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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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始まりのフォアカード 1-2

ラブコメ担当ノルディック・ドリスデン登場となります。

 2.ドリスデン君の想い



 平原の彼方に沈もうとしている太陽が空と大地を茜色に染める。

 仮想空間であるはずだが風を感じ、夕日に向かって飛ぶ鳥の群れの姿を見ることさえできた。それはノルディック・ドリスデンにとっては故郷で見た懐かしい光景でもあったためか郷愁をこの時ばかりは感じてしまう。オレンジ色の光が目に焼き付き、ほんのりと身体を暖かくしてくれる。

「感傷的になれるものなんだな」

 似合わない台詞だと苦笑交じりにノルディックは呟いていた。

 サイバー空間提供企業ミレニアムMが本社を構える太陽系テラに時間帯を合わせているため、バナスシティが深夜であっても仕事で忘れがちになってしまう風景を今はぼんやりと眺めることが出来た。

 彼がこの会社の仮想空間を使っているのは自社や他と比べるとセキュリティがしっかりしているからだ。おかげで同僚にも気づかれず彼女と会うことが出来るのである。

 仮想空間だったが。

 四阿のテーブルに肘をつき、小高い丘の上から緑の平原が夜の色に染まっていくのを見つめ続ける。彼の他は数十キロ先にも人影はない。安心はできたが、それが寂しさを増幅させているような気もした。

「今日は無理かな」

 ノルディックはすでに一時間は待っていた。

 そろそろログアウトを考えていた時に四阿の屋根の高さ辺りから慌てた声がする。

「お待たせしました」

 夕日の中にノルディックにとっての妖精が舞い降りてきた。

 慌ててログインしてきたのだろう座標位置が少しずれていた。まさに虚空から突然、降ってくるように姿を実体化させてしまっている。

 立ち上がってノルディックはそのまま腕に飛び込んできた彼女を軽々と受け止める。

 彼女は体形こそ小さくあどけない表情にしていたが、肩まで伸びた栗色の髪と黒い瞳はあの頃と変わっていない。対してノルディックもシルバーの髪の色とブラウンの目だけはそのままにしているが、普通に群衆に埋没してしまいそうな特徴のないアバターを使用している。

 彼女と知り合って三年になるが、実際に顔を合わせてともに付き合い始めた時間は、過ごしてきた惑星時間で一年にも満たない。ノルディックの就職に伴い離れて過ごすことになり、こうして会うことが出来るのは互いの仕事の忙しさもあり、仮想空間でのわずかな時間でしかなかった。さらに言えばお互いにアバターを使って周囲から身バレしないようにしなければならないほど彼女はミュージシャンとしては銀河系規模で有名人だった。

「大丈夫だったか?」

 ノルディックは仕事では見ることが出来ない優しい笑みを浮かべていた。

「遅れてごめんなさい。打ち合わせが長引いてしまって」甘えた口調で彼女は彼に頬を預けると話し続ける。「位置がずれてしまったけれど、貴方の近くでよかった。気を付けないとね。あと貴方がくれたダミーのデータも残しているから、向こうのこともアバターのことも問題ないと思うわ」

 彼女は胸に顔を摺り寄せる。たとえ仮想空間に生み出されたデータであっても感じ合いたいのであろう。

 会えない時間を埋めるように寄り添い二人は四阿から見える星空をしばし眺めつつ、今日の出来事などを彼女は話続けていた。その声は鳥が囀るようでもあった。

「どうしたの?」不意に彼女はノルディックの瞳を見つめてくる。「何かあったのかな?」

「何がだ?」

「元気がないよう見えるの」

「そんなことはない」

「アバターからだって分かるわ」彼女はさらに顔を近づけながら言う。「どんなに離れていたって分かるもの」

 黒い瞳がジッとノルディックのブラウンの目を見続け、その両手がノルディックの頬を掴む。

「心配かけるつもりはなかったんだがな」

 やがて根負けしたノルディックは視線をそらすと髪を思いっきり掻く。

「ノルディックと比べたら私は頼りないけれど、私はいつだって貴方を見ているんだから」出来る限り支えたい。

「ありがとう」ノルディックは彼女の頭をなでる。「会社でいろいろとあったからな。自分でも嫌になるほど落ち込んでいるよ」

 いつだって前を向き、力強く夢をかなえようと前進し続ける彼が彼女に見せる初めての泣き言だった。

 とつとつとノルディックは会社での出来事を話し始めた。前部長が開発中のプログラムを持ちだし、その先で特許を申請されて盗まれてしまっただけでなく、最近になってそのプログラムが軍事転用され紛争地域で殺戮のために使用されていると知り、落ち込んでしまっていたことを。

