トラッティン産業博覧会②思惑 4-2
2.錯綜する思惑
TDFがイザン社長からトラッティン産業博覧会への参画を打診され動き出してひと月も過ぎるころには、彼らの慌ただしい動きからも本社部長間だけでなくその末端にまで噂が広がり、周知の事実になりつつあった。
かなり尾鰭がついたものも存在していたが、正式な発表がないので致し方ないところでもある。
本社ビルでの部長会議を終え、パーンは会議場を後にして廊下に出ると秘書と合流する。その時にパーンは第三データ処理部の部長ドラウドから呼び止められた。
この会議は安全性の面からリモートでの会議出席は許されていなかったので、多くの部長が出席して今後の経営戦略や技術開発などの状況が説明されている。
TDFではトラッティンのことは秘密であったため、通信技術と音響システムの開発が報告されていた。
「少しいいかね」
パーンを部長とは呼びたくないのだろう。表情に出ないよう押さえつけているようだったが、パーンを見下しているようにも見えた。さらに言えばフェリウスにもいやらしい視線を送っているのが分かり、彼女は身震いしたくなってくる。
「フェリウス、時間は大丈夫?」
隣に控えていた秘書にパーンは訊ねる。
「三十分でしたら」時間を確認し彼女は答える。
「ありがとう。ドラウド部長、別室でよろしいですか?」
退出していく他の部長がチラチラと二人の様子を伺っていた。TDFの状況は公然の秘密にもなっているから、誰もが興味あるのだろう。二人が話をするために別室に入ると、第三データ処理部部長とTDF部長という二人の立場からもかなりの憶測を生むことになる。
すぐさま小部屋の監視に走る者もいたが、フェリウスがフィオーレから預かっている警備システムでガードした。
「トラッティンの産業博覧会に参画するそうじゃないか?」前置きもなくドラウドは訊ねてくる。
「よくご存じで」表情を崩さずパーンは頷く。
この場で特に秘密にする必要はないと判断してのことだった。
「君のような小さなところでは大変だろう」
「そうですね。所員には苦労を掛けています」
「どうだろう。うちの部署から人を派遣しようじゃないか」
決まったことのようにドラウドは言ってくる。強引にでも話を進め、プロジェクトを彼の部署で進めようとするつもりでいた。
TDFの担当者を隅に追いやり参画は名ばかりのものにする魂胆が見え見えだった。
利点をあげつらうドラウドにパーンはきっぱり断りを入れる。
「大変ですが、間に合っています」
「どうしてだ」怒りをにじませている。「我々が手を貸そうというのだ」
「同じようなご提案をマルゼン部長からも伺っています」
「ま、マルゼンから! 受けたのか?」焦りの色が滲みだししていた。
第二データ処理部の部長マルゼンは常務派だからである。常務は専務派をトラッティンでも入り込む余地をなくそうとしていた。あわよくばトラッティンの計画も乗っ取り自分の手柄にするつもりなのだろう。
「お断りしました」
魂胆が見え見えだったので、先日の会談と会食の席で断りを入れていた。
「うちの方が良い人員を派遣することが出来る。どうだろうか?」
少し下手に出てきた。
常務とのやり取りでは埒が明かないと専務も判断したのであろう。専務はトラッティンでの成功を盾にルージュ万博の権利を手にしようと動いたが、すでに社長からは参画はTDFに決定したことを告げられた。現在も水面下で常務との駆け引きは続いていたが、専務はTDFからプロジェクトを乗っ取るようにドラウド部長に命じていたのである。
「うちだけでも大丈夫だとオガワ部長代理も太鼓判を押していますし」
相手方のプライドもあるだろうからパーンは口にしなかったが、何よりもフィオーレの作る進行表に一般プログラマーでは付いてこれないだろう。最低でもBランク程度の資格は持っていないと根を上げるのは間違いない。
「無理に決まっている」
「決めつけないでください。ドラウド部長の申し出はありがたいことですが、お言葉だけ受け取っておきます。TDFは独自にやっていきます。TDFのスタッフは優秀ですから」
