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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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トラッティン産業博覧会②思惑 4-3

 3.レイストの場合



 レイスト・ハイブルスはTDFの本棟を見上げる。

 まさか自分がTDFの配属になるとは思っていなかった。確かに前の月の六月に異動の噂が流れてきて、その異動候補にも挙がっていた。

 戦々恐々と課長からの呼び出しを待っていたが、ひと月以上何事もなかったのでレイスト自身忘れかけていた頃に、昼休み前に突如課長から呼び出しがあった。

 そこでTDFへの異動の内示を受けることになる。

 突然のことでレイストは茫然としながら部長に訊ねる。

「どうしてこの時期の異動なんですか?」

 あまりにも中途半端な時期で課長から明確な理由は示されなかった。

 間抜けな失敗はしていないし、目立たぬように仕事をこなしていたはずである。目の前が真っ暗になり、異動を言い渡された時には島流しにあったような気がしてしまう。

 とりあえずは課内の人間とはそれなりの関係を築けていたが、人員の少ないTDFではどうなのであろうか。本社内でも有名な狂犬と毒舌な人物がいる部である。怖かったし心許なかったレイストである。

 駐車場に運転免許取り立てで買ったばかりの小型エアカーを停めると陰鬱な面持ちで本棟入口へと向かうのだった。

 レイストの異動は本来、オガワの希望で早ければ五月末には行われる予定だったが、トラッティン産業博覧会への参画が決まった直後から常務の横やりが入り、更には専務まで人事部に口出ししてきたため、レイストの所属するデータ処理部の部長が中立派であってもオガワの思惑通りにいかず正式な異動発令が遅れてしまったのである。

 それは本人の知る由もないことではあったが。

 レイスト・ハイブルスは宇宙歴換算でパーンのひとつ年上で身長もまだ低く百五十センチ台でまだ幼さの残る顔つきだった。太陽系テッサリアの大学を飛び級で卒業し弱冠十五歳で卒業しジプコへと就職している。小柄で童顔。緑の髪とシルバーに近い灰色の瞳を持つ独楽鼠のような少年にも見えてしまうことがある。それ故かいじめにあったことも数多くあり、処世術にもたけているところがあるが、それは精神的に打たれ弱かった自分を隠すために身につけていたものでもあった。

 レイストは入口で総務課から貰った社員証をかざすと開いた入口から本棟へと入るのだった。

 深いため息とともに。


「ようこそTDFへ。レイスト・ハイブルス」

 入口からしばらく行くと腕組みし待ち構えていた人物がいる。シンシマ・ケンマウだった。

「え、ええと……」たしか……。

「シンシマ・ケンマウだ。入口で待つつもりだったけど遅れた。すまないな」ハッハッハと腹から聞こえてくるような張りの太い声で笑いかけてくる。「この後全員で顔合わせして挨拶する予定だが、俺の自己紹介は先にしておこう。肩書は情報担当だが、今はシステム設計と工作部門を任されている。君は俺の配下に入ってもらい仕事をしてもらうことになるから、よろしくな」

 よく喋る人だとレイストは思った。そして初対面にもかかわらず圧倒的に距離が近い。

 少し苦手な感じがしてしまう。

「そうなんですね。よろしくお願いします」

 無難な挨拶をするレイストだったが、不安だらけだった。相手は社内でも情報通として有名な男だったからである。社内で知りたいことがあったらシンシマに聞けと言われたことがあるくらいである。本人に会ったことすらないのに。

「俺をご存じかい。嬉しいね」委縮しているレイストにシンシマは手を差し出す。「何を気にしているか知らないが、気兼ねなく仕事をしていいぜ。なにせ俺とお前さんはテストに合格した間柄だからな」