 ノルディックの口惜しさと怒りが彼女にはアバターを通しても見えてくるほどたった。

「メンバーと苦労しながら懸命に開発してきたプログラムとシステムを持ち逃げされた挙句、持ち出された先で兵器転用だ。何のためにオレはやって来たんだよ! 世の中に希望と夢を、ちょっとした幸せを与えることが出来たらって思って頑張ってきたのに」悔しいじゃないか!

 辛く悲しみ落ち込むノルディックの心をも包み込むように彼女は抱きしめてくる。

「辛いよね……やめちゃうの?」

「どうしたらいいか分からないんだよ。今は残務処理をやっているけれど、それが終わったらオレは何をしたらいいか、このままでいいのか」

 ドロドロとした感情だけが噴き出してくるようだった。

「嫌だよ!」自然と涙があふれ頬を伝いスカートや拭った襟口を濡らす。「貴方は私の希望であり支えなのですから、私が私であり続けられるのは貴方のおかげなのだから、諦めないで、そんな顔をしないで、諦めた貴方の顔は嫌いだし見たくない。夢を投げ出したのなら私も悲しいよ。だからもっと自信もって!」

 夢を語る眩しい瞳が好きだと彼女は泣きながら懇願してくる。

 そんな彼女をノルディックは泣かせてしまったことが悔しかった。

「……誰が諦めるって言った」

「本当に?」

「ちょっと立ち止まってしまっただけだ。そういう時あるだろう? お前がアルバムを完成させるために悩み苦しんでいるときのように後ろ向きになって逃げようとしているみたいなもんだ」

「うんうん」少し顔を赤らめ彼女は頷く。「それなら仕方がないよね」

 ノルディックには泣いたり苦しんだりして何度も恥ずかしい姿を見られていた。そのたびに励まされたことは彼女にとっての心の支えであり、財産だった。だからこそ彼女自身ノルディックの傍らに立つのであれば支えでありたいと思ったのである。

「でもありがとうな」手は頬を撫でる。「お前のおかげで前を向けるよ」

 嬉しそうに彼女は微笑むと目を閉じて、二人は唇を合わせる。

 そのぬくもりがアバターを通して伝わってくるようだった。

 二人は星空を眺めながらほんのわずかな時間であったが、互いのぬくもりを感じあう。


 約束の時間にインターフォンから音がして私が扉を開けると、巨漢の大男が入室してくる。

「初めましてノルディック・ドリスデンです。よろしくお願いしますオガワ部長」

 礼儀正しく頭を下げてきた彼は本当に大柄で肩幅が広く数値以上に圧迫感があった。彼の前髪は邪魔になるのではと思えるほど長く、銀色の髪が茶色の瞳を隠してしまっている。容姿には頓着していないのか髪は肩口まで伸びていてサラリーマンらしくない。一応ネクタイはしていたが、営業はやったことがないのだろうか作業着は所々にほころびもある。

「人事部部長をしているバーリー・リライアント・オガワです。初めまして、わざわざ来てもらってすまないね」

 私は席を勧めながら彼の前に珈琲を出した。

 警戒するような視線が送られてくるのが分かる。

「その人事部長が何かオレに何用でしょうか?」

「そんなに睨まないでほしいな」

 少し世間話をして馴染んでから、本題に入ろうとしたが、彼の方から切り込んできた。初顔合わせであり、人事のトップからの呼び出しでもある。事情を知らなければ色々と疑問に思うのも当たり前だろう。彼の態度は当然であり、ここは苦笑するしかなかった。

「処分とかそういったことではありません。私個人としてドリスデン君とは直接会って話をしてみたいと思っていたところなのですよ。資料からでは分からないことを自分の目で確かめたいのです」

「忙しいのにですか?」

「確かに暇ではありませんが、必要なことに時間を惜しみはしません」実際に会ってみて気になることは確認するのが、私のポリシーでもある。「噂とかで判断されるのは本意ではないでしょう?」

