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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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風に抱かれて 5-4

4.躍動する風



 3Dホログラフで映し出された男性選手が、テニスボールを頭上に上げる。

 乾いた音とともに弾丸サーブがパーンの正面に迫った。彼は辛うじてラケットで防ぐと勢いが殺されたボールが前衛にいた女性選手の前へと高々と上がる。

 それを待ち構え、鋭いスマッシュをコート左隅と打ち込んだ。

 スマッシュエースとなると思われたが、それにアリエーは反応している。素早く回り込むと右腕を振り抜き男性選手とは逆のサイドへと打ち返した。

 ボールは跳ね返ることなく壁の向こう側に消えていく。


 アリエーとパーンは、彼女の希望でバナスシティの総合スポーツセンターに来ていた。

 テニスコートは二十面あり、ラグビーやサッカー、ベースボールもできる総合スタジアムと、バスケやバレーボールなどができる施設が設けられ、様々なスポーツに対応できるように設備が整えられており市民にも開放されていた。小規模オリンピックなら開けるのではと思えるほどの充実具合である。


 テニスをプレイしようとアリエーは提案するのだが、パーンが初めてだと知ると、まずはラケットの握りやボールの打ち返し方を教え始める。パーンは見ているつもりだったが、アリエーはともにプレイすることを望んでいた。やもう得ずウェアとラケットを借りて基本を教えてもらうことにする。

 教えてすぐにアリエーはパーンの素質が抜きんでていることに気付かされる。彼は筋が良すぎて、一緒に組んで試合をしてみたくなってくるのである。通常のプレイに問題はないと判断したアリエーは一時間も経たずに試合をすると言い出した。

「アリエーがシングルスでプレイするのは?」

「パーンがつまらないでしょう。フォローは私がするのでペアでやりましょう」

 パーンが初めて見る積極的なアリエーだった。

「多少ラリーが出来る程度ですよ? 足を引っ張るだけでは?」

「パーンは無理しない程度に動いてくれればいいわ。私がすべてカバーしますから、ケガだけしないようにね」

 彼女は微笑むと、近くにいたインストラクターに対戦用AIの設定をお願いする。

 練習用のコートにはリニアで細長いいボードが動くように設定されていて、そのボードは3D映像で選手が動いているようにみせ、弾は受けずにそれに反応するように、ボールを射出して返してくるようになっていた。

「最高モードですか?」インストラクターが驚愕する。「プロ選手が利用するモードですよ!」

 たまに好奇心から使用したがる人もいるが、一般の利用者にはお勧めできないモードである。

「危険だと判断したら、止めてもかまいませんから」

 アリエーはインストラクターの前でサーブを打って見せる。ラケットを振り抜くとセンターラインすれすれに鋭くボールが突き刺さりバウントするとインストラクターは目を見張る。

「私の試合になるようなレベルでお願いします」

 そういって嬉々としてコートに立つアリエーだった。その顔は自信に満ちている。

 アリエーが二百五十キロを超える弾丸サーブに反応し軽々と打ち返しリターンエースを決めると、インストラクターの度肝を抜いた。

 パーンもサーブを受ける側に立ってみたが、最初は目でしか追いかけられず、顔の脇をボールが通り過ぎて行った時には音速を超えるのではという肌の感触が音とともに流れていき背後の壁がへこむ様な異音がして驚かされた。動体視力はいい方だったのですぐに慣れると体が反応し追えるようになり、その反射神経を活かしてボールを返すことも出来るが衝撃を押さえつつラケットを振るので、アリエーのようにリターンするのは難しかった。

 二人がプレイを始めてしばらくするとギャラリーが増えていく。

 小柄で独楽鼠のように動く少年と、しなやかに舞いコートを駆け抜けるアリエーの姿に釘付けになっていき、アリエーがエースを決めるたびに拍手が起こるようになる。

 二ゲームほど取られはしたがワンセットゲームでAI混合ダブルチームを圧倒するのである。


「アリエーのテニスの腕前はプロ級なのですね」

 パーンは小型のエアカートに乗り込むとアリエーに話しかける。

「スポーツは何でも得意よ」アリエーは楽しそうに笑う。「子供のころから野猿のように森を飛び回っていたわ。その頃から他の子供よりも大柄で力があったからゴリラとまで言われたりしたけれど、失礼な言葉よね」

