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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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トラッティン産業博覧会①発端 3-5

 5.策謀渦巻く出張へ



『フィオーレ、いいかしら?』

 フェリウスからのインカムへの通知にフィオーレは嫌な予感がした。

『部長以上が使う秘匿回線で貴女に連絡が入っているの』

「誰からかしら?」

『第一データ処理部課長のアインズマン氏よ』

 こめかみを押さえながらフィオーレは回線を回しても大丈夫だと伝える。

 切れてしまわないように相手の顔は見えないように映像はオフにした。フィオーレの様子にその場にいた面々は興味津々に彼女を見つめる。

『やあ』気さくに聞こえる声でアインズマンはフィオーレにフレンドリーに挨拶してきた。それだけで不愉快だと感じてしまう。『久しぶりだね』

「何用かしら?」

 声に出ないように努め平静を装いながらフィオーレは答える。

『困っているのではないかと思ってね』

 マウントを取るような言葉から思い上がった表情が見えてくるくらい恩着せがましい口調だった。

「要件をおっしゃってくれませんかしら」

 フィオーレもそれが分かっているから長々と前置きを聞くつもりはなかった。

『トラッティンの産業博覧会に参画すのだろう。私は君の手助けになる伝手をいくつか持っているからね』

 フィオーレが口を開こうとする刹那、彼女はノルディックに視線を送る。

 それに気が付いた彼はすぐさまディの後ろに立つと彼女の耳を塞ぐ。罵りを聞かせたくないという阿吽の呼吸だった。

「非常に困っていることがあるわ」

『なんだろう。言ってみたまえ』

「あんたの糞みたいなパビリオンのデザインを何とかしてくれないかしら。おかげであの下品な設計からの内装変更に私は苦労しているよ。あのゲテモノみたいな建物はなんなの」

『洗練されたデザインのどこがおかしいというのだ?』気色ばんでいた。

「洗練? 笑わせてくれるわね。トラッティンの風景にそぐわないデザイン。ミジンコ以下のアイディアにどう手を加えようか頭を悩ませていますのよ。陳腐すぎてあなたの脳が腐って蛆がわいているようでしてよ。笑ってしまいますわ。あんたの下品な性格が出すぎていて、トラッティンの委員会に謝罪してしまいましたのよ。どうしてくれますのかしら」

 デザインだけでなくステージや展示内容にまで辛らつに言及していく。

 針を何度も痛覚に刺され続けるような鋭利な言葉は心臓をえぐり続ける。容赦のない言葉の暴力にアインズマンは悲鳴を上げた。

「ま、待ってくれ、分かった。もう止めてくれ。それと聞かせたい情報があるんだ」

 まだ言い足りない。それでもフィオーレはいったん口を閉じてやったが、再び彼の言葉を遮る。「専務派の動向も貴方方常務派のやろうとしていることも分かっています。すでにギルテン課長と第二開発部の企みは蹴散らしています。TDFをずいぶんと低く見ていらっしゃるのね」

