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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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風に抱かれて 5-2

 2.情熱の風とともに



 玄関の扉が開いた瞬間、パーンは室内中からの自然の風を感じた。

 身体を吹き抜けていく風は南から吹き付けてくる情熱的な熱い風だった。不思議に思いながらも作法に合わせ靴を脱いでいると、隅にある大きめのサイズのパンプスが目に留まる。

 さらに通路の先の先を見ると部屋の扉の曇硝子から明かりが漏れているのが分かる。

「やれやれ」

 ホーカルは軽く肩を竦めると扉を開けた。

 肌に絡みつくように今度は本当に湿度を含んだ熱風が吹き付けてきた。室温上げ過ぎなのではと思えるほどである。ここだけジャングルにいるような常夏だった。

「おかえりなさい」

 女性は見つめていた端末から顔を上げると大自然を思わせる深い緑の瞳で嬉しそうにホーカルに微笑みかけてくる。小首を傾げると金ではない鮮烈な黄色の髪が優しく揺れた。

 彼女を見たオガワが部屋の入り口で固まってしまう。

 着ている服は胸元が大きく開きタンクトップというよりは腰につけている短い巻きスカートがパレオにも見えるのでビキニ姿といっても差支えがないかもしれない。褐色の健康的肌がよく見えてきれいだった。

 初めて嗅ぐ草の香りがする敷物に座っている彼女からは濃い草木の香りがしてくるようである。

「来ていたんだな。アリエー」

「ええ、マルナズⅡでの仕事が早く済んだので寄らせてもらったの」親しげに笑いかけてくる。「お客様?」

 立ち上がったアリエーは身長が高くプロポーションも良かった。身長は百七十七センチ、サイズは上から八十四、五十七、八十七とパーンは見た。

「そうだ。こちらはオガワさん」

「貴方がオガワさんですか。初めまして。話はよく彼から伺っています。ホーカルがいつもお世話になっています」深々と頭を下げた。「その隣の子はオガワさんの息子さんですか?」

「早とちりが過ぎるぞ」少しきつめの口調のホーカルだった。「彼はパーン。俺が来月異動することになるTDFの部長をやっている」

「パーン・ロス・へメナスです。よろしくお願いします」

「失礼しました」アリエーは慌てて、丁寧に頭を下げる。

「これでこいつがアリエー。俺の友達」

「アリエー・ファムカです。ジプコ第四宇宙域本部でASCをやっています」

 ホーカル言葉に少し寂しさをにじませながらも、アリエーは微笑む。

「こいつ光学器やセンサー系が得意なんですよ」とホーカルが付け加える。

「第四宙域か。ベルファスト君は元気にやっているかい?」オガワは訊ねる。

「本部長をご存じなんですか?」話の中で以前研修で一緒だったと聞くと納得するアリエーだった。「私もお世話になっています。もうバリバリで現場に出ていますので私達も困っています。オガワさんから机に落ち着くように言っていただけませんか」