 彼の上司からの評価は、お世辞にも良いものではない。

「どんな噂かは知っていますし理解もしています。オレ自身短気ですぐに手が出やすい性格ですし、口下手ですからね」

 彼が言う通り人事評価には『協調性がない。反抗的態度が目立ち指示を無視する』といった言葉がつづられている。

「分かる人に分かってもらえればいいかなと思うところはあります。それでも突っかかってくるのであれば、あとは分からせるだけです」

 彼は表情を変えず拳を握りしめると当然のことのように言った。

 ただ同僚からの評価申告はその逆であった。

「話し合うことは出来なかったのかな?」

「相談窓口への申告もしましたが握りつぶされましたし、上申も警告もしました。それでも同僚への風当たりは酷いもので、あいつは心が折れそうになっていました」

 そうノルディック・ドリスデンは所属部長や上司を二度殴りつけ始末書を書いている。それ以上の処分対象にならなかったのは彼がハラスメントにあっていた同僚を助けるためにやったことだと分かったからである。

 そのたびに異動させることにはなったし、当時の直属の上司は頭を抱えていたようだ。

 私の元にそれらの資料や文書が回ってくるのは事後であることが多く本人と話す機会はなかった。

「それでも手が出るのはどうなのかな」

「押さえつけその場から引き離そうとしましたが、抵抗してきましたので」

 学生時代にも同様なことがあったと彼は言う。

「家族は何も言ってこないのかな?」

「祖父にも姉にも、そのことが知れるとよく怒られました」

「お爺さんは道場をやっているのですね。ドリスデン君も続けているのかな?」

「大学進学を機に故郷から離れたので実戦や稽古から離れています。今は型などの反復くらいです」

「そうか。正義感が強いのは悪いことではないが、それでは君自身も心身ともに傷付くことになるだろう」

「オレ自身はかまいません。それに周囲に迷惑をかけたことも済まないと思っています」彼は深々と頭を下げる。「それでも他の人の想いや気持ちを踏みにじる行為は許せませんし、守りたいです」

「その信念は嬉しいと思うけれど、君のその手は人を殴るためにだけある訳でないだろう? 指先を痛めたら仕事にも支障が出るだろうし、その手は家族や愛すべき人に触れるためにあるのではないかな?」

「そ、そうですね。ありがとうございます」

 説教じみた言葉ではあるが、彼には伝わったようで少し驚いた声が返ってきた。

 根は素直なのかもしれない。こういうことは直接会って話をしてみないと分からないものである。

「君の行為は褒められたことではないけれど、社会人としては信じるに値するものだと感じました。ただ無茶はしないように。君がそれらのことで傷付くようであれば、周りの人も心配するだろうからね」

「気を付けます」

 少しだけれど鼻をすすったように口元が動いているようにも見えた。

「?」

 私の顔に疑問符が浮かんでいることに彼は気が付いたのだろう、彼は少し打ち解けたように恥ずかしげに頭を掻きながら口元に笑みを浮かべる。

「すいません。そんなことをオレに言ってもらえるとは思わなかったので、恥ずかしいやら嬉しいやらで……なんといいますか、あまり人に話せることではないんですが、感情の起伏が激しいところがありまして、感情移入してしまうと涙もろくなってしまうんです」

 どうやら無精して前髪を伸ばしているのではなく、特に涙もろいところを見られたくなくて隠しているのだというのである。

 もっと荒っぽく粗暴な面があると思っていたから驚きだった。それに彼が私を信頼して話をしてくれたのであればそれは嬉しいことでもある。

「さて、話を元に戻そうか。ここにドリスデン君を呼んだのは、異動の内示でもあります」

「やっぱりどこかに出されるのですね」

「出すことはありません。現在の場所に新事業部を立ち上げることになります。パーンには聞いていませんか?」

 少し大げさに彼は首を横に振った。どうやら本決まりの方向に動いていても本当に誰にも何も話していないようだ。

 自分で人選した人にくらい話をしていてもいいようなものなのにと、呆れた……。

「下駄を完全に預けられてしまったのでしょうかね。とりあえず、まだ先のことになりますし事業内容も固まっていませんが、ドリスデン君の意向も聞いてみたいと思ったのですよ」