「のぼせ上がるな!」テーブルを思いっきり叩く。
威圧するような視線を向けてくるが、パーンは平然としていた。
「実績も上げてくれています」
「たかだかゲームだろうが。そんなもの誰が評価する」
「分かる人には分かっていただけていますよ。銀河系規模でゲームを一本当てるのがどれだけ大変なことがご存じ無いのですね」
「会社に貢献するような大きな手柄を立ててから言え」
「ええ、それでしたら、今後トラッティン産業博覧会でご覧に入れて見せます」パーンは眼を細める。その視線はドラウド部長を苛立させるには十分な強いものである。「それに支援ならトラッティン支社から受けていますので」
ありがたい話ですとパーンは頷く。
「悪いことは言わん」少しだけ諭すように言う。「我々の力を借りれば仕事はもっとやりやすくなる」
「取り込まれた挙句切り捨てられるのは御免こうむります」
相手の考えを見透かしたようにパーンは言う。
「もっと賢くなりたまえと言っているんだ!」
「どなたかのご威光を借りるのはちょっと」
「聞き分けのないことを言ってくれるじゃないか! これも処世術なのだよ」
「ドラウド部長はお忘れのようなので申し上げますが、僕はヘルメナスです。それを知って尚手を出すというのであれば、社長も黙ってはいないと思いますよ」
パーンは小首を傾げ笑みを向ける。
「……脅すつもりか……」
「僕自身はどういう噂を流されようがかまいませんが、TDFへの手出しはさせませんよ」
あくまで引く気はないとパーンは宣言する。
それを見て立ち上がり実力行使に出ようとするドラウドだった。
「パーン部長、お時間です」
扉が開きフェリウスが声を掛けてきた。タイミングが良すぎてドラウドの動きが止まると、パーンは軽く会釈して挨拶すると小部屋を後にするのだった。
「助かりました」
「いえいえ、これも秘書の務めですから」フェリウスは小部屋の中をちゃんと監視していたようである。
「第二データ処理部はあっさりと引いてくれたんですけれどねぇ」
「先程に比べて、でしょう? 専務派は後がなくなってきているのでは?」
常務派は釣れればいいという感じであったのかもしれない。
「それからパーン、TDFから連絡がありました。ドラウド部長の手の者がTDF本棟に侵入を試みたそうです」
「ガードシステムがあるのに?」
「無理矢理侵入しようとしたようですが出来なかったため、開き直ったようにパーン部長の許可も得ていると話したそうですよ」
「僕の承諾が得られるとでも思ったのでしょうか?」
「どこから自信が湧いてくるのか分かりませんが、あったのでは? フィオーレはセキュリティレベルを上げ、入口ではディとノルディックが対応して追い返してくれたそうです」
「あの二人なら無敵ですからねぇ」
「巷では『美女と野獣』コンビと言われているようですね」
「野獣というよりは怪獣では?」
「まあ。ノルディックが聞いたら悲しみますわよ」
「どつき漫才のような鋭い突っ込みがあるだけですよ。それにディの笑みに抗える人はいないでしょうし、もし彼女に手を出そうものならノルディックが無双しますからね」
「這う這うの体で逃げ出したとシンシマは楽しそうに話をして下さいました」
「誰も傷つけないし良い対処法だと思います」
「早く社長からも公表していただきたいですね」
「それでも終わらないと思いますよ」
パーンは足の引っ張り合いは続くと考えていた。
「ねぇフィオーレ。営業から僕に直接仕事の依頼が送られてきたんだけれど」
「道に落ちていたものを拾って来たように言わないの」フィオは呆れたようにパーンを見る。「受けていないでしょうね?」
ギリギリの体制で作業を続けているのである。余計な仕事を請け負う余裕はなかった。
「受けたよ」そう言って依頼内容をタブレットに転送する。
「あら、面白いわね」
「偶然だとしても、受けてもいい仕事だよね? この営業マン、僕たちのこと知らなかったのかな?」