「同年代だけではなくて、大人も負かしていたのでは?」

 柔らかくしなやかな筋肉がコートを躍動し、足は地に根を張ったように大地を捉えていて軸がぶれない。彼女の筋肉の動きは美しい。

「良く分かるわね」アリエーは笑う。「スクルには『ベルデア・レスリング』と呼ばれる土俵のような円形の中で対戦相手を倒すまで戦う伝統的な格闘技があるの。大の大人に交じって十人抜きしたこともあったわ」

「それこそプロになれたのでは?」

「スクルに儀式的なものはあったけれど、プロスポーツは存在しなかったわ」アリエーの笑顔、それは精霊の笑みだった。「私はね十歳のころにジュニア陸上の宙域選手権に出たことがあるの。中長距離で走ったけれど、すべてで優勝してスカウトの話もあったわ。でもときめかなかったの。もっと高見があるのは分かっているけれど、ハヴィラダはそこには無くて、目指す場所は違うんだって思ったのよね」

 その頃からアリエーは文武に優れ優秀だった。もちろん日常の中で身体は鍛えられていたが、努力しなくても得られる栄誉がつまらなかった。それこそぜいたくな悩みだと言われそうだが、目指すものが見えなくなってしまっていたのである。

「パーンだって凄いわ。初心者がプロ級のサーブを打ち返すのですもの」

「辛うじてですよ。それにラケットに当てただけで打ち返せたとは言えない。動体視力と反射神経には自信がありましたが、あの程度ですいません」アリエーだけならもっと楽に勝てたはずである。

「最初は私だけで試合をコントロールしようとしていたから、パーンがあれだけ動けたのは誤算でしたが、本当に嬉しくて楽しかったわ」

「一番すごかったのは、後衛のポールにボールを当てた時ですね。あれは狙って当てたんですよね?」

「あら、見ていたの? 凄いわね。あまり褒められたやり方ではないけれど、私達のフォーメーションも崩れていたし体勢を立て直したかったら、ちょっとずるをしたわ」

「安全装置が働いた時のタイムロスを狙ったんですよね。でも普通に考えれば向こうのセンサーがボールの接近を許さないはずですが」

「メインセンサーは三百六十度見ているわけじゃない。常に死角はあるの。補助センサーがそれをフォローしているけれど、それを伝達するためにほんの少しだけタイムロスが出来るわよね」

「一秒にも満たないほんのささやかな時間ですよ」

「それでもロスはロス。超高速で接近するものに対処が遅れるようにはできるの」アリエーはとんでもないことをさらりと言う。「そのロスを埋める手立てはあるけれど、面倒だしお金もかかるからね。あれには導入されていないと思って狙ってみたわ」

 人で例えるなら、脳震盪を起こしかけたように、ポールが体勢を立て直すまで三秒の時間を得ることが出来たのである。

「頼もしいですね」

「パーンだってちゃんとした指導を受ければ、プロにだってなれるわ」

「僕は今の仕事が好きなので、もう少しこちらの道を究めてみます。アリエーもそうでしょう?」

「そうね」アリエーは頷く。「私はスクルにはないものを求めだした」

「しがらみにとらわれないのは、凄いことだと思います」

「私には分からない」アリエーは首を横に振る。「ハヴィラダの神承は完結していないというのが、私的見解でもあるわ。私達が紡いでいき神承を付け加えていかなければならないの」

「その担い手なると?」新しい神承の創造?