「今度連絡を入れ見るよ」

 現場が好きなのは相変わらずのようだ。オガワは苦笑する。

「さて、紹介も済んだし、飲みましょう」手を合わせてホーカルは言う。

「じゃあ、おつまみ作るわね」

 勝手知ったる部屋なのだろうアリエーはキッチンに入っていく。

「おい、ホーカル君いいのかい?」小声でオガワが訊ねてくる。「結婚しているとは聞いていないが、彼女ではないのかい?」

 二人はかなり親しげだった。オガワはアリエーを見て一気に酔いがさめたのか、居心地悪そうになってくる。

「違いますよ。友達、友達」素っ気ない返答が返ってきた。

「そうなのかい?」

「かまいませんよ。あいつも酒強いですし」ラックから酒とグラスを出してくるホーカルだった。「あいつが持ってきてくれたんですが、ベルデア産のリキュールですよ」

 箱から出したボトルを掲げるホーカルだった。

「太陽系ベルデアのかい? それは貴重だね」

 アリエーがすぐに氷を持ってきてくれた。テーブルが用意されると敷物にオガワとホーカルは腰を下ろす。

「この敷物はどこのものですか?」パーンが訊ねる。

「これもベルデア産の敷物だよ。アリエーの故郷の草で編んだものだ」

「良い香りがします。優しい感じでいいですね」

「ありがとう」ナッツと切り分けたチーズを置きながらアリエーはパーンに笑みを向ける。

「僕、料理手伝いましょうか?」

「大丈夫だって、あいつもすぐ来るだろうから飲もうぜ」

「未成年に飲ませるのどうかな」とオガワ。

 彼はホーカルとグラスを合わせるとリキュールをロックにして飲み始める。口当たりがよく美味しかった。さらに言えば強い酒だった。

「パーンくらいの年齢だったら、ワインくらいなら水と同じで誰でも飲んでいますよ」

 ホーカルの出身惑星では十代になると親戚中集まりがあれば当たり前のように飲んでいたという話である。

「そういったモラル的なものが出来たのって、人類の歴史からすればわずかな時間に過ぎないじゃないですか、そういうので人を縛るのはおかしいと思うんですよね」

 パーンにホーカルは酒を勧めるのだった。

「まああと五ヶ月過ぎれば成人することになりますが」

 苦笑するパーンだった。

「しかし暑いね」

 オガワは上着を脱ぐと緩めていたネクタイを外し、ワイシャツを腕まくりしていく。

「アリエーは寒いところは苦手なんですよ」

 ホーカルは馴染んでいるのだろう隣室で着替えてくるとТシャツと短パン姿になっている。

「すいません」アリエーは申し訳なさそうだった。「私の出身は高温多湿な星ですので、どうしても室温調整するとこうなってしまうのです」

「電気代のことは言わないけれど、そんなに嫌ならティーマになんて来なければいいだろう」

「だって……」上目遣いにアリエーはーホーカルを見る。

「寒いよりは暖かい方が良いですよね」パーンはホーカルとアリエーの気持ちを知ってか知らずかは分からないが、その場を取り繕うように彼女の言葉を遮るように言うのだった。

 彼は暑いのにもかかわらず背広は脱いでいない。急激な温度変化も気にしていないようだった。

 機先を削がれたようにホーカルはグラスを一気に空ける。


「アリエー君は太陽系ベルデアの出身なのかい」オガワは好奇心から訊ねてくる。

 ベルデアはテラ固有の文化を守る太陽系国家として、さらには銀河連邦に参加する太陽系としては最小の国家としても有名である。

 バラエティ番組や紀行番組がよく取り上げていた。

「はい。惑星スクルで生まれ育ちました」

「あそこは交流が少ない太陽系国家だから、こうして惑星の外でベルデア人と会うのは珍しいよね」

「そうですね」アリエーは頷く。「私は異神に魅入られたのですから」

「異神?」

「アリエー、俺は分かるが、二人には説明不足だぞ」

「ご、ごめんなさい」

 強く指摘されたアリエーは慌てて生まれ故郷の説明を始めるのだった。

 太陽系ベルデアは実験的太陽系とも言われている。

 テラの赤道直下のミクロネシア系住民が当時の地球連邦政府の勧めによって移住しているのだが、彼らが崇める精霊は新たなる惑星からも誕生し息づくものなのかを検証しようという試みがなされることになったのである。

 神学者らによる宗教論争にも発展したが、海面上昇などの諸問題から住む場所を追いやられ一万人にも満たない部族が、全員移住し国家を築くことになる。

 宇宙歴百五十九年のことだった。

 太陽系ベルデアは六つの惑星があったが、開発されたのは移住した住人たちの希望に沿って独特の植生が発見された第二惑星スクルだけで、都市と呼べるものは作られず集落がいくつか赤道上の五つの大陸に存在するのみである。まとめ役として部族長はいるが、政治に関する組織形態は存在しなかった。惑星スクルは大地にはテラから持ち込まれた動植物や木々とスクルで自生していた緑が共存する形で大陸中を覆うことになる。水の青と緑が美しい自然のままの星と紹介されている。

 これは住人達が大地と自然とともに生きることを選んだ結果ともいえる。

 惑星改造から二世紀が経つがまだ人口は十万にも満たない。他の太陽系との交流は少なく住人の九割は純粋に祖先の血を引く者達である。

「変な星だろう?」ボーカルは言う。「まず人的交流はほとんどなく。人もほとんど出ていかなければ、受け入れることも少ない。銀河連邦には所属しているが、これは鎖国に近いよな」

