風に抱かれて 5-1
個人的に大好きなエピソードです。
思い入れたっぷりに書いたつもりですので、お楽しみください。
1.凍てつく風の中で
ティーマで八月は鳴奏と呼ばれている。
季節は湿度が少々高めの秋が終わり乾燥した冬へと移っていく。雨季から再び風季に入り空気は乾き風が吹くたびに寒さが増してくるのである。
命名したのは詩人なのだろうか、空が風で様々な音を奏でたことから、そう呼ぶようにしたと話をしていた。
この日は風が吹いたかと思えば、雨季の残り香か珍しく雪になる。時折横から吹き付けてくるような雪が降り、その猛威に一瞬で街が雪景色に変わるのであった。
パーン・ロス・ヘルメナスが先にレストランを出ると歩道には一センチほど雪が積もっていたが、夜の空には満天の星が広がっていて、遠くから風音が聞こえてくる。
吐く息が白く淡い星々の光で一瞬虹色に染まる。
「雪はあがったんだね」バーリー・リライアント・オガワは身震いしながら夜空を見上げた。
コートの襟を立て握る。
「でも、この晴れ間は長持ちしません。また降りますよ」
空気の臭いを嗅ぎながらパーンは言う。
「お前、気象予報士なのか?」会計を済ませたホーカル・ジェイスキンが最後に店から出てきた。
三人は並んで歩道を歩き始める。
「大気を肌で感じたり、空気の臭いで知るだけですから、ちょっと違いますね」
「お前も面白い奴だな。俺の友達にもそんな奴いるわ」
食事とはいえ酒も進んだ、ホーカルは酔っているせいもあるのだろうか、TDF部長パーンをお前呼ばわりだった。
ホーカルは現在、人事部の要員課に所属していて、去年まではオガワの部下でもあった。今日の飲み会は来月の人事異動でTDFへの異動が本決まりとなったホーカルとパーンを引き合わせるためにオガワが二人を誘ったのである。
「面白いですか?」
パーンがホーカルの顔を見上げると藍色の瞳が見下ろしてきた。
彼の身長は二メートルを十一センチもオーバーしていてとにかく背が高い。高い塔が目の前にあり、立ったまま顔を見ている話をしていると首が痛くなるほどである。
「子供らしくないところも含めてな。今は仕事中じゃないんだもっと気楽に無礼講と行こう。年齢も関係ない。そうでないと息が詰まるしな」
オンオフはしっかりしたいと、パーンのブルーパープルの髪に手を乗せホーカルは笑う。
二人は気が合いそうだなと、顔合わせを企画したオガワは思うのだった。腹の探り合いでもあるかもしれないが、酒の勢いもありホーカルは年下を扱うように気軽に話しかけている。おかげで会食の雰囲気は悪くなかった。
「次、どこ行こうかね」オガワが訊ねてくる。親睦を深める意味もありさらに飲みたい気分だった。
「そうですねぇ」ホーカルは行きつけの店を頭の中で検索する。「天気を気にしないで済むように、俺のマンションで飲みませんか?」
「えっ、良いのかい?」
「一人暮らしですし、珍しい酒も手に入ったんですよ。一人で飲むのももったいないし、オガワさんもどうですか?」
「おっ、それは楽しみだね」
「パーンも来るだろう? いいつまみもあるぞ」
ホーカルはパーンの返事を聞く前にエアタクシーを捕まえていた。
まあいいかとパーンはオガワとホーカルの後に続きエアタクシーに乗り込む。話をするのは好きだしかまわない。その場の雰囲気に合わせて会話することもできる。それでもまだ十五歳になる前の未成年である。ノンアルコール飲料があればいいなと思うパーンだった。
オガワはエアカーを降りると上機嫌になりながら、夜空を見て「ブリザード 風鳴奏し 空鳴らすかな」積もった雪と八月、そして風の音を聞きながら呟く。
「それハイクですか?」
「よく知っているなパーン」感心するホーカルだった。「オガワさんは二ホン文化好きですからね。特にスモウでしたか、錦絵まで描いているのは」
実際に画材を使って描いた絵をホーカルは見せてもらったことがあった。
「相撲は好きなんだよね。プロスポーツとしてネットでも放送はしているけれど、実際に生で観戦してみたいものだよ」しみじみオガワ言う。迫力が違うらしい。
「伝統あるものは味がりますからね」ボーカルは頷く。
「身体と身体ぶつかり合う時の音が凄いそうだよ。そういうのを肌で感じてみたいよね」
「映画館でも臨場感を味わうのは難しいし、ホームシアターとなると本格的に機材をそろえないと叶わないでしょうからね。リアルを追及するのはなかなか大変です」
ホーカルはマンションの入口で認証システムを使って扉を開けると二人をホールの中に招き入れる。
中に入ろうとした時に目の片隅で一瞬黒い影が動き、近くの生垣が音を立てた。
「クルーティン?」パーンは生垣を見た。
「一瞬で視界から消えたから、そうじゃないかな」オガワは言う。「驚かされるよね」
クルーティンはティーマ唯一の固有種で猫のようにかわいらしい姿だが、動きが超素早くて足の腱を切っていないと愛玩種としては危なくて飼えないくらいだ。保護繁殖に成功したのか野生のクルーティンも増えているという話だった。
「最近野良クルーティンも増えましたからね」
ポストをボーカルは確認していた。荷物はなかった。
「そういえば」趣味の話からオガワは思い出したように聞く。「ホーカル君も長いことバンドやっていたよね?」
「あ~、最近は組合関係の仕事もありますので、辞めました」
「楽器には何を?」興味を引いたのかパーンから訊ねてくる。
「ドラムだよ」
エレベーターの中に入ると八階のボタンを押した。
「私は聴いたことがないけれど、プロ級だって噂だよ」
「オガワさんの錦絵と同じで、好きこそものの上手なれ、ですよ」
「それは僕も聴いてみたいですね」
「聴かせてやれないことはないが、何をやらせようってんだよ」
「今、色々と音のサンプルを集めているんです」
「サンプルねぇ。あ~TDFはトラッティンの産業博覧会に参加するんだっけか? それ絡みか?」
「ホーカル君にも手伝ってもらうことになるだろうから、よろしく頼むよ」
「わかりました」
オガワにそう答えながらも、研修とか受けて最低限のCランクライセンスは持っているが、多少プログラムはできる程度、これまで人事畑一筋な自分に何が出来るのだろうかと思ってしまうホーカルだった。
彼は部屋の前に立つとキーカードを取り出して玄関の扉を空けるのだった。
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