トラッティン産業博覧会②思惑 4-1
1.牧神の笛
惑星ティーマは太陽系テラの小さな島国国家二ホンの出身者が発見した太陽系内の惑星を改造し建設された星で、二ホンからの移住者が多く住み着いた太陽系惑星国家でもあります。
そのためそこかしこにその二ホン風の建物やジャポニズムと呼ばれる文化が息づき、言語や風習が継承されているところがあるのでした。
暦もそうでティーマ独自の四季に合わせ、独特の呼び方が存在している。
現在、ティーマにジプコ本社が移転してきて、急速な近代的発展とともに住民の八割以上が移住者となりあまり使われなくなってきていたが。それでも古くからの月名を懐かしむように使ったカレンダーも存在している。
ティーマは惑星改造時に公転周期がテラに準じるものであったことから選ばれ、自転周期は惑星改造の時、銀河標準時に合わせるように改造されていた。ただ公転周期には多少ずれがあるため閏年を二年に一度を取っていることで調整している。
標準準歴で六月はティーマでは驟月と呼ばれていて、乾燥した夏が終わり雨が多く気温が下がり公園や通りの広葉樹が色づき始め秋に準じた季節となっている。
『驟』は突然とか急にという意味で使われ、一日の中でも晴れと雨が繰り返されたりすることに由来し使用されてきた。
この『驟月』に合わせたわけではないのだろうがTDFにも激変の時期が訪れようとしていたのだろう。
人も情報も多くのものが錯綜し、様々な事柄が交わっていくことになるのです。
「パーン、今日はこのお部屋で仕事をすること。いいですね」
柔和な笑顔を浮かべながらもパートル・オガワはパーン部長に顔を近づけ言った。
この日パートルは全員を事務室に集めそれぞれの席に座らせると、朝礼のようなことを行っていた。
「はい。出来る限りそうします」
「できるだけではだめです。絶対ですよ」彼女は念を押す。「トイレに行くのはかまいませんが、すぐに戻ってくるように。分かりましたか?」
子供をしつける様な言い方でもある。
「戻ってこないと?」
「次からはここで用をたしてもらうことになります」
ドライバー用の簡易トイレかおむつを用意するとパートルは付け加えた。
それを聞いたシンシマはその姿を想像して吹き出してしまう。
「……せめて簡易トイレを作ってくれるとか」
「そんな予算どこにあります? 作るのでしたら予算をちゃんととって来て下さい」パートルは指摘する。「事務室を寮にするために施設費は使っているのですからね。いいですね?」
パーンが頷くとパートルは彼の頭を撫でるのだった。
子供をあやしているようにも見えてしまいシンシマは軽くまた吹いた。
「シンシマ君も笑っていられませんからね。パーンと二人で設計やシステム造りをするときはパーンを放置しないでちゃんと見張っているのですよ」
部長席からシンシマの机に歩いて来て、彼を覗き込むように顔を近づけてきた。口調は緩やかで穏やかなものだったが、笑顔の圧が強すぎる。
「……ちゃんと見ます」
「よろしい」満足げにパートルは頷いてシンシマの頭を撫でる。「フェリウスさん、今日のパーンのスケージュールはどうなっているのかしら?」
「十一時に第二データ処理部部長との会談があります。それまでに必要な書類や文書に目を通してもらい決済していただきます。会談後は会食なると思いますので、それが終了次第TDFに戻ってきてもらい、十五時からのオガワ部長代理とミタグラ社ヤマネ副社長との打ち合わせに備えていただく予定です」
「あら重要なことが今日もあるのね。契約を煮詰めることになるのでしょうね。必要文書の作成もしておかなければなりません。フェリウスさん、手伝ってくださいね」
「はい。パートルさん」
フェリウスは安堵する。契約内容に問題がないかチェックする時間が取れそうだからである。
「それまではパーンと付かず離れずいて下さいね」
シュルド、ノルディック、ディにも仕事内容を確認していくとパートルは楽しげに手を叩く。「今日も楽しく明るく元気に仕事をしていきましょう」
パートルは笑みを絶やさず個性派集団をコントロールしていく。
その三日後、トラッティン出張から戻ったオガワは直接事務室に顔を出す。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。ダーリン」
最初に反応したのはパートルで、気の抜けそうな甘い声で答えていた。
静かだった事務室の雰囲気が一変する。その場にいた全員が自宅にでも戻ってきたような気分を味わってしまっている。