「そうした決まりはないのですが」アリエーは恐縮しながら言う。

「お祭りの時はニュースにもなったりもするし、特集も組まれている時があるよね」

「あります。あります」アリエーはオガワに頷いた。「私もインタビューされたことがありました。特に今年は地誕二百年ということもあり、盛大に執り行われましたので」

「これまでよりも凄かったってことか?」

「そうなのよホーカル。一般の方々にも開放されて精霊祭は一日長くなりました。私も準備と族長会議に出席するための打ち合わせで有給すべて使ってひと月休みをもらうことになってしまいました」

「よくそれだけまとめて有給がとれたものだね」とオガワ。

「本部長は私の立場も分かってくれていますから、温情もあったと思います。休暇から戻ると馬車馬のように働かされていますから」

 苦笑するアリエーはどうやら様々な太陽系に派遣されていたらしい。

「労基に反していないだろうな?」

「もしそうだったらホーカルを頼っていたわよ」少し身を縮こませながらアリエーは眼をそらして答えていた。「ハヴィラダへ祈祷は二日間、精霊使いにとっては不眠不休の祈りでありますから私達は大変です」

 オガワとパーンにアリエーは説明する。祭儀の場で一族の民が総出で歌い踊るのだそうだ。

「カーニバルほどの派手さはないけれど、一族を上げての祭儀というだけあって見ごたえはあるな」見てきた感想を述べるホーカルだった。「一度アリエーに招かれて見に行ったことがあるけれど、神託を得た時のシャーマンは凄かった」

 祭儀の場で千人もの人々が精霊使いとともに祭儀の場で踊るのである。

「身を痙攣されて絶叫する方もいますからね」アリエーは苦笑しながらも胸に手を当てる。「この星で信仰されているが精霊八柱であり『ハ・ヴィ・ラダ』となります。私もその精霊使いを務めています」

「まあシャーマンというのは原始の信仰から生まれた巫女さんだよな。こいつの星は本当に原始的なんだぜ。鉱工業は全く無し、国家の通貨もない。すべて自給自足でさ」

「失礼な。ライフラインはしっかり通じていますし、ネットも銀河系中と綱がっていますよ。鍛冶職はありますが、巨大なビルや煙突が存在しないだけです」アリエーは口をとがらせる。

 故郷を誇ってのことだろう。

「農具を作る鉄鉱石だって手掘りだろうが」ホーカルは揶揄する。

「私が野生児なのは認めますけれど、皆の暮らしを悪く言うことは止めて、何度も言っているでしょう。私達は祖先の行いに倣っているだけです」

「分かっているって」ホーカルは素っ気ない。

「手作り工芸品やお酒も有名だよね」オガワは上手そうにリキュールを空けながら言う。

「ありがとうございます。手工業とともに私達が銀河系に誇れる品です」アリエーは本当に誇らしげだった。「本来、私のような精霊使いはスクルの大地から離れることはありません。ですが私は外の世界を見ろという異神の天啓を受け故郷スクルを離れ、ここにいます」

「だから説明が抜けているって」ホーカルは呆れる。「異神ていうのはまあピエロみたいな精霊で、悪戯や人を惑わせることをするらしい。まあ推察するに人を誘惑したり疑心暗鬼にさせるところから生まれたんじゃないかと思うね」

「なるほど面白いね」オガワが言うとパーンも頷く。

「精霊使いでしたら、舞い歌うこともしているのですか?」

 パーンが興味津々に訊ねてくる。

「そうですね。異神のことも含めて『神承』説明した方が良いのかしら?」

「是非」パーンは食い気味に答えた。

「本来踊りながら歌うものですが、場所を取りますので歌だけにします」身体全体を使った激しい踊りにもなるとアリエーは言う。「本当はドラーンやカルがあればいいのですが」

