トラッティン産業博覧会②思惑 4-6
6.縁あって
「人の縁とは面白いものだね」
オガワはグラスを傾けながらしんみりとしている。
「藪から棒にどうしたんです?」
シュルドはいぶかし気にオガワを見る。
オガワはシュルドと話をしたいこともあって今日は二人で飲みに来ていた。新規開拓にと入った店は繁華街の外れのビルの地下にある狭いバーだった。
シックな落ち着きのある内装だったが、L字のカウンターには十人も座れないだろうし、テーブル席もコーナーごとに二つあるだけで二十人も入れば立錐の余地はないだろう。
客はオガワとシュルドだけで、店は年かさのマスターと接客担当兼料理人の女性がいるのみだった。ジャズの音が静かに店内を支配していた。
「こうして君達と仕事ができるのも縁なのだろうとね」
「酔ってますね」
「酒は飲んだら飲まれるな。これからだよ」静かにシュルドとグラスを合わせる。「広い銀河系で生まれた時間も場所も違うのにTDFで縁が生まれる。面白いものだよね」
フィオーレとパーンは従姉弟同士だ。オガワもパーンを幼少のころから知っている。シュルドとはスカウトから軽い付き合いが始まっていてこうしてともに仕事をするようになった。どこかで接点があったりするのだから、つながりとは面白いものだった。
「ちょっとしたことからできた絆と輪は、どこまで広がっていくんだろうね」
「さあ」シュルドは肩を竦める。「腐れ縁みたいなものもありますよ」
「いいじゃないか、色々な付き合いがある。人事をやっていて楽しかったのはいろんな縁を見つけられたことであり、新たなつながりが出来たことにもある」
「『仏のオガワ』が生み出した人脈は貴重ですよ」
トラッティンの件ではフィオーレが感謝するほどである。
「仏はよしてくれよ。人徳も無しだ。私はそれほどできた人間じゃない。色々と画策もするし、策謀も巡らせる。時には怒るときだってね」
「そんな中でさえ人とつながることが出来るのもオガワさん故でしょうが」
あのノルディックを一回の面談で心酔させるのであるから。それにシュルド自身もオガワに間に入ってもらい事なきを得た人間関係もあった。
「うちは曲者ぞろいの個性派集団だ。オガワさんのような潤滑剤になる人がいないと空中分解する」
「シュルド君もちゃんと面倒を見ているだろう?」
「先日はレイストを潰したかと思いましたよ。あいつは打たれ弱いと知っていていつもの口調で叱責していましたから」
「贔屓は出来ないだろうし、優しくするつもりもなかったのだろう?」
「つけ上がるだろうし、伸びしろを消してしまう。それでは私の教育方針には合わない」
「それでいいんだよ」それがシュルドらしさだった。「どのみちシュルド君についていけないようではTDFでも先がない」
「案外オガワさんもドライですね」
「ドライかな? そうかもしれないな。いい子だとか、腕が立つ子はそこら中にいる。でもそれだけでは組織は成り立たないし発展性もない。切り捨てなければならないところは処置しないといけないと私は思うよ」
「まあオガワさんがいてくれるから、私もこうして気兼ねなくやれているところはあります」
オガワが後ろでフォローしてくれるからこそ自分が出せているといっても良い。
「若手には壁がないといけないしね」
「私は彼らにとって中ボスですか?」
「ラスボスがパーンだとしたら、必ず相対することになるから、その例えは正しいかな。パーンはもっと手ごわいからね」
「そうですね」シュルドは同意する。「まああの時はシンシマがいてくれてフォローしていたので良かったかな」
「ノルディックもじゃないのかい? まあ良いつながりが出来上がったみたいじゃないか。楽しみだね、あのコンビは」
「何の酔狂ですかね。二人とも私に師事するなんて」
「慕われているんだよ」
「冗談でしょう? 仕方なしにでしょう。選択肢がないだけだ」
「どうだろう」オガワはシュルドを見て苦笑する。「鬼教官としては、やり甲斐もあるのでは? 育成にこそシュルド君の真価を発揮できると思っているからね」
「人を高く見過ぎですよ」
「ペリシア君だってそういう君だからついて来てくれているのだろう?」
「どうでしょうね。選択肢として差し出された手が私しかなかったというのもあります」
「その彼女だが、一度まじめに考えてくれないかな」