 冷え冷えとした言葉が投げつけられる。おびえ切ってしまっていたアインズマンはさらなる追撃の言葉から逃げるように通信を切るしか手はなかったのであった。

 通信を終えたフィオーレはいつも以上にすっきりとした笑顔をノルディックに向ける。彼は不思議そうな顔をしているディの耳を覆っていた大きな手をようやく離すのだった。


「それは大変だったね」

 宇宙ステーションでその話を聞いたオガワはフィオーレを労うように言葉を掛けていた。

「これは序の口ですよ」

「横槍、妨害。専務派だけでなく常務派からもきそうだね」

「全て跳ねのけて御覧に入れますわよ」

「程々に頼むよ」

「徹底的にやらなければなりませんわ。手出しができないと骨身に染みわたるほどに」

 冷え冷えとした笑みをオガワに向けるフィオーレだった。

「まあ雑音は消して、仕事に専念したいところだよね」

「同意します。トラッティンでも想定しうるトラブルに対処できるように考えています」

「そうだね。それでも想定以外のことも起こりうるよね」

「オガワさんにだけ苦労はおかけしませんよ」

 フィオーレは微笑んだ。

 二人は三回の乗り継ぎを経て一日がかりで太陽系マイルズに到着するのであった。

 その間も休むことなくフィオーレは連絡を取りながらプログラムを練り上げていっていた。


 惑星トラッティンの宇宙港ロビーに降り立った瞬間、オガワのサイバーメガネは視界の片隅で不審な動きをする二人の男の姿を見つけ追尾していた。

 早速呼びもしないのにオガワとフィオーレにすり寄ってくる者がいたのである。

 この惑星だけでなく銀河系でも最大手ゼネコンの担当者だった。

「ようこそいらっしゃいました。わたくし共はティエスエスカンパニーのものです」

 慇懃に挨拶してくる代表者は名刺を差し出してくる。仕方がなくオガワは名刺を受け取りながら挨拶を交わす。

「早速ですが、わたくし共の用意しましたホテルへご案内いたします」

「それは結構です。宿はすでに手配してもらっていますし、これから私達は行政府の方々に挨拶しなければいけませんので」

 フィオーレの推測からある程度予測していたが、あまりにもテンプレ過ぎて笑えなかった。

「ではわたくし共が送らせていただきます」

 工事の発注契約を望んでいるのだろう。彼らも必死だった。

「結構です」毅然とした態度でフィオーレは断りを入れる。「あまりしつこいようでしたら、保安局を呼びますよ」

「お伺いする時間はお伝えしていますよね」オガワも言う。

「分かりました。こちらからお迎えに上がります」


 最初に二人はトラッティンの行政府に直接向かう。

 謝罪と今後のことを説明するためであり、誠意ある行動をオガワはとるつもりだった。

「あのゼネコンの担当者も必死になるのは分かるけれど……」

「これまではうまく接待していたのでしょうね。同じことをすれば再び甘い汁が吸えるとでも思っているのかしら」

「予算的なものは変わらないだろう」

「どこかで手を抜く算段でもあるのでしょう。実際の外装建設にかかった経費と資材の流れを調べてみると、色々と分かりますよ」

「なるほどね」フィオーレの言葉に納得するオガワだった。

 残された予算は潤沢ではない。

 ただアインズマンがTDFに役立ってくれたことがひとつだけある。それはパビリオン建設に関する工事契約をすべて切ってくれていたことだった。これは専務派への嫌がらせであったのだろうが、TDF側からすると外装以外はすべてリセットすることが出来、新たに業者選定をすることが可能になったのである。

 この機を逃さずフィオーレは内装に関する業者を調べ上げていた。

 先ほどのゼネコンに関しては、外装工事だけを継続させて、その他はトラッティンの地元企業に依頼を出すつもりで行政府にもお願いする予定だった。

 パビリオン建設には莫大な金が流れる。

 しかし中央のゼネコンがそのほとんどを押さえていたため、地元に流れる資金は多くはなかった。トラッティンにも優秀な企業はあるのにもったいない話だとフィオーレは思っていたのである。

「影響力の差かしらね」

「地方では中央の大企業へのパイプなんてそうそう作れるものでもないからね」

「産業博覧会を推進した行政府側はもっと地元企業を使ってもらえると期待していたでしょうに」

「惑星外ではアピールも難しいしね」

 オガワとフィオーレはエアカーを降りると行政府の中に入ってくのだった。


 小さな応接室に二人は通される。

「お待たせしました」

 しばらくしてオガワと同年代くらいの少し細身の男性が資料用のタブレットを抱えた若手女性を伴い入室してくる。

 二人は立ち上がり挨拶すると名刺交換が始まる。

「前任に変わり、トラッティン産業博覧会のプロジェクト担当責任者になりましたバーリー・リライアント・オガワです」

「同じく企画設計担当のフィオーレ・カティエスですわ」

 人当たりの良い表情で笑いかけるオガワに対して、美しくエレガントに人をとろけさせるような笑みを向けるフィオーレだった。

「私は産業博覧会推進課の課長を務めていますエンガ・クロカワです」

「推進課でジプコパビリオンの担当をしているマルリエ・ハスガヤです」

 二人とも笑みを浮かべていたが、特に女性の方は不信感を募らせているような目をしていた。当然だろう。

「この度はトラッティン行政府と推進委員会様には多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。社を代表して謝罪申し上げます」

 オガワが頭を下げるとそれに倣いフィオーレも深々と頭を下げる。

「ジプコのイザン社長からも謝罪はいただいています。今後このようなことが無いようお願いします」

「本当です。撤退されたのではと非常に焦りました」

「ハスガヤ君」咎めるような声だった。

「すいません課長。ですがやはり一言いいたいです」

 怒りと不信はもっともな話である。

 それまでジプコからトラッティンに常駐していたスタッフが突如として全員が撤収していた。前置きもなくゼネコンへは契約打ち切りを告げていたので、それが分かり推進課ではジプコのトラッティン支社に問い合わせをしたが、常務の命令もあったようで、支社とは関わることなくすべてプロジェクトスタッフだけで博覧会のことを進めていたため、彼らもまた何も知らされていないから答えようがなかったのである。