「ドラーンは太鼓でカルは横笛だな」ホーカルはため息をつく。「ドラーンの代わりは俺がやってやる」

 隣の部屋から四角い木製の箱を持ってくる。三つの面には大きさの違う穴がそれぞれ開いていて、ホーカルは胡坐をかくと足の間に置いた。

「こんなテンポだったよな」

 両手で木箱を叩くとリズムを刻み始めた。アリエーは嬉しそうに頷くと、居住まいを正す。そして彼女は歌い始めた。



  ハ・ヴィ・ラダの話をしよう。集いし精霊柱たちの。

  御柱は空と星々を生み出し偉大なる英雄 万物の祖 カダナ

  カダナは天と地を支える御柱だ。世界を統べる

  地を耕すは大母柱アリデラム 我らに富をもたらす

  命と死を天秤にかけるはヴェノダーム 死を司る神は闇に舞う

  風を吹かせ 鳥を呼べ 英知を伝えよ

  風の柱ナディスは天高く飛び我らを見つめる

  海を渡り 天候をもたらすは魚の英雄で有り柱 ピオネール

  川と雨よ 水は命の素 双頭たるは豊穣を約束せし虹の柱

  雨と豊をファルディアスへ

  この世の災厄と大罪を歌うは異なる神柱ウィンディギルト

  涙で顔を曇らせ空を踊る

  ハ・ヴィ・ラダよ 地平の彼方に望むは 常しえの世か

  我らが王たる精霊の柱よ 共にありて見守りたまえ



 独特の曲調に張りのある強い歌声が響き渡り、歌が終わるとオガワとパーンは目一杯拍手していた。

「すごかったです心に響いてきます」

「私達にも分かる言葉だったね」

「これは銀河標準語に訳されたバージョンです」アリエーは微笑んだ。「祖先の言語で歌うと観光客の方には分かりませんので、精霊使いの中には観光客に披露するために、銀河標準語で歌える人もいます」

 彼女はその言語を少しだけ披露してくれる。パーンもオガワもうまく聞き取れなかったが、住民の大半はこれを公用語として使っているというのである。

「なるほど。そういったことをされる方もいらっしゃるのですか。面白いですね」

「歌った後に説明するもの、訳を聴きながら曲を追うのも大変ですから」アリエーは言った。「一世紀ほど前に偉い学者様が標準語に訳してくださったのが元とされています。『神承』は九十八の詩が存在し、それぞれの精霊柱のエピソードが語られていくことになります」

「それを二日がかりでシャーマンは歌い続けるわけなんだよな。物語を語り終えるとその場で意識を失うシャーマンもいるほどだった。まあ姿見は今のアリエーみたいな格好ではあるがな」ホーカルは苦笑する。

「アリエー君はいつものその格好なのかな?」

 オガワは目のやり場に困りつつ言った。

「こいつ薄着が好きなんですよ」恥ずかしげなアリエーに変わってホーカルが突っ込みを入れる。

「暖かい星の出身だから、寒いのに慣れていないだけだよね?」オガワがフォローをいれる。

「セーターとか厚手の服が嫌いなくせしてな」

「スクルは胸元と腰を覆うだけでよかったのよ。厚着なんてしたことがないの」アリエーは力説する。「だってだって毛糸で出来た服とか合成繊維は特にダメなんです。肌にチクチクするし、鳥肌が立つような変な感触があるのよ。仕方がないですよね?」オガワやパーンに同意を求めてくる。「こうしているとあられもないとか、はしたないと思われるかもしれませんが、本当に嫌いなんです。肌に合わないんです。そういった厚手の服と厚着が」