「部長経由で来ているのでしょう? 私達の仕事内容はともかく、状況を知らないわけがないわ」
「そうだよねぇ。今は他の仕事は受けられないと部長会議でも宣言しているし、社長にも伝えているのにね」
「私達の仕事を飽和状態にさせたいのでしょう。取締役のお歴々は」フィオーレは眼をぎらつかせる。「意趣返しでもしてあげようかしら」
「時間の浪費だから止めよう」
フィオーレならとことんやりそうで怖いからパーンは止めた。
「それもそうね」
専務派と常務派はそれぞれに様々な嫌がらせを仕掛けてきている。
営業部からの仕事の依頼もそうだった。手が空いているだろうと言ってくるのである。内容も長期にかかりそうなものばかりでデータ処理部向けの仕事ばかりだった。TDFは独立した部署であるが基本的には研究開発部門なのにである。
持ち込まれた営業依頼などを選別した秘書フェリウスはパーンに確認を取って断りを入れていたが、あまりにしつこいものは社長経由で拒否していた。社命だからとするものもあったからである。
「でもこれなら、相手の会社にも益になるし、僕らもプログラムを続けながら、営業の顔も立てられるからいいよね」
「たまたま私達のやっている業務内容と一致しただけでしょうけれど」
「一週間もあればプログラムも組めるよね?」
「そんなに早く済ませてしまうの?」
「光学器メーカー・ハスダーの依頼だし、うまく入り込めれば自前でレンズが作れるかもしれない」
「技術を盗ませるつもり?」呆れてしまうフィオーレだった。シンシマにそこまでやらせる気なのかと。
「自前でもあった方が良いでしょ? 歴史と応用力の差があるから試作段階だけだよ。パビリオンにはハスダー社のレンズを使用させてもらうからそのパイプ作りにも良いし」
どこまで計算しているのやら。この少年が末恐ろしいと感じるフィオーレだった。
「向こうの会社にそう連絡入れたら喜んでいたよ。質が良いものだったら次は直接お願いしたいと言っていた」
「貴方、営業にも向いているのかしら?」
「フィオやディ、シンシマにはかなわないよ」
「では、これは私とノルディックで当たります。それからパーンも外に出るときは気をつけなさいね」
ジャンク街までパーツを買い出しに出たシンシマにスカウト話が仕掛けられたという。オガワやシュルドにも同様だった。
「他社からのスカウトだから、横槍とも考えづらいけれど、気を付けた方が良いわね」
「皆、優秀だからね」
「あなたもよ」
「子供を相手にするかな? それだったらフェリウスの方が危なさそう。気を付けるように言っておくよ」
あの手この手で専務と常務はTDFを取り込もうとしていた。
さらにはTDFへのネット側からの接触も増えている。
時折、飽和攻撃すらあった。
フィオーレは想定していたことなので、それを受け流す。電算室も通信網も強化して保護していたため無傷だった。スパイも同様である。TDFの業務内容を調べようとTDF内の連絡網と個人端末にアクセスしようとしていたが、マイスロクの手助けも借りて撃退している。徹底的に。
社内からのアクセスがほとんどなので、フィオーレは総務のサイバー攻撃通報窓口を使い攻撃者とスパイを特定し通報して処罰してもらっていた。しばらくするとプロを自称する産業スパイもアクセスしてきたが、撃退し履歴からアクセス先を特定し銀河保安局に通報する。依頼者として名前の挙がった一名の部長と三人の課長が会社に不利益を与えたとして懲戒解雇され失職することになるのだった。
社内の違法アクセス者も訓告戒告だけでなく減給などの処分を受け、常務派専務派から多く出ていたため、社員からそういったことをする者は出てこなくなっていく。この時の対処法はのち行われる情報戦にも役に立つのだった。
「いい見せしめよね」
悪い笑顔をシンシマやノルディックに向けるフィオーレだった。
TDFは少しずつ社内では目立つ存在になりつつあったのである。
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