「はあ……メンバーは決まっているのですか? 規模とかは?」

「先ほども言ったように事業内容はこれからです。現段階では開設作業を進めているだけですが、メンバーは四人です」

「ずいぶん少ないですね。パーンとオレと、あとは? それに誰が統括するのでしょう? オガワさんというわけではないですよね?」

「私も参加しますが、総括するのはパーンになります」

「本当ですか? 子会社ってわけじゃないしオガワさんは何もやらかしていないのに降格じゃないですか。それにオガワさんは何をするつもりなんです?」

 驚きのあまりか彼の言葉遣いに素になっているのが少しおかしかった。

「パーンのフォローもしますが、私も技術職ですよ。ドリスデン君、よろしくお願いします」

「それは驚きです」

 ドリスデン、いやノルディック君は私の差し出した手を握りしめると、更に強く熱く握り返してくるのだった。なかなかの熱情を持っているようである。

「あと一人は、シュルド・アルベイラー君です」

「えっ、シュルドさんもですか? それは嬉しいし、頼もしいですね」

「おやシュルド君が苦手でも嫌でもない?」

「確かに癖の強い人ですよね。初めて会った時は仕事もしなくて嫌な奴だと思ったし、好きになれそうにないと思いました」

「そうなるよね」

「でもぶつかってみたら、腕は確かだし、信頼できる人だと分かりました」

「シュルド君をそう思ってくれているのなら、よかったよ」

 パーンもその辺りの人選は考えているのかもしれない。

「それにシュルドさんは、今はオレの師匠でもありますからね。プログラミングからシステム構築、マルチタクス操作技術など学生だった頃に教授に師事していた以上に色々と教えてもらっています」

「彼ほどのS級はいないだろうからね」

 そのために私自身が目を付け、他社から引き抜いたのだから。

 とはいえ性格だけはどうしようもなく不向きな人が多いのだろう。どうしても孤立しがちでシュルド君が所属していた部署からは苦情が絶えなかったのも事実である。

 ようやくシュルド君の苦情が上がってこなくなり落ち着いたかと思ったらあの不祥事だ。痛ましいことではあったが、それがいい方向に転ぶことを新事業には期待したいと思うのである。

「ノルディック君はパーンのことはどう思っているのかな?」

「パーンですか。それは難しい質問ですね」

 腕組みすると彼はうなり声をあげる。

「そんなにかい? 嫌っているようには見えないが」

「まあ、あいつが部長になっても今の関係性は変わらないと思いますが……、あいつのあの行動力と性格でしょう。仕事上の付き合いはそれなりですが、先が読めないというか、掴みどころがないというか、一筋縄ではいかないんですよね。オレよりも年下なのにどうも人生達観しているような節もあるし……」

「あ~、そういうところがあるね」

「オガワさんもそう思うでしょう。気を許してくれているのかは分からないけれど、よくあいつにはからかわれますしね。年相応な表情を見せたかと思うと、人を食ったように突拍子のないアイディアや過程の分からない結論を導き出すし、本当に理解に苦しみますよ。確かにチビだけど年齢詐称しているんじゃないかってくらい大人びた思考を持っているし、あいつは本当に十三歳なんですかね?」

「もっと幼かったころからそういう感じだったからねぇ」

 彼の感想に私はしみじみ頷くしかなかった。

「パーンのことを知っているんですか? オレの方からも訊きたいですよ。どうやったらあんな性格に育つのか」

「両親はともに仕事が忙しかっただろうが、家庭環境は申し分なかったとみているけれど、何かしらの転機があったんだろうと思うしかないよね」

「そうですか。理解しがたいですが、オレのことは分かってくれているようだし、あいつには食らいついてでも一緒にやっていきたいと思いますよ」

「頼もしい限りだ。よろしく頼むよ」

「頼まれなくったってやりますよ!」

 彼は苦笑しなからも頷き、差し出された私の手を取ってくれた。

 こうして絆が出来上がっていくのだと感じると、私は四人ではあるが、より良き方向に新事業立ち上げのスタートが出来ると確信したのである。


 開発部第三課の棟は本社ビルから少し離れたバナスシティの郊外にある丘陵地帯に建設され、百人規模の開発研究要員が働いていた。

 第三課が廃止されるとなった今は、広大な敷地内で行われていた研究施設の建設も止まり、人員も残務処理で残った三人しかいない。

 ジプコが社運を掛けて開発した超高性能コンピューターが収まる『電算室』は空調が効いていてやや肌寒さも感じるほどである。

 極寒の惑星ティーマにジプコが本社を構えたのは、天然の冷却システムがあるからだとも言われていた。広々とした電算室の片隅に置かれたディスクでパーンが仕事をしているのをノルディックは見つけると、気配を忍ばせてパーンの背後に回る。