 重ね着している自分を考えると身震いし心底嫌そうにアリエーは言うのだった。

「原始的な古代の人なら乳すら覆っていなかっただろうけれど、今は宇宙世紀だぞ。文明人以下の下着だけ見たいな姿見はどうかと思うが」

「ホーカルの意地悪」顔をしかめながらホーカルに舌を出した顔を向ける。

「俺は一般論を言っているだけ」

「人それぞれですから、気になさらず」

「ありがとうパーン」

 パーンの言葉にアリエーは嬉しくて、彼はアリエーの胸元に引き寄せられると、強く抱きしめられた。

 思った以上に彼女は力が強く、さら肌は弾力があるとパーンはアルコールが入っているのにも関わらず冷静に分析するのだった。


 深夜になっても酒宴は続いたが、思いっきり酔っぱらっていてもオガワには帰省本能があるようで、自宅に戻ると言い出した。

 パーンもそれに合わせて帰ろうかと思ったが、ホーカルに引き留められてしまう。

 なんでだろうと思いつつも、そうした方がよさそうだったので、彼は残ることにした。

 ホーカルは端末からエアタクシーを呼ぶと、オガワとともに部屋を後にする。

 二人が外に出るとパーンの予報通り、今は止んでいたが再び雪が降ってさらに積もっていた。

「寒いですねぇ」

「まだまだ寒さは序の口だけどね」

 薄着の上にコートを羽織っただけなのでなおさら寒いだろうとオガワはホーカルを見て思う。

「長い長い冬の始まりですからね。でもこれだけ雪が積もるのも、風季には珍しい」

「なあホーカル君。彼女に冷たすぎやしないかい?」

「そうですかね」

「寒いのが苦手だっていう彼女が、わざわざ来てくれているのに、彼女の気持ちを汲んでもう少し優しくしてあげもいんじゃないかい」

「分かっていますよ」

「ホーカル君らしくない」彼はもっと気配りができる人間なはずである。「分かっているのなら、」

「アリエーが俺を好いてくれていのくらい分かりますよ。俺だってそうですから。すぐにでも抱きしめてやりたい、あいつは抱き心地がいいですよ。いい香りもするし本当に肌がすべすべしてシルクみたいなんです」

 腰の両脇で手を広げ、ホーカルは力説してくる。

 両想いなのは分かった。のろけ話でも聞かせられるのかとオガワは思ってしまったが、実はそうでもないらしい。

「でも、ダメなんですよ。あいつが俺と一緒になるなんて」

「なぜ? 今の時代に制約なんてほとんどないだろう。それともなんかあるのかな?」

「あいつが精霊使いなんですよ。しかも飛び切り上位のです。アリエーは口にしませんでしたが、次の最上位を継ぐ予定だとされているそうです」

 精霊使いは族長や長よりも上位の存在だと、ホーカルはアリエーの家族から教えられていた。

「アリエー君の家族とも会っているのか?」

「精霊祭に招待されたこともあり、遠慮はしたのですが無理やり引き合わされました」

「相手側の反応は悪かったのかい?」

「通過儀礼みたいなのものなんでしょうかね。飲み比べと向こうのスモウにも似た力勝負を挑まれましたよ。どちらの勝負に勝ちましたけれど」

「好印象を得たのなら、問題ないだろう。アリエー君の地位とかそんなのを気にしているのかい?」

「本来、精霊使いは、特に上位になればなるほど惑星の外に出されることはありません。あの星の閉鎖性は知っているでしょう? 次期最上位であればその血は守らなければならない」

「今の時代、そこまで気にすることなのかい?」

「あいつは大事に育てられたのにもかかわらず、かなり無理言って惑星を出てきたんです。どれくらいの期間か分からないけれど、あいつは絶対にスクルに家族の元に戻らなければならないんですよ。スクル以外で他星系人と結婚なんてしたら、アリエーに故郷を捨てさせることになってしまう」

「そこまで?」

「そこまでなんですよ。アリエーとスクルの大地との繋がりは」

「で、では、彼女に着いていくのは?」

「移住も考えましたけれど、ちょっと無理かなぁ。あいつの実家に泊めてもらいましたが、家族で雑魚寝。電気もネットも確かにありますけれど、それは必要最低限の利用でしかなく日の出とともに起きて日の入りとともに寝る。本当に自然とともに生きて暮らしているんです。重機もなく人の手で耕して開墾しているんです……」

「聞いてはいたけれど、極端な例かと思っていたよ」

「やらせでも何でもありませんよ。俺がもし馴染めなかったら、あいつが気にするだろうし」

「アリエー君ならそうだねぇ」

「移住審査も厳しいそうですよ。排他的ととれるほどに」

 なるほど色々と考えてはいるようだ。

「あいつが俺の元に来る分には拒みませんが、俺からアリエーに会いにはいきません。それで愛想をつかされた方が気が楽です」ホーカルはポツリと言った。「それに、あいつ泣くんですよ」

「な、泣く? ホーカル君が泣かせたのかい?」

「泣かせたかった訳ではありません。両親のことを夢で見たらしくて、故郷から遠く離れていて友達すらいない場所で寂しかったんでしょうね。あいつと初めて会ったのはアリエーがまだ十六歳の時です。通信教育で大学課程を修めたとはいえ、まだ十代だったんです。心細いですよね。あいつと飲みに行った時に、あいつが両親の名を呟きながら、ポロポロと涙を流して泣き出すんですよ」彼女よりひとつしか年上でしかないホーカルは頭を撫でて背中をさすってしかやれなかった。「その時の俺は彼女の面倒を見なければ、支えてやらなければと思いましたけれど、それから数年経ってまた泣かれたらどうです? 二回もですよ。二回も!」

