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サラリーマン、銀河を行く ~底辺から花形部署へ成り上がれ  作者: 無海 シロー


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トラッティン産業博覧会①発端 3-4

 4.日常の中から



「明日の更新日までには絶対に間に合わせてやる」

 ノルディックは丸太のような腕を振るいながら巨体を揺すると、フィオーレは彼をきつく睨んでくる。

「当たり前でしょう。貴方は作り込みすぎるのよ」

「すまない。今回のアップデートでどうしてもこれもやりたくて」

「口よりも手をもっと動かしなさい。アイディアが枯渇しないのは良いことですけれど、ちゃんとスケジュールを守りなさい。ちょっと目を離すとこれだからノルは」

 ノルディックのアップデート作業をフィオーレはフォローしながら、それと並行して自らが描いたイメージボードから内装の設計を行っていた。

 もちろんディやパーン、シンシマらの意見や要望を最大限取り入れての作業だった。

 膨大な設計を電算室の補助を受けながらではあるが、初めてとは思えないスピードで設計図とサンプル映像を組み上げていっている。

 明後日にはオガワとともにトラッティン行政府に挨拶に行き、更にはトラッティンの地元企業に挨拶回りをして、契約を行う手はずになっている。ただトラッティンへ行く出張日はゲームの更新日が過ぎてからということでずらしてもらっている。

「本当に済まない」

 タイトなスケジュールを全員が抱えているのは知っているのでノルディックも身が縮む思いだった。そんな中でもフィオーレはフォローしてくれているのだから頭が上がらない。

「私が見ていないとだめなのね」フィオーレは突然声色を変えて語り掛けてくる。

「頼む姉の真似だけは本当にやめてくれ、フィオーレにやられると鳥肌が立つ」

「失礼ね」憤慨した様子を見せるが、それはフリだった。彼女はシンシマを見る。「これが終わったら、そちらも少しは手伝えるからもう少し待っていてね」

 シンシマはひとりでモニターに向かいながらパーンのオーダーからシステムを設計しようとモニターを二つ展開し格闘していた。

 事務室にはディを含め四人いたが、彼だけが違う仕事をしていたのである。

「あのねフィオ、いいかしら?」

「何かしら?」顔も上げずにディにフィオーレは訊ねる。

「そろそろ私も残業させてもらえないかしら?」

 デュエルナもアパートメントから荷物を運び出し完成したTDF本棟の寮に入っていた。

「したいの? ろくなものではなくてよ」

「私にもできると思うの」

「分かったわ。休憩しましょうノルディック」

 フィオーレはサイバーグラスを外すと立ち上がる。シンシマにも声を掛け休憩コーナーへと向かうのだった。


「なになに、あれはどうしたの?」

 シンシマはノルディックに訊ねる。

「ディを含め、シュルドさんとオガワさんは定時で帰っているだろう」

「そうだったな。とりあえず残業代は出ているから問題はないけれど、ディも残業代が欲しいのか?」

「そうじゃない。以前からもっと役に立ちたい、手伝いたいってディは言っているんだよ」

「流石天使。ディらしいな」

「それをフィオーレは認めていなかったんだ」

「なぜ? やらせればいいじゃない」

「彼女の体調を考えてなんだよ」

「まあ徹夜は厳しいからな」

「そういうことだ」

「フィオーレはお前やディを親目線で見ていることがあるもんな」

「シンシマやパーンにもだろう」

「言われてみればそうだな。さっきも声を掛けてくれるし、神出鬼没なパーンを見つけるのもうまいし、扱えている」

「仕事の気遣いもだけれど視野が広いんだろうな。あれは小姑の域を超えているよ」ありがたくはあるが、世話焼きのお母んだとシンシマに囁くように言う。

「どうする気だろうな? 四人で会議か?」

「分からん。フィオーレの行動も結構突飛だからな」

 パーンの従姉というだけあってか、フィオーレの行動も読み辛かった。

 ノルディックは肩を竦め、ディと談笑するフィオーレの後を付いていく。シンシマとの会話を聞かれているとも知らずに。

「俺はノルディックがフィオーレかディのどちらかと付き合っていると思っていたんだけどな」

「恐れ多いことを言うなよ。見りゃあ分かるだろう?」

「ディとノルディックが繁華街とかデートスポットにいるという目撃情報は何度も聞いたからな。まあ実際に俺も二人で繁華街を歩いているところは見たことがあるけれど、あれはどう見たってデートと言うよりボディカードか面倒見のいい兄貴といった感じだったからな」