「これ出張のお土産ね」オガワはパートルに軽く手を振るとフェリウスの元へ行く。「フィオーレが戻ってきたら、報告がてら全員でお茶にしよう」
「フィオーレは?」フェリウスが訊ねる。
「今、商品開発課のアサノ君のところに行っているよ」
彼女はバナスシティに着くとオガワとは別行動をとっていた。
「相変わらずせわしなく動くなぁ」とノルディック。
「フィオーレも色々と抱え込んでいるからね。時間か惜しいんだろう」トラッティンでも大活躍だった。「パーンは?」
「地下ですよ」パートルが答える。「午後は打ち合わせも会談もないので、シンシマ君と地下でシステム構築を始めていますよ」
「では私も行こうかな」
「貴方、報告がまだですよ」
「その報告のためだが?」
オガワはトラッティンで刺激を受け、作業がしたくてうずうずしていた。
「それに忘れていることがありませんか?」
その言葉を聞いたノルディックは出張の後、報告書や旅費など経費の請求を申請させられたことを思い出した。
あれは必要なことであったが、結構面倒だと思っていると、オガワはパートル元へと歩いていく。
「そういえばまだだったね」
立ち上がったパートルを抱きしめると軽くキスを交わすのだった。
「無事戻ったよ」
「それは何よりです。フィオーレさんから銀河保安局案件にもかかわったというので心配したのですよ」パートルは笑みを絶やさない。「十七時には三人とも戻ってきてくださいね。皆さんも報告を聞きたいでしょうから」
オガワは笑顔でパートルに手を振ると、ネクタイを緩め事務室を後にする。
「どうしたのかしら、ノルディックくん?」
「あ~いやそのね。オガワさんの自宅にでもいる雰囲気だなと」
その場の全員が、同意するように頷く。
「あら、普通でしょう。貴方もこれくらい出来るようにならないと、彼女が悲しみますよ」
「人前で出来るかな……」
「恥ずかしがっていてはダメよ。何事も慣れです。愛情表現はきちんとしないといけません。奥さんとなる方が寂しがって嘆き悲しみますよ」
笑顔がノルディックにも迫ってくる。
「が、頑張ります」
オガワは背広を脱ぐと、ロッカー室で作業着に着替える。
地下へのエレベーターに向かい乗り込む。地下二階のボタンを押すと音もなくエレベーターは下りていく。
地下二階は本来、メガタキオン粒子計測用の施設と電算機が設置される予定で、タキオンによる通信システムの構築とワープ機関の開発のため設備になるはずだった。廃部に伴い建設は中断され空の部屋となって残されていたところに、トラッティンで使用する音や音楽とそれらを体感できる新しいシステム造りが行われることになっている。
言い出したパーンはその設計を担いシンシマがシステム造りの中心となっていた。
「やあパーン、シンシマ、戻ったよ」
扉が開くとともに気軽にあいつしながら入室する。
「「お疲れ様です、オガワさん」」
広い室内の片隅でパーンとシンシマは作業を進めている。
「フィオーレのおかげで良い出張になったよ」とオガワが二人に応える。
「オガワさんのおかげだとフィオは言っていましたけれど」
「彼女こそ重要なキーパーソンだったよ。フィオーレのおかげで行政府とも太いパイプが出来たし、良い契約が支社と地元企業とも結ばれた」
高い天井と広い空間の中にポツンと機材が置かれている。
「こちらの進行はどうかな? トラッティン行政府の産博関係者にはデモの音響も体感システムも好評だったよ」
「それは良かったですが、デモ3Dよりもより良きシステムが出来ようにしないといけませんね」
パーンは破顔する。
「それにしても懐かしいね」
むき出しの集積回路やパーツを見ながらオガワは眼を細める。
「何がです?」シンシマはオガワに問う。
「今組み立てているシステムだよ。パーンの部屋に組み込まれた音楽プログラムとシステムを思い出す」
「さすがオガワさんです。覚えていてくれたのですね」
「あれは忘れられないからね」
音もさることながら、あの部屋中に設置された音楽システムは圧巻だった。窓も覆いつくし天井にも機材が到達していて、広かっただろう部屋には人が二人も入れば窮屈に感じるほどだったのである。
「実家からも使えるものをいくつか運び込んでいます」
大変だったとパーンは苦笑する。システム機材の奥まで潜り込んで回収してきたらしい。
「これは自前のものだったのかよ」
「昔、パーンの自室を見せてもらったことがあったのだけれど、窓まで覆いつくされた機材は圧巻だったよ」
オガワは懐かしむように言った。