 しばらく腕組みをしてノルディックは彼の後頭部を睨みつけているとパーンは「後ろにぬりかべがいる~」彼は後ろを振り駆らずに身を縮込ませたフリをする。

「オレは妖怪かよ」

「ぬりかべじゃ無かったら、ぬらりひょんか海坊主」

「人類にしたくないのか、オレを?」

「そんなわけないじゃないですか」空々しい口調でパーンは言った。「ただこの圧迫感を何とかしてほしいかなと」

「気にするなオレが睨みつけているだけだ」パーンの後頭部を睨みつけながらノルディックは言う。「人事部長に呼び出されたときには冷や汗が出たんだぞ。意に沿わない部署や他星系への見せしめの左遷辞令だったら最悪『辞表』を出すことも考えたんだからな」

「なるほど、単語の意味を調べる本を出そうと」

「それは『辞書』な」

「じゃあ、空や宇宙から下を見ると」

「『地表』だ! わざわざ対話室でホログラフィーでも見ようっていうのか?」

「ノルディックならやってくれるかと」

「ねぇよっ!」大きなため息とともに頭を抱える。「こういった会話に付き合いたくないんだがなぁ」

「ノルディックなら分かってくれると思って」胡散臭い晴れやかな笑顔を向けてくる。「そうですか、それにしても良く分かりましたね。ぬりかべが妖怪だなんて」

「ゲームのキャラメイキングや設定作りに必要だと思ったからな。古今東西の神話や伝承 伝記を読みふけったし調べまくったよ。さらには歴史書にまで興味がわいてしまったからな。詳しくもなる」

「さすが凝り性ですね」

「どの口がいうか、お前だってそうだろう? 気が付くと仕事と関係ないのに資料を集めたりしている」

「知らなかったことを知るのは楽しいですからね。それより立ったままだと仕事にならないでしょう」

「問題ない。サイバーグラスでの操作と空間キーボードを試しているからな」

 視線によるキーボードの操作は理解していたしやり方も分かっている。ただマルチタクスはまだ教わったばかりで慣れていない。ノルディックはシュルドに教えてもらった通りに使いこなそうと懸命だった。

「そうですか、頑張ってください」

「それで、どうして人事のことや新事業のこと話してくれなかったんだ? この様子だとシュルドさんにも言っていないだろう?」

「確定したら話そうかなと」

「嘘付け、どう見たってオガワさんに丸投げだったぞ」

「バレましたか」楽しんでいる口調だった。「オガワさんとお会いしてどうでした?」

「『仏のオガワ』っていう噂は本当だったな。ちゃんと自分の目で判断してくれる。オレの評価も悪いものではなかったし、何より親身になって諭されたよ」

「諭されて泣けてきましたか?」

「そりゃあもう良い言葉だったからなって、何で知ってるんだよ!」

「それはノルディックですから」

 からかわれたことが分かるとノルディックは悔しそうだった。

「まあいいや、シュルドさんは?」

 ノルディックはパーンの前に回り込み机の上にキーボードとモニターを展開する。オガワと二時間も話し込んでいたせいもあるが、まだ今日の分の作業が終わっていなかったのである。