「テスト?」

「気づかないのも仕方がないか、俺もそうだったしな。レイストもTDFの部内端末にアクセスしていたんだろう? ならばゲーム画面にも到達していただろう?」

「『グランダー3』はその時確かにプレイしましたけど?」

「あれがテストなんだってさ」笑っちゃうよねとシンシマ。「そこに辿り着けなければ総務部に通報されていたんだとさ」

「そ、そうなんですか」

 その後も会議まで覗き見しようとしていたので、冷や汗が出てくるレイストだった。

「うちの部長は何でもお見通しなんだよ。本当に怖いところだよなTDFは」

「はあ……」レイストはどう受け答えしたらいいか判断がつかなかった。

「さあついて来いよ。みんなに紹介するからさ」

 レイストは歩き出したシンシマの後についていき、全員がそろっている事務室に案内された。入室とともに視線を浴びてしまいシンシマの後ろに隠れたくなってしまう。

 部長であるパーンもその場にいる。噂は様々あるが、見た目はレイストと同じで少年だった。

 アルバイトでオガワ課長代理の奥様であるパートルさんが笑顔で迎え入れてくれるとアットホームな感じもしてくるレイストだった。

 それでもシュルドやフィオーレのきつい視線に心が怯えてしまう。

 デュエルナはフィオーレ同様美人であるけれど親しみが持てたが、ノルディックは興味なさそうにモニターを見つめている。

 心臓と精神に良くない。

 付き合ってみると何をそこまで気にしていたか自分が恥ずかしくなるが、年端も行かない年齢だったレイストはこの時委縮しまくりだったのである。

 お気楽に語り掛けてくれるシンシマがいなかったら他の所員とも話すこともなく一日が終わっていただろう。

「ノルディックもシュルドさんも怖くないからな。ちゃんと正面から話しかけてみれば問題ない」

 そう言ってシンシマはノルディックに声を掛ける。

 シンシマにいじられままくったノルディックを見てレイストは狂犬と噂されているのは本当なのだろうかと感じてしまう。特にデュエルナとフィオーレに挟まれているノルディックは普通に美女二人に気後れする男性そのものであり親しみを覚える。

 それでも最初は人間関係のつかめないレイストにとって、TDFは得体のしれない不思議な空間だった。


「これがパーンパイプだ。トラッティン産業博覧会の目玉になる」

 ババーンと効果音が付いてきそうな勢いでシンシマはレイストにシステムを見せる。彼らの目の前には縦横五メートルほどの柱のようなシステムが広い空間にちんまりと鎮座している。

「これが目玉ですか?」

「まだシステムが組まれて間もないから貧相に見えるが、音は良いぞ」

 シンシマはユリウス・ドリスデンのクリスタルディスクを掛ける。名だたる音楽ホールの音に劣らぬ曲と歌声がただの室内に響き渡る。

「す、すごい」

 耳にした音に驚きながら、レイストは感嘆の声を上げる。彼もまた神経質になるほど音にはうるさかったのである。

「これの良さが分かるのであれば、ここに引っ張った甲斐もある」

 事前には音響効果に興味があるとは分かっていたけれど、シンシマは嬉しかった。

「ぼくは引っ張られたんですか?」

「さっきも話したがレイストもTDFの回線にアクセスして、情報を得ようとしていたんだろう?」

「だ、だから、なぜ知っているんですか?」

 確かにアクセスしようとしていたが、バレないようにしていたつもりだったのである。

「部長のパーンにも、シュルドさんにもバレバレだったよ。産業スパイや社内の覗き屋に交じって俺達の会議をモニターしようとしていたんだろう」

「そこまで知られて……」レイストは冷や汗が出てきた。「バレていなと思ったんですが」

「お前以外は総務のセキュリティ課に通報されていたぞ」シンシマは笑う。「恐ろしいところだよなTDFは」

「え~と、ぼくは何をすれば?」突っ込む気力も失せ、観念するレイストだった。

「俺と一緒にハード面でシステム作りに励んでもらうことになる。プログラムはフィオーレのチームがやってくれているから、後から来るオガワさんとともに俺達はパーンパイプを組み立てて実践投入出来るようにしていくんだ」

「三人でやるんですか?」無茶苦茶だとレイストは思う。

「パーンも手伝ってくれるし、後からここにも人員補充もあるだろうけれど、いまは俺達だけだな」

「冗談ですよね」

「まあやれているから問題ないだろう。あとでフィオーレの工程表を見せてやるよ。キレキレで呆れるほどだぞ。もちろんレイストもすでに組み込まれているから覚悟しておけよ、守れなければすぐにフィオーレに睨まれるからな」

「わ、分かりました。ケンマウさんはそれで納得しているんですか?」

「シンシマでいいよ。納得も何も、フィオーレは俺達の能力は把握済みだからな。反論の余地はないぞ。最大限の能力を発揮しないと許されない工程表だからな」乾いた笑いでシンシマは答える。「フィオーレはちゃんと俺達を見ている。お前さんが気弱で後ろ向きであっても彼女は見逃してはくれない。期待に応えられるように頑張れよ」