「まだ十歳になっていないのにそんな音響システム構築していたんですか?」
「普通考えられないよね。だがパーンはやってのけている。それが今回の仕事にも繋がっているんだよね」
「なるほど。ベースになるものは出来ていたということか」シンシマは納得するように頷く。
「それでもイメージする音にはまだまだ足りません」
「まさかこの室内全てをシステムで覆いつくすつもりではないだろうね?」
冗談混じりオガワはパーンを見る。
「可能であればコンパクトにしたいですが、時間もありませんから思いつくままシステムを増築していく予定です」
「今は小山のような感じですが、下手するとバベルの塔のように天井まで届くかもしれません」冗談交じりシンシマは言う。
「予算は多く確保するつもりだけれど、ほどほどに頼むよ。使うのはここだけではないのだからね」
「趣味では届かないように高価な回路を使ってみたかったんですけどね」
シンシマはオーディオにも詳しいようだった。
「プログラマーはそろっているし、自前で集積回路も開発できますから、その辺りは頑張りましょう」
「自社の機材も使ってあげくれよ」とオガワが言うとシンシマは考え込んでしまう。
「ちょっと見劣りするんですよね。ジプコ製の音響機材は」
「ならこちらから機材開発を持ちかけてみたらどうだね?」
「いいかもしれませんが、横やりが入りませんかね」
どうもパーンは秘密裏に行いたい部分があるようだった。
「可能なところは公開しつつ組み上げていくようにしようか」オガワは提案する。
「自分達だけでは難しいところがありますからね。その辺りは臨機応変に行きましょう」シンシマは頷く。「サイバー空間で人が肌で体感できるような感覚に出来るようにするのであれば、多くの情報が必要になり、多種多様なプログラムが求められます」
「まあそれはフィオーレ達プログラミングチームに任せよう。私達はそれを基に必要なものを組み立てていこうじゃないか」
オガワは楽しそうに言い、シンシマはそれに頷く。
彼らはただ広い空間の片隅でポツンと作業をしている。オガワは将来的にこれがこの室内を埋め尽くすシステムが組み込まれるとは思わなかったはずだ。
TDFはほぼ自前でICを作り回路から組んでいったというのである。狂気としか言いようがないとシステムを見た者は思うほどだった。
「それはかまいませんが」シンシマは懸念を示す。「同じものをトラッティンも設置しなければならなくなりますよね? 設置作業に間に合いますか?」
「ここから運び出すのも難しくなるかもしれないね」
「システムはここからは動かしません」パーンは二人に言う。
「じゃあどうするつもりだ?」
「そのための銀河通信です」
「なるほど、トラッティン支社に強固な通信システムの構築を依頼したのはそのためか」オガワは納得したように頷く。「つまりは理解できる人にはジプコの通信システムが強固で有用なことを示せるわけか」
「まあ自分勝手な理由ではありますが、向こうに持ち出すと廃棄されたり他の誰かに利用される可能性もありますので、ここで産業博覧会の音や音楽制御したいのです」
「なんか途方もないことを言っているな」
シンシマは呆れる。数千光年も離れた場所をタイムラグ無しに繋ぐのだから。
「それがTDFでもありますから、よろしくお願いしますオガワさん、シンシマ」
「リアルに仕上げて見せようじゃないか」シンシマは拳を握りしめる。
これだけのことをやれるのならハード技術者冥利に尽きるというものだった。
「そういえばこのシステムの名前は決まっているのかな?」
「考えていませんでした」パーンは眼を細める。「何かありますかね。名無しのシステムでは相手にも話しづらいですし」
「ならいいアイディアがある」シンシマは笑いかけてくる。「牧神の笛だよ」
「牧師の笛か」
オガワは感心し頷く。
「パーンの名前からギリシャ神話の牧神を連想して思いついたのですが、いい感じのネーミングじゃありません?」
「自分の名前が冠されるはなんかおかしくないですか?」
気恥ずかしさもあったのだろうパーンは言う。
「パーンの名じゃないよ。牧神だ。その笛の音だよ。パーンパイプは」
シンシマはパーンの肩を思いっきり叩くのだった。
『パーンパイプ』プロジェクトと名付けられたシステムとプログラムは永遠の課題としてTDFの地下に据えられ進化し続けることになる。
これがパーンパイプの出発点になるのだった。
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