「もう仕事は終わらせていますよ。コアタイムさえ守っていただければ、今は自由ですから」

「パーンがそう決めたんだろう」

 午前十一時から十五時までのコアタイムと仕事時間さえ守ってさえいれば、始業と退社時間は自由にすると言っていたのはこの場の残務処理を取り仕切るパーンだった。

「ちゃんと仕事が終わっていれば問題ありませんよ」

「それは分かっているけれどあの仕事量だぞ。なんてスピードだよ」

「見習いたいですか?」

「今のオレじゃ無理だよ」

「諦めが早いですね。ノルディックらしくない」

「知れば知るほど奥が深すぎるんだよ。あの人は」頭を抱えため息をつく。「最初にシュルドさんを見た時には、仕事もしないで何さぼってんだと思ったのに」

「まあ片手に雑誌、椅子にふんぞり返っていましたからね」

 誰もあんな状態で作業しているとは思えない。

「左手で空間端末叩いていて眼鏡サイバーグラスでプログラムして雑誌からの情報を読み解くなんてこと普通出来やしない」

「シュルドさん本人はその方が手っ取り早いなんて言っていますからね」

「あの時の仕事プログラムを後で見せてもらってけれど、神業かってくらい達人の領域に入っていて、心底震えが止まらなかった。シュルドさんは独立した脳を五つくらい持っているんじゃないのかって思ったな」

「まあ足や口でもプログラム組めるって聞いたことありますし、サイバー空間のように脳を可視化できたらシュルドさんの思考も理解できるのでしょうね」

「お前の頭の中と同じで理解不能だ」

「そうですかね」

「パーンの場合は、結論は良いとしてどうしてそこに行きついたかの過程が説明されても理解できないし、さらに言えばどうして思いついたかというきっかけも、その行動力も分からないことの方が多すぎる」

「それは困りましたね」

「今回だって、パーンがトップなんだろう? 今までのお前だったら、そんなの気にしていなかったし、勝手気ままに動ける方が良かっただろう」

「なんででしょうね。ただ思いついてしまったのと、その方が面白そうだからでしょうか」

「……」

 他人事のように言うパーンにノルディックは眼を細める。

「どうかしました?」

「なんかオガワさんに仕事押し付けて勝手やりそうな気がしてきてな」

「そんなことするわけないじゃないか」白々しく笑った。

「勘弁してくれよ。そんなことされたらシュルドさんの毒舌がオレにも回ってくるんだからな」

「いつも思いますが、よく手が出ませんよね」

「腹立たしくはあるけれど、言っていることは理にかなっている。技量や知識に裏打ちされているから、ただの罵詈雑言とは違っている」

「信頼に値するからこそ、頭を下げてでも教えを乞うのですよね」

「まあ、毒舌はきついし、シュルドさんのようにはできないけれどな。いつかは追いついてやる」

 ノルディックは机の下で拳を握りしめる・

「なんやかんやで面倒見のいい人ですから大丈夫ですよ」

「お前もな」

「そうなんですか?」

「そうでもなけりゃオレやシュルドさんとやろうなんて思わないだろうしな。それでシュルドさんはもう帰ったのか?」

「ちゃんと自分の分の作業だけは終わらせていましたよ」

「あのデータ量をかよ。相変わらず早すぎるな。訊きたいところがあったけれど、これは明日でいいか」仕事はたまるが仕方がないとノルディックは思った。

「手伝いますよ?」

「お前の分だって、まだ終わっていないんだろう?」

「じゃあ、お互い徹夜しましょう」

「パーンとかよ。お前、家に帰らなくていいのか?」

「特に問題ないです」

「呆れられているのか、見放されているのか……、まあオレが気にしても始まらないか」

「すいませんね~」

「それで新事業は何をやるつもりなんだ?」

「ノルディックに最初は任せますよ」

「はあっ! なんでオレなんだよ? パーンがやるって言いだしたんだから何かアイディアがあると思ってたんだぞ!」

「その案がこれですが? ノルディックは考えていることがあるんでしょう?」

「したり顔で言うなよ……まあ、あるにはあるが」

「ならそれで行きましょう」

「いいのかよ? オガワさんからは実績を上げると聞いたんだぞ」

 どこまで見抜いていたんだよとノルディックは呆れ顔だった。

「そのつもりで思いついたので。それで何がやりたいですか?」

「だったらまずはアプリゲームから行こうぜ」

「どんなゲームなのですか?」

「そりゃあスカッとするシューティングゲームだよ」

 大学の時から温めていたゲームがある。

「いいですね」

「楽しませたいし、夢を見てもらいたいからな。本当はもっと壮大なシミュレーション系のゲームにしたかったけれど、発展させることは出来るだろうし、最初は誰もが楽しめるものから始めて行こう」