「えっ?」

「俺もレイストのことは調べ上げているし、フィオーレなんかはブロフィールからお前の性格も把握しているからな。時にはえぐられたくない傷にまで突っ込んでくるかもしれないが、逃がしてはくれないから」

「嘘でしょう……」

「お前さん、自分をさらけ出すのは苦手だろう? 素の自分を出してみろよ。好きな映像とか言ってみな。話してみろよ。楽しくなるぜ。表現してみろよ。本当はしたいんだろう?」

「そ、そんなことは……」

 レイストは目の前がぼやけていくのを感じる。きつい。

「ここは個性派集団の集まりだから、人の好き嫌いも出てくるだろうが、風通しはいい。部長なんてここでは呼び捨てで大丈夫だからな。まあパーンが一番理解しづらいだろうが、年も近いんだし良いんじゃないか」

「勝手に押し付けないでください」

「ひとつ、良いことを教えてやるよ」

「……何でしょう?」

「ここでは全員裸の付き合いと同様になってしまう。あけすけだし、容赦がない」シンシマはしたり顔で言う。「ミスしたり都合が悪くなると屁理屈をこねたりするそうじゃないか。なんでってあそこにも知り合いがいるからな。情報収集はしているよ。お互い様だろう。レイストは理論武装しているつもりなのかもしれないが、ここでは逃げや言い訳にしかならないからな。特にシュルドさんとフィオーレは通用しないし、そういった言動は嫌われるから気を付けるように」

「気を付けろって言われても、ぼくはまだ成人したてで」

「そういう物言いだ。一人前の社会人ではないかもしれないが、これで飯を食い給与ももらっているサラリーマンだからな。出来て当たり前とは言わないが、どんな言われ方をしたとしても自分の非は受け止めて、前を進んだ方が良いな」