「それは大変だったと思うが……」

「それだけ家族と故郷を想っているアリエーを引き離せる訳ないでしょう」

「分かった、分かった。落ち着こうなホーカル」

「あいつはこんなオレでも好いてくれているようですが、俺からは無責任に結婚しようだなんて言えません。それに二回目に泣かれて以降、俺はあいつへの距離感が良く分からなくなっているんです。確かにあいつのことは好きですし、優しく甘えさせてあげたいけれど、あいつの将来を考えるとどうしても踏み込めないんです。俺ではない方がアリエーは幸せになれるんじゃないかなって」

「辛くなるのも分かるけれど、それでも少し優しくしてあげないとな。どうなるにしても後悔だけが付きまとうことになるぞ」

 言葉が堂々巡りそうだったので、そういってオガワはホーカルの右腕を軽く叩くと、待たせていたエアタクシーに乗り込むのだった。

「後悔なら、もう山のようにしていますよ」

 酔った勢いではあったが、人に話を聞いてもらえて少しはすっきりしたホーカルだった。それでもどうしていいのか解決策を見いだせないのには変わりはなかったが……。


 ホーカルとオガワが出ていくと、アリエーは立ち上がりキッチンに向かう。そして戻ってくると冷えた果実の飲み物が入ったグラスを持ってきてくれた。

「スクルのサワーソップやマンゴーから作られているの。美味しいわよ」

「ありがとうございます。あの、僕、お邪魔じゃないですかね」

「パーンは優しいわね」

「優しいとかではなく、二人は恋人同士なのでしょう?」

「そうね。私はそう思っているけれど、ホーカルはどうなのかな。優しくしてくれるけれど、最近どこかに壁があるような気がするの」

 友達だと冷たく言われてしまうと、寂しく感じてしまう。最近はデートらしいデートをしていない。

「口調が厳しかったりしていますものね」

「私の思慮不足だし、至らないのは事実なの」アリエーは苦笑する。「未開の文明人だったのよ、私は。スクルだけで人生が完結するならそれでもよかったけれど。私はスクル以外の生活を知らないで来たから分からないことだらけなの。星を出る前に学習はしたけれど、箱入り娘なのよね」

 片眼をつむり申し訳なさそうに手を合わせてくるアリエーだった。表情は四人でいた時よりも豊かで、今は大柄なのに体を縮こまらせているのが愛らしい。

「だからかな。スクルを出てすぐに両親が恋しくて寂しくなってしまったし、自然や精霊と一緒でないことが苦しくて、ホーカルの前で泣いてしまったこともあったわ。彼には迷惑ばかり掛けている」

「ホーカルを信頼しているからこそ、自分を出せたのでしょう?」

「パーンは本当にまだ十四歳なの?」目を丸くしてしまう。「私よりも大人びた話をしてくるわよね。本当に……決心して星を出たのに、こんな私だからホーカルに愛想つかされてしまっているのかな」

「落ち込まないでください。そんなことはありませんから」

 ASCはアフター・サービス・カウンターの略でその出張社員をしているアリエーは通信機などのシステムの修理だけでなく、メンテナンスや製品のバージョンアップなども手掛けていて、営業的な役割までになっている。技術もだけれど気配りもなければできない仕事であった。

「あら嬉しいことを言ってくれるわね」アリエーは自然にパーンを抱きしめていた。

 そのことに気付き驚いてもいた。

「どうしたたんですか?」

「私ね。人と触れるときでも厚着する時と同じように、服越しであっても触れるとゾワゾワしてしまうことが多いの。人によっては近くにいるだけでもダメだったするのよ。それがパーンとは何でもないのだから不思議ね」

「家族ともですか?」

「スクルの人達は全員問題ないと思う。ハグしても気になったことがなかったから。放送スタッフと握手した時にも何度か嫌な気分にもなったけれど、たまたまだと思っていたら、こうして星系外で暮らしてみると肌に合う人が少ないことが分かってきたわ」一生懸命になってアリエーは自分の感覚を説明してくれている。「一番の抱き心地はホーカル。彼に抱きしめられていると癒されるし、心が休まるわ」