「いいゲームが出来そうですね」

「本当にいいのか? 会社としての事業だぞ?」

「採算度外視なんてしませんし、私利私欲でただやりたいように好き勝手やる訳ではありませんよ。低予算であってもちゃんと売れるものに出来ると分かっていますから」

「未来を見てきたような達観した言い方が良く出来るよな」

「分かり切ったことですからね」

「ああそうかよ。どんなもんになるか期待してくれ、今更止めるなんていうなよ」

「全面的に協力しますよ。企画書を出してくださいね」

「了解」

 さらに仕事が増えたと思いつつもノルディックは楽しそうだった。

 ここからのちに大ヒットした戦略シミュレーションゲーム『宇宙鋼神グランダー3』の基礎とも言うべきアプリゲームがスタートしたのである。


 仮想空間の空が今日も惑星テラの時間に合わせて茜色に染まろうとしている。

 この空間でも個々に雨が降るようにも設定できるが、陰鬱な気分になりたいわけでもなくノーマル設定で問題はなかった。

 ノルディックはこの日、自分の方が待ち合わせ時間から遅れてしまっていたので、四阿から少し離れたところでログインし、彼女の姿を探す。

 肥大化した夕日の中で影を伸ばしながら、彼女は茜色の空を見つめハミングしていた。

「ああ、懐かしいな」

 出会った時から何度も聴いているメロディだった。

 あの時初めて出会った頃の彼女は大学のはずれある崖の上で膝を抱えながら、悲しい目をして歌っていたのを今も鮮明に覚えている。

 芝草を踏みしめながら大股に歩いていくと、しばらくして彼女も気付いたのか、顔を輝かせ振り向いてくる。こぼれるような笑みにノルディックは心が癒される。

「いい曲だな。それに懐かしい」

「覚えてくれていたのね」

「そりゃあ何度も聴いているからな。タイトルは知らないが」

「『ForYou』よ。歌詞はまだ出来ていないけれど」

 彼女はノルディックを指さしながら小声で囁きかける。

「オレへか?」その問いに彼女は微かに頷く。「それは光栄だな。ちゃんと曲が出来たら聴かせてくれ」

 喜びが伝わったようで、彼女は破顔一笑する。

「聴きたく無いと言っても耳元で歌うわ」

「期待しているよ」

 隣に座るとノルディックの肩に頭を預けながら歌うように彼女は言う。

「曲も楽しみだが、いいことがあった」

 ノルディックは新部署と新事業のことを、それこそ身振り手振りを交え楽しそうに話をしていくと、ただ彼女は何度も頷きながら嬉しそうにノルディックを見つめる。あの時と同じように眩しさを感じてしまうのである。

「大学の研究室のようだね」

「あの頃とはちょっと違うかな。仕事であるのはもちろんだし、結果を求められている。資金は潤沢じゃないのはあの頃と変わらないが」

「私が出そうか。スポンサーで」

「無理しなくてもいいし、それをやられたら仕事どころじゃなくなるかもしれない」

「ごめんなさい……でも役に立ちたくて」

「気持ちはすごく嬉しいよ」彼女の頭を撫でた。「潤沢ではないけれど、心強いメンバーだし、きっといいものが出来ると思っているんだよ」

「応援しかできないけれど、頑張って♪」

「それでだ」コホンと咳払いするとノルディックは彼女の吸い込まれそうな漆黒の瞳を見つめる。「今回挑むのはあの頃から考えていたゲームなんだ。音楽はお前に頼みたい。あの頃のようにまた曲をつけてくれないか?」

「い、いいの?」

 花が咲いたような笑みを浮かべてくると、一瞬で彼女の瞳に涙があふれてくる。

「な、何で泣くんだよ」

「だって、だって、嬉しいのよ。あなたの手伝いが出来るのよ」

 顔がくしゃくしゃで美人が台無しだった。

「忙しいだろうし、当分名前は伏せることになるだろうけれどな」

「そんなことかまわない! 絶対にやる。やらせて欲しい!」

 勢い込んで顔を近づけてくる彼女だった。

「おっ、おう。じゃあストーリーとかは後で見せることも出来るだろうから見てくれ」

「楽しみにしている。ありがとう、ノルディック♪」

 両腕を首に回ししがみつくと彼女は微笑んだ。

「感謝するのはオレもだよ」

 気合を入れなおすノルディックだった。



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