「私は全然よ。私ではたどり着けないと思うわ。捨て石であったとしても私は、後に続く者達の祖、道標でありたい。求めたいナディスが目指したハヴィラダを。それこそ私が異神ウィンディギルトに魅入られた理由であるのだと思うの」

「どうして今この場にいることになったのですか? 創造なら生まれた場所の方がもっと精霊を感じられたと思います」

 アリエーはパーンの顔を覗き込んでくる。

「パーンて不思議な子よね」少しだけ考え込んだ後にアリエーは自分のことを話し始めた。「小さい頃の私はね。それはそれは手のかかる子だったの。力だけはあったから集落中の子供達のリーダーになって山やジャングルを駆け回っていた。狩りもしたわ。弓が得意で、鳥も狩ったし集落で一番の狩人だったかな。ナイフや鉈でイノシシすら倒したわね。それにそれなりに知恵もあったから、悪戯もしたし果樹園に襲撃を掛けてイナゴのように実った果実を食べつくしたり、本当に手が付けられなかったわ」

「信じられないですね」

「そうでしょう」力こぶを作って白い歯を見せ笑った。「終いには両親に引っ張られて精霊使いに弟子入りさせられたわ」精霊使いの居住まいに住み込みで出されたのである。厳しい人だったとアリエーは笑う。

「修行みたいなものですか? それで精霊使いになったとか?」

「う~ん、どうだろう。師にはいずれ目覚めていたと言われたけれど、精霊が身近に感じられるようになったのは確かにその頃からかな。素質はあったみたいで、師にはハヴィラダのことや精霊のことを色々と教わったわ。そんな暮らしを始めて一年くらいかしら、ある日の夜にね、夢を見たの。今だと天啓だったのかなと思えるけれど」

『東へと向かへ』

 目覚めた後もはっきりとその言葉だけは覚えていた。

 満月が輝いていて、星が少ない夜だった。彼女は携帯食を少しと水の入った水筒を背嚢に入れると大きめの鉈とサバイバルナイフだけを身に着けジャングルへと独り入っていく。

 東を目指して。

「大丈夫だったのですか?」

「集落は大騒ぎだったみたい。戻ったのは五日後だったから両親には泣きつかれたし、師には殴られたわ。本当にいろいろな人に迷惑かけていたわ」苦笑いするアリエーだった。「帰りはヘリで楽できたし、すがすがしい気持ちで戻れた。それにあの時の私には目指す場所へたどり着くこと、それだけで十分な理由だったわ」

 三日三晩歩き続けた。道無きジャングルを、絡まる蔦は鉈で切り開き、時には木々の間を飛び跳ねて進む。大きな根や岩は乗り越えたし、イノシシや蛇とも遭遇した。全て跳ねのけたけれど、ナチュラルハイ状態だったのだろう。本当に楽しかった。

 時には教わった神承を口ずさんでいた。

 緑や川、水、大地と会話しながら精霊を身近に感じることが出来たし、何よりも風を感じることが出来たことが嬉しかった。

「独りだけれど、独りではない。風に抱かれて進んでいるようで素敵な時間だった」

 ここがハ・ヴィ・ラダであると思えたほどである。

「何か見つかりましたか?」

「答えはなかったけれど、それでも目的地だと思える場所に出た時は爽快だった。世界にはもっと先があるのだと知ったわ」

 川伝いの尾根から斜面を登っていくと、うっそうとしていた密林が突然開けた。世界が風と共に開けたのである。

 導かれ辿り着いたのは切り立った崖の上だった。

 薄暗がりに慣れていた目には強い日差しは眩しすぎた。光の精霊の言い伝えはないが、視界を妨げようと悪戯しいるようにも見える。風に後押しされるように端へと踏み出していくと眼下は緑一色でジャングルが果てしなく続いている。地平の彼方には海が小さく見えた。

 自分がいる世界が、どれだけ狭いものなのかと実感させられる。

 風が彼女の後ろから大陸中を巡り海へ空へと吹き抜け遥か先を目指していく。木々を揺らし、雲が地平の彼方へと流れていくと海まできらめいて見えるようだった。彼女の魂を風はさらに高みへとその先へと運んでいくような、そんな感じにさせられる。

