲しいわね」

「ここで待っていてもらってもいいですか?」パーンはアリエーに言いながら周囲を見回していた。

「何をするのか察しがつくから、私も行くわ。かけてあげられる詩もあるから」

「ありがとうございます」

 パーンはクルーティンを抱き抱えながら歩きただした。

「還ろう。お前の世界に」

 無意識に呟いた声がアリエーの心に精霊の囁きのように響いてくる。痛みと苦しみとともに。


 中央公園の中心部はちょっとした森になっている。

 まだ若木も多いが、それでも育てば良い森になるだろう。

 パーンは遊歩道から森の中へと入っていき、途中で道を外れ森林の中を歩いていく。足元は昨夜の雪が溶けたこともあり少し柔らかくも感じられた。どこまで進むのだろうかとアリエーが彼の後姿を見ているとパーンはとある木の前で立ち止まる。

 最初からこの木を目指していたのでは? そう感じてしまうほど良い枝ぶりの木だった。

 彼は膝をつき脇にクルーティンを置くと両手で土を掘り始める。

「ああもう」

 決して掘りやすい土ではないはずだ。アリエーは腰に差していたサバイバルナイフを抜くと近くの枝を切り、細工してパーンに渡す。

「指先や爪が痛むでしょう」

「そうですね」爪の間に土がこびりついているのを見ながらパーンは頷く。「でも、この子の痛みに比べたら、気にならないかな」

「貴方って人は……」

「それは常に持ち歩いているんですか?」

「私のお守りみたいなものよ。気にしないでね」

 アリエーはかなりの速度で掘り進んでいく。

 十分な大きさになるとパーンは丁寧に土を掛けていくのだった。

 それを見ながらアリエーは、死と命の精霊柱ヴェノダームへの祈りを捧げる。クルーティンの魂を見送るために。



  死と闇よ ヴェノダーム

  狭間の精霊柱よ受け取りたまえ 揺らめく魂の残滓を

  私は祈る 今去り行く命のために

  老いたる魂と傷ついた魂に救済と恵みを

  来世への希望を与えて欲しい

  罪深き魂には永遠の眠りと罰を

  なにより心より願うは 労りと安らぎを

  ヴェノダーム 命の柱よ 切に願う



 天を仰ぎ見、遥かなる星々の彼方へと届けとアリエーは心を込めて歌った。

 ベルデアの言葉で彼女は最後にヴェノダームに輪廻転生を願う。目を閉じ深く息を紡ぐと、冷たい風に願いを込めた。

「祈りをありがとうございます」

 パーンの言葉にアリエーは首を横に振る。「私は文明に毒されたのかな。当たり前だったはずのことが出来なかった」

 スクルでは当たり前のように出来たことが出来なかった。パーンは躊躇なくできたのに……。衣服のことを気にしてしまった自分を彼女は恥じ入ってしまう。

「ごめんなさい。こんなこと言われても嫌でしょうけれど……パーンは偉かったわ」

「確かに褒められるようなことでもありません。ただあの場に捨て置けなかっただけですから。アリエーこそ、お疲れさまです。そしてありがとうございます。見送っていただいたことに感謝します」

「うん」

 アリエーは頷くことしかできなかった。



読んでくれて本当にありがとうございます。

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