「なるほど、アリエーとホーカルは息がぴったりでしたね」

「そうね。彼にドラーンを教えたこともないのに、一回聞いただけで覚えてしまうのですもの、凄いですよね」

「それも凄いですが」話した意図とは違っていたが、そのまま続けことにする。「演奏と歌がぴったりマッチしていることです。長いことやっていないと、ああはなりません」

 まさに阿吽の呼吸だった。

「私とホーカルが初めて出会って五年になろうとしているけれど、一緒にバンドにいたのは一度きりだったわ。彼の星の音楽の祭典でね、アマチュアもプロも街のストリートや様々な場所で演奏して歌うの。私は臨時でボーカルに呼ばれたのですけれど、楽しかったわ。人前でハヴィラダ以外の詩を歌うのは初めてだったし、演奏を聴きに来てくれた人たちから拍手を受けたのも嬉しかったな」

「もっとバンドをやりたかったのでは?」

「そう思ったけれど、ホーカルはしばらくすると仕事と組合活動が忙しくなってバンドも解散してしまったし、こうして会えるのも年に二回もあればいいかな。職場も離れているし、私もこうして第四宙域を飛び回っているから」

「うまくいかないものですね」

「そうだね」アリエーはパーンを見つめる。「明日、三人で遊びに行かない?」

「二人で行かないんですか?」

「私だけで誘うと部屋から出ないで、そのまま何もしないで終わってしまいそうなの」

 会話もほとんどなく趣味の三次元クロスワードをやり込んでしまいそうだとアリエーは言う。

「私を助けると思って」

 アリエーはパーンに祈る。

「いいのかなぁ」

 パーンは少し目を細めた。濃いとび色の瞳が真っ直ぐにアリエーを見つめてくる。

 抱きしめた感触もだが、パーンのオーラのようなものは不思議なものに思えてくるアリエーだった。

「よう、パーン。飲んでるか?」

「飲んでいますよ」グラスを掲げる。

「何だカクテルに変えたのか。まあその方が飲み口はいいか」彼はリキュールをストレートで飲んだ。「何やってんだ。アリエーは?」

「あ~、えっとね」

「アリエーに明日、バナスシティを観てもらおうと思っているのですが、三人でどうですか?」

 パーンからホーカルを誘ってくれているのは物凄く嬉しいことなのだが、先ほどの会話だけで彼女がバナスシティを観光したことが無いことに気付かれたことが恥ずかしくもあった。

「明日か、アリエーは時間大丈夫なのか?」

「四十八時間オフをもらったの。月曜日の九時までにマルナズに着ければ先方との約束の時間にも間に合うわ」

「そうか」ホーカルは考えを巡らせているようだった。「まあいいか、行きたいところはそっちで決めておいてくれ」

 その言葉にアリエーの顔がほころぶとともに、心の中でパーンに精霊柱へ捧げる祈りと同等の感謝の言葉を込めていたのだった。

「さあ呑むぞ!」

 ホーカルはさらにストレートで強いリキュールを空けていく。

「ほどほどにね」

 アリエーはそれを見て酔いつぶれるまで飲む気だと思った。

「程々とは? 加減なんて分かる訳がない。中途半端が一番いけないよな、パーン」

 パーンのグラスに直接、強い酒を注いでいく。

 ホーカルはかなり酒が回ってきているのだろう。いつもにもまして多様な言語で語り掛け、パーンやアリエーを困惑させる。

 ホーカル・ジェイスキンは大学の専門課程を一年で終えると、ジプコに採用されるまでの一年半程の間、銀河系中を風任せに気ままな旅していた。そこで得た文化や知識や覚えた言語が無意識のうちに出てくることがある。何かから解放されたようにホーカルはパーンやアリエーに陽気にほぼ一方的に話を続けたのである。

 無駄な知識と経験だとホーカルは笑ったが、パーンには興味深くとても面白いものだった。

 彼はそろそろ眠気が襲ってきそうになってきたころに、ホーカルが急に静かになり敷物の上に大の字に寝てしまう。

 アリエーはそんなホーカルを軽々と抱えるとベッドへと運ぶのだった。二メートル越えの大男をである。

「すごい」ぼんやりとそれを見ていたが、彼も敷物の上に丸まるように横になる。

「パーンはそこでいいの?」

「たまに床にそのまま寝ていたりしますから、十分です。敷布もいりません。この敷物の感触が良いんです」

 アリエーはパーンの言葉に少し驚きながらも、タオルケットを持ってきてくれる。

 室内温度は変えないようである。

「ありがとう。パーン、明日もよろしくね」

 隣室へと消えていくアリエーを見送ると、微かに残る優しい草木の香りに包まれながら、パーンは眠り付くのだった。



読んでくれて本当にありがとうございます。

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