「何きれいごと言っているんですか、そんな事できっこない。できなければ寄ってたかって非難していじめてくるんでしょう」

 すでにレイストは眼を合わせてこようとはしていなかった。

「そんな奴ここにはいないぞ」シンシマは笑い飛ばす。「それが出来るとパーンは思ってTDFにレイスト・ハイブルスを引き込んだんだろうからな」

「ぼくはやっていけるのかな……」

「シュルドさんの毒舌に逃げることがなかったら、大丈夫だよ。見込みのない奴だったらあの人は何も言いやしないからね。それに嫌だと言ってもみんなが見ている」

「はふぅ……」変な声が溢れてくる。レイストは不安だらけだった。

 レイストはこの日から自分の殻の中に閉じ込めて耐えてきた感情を、日常の中からシュルドやパーンによって心の奥底まで抉られていくことになる。

 そのたびに背後からナイフを突きつけられるようなものであったが、心の蔵は深く傷付きながらもそこから自分自身を見つめなおすことになっていく。

 簡単なことではなかったが、闇を抱えながらも年齢を重ねるたびに社会や人との付き合い方を覚えていくことになり、これはその始まりの瞬間でもあったのである。

「まあ、それはそれとして、システムの組み込みはやってもらうからな。逃げるなよ」

「これをどうやって産業博覧会で使うのですか?」

「まだ試作だよ。これから実用に耐えられるようにしていきデモ3Dのように観衆見せることが出来るまで仕上げていくんだ。それが俺達の仕事。ユーコピー?」

「アイコピー」

「ノリが良くて助かるよ」シンシマは嬉しそうにレイストの背を叩く。「さあ早速始めようじゃないか、後輩くん」

 陽気に励ますようにシンシマは言った。

 ここからシンシマとレイストのコンビはスタートする。

 情報屋師弟コンビとも言われ、レイストはシンシマの背中を追いかけながら社会で必要なことをTDFで学び体験していくことになる。


 静かだった事務室にシュルドの鋭く聞く者に突き刺さる声が響く。

「レイスト・ハイブルス。この図面はなんだ?」

「集積回路です」レイストは自信があった。

「何を習って来た? デルドの配置とコール式接続を知らないのか?」

「そんなの必要ありません」

 名称だけは聞いたことがあるが、用法は知らなかった。それにシュルドは設計屋ではない。適当に言っているだけだと決めてかかっていた。

「テストでだけいい点を取ってきた奴か」シュルドは鼻で笑う。「ではお前の回路で目標の数値が出るかシミュレートしてみろ」

 レイストは渋々サイバー空間で自分の回路を接続させて計測してみる。

「えっ、ど、どうして……?」

 もっと上の数値が出るはずだった。他の回路設定がおかしいのではないかと調べてみるが正常で、もう一度試してみるが、更に目標値を下回る。

 理由が分からないまま茫然としているところにシュルドが追い打ちをかけてくる。

「これが基本に還って正しく回路を並べたものだ」

 シュルドの示した回路の計測結果は数値目標を達成していた。

「こんなの知りません。習っていません」

「授業で寝ていたか?」シュルドは容赦ない。「テッサリアの出身だったよな?」

 彼はモニターにレイストになじみのあるテキストを示し、必要な項目を開いて見せる。「知らない。習っていないなんて言い訳はできないよな。このテキストには私が言った回路配置も接続も載っているのだからな。笑わせるな記憶もせず実戦も出来ないようであればエレメンタリースクール生以下だ。勉強しなおせ!」

 レイストの顔は赤くなった後に青白くなっていく。

 話の終わったシュルドはモニターに集中し自分の仕事を片付け始める。

 目が虚ろになり、足を引きずるように背を丸め席へとレイストは戻っていく。それを見ていたノルディックはレイストの元へと歩いていく。

「背を丸めるな。姿勢を正せ。俯いていたって何も解決しない」

 ノルディックはそう言いながら背筋伸ばしてやり椅子に座り直させると頭をモニターの正面に向かせるのだった。姿勢が治ったと感じると彼は自分の席に戻っていく。

 レイストは周りの目が気になり、どう思われてしまっているかを考えると自分の殻に身を隠したくなってきていた。陰鬱な気持ちになりこの場から逃げだしたくなる。

 今までなら殻に閉じこもり、周囲に背を向けてしまっていたが、この時はモニターにテキストを映し出し読み直し始めていた。

 自分の中に悔しいと思う気持ちが残っていたことが驚きだった。苦しかったし悲しい。頭も思考拒否しそうであったが、ここで踏みとどまろうとする気持ちもあったのである。

 虚ろな眼であったが、レイストは回路を設計しなおす。

 設計から逃げ、現場での組み立てだけさせてくれとシンシマに拝み込むこともあったが、彼だけでなく全員がそれを許さない。シュルドの席に引きずられていき設計図を見せ続けることになってしまう。

 昼休みになると、コンビニで買って来たサンドイッチを片手にレイストはプログラムの勉強を始めていた。

「弟弟子発見」

 使われていない空き部屋でレイストが昼食をしているところに、シンシマは彼を見つけ出してからかうように声を掛けてくる。

「弟子って何ですか?」

「シュルドさんに弟子入りしたんだろう?」

「教えてもらっているだけです」

「なら俺が兄弟子だ。俺もシュルドさんに教えを乞うているからな」

 フィオーレとオガワさん以外は全員シュルドさんに師事しているというのである。

「ディならフィオーレに教わっていると思っていました」

「フィオーレは面倒は見てくれるけれど、教えてはくれないよ。それにそこまでゆとりはないからな」

「どれだけ仕事を抱えているんですか?」

「理解できないなら聞いてみるといいぞ」驚愕するから。

 一週間が過ぎるころにはレイストはB級ライセンスを取るためにシュルドに師事し師匠と呼ぶようになるのだった。

「俺はAライセンスで、ノルディックとディはSランクに挑戦中な。励め、弟弟子よ」

 シンシマは背中を叩き激励する。

 レイストは完全に心開くまでは至らずとも、微速ながらTDFに馴染んでいく。


 レイストは回路図を再提出した後、深いため息をつく。

 また二ヶ所ほど修正が必要だと問題提起され、図面には示されてきたのである。

「お疲れさま」シンシマがレイストの肩を叩き、首に腕を回してくる。「シュルドさんからゴーサインが出たから、これで明日からまた組み立てができる」

「あの人、プログラマーでしょう? なんでここまで設計のことに詳しいんですか?」

「知らないか。あの人、大型コンピューターのメンテナンスも請け負っていて、図面もきちんと読めるんだよ」

「はあ! Sランクって天才なんですか?」

 ほんのちょっとだけ残っていたプライドすら粉々に打ち砕かれたような気になってくる。ここにいる人間はスーパーマンしかいないのかと思ってしまうほどだった。

「紙一重かもしれないけどね」シンシマは笑う。「それより、今日の仕事は終わっただろう。飲みに行こうぜ。いやお前の場合だと飯の方が良いか?」

 レイストは一人になりたい気分だったが、それを分かった上でシンシマは見逃してはくれないのだろう。

「オガワさんもどうです?」

「いいね。ここのところ忙しかったから、軽く行こうかね」オガワは上機嫌で頷く。「ノルディックもどうだい?」

 すでに決定事項になっているようだ。声を掛けられたノルディックは顔を上げると一瞬だがフィオーレを見たようだった。何かしらのアイコンタクトがあるのだろうか?