オガワは真剣な顔でシュルドに言う。
「TDFの社食の件ですか? 私としては自分の職場は見せたくないんですがね」
「そこらの業者は入れられないんだよ」
「専務派、常務派の目もありますからね。機密性を保持したいのは分かります」シュルドは深いため息を漏らす。「それにあいつらの食事と栄養事情を考えるとね……」
「私やシュルド君は、家庭もあるからその辺り問題はないけれど」
「ほとんどTDFに入り浸って、ジャンクフードだらけですしね。ディにばかり負担を掛けるわけにもいかない」シュルドは考え込むのだった。「分かりました。妻と話し合ってみます」
TDF内のキッチンは以前社員食堂だった部屋に再配置が完了していた。
仕事の合間にシンシマが面白がってパーテーションを組み新たにキッチン用品を取り揃えたのである。日曜大工程度だとシンシマは笑っていたが、オガワを含め全員が呆れるほどの仕上がりだった。そして料理すらこなすのである。中華鍋を持ち出し、炒飯を振舞っている。鍋さばきも見事なものだった。
多芸すぎるシンシマだった。彼が幾つ引き出しを持っているのか見てみたくもなる。
少しずつ人員もそろいつつあるTDF。その形が出来つつある始まりの瞬間が一コマずつ積み上げられていくのであった。
それは唐突すぎた。
「あのねあなた」ペリシア・マリー・アルベイラーは帰宅した主人に何とも言えない表情で話しかけてきたのである。「私、今日社員食堂を解雇されてしまったの」
「ほぇあぁぉ?」
シュルドは自分が変な声を上げたことに気付かぬほど驚いていた。
急転直下だった。
第三データ処理部の社員食堂スタッフが総入れ替えになったのである。
ドラウド部長が独断で社食スタッフを全員解雇としたらしい。慌てた総務がすぐに別会社と契約して社食運営は事なきを得たが、第三データ処理部の社員から不評だった。
「味が変わった」「質が落ちた」「メニューが少ない」など苦情が多く総務に寄せられることになってしまう。
労働組合からの突き上げもあり、社員からのドラウド部長の信頼度も人気度も地底深く落ちていったのである。
「もしかしてTDFへの嫌がらせかな?」とレイストはポツリと言った。軽く卵サンドに今日はしていた。
「ペリシアさんがいたから?」蕎麦をすする箸を止めノルディックは首を傾げる。「それで全員解雇とかおかしすぎるだろう?」
「あの部長、社食利用したことがない癖に何いちゃもん付けてきたんだろうな」シンシマは笑う。
「突然解雇されたスタッフはどうなったんだ?」
「総務がいろいろと手を回して就職先斡旋していた」オガワが教えてくれた。「大半は他の社員食堂に回ったらしいよ」
「よかった」ペリシアはホッとした表情をしていた。
「うちとしてはペリシアさんに来ていただけましたし得にしかなりませんよね?」パーンは微笑んだ。
「私、TDFに社食が出来てこんなにも美味しいランチが食べられるだけで幸せです。ここに来たかいがありました」フェリウスは頬が落ちそうだと言いながら目の前のトロトロオムライスを頬張る。「夕食まで準備していただけるし、すべて無料。私はもうお弁当派に戻れません」
「福利厚生は大事ですよね」パーンは頷く。目の前のハンバーグプレートは美味しそうだった。
「私も幸せですよ」ペリシアがカウンター席に座るシュルドの前に自家焙煎の珈琲を置く。「皆さんの嬉しそうな顔が間近で見ることが出来ます。それにリクエストに応えることで様々な料理にもチャレンジできますから料理人としての腕がなります」
本当に楽しそうだった。
ペリシアは料理を習いたいと乞われれば、共にキッチンで料理をしたりもしている。時には太陽系レイズの郷土料理をリクエストされて、それを調べ上げると翌日にはランチに出してきてレイズ人の舌を唸らせることになるのだった。
のちに別室に移築され『クレージーハーモニー』と名付けられたTDF所員憩いの場はここからスタートすることになる。
営業時間は十一時から十七時までだったが、寮に寝泊まりする所員のために、ディナーの他に夜食とモーニングも準備され至れり尽くせりであった。
ペリシアは在職中TDFの栄養士であり健康管理士であったとも言われている。
〈第四話了 第五話へ続く〉
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