 風の精霊柱ナディスがここへと導いてくれたのだ。

 彼女は大きく腕を広げ、声を上げた。それはカダナの星々へ届くはずだ。

「アリエーから風を感じるのはそのせいでしょうか?」

「私から? それは嬉しいわ。私は風の精霊柱ナディスが大好きなの」

「熱いけれど、優しく包み込んでくれるような風です」

 その言葉にアリエーは顔の前で祈るように手を合わせ、微笑んだ。「そこはありふれた風景だったけれど、私は目の前にはハ・ヴィ・ラダが広がっていると思ったくらいなの。可笑しいでしょう。それとも精霊を感じるだなんて気味が悪いかしら?」

「そんことありません」パーンは首を横に振る。

 感覚的にそれが分かるパーンだった。

 アリエーは丸一日その場で寝続けると、目覚めた時にはすっきりとした気持ちであったという。

「岩の上なのによ。起きた時には体の節々が痛んだし、喉もカラカラだったのに」

 彼女はこの世界だけではなく、遥か先へと行きたいと思った。

「私は今ここにいる。悪さもしなくなったし、大人しくなった私を見て、みんなが崖から落ちて酷く頭を打ったのではと心配してくるのよ。祈祷師や別の集落の精霊使いまで連れてくるのよ。酷いと思わない? 異神ウィンディギルトに魅入られたと」

「魅入られたのですか?」

「私は天啓だと思っているわ」

「そうですよね。アリエーの本質は変わっていないはずですから」

「そうなのよね。ほとんどの人は表面しか見てくれない」アリエーは笑みを浮かべる。「私は一番偉い古老の精霊使いに願い出たの。外の世界を見てみたい。もっと広い世界を体験するためにスクルを出たいと申し出たわ。まあ外界に出たいと思う人は少なかったから、奇人変人扱いもされた」だから魅入られたと。

「それも天啓ですか?」

「そうかもしれない。導きはあるのかしらね? 条件は付いたけれどよく許されたと思うわ。精霊使いとして一族を率いることも出来ると評されていたから」

「アリエーは古老になれるのですか?」

「どうでしょうね。百年も先のことは不確定すぎるわ」今の代の古老は百五十を超えているはずだ。「それから私は勉強して銀河系で生きるルールを覚えて、通信制の大学を卒業し、通信設備関連の技術者資格も得ることが出来た。ルールはよく分からないことも多かったけれど、勉強は楽しかった。ここに至る道筋は精霊柱の導きだったと思えるほど出会いに恵まれた」

「ジプコに入社したのも良縁ですか? ホーカルとはいつ?」

「新人研修で一緒だったの。すぐに彼とは気が合ったわ。右も左も分からない私に親身になってくれたし、何より私に体力でも付いてくることが出来たのですから」

「アリエーにですか? 凄いですね」

「運動神経も良いのよ、彼は。研修時代は良かったなぁ……今はこんな感じだから」

 本当に楽しかったのだろう。背中を丸め肩を落とすアリエーだった。

「この先、良いことが待っていますよ」パーンの勘がそういっていた。

「そうよね」顔を上げると前を向く。「ご飯食べに行こう。私、アジア系エスニック料理が食べたい気分なの。良い店知らない?」

「分かりました。聞いてみます」

 パーンはフィオーレに店を紹介して欲しいとメールを打つ。

 三十秒後には三軒の店情報が返ってくるのだった。アリエーに端末を見せて、行く店を決めるパーンである。


 ランチタイムまで時間が少しだけあったので、アリエーはボールパーク脇にあるバッティングセンターに向かう。

 それがストレス解消になるのならかまわないと、パーンは頷くのだった。

 アリエーはバットを構えると時速百七十キロのストレートと少し球速は落ちるが、フォークボールなどの変化球に対応しながらホームランを連発する。

 センター方向に掲げられた標的にボールは二度ほどぶつかっている。

 パーンはそのたびに盛大に拍手した。

「パーンもやってみる?」

「ミートできてもあそこまで飛ばせる自信はありません」

「そうかしら。パーンはつまらないかもしれないけれど、もうワンゲーム私にバットを振らせてね」

 顔には出さないけれど、アリエーには鬱憤がたまっているのだろうと思うパーンだった。



読んでくれて本当にありがとうございます。

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