 企業としては如何なものであるかとオガワも思ってしまうのである。こういった時、末端の者がスケープゴートにされ、後任が矢面に立たせられるのである。

 オガワは通信だけではなく直接、トラッティン行政府に挨拶をすることでジプコへの不信感を取り除こうとしていたのだった。

「お怒りはごもっともです」オガワは誠意を込めてハスガヤに言う。「ジプコとしましてもトラッティン行政府に敬意を示すとともに、社としましてもこれまで以上の成果を出せるように努めてまいります。社長イザンは太陽系トラッティンの将来性を高く買っております。これからも良き隣人でありパートナーとしてあり続けられるように考えている次第です」

 誠心誠意オガワは謝罪し言葉を伝えると、それは伝わったようにも見えた。

「それは本当にありがたいお話です。府長にも伝えておきます」

「よろしくお願いします。直接伺った甲斐があます」

 改めてお礼を言うと、二人はようやく席を勧められる。

「今日、こうして直接訪問させていただいたのは我々の新たな企画をお見せするためと、お願いがあってのことであります」

「新企画ですか? パビリオンの建設があそこまで出来上がっているのに、変更されるのですか?」

 クロカワとハスガヤは顔を見合わせてしまう。

 何もかもが白紙となり、残されたのは建設途中のパビリオンだけだった。踏襲するのならいざ知らず、十日余りで何かしら新しい企画が出来るはずがないのである。

 ろくなものではない。表面を取り繕ったものであると思えても仕方がない。

 そんな二人の前にタブレットを置くと3D映像を展開させていく。フィオーレは疑念を払拭するようなプレゼンテーションを始めるのだった。

 美しく清らかな声に聞き惚れ、優雅で洗練された仕草に魅了されていくのである。

 完成予定のパビリオンから視点が内部へと移ると、その中央には大型の三階層はある広いブリッジと展望室が現れ窓の外には様々な銀河が映し出されている。

 いや映像ではなく現実のもののようにすら感じられてしまうクロカワとハスガヤだった。

 圧倒されてしまう。

「宇宙は深淵ではなく音や光に満ちています。それらを手の届くように、そして私どもは深淵がどれほど隔てようとも人と人を繋ぐ力を持っています。言葉だけではなく音や映像を届ける力があります」

 肌で感じられるほどの春の麗らかさがそこにはあり、ブリッジや展望室を囲むように様々な映像が展開していく。音と光の乱舞だ。

「きれい」

 ハスガヤは思わず呟いていた。

 まるでそれは以前からパビリオンのために企画されていたコンテンツであるかのように思えてくる。

「『銀河通信』これが私どもテーマであります」

 最後にそうフィオーレは締めくくった。

「これを実現されるというのですか、あなた方は?」

「TDF側といたしましては、多少の内容変更はあると思われますが、今お見せしたすべてを実現させる意向であります」

 自信たっぷりにフィオーレは宣言する。

「TDF?」聞きなれぬ名称にクロカワは思わず訊ねた。

「ジプコの一部門でありますが、少数精鋭であります。トラッティンのお役に立てますわ」

 これが世に初めてTDFを知らしめることとなる第一声であるとされている。銀河系にその名を轟かせることになる彼らの活躍の前哨戦であった。

「如何でしょう?」オガワは二人に訊ねる。

「ぜひ実現させてください。実際に体験してみたいです」

「我々も協力を惜しみません」

「その言葉が聞けてTDFとしても嬉しいかぎりです。それにジプコといたしましても助力がいただけることは本当にありがたいことです」

「お願いというのはどのようなことでしょう?」

「トラッティンの地元企業を紹介していただきたいのです」

「地元企業を使っていただけるのですか?」

「今のトラッティンは工業にも力を入れていらっしゃいます。それを利用しないのはもったいないですわ」

 フィオーレは営業スマイルで答えていた。

「ありがとうございます。ぜひ紹介させてください」

 クロカワ課長としてもそれは願ったり叶ったりの申し出だった。実は地元への還元が少ないと地元企業や商工会から突き上げがあったのである。

「こちらの業者様なのですが、連絡が取れるように手配していただきたいのです」

 フィオーレは二人の端末へデータを飛ばしながら、タブレットを見せる。

 すぐさまクロカワは商工業振興課へ連絡を入れ担当者を呼ぶとともに、ハスガヤに商工業振興課課長だけでなく関連する課長や担当者をこの場に呼ぶように指示するのだった。

 フィオーレのプレゼン以降、四人の間では熱のこもった打ち合わせが続くのである。


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