「今のプログラムを組んだら、今日は終わりです。少し遅れますが、終わり次第、ディと行きますよ」

「よし! これで花も確保出来た」

 シンシマは喜び、レイストとオガワとともに連れ立って繁華街へと繰り出してく。

「花とは?」ディが訊ねてくる。「飲み会にお花は必要でしょうか?」

「花はねディのことだよ。今日の面子はむさくるしい男だけだから、紅一点のディがいるだけで、場が華やぐということさ」

「むさ苦しいだなんて、みんな素敵な方ばかりではありませんか」

 そう言い照れながらもディは嬉しそうであった。


 一時間ほど遅れて居酒屋にノルディックとディが到着すると、座敷席を彼らはとっていて話し込んでいた。オガワはすでに出来上がっている。

「軽くとは何だったのだろう?」

 オガワのいつの口癖が飛び出しており、上機嫌で遅れてきた二人に酒を進めてくる。レイストはというとチビチビと水割りを飲みながら枝豆やツナサラダを食べていた。こちらは飲むというよりは食う方が目的にも見える。

「なあ、ノルディック。突然思いついたんだが」

 場を纏めていたシンシマがジョッキを傾けながら語りかけてくる。

「本当に唐突だな。あれか?」

「あれだよ。世界樹をど真ん中に据えるのはどうだ?」

 シンシマも楽しく酔っぱらっているようだ。その言葉に反応して、ノルディックは端末を取り出しテーブルに置いた。

「ずいぶん唐突だな? あれの真ん中にか? コンセプトがずれてないか」

「ユグドラシルでもいいぜ」

「北欧神話かよ」

「理解が早くて助かる。どうせ架空のものだし、メカと植物の融合も面白くないか?」

「だったら架空の中空都市みたいに見せてもいいんじゃないか?」ノルディックは返した。

「あの中じゃ中空都市は難しいだろう」

「言ってみただけだ」ノルディックは大ジョッキを空にすると、それを見たディがつまみとともに追加注文してくれている。

「いいんですか?」レイストは慌てる。「こんなところでプロジェクトの話をして」

「こういうところだから思いついたりするんだよ。それにプロジェクトだなんて言わなければ、こんなところで話をしているなんて思わないだろう。俺もノルディックもあれで済ませているし、レイストが言わなければな」

「あっ」慌てて口を塞ぐが後の祭りだった。

「壁に耳あり徳利に口あり、だな」日本酒を飲みながらオガワは笑う。

「念のためにジャミングかけているし、フィオーレにもダイレクトに通信を入れている」

「流石だな。向こうはなんて言っているんだ?」

「『設計変更するつもりなら、納得させるイメージを出しなさい』だそうだよ」返信をシンシマに見せながらノルディックは言う。

「俄然やる気が出てきた」

 シンシマはグラスやつまみの乗った皿をわきへ寄せるとカバンからタブレットとペンを取りだす。それに概念図を描き始める。酔っ払いにしては上手かったと感心するほどだった。

 レイストはシンシマの多芸さに驚いてしまう。

 TDFのフィオーレとタブレットで回線をつなぎ、居酒屋のテーブルを囲みながら議論が始まってしまう。それを横目に座敷席の脇を通り過ぎする者。左右の席では聞き耳を立てる者。豆粒大のミニカメラを彼らの真上に投げる者もいたが、ジャミングに邪魔されて彼らは見ることも聴くことも叶わなかった。

 シンシマが描いたイメージにオガワとノルディックがあれこれ注文を付け、ディが座席やコックピットに花のアイディアを付け加えていくと、それに回線の向こう側からフィオーレがダイレクトに反応を返してきた。

 セキュリティは大丈夫なのか? ジプコの社員が多くいるはずの大衆居酒屋で周りの目は気にならないのか?

 最初はいかれていると思っていたが、その熱気に充てられたか、レイストもその会話の中に引き込まれていくのだった。



読んでくれて本当にありがとうございます。

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