「そう見てくれていりゃあいいんだが」

「やっかみも多いか? 誹謗中傷もあんな美人と付き合えていると思えばお釣りがくるんじゃないか」

「ろくなもんじゃないぞ」

「俺としては古い映画のキングコングにお前を例えてディを本社ビルの上まで拉致している絵が一番笑えたがな」

「ディのお許しが出るなら、お前も二人で出かけてみろよ」

「遠慮する。俺はそこまで顔出ししたくないし、誹謗中傷は受けたくないからな。気が小さいんだよ」

「どこがだよ」ノルディックは片手で思いっきり突っ込みを入れようとするが、彼は何とかそれをかわす。

「まあなんにせよ。こうして実際にあって話をしてみないと分からないことも多いよな。ディの純真無垢なお嬢様だし、フィオーレは高飛車なお母さんだし」

「バラの棘どころじゃないからな」

「お前はいじられキャラだし」

「ノリが良いと言え」

 二人は肩で小突き合い笑うのだった。


 休憩コーナーには酒類以外の飲み物が飲料メーカーごとに網羅されている自販機とファストフードやカップヌードルといった軽食の販売機が壁一面に十台並んでいた。十名にも満たない所員しかいないのに豪華である。

 テーブルにマティオのインスタントコーヒーが入ったカップをシンシマは置く。

 旧第三課があったころからあるコーナーで現在も憩いの場でもあったが、今は多くのテーブルやイスが撤去されてがらんとしている。

「ここにキッチンでも作ればいいのに」

「確かに社員食堂とか欲しいよな」シンシマにノルディックも頷く。

 フィオーレがタブレットを取り出して、考えていたことを開始しようとしていた時に右耳に付けていた緊急用のインカムにシグナルが軽やかに鳴り響く。

「どうしたの、フェリウス?」

『フィオーレさぁぁぁぁぁん、パーンが見つからないんですぅぅぅぅぅ』

 脳に響くほどの涙声を上げていた。

「放っておきなさいよ。それとも来客? 面会予定とか?」

『そうなのですよぉぉぉぉぉ。お茶の準備をしながら誤魔化していますが、連絡がつかないのです。助けて下さいぃぃいぃぃぃ!』

 悲痛な叫びである。パーンの奇抜な行動力は有能な秘書課社員を嘆かせるほどのものだった。フィオーレは軽く頭を抱える。

「またなの。どこで見失ったの?」

 フェリウスに頼りなさいと言った手前、逃げるわけにもいかない。フィオーレは彼女に訊ねながら本棟のセンサーをフル稼働させ、ちょっとした空気の動きも見逃さないレベルにしていく。

『電算室ですぅぅうぅぅ』

 本当に困っているため涙声だった。フェリウスは秘書としてスケジュール管理の達人だったが、部長パーンの行動力と思考には追いつけていないようだった。何とか食らいついていこうとするが、それが彼女を追い詰めていくような気がしてならなかった。フェリウスは責任感の強い娘だった。

「分かったわ。十分以内に連れていきますから、お客様の接待をしておいてくださいな」

『ありがとうございますぅぅぅぅぅ。よろしくお願いしますぅぅぅぅぅ』

「泣かないの。大丈夫だから自信を持ってね」フィオーレは通信を切ると、その場にいた三人に向き直る。「十五分で戻ってきます。ここで待機していなさい」

 そう言い残すと足早にではあったが、優雅に休憩コーナーを後にする。

「パーンのお守りもか」シンシマは退出していくフィオーレを見て呟いた。「いや、俺もか」

 休憩前のひと言を思い出していたシンシマだった。

 女性では最年長で有り、TDFでは高慢で高飛車な態度をとっているが、その実は小姑であり優しきお母んであるとシンシマは気付かされてしまう。

「どれだけ視野が広くて、世話焼きなんだよ」

 閉じていく扉を見ながら彼は思うのだった。


「お待たせしました」

「待っちゃいないよ」

 シンシマがフィオーレに応えた。三人での談笑も面白かった。ディの性格がようやく見えてきたと思っている。

「それではピンポンを始めます」

「「はあ?」」シンシマとノルディックは驚愕の声が被る。

「温泉卓球かしら」

 フィオーレはディに笑みを向ける。

 収納されていた二種類のラケットを差し出した。

 ディはシェークハンドのラケットを手に取る。

「プレイしたことがあるのかしら?」

「フィオの言うピンポンや温泉卓球は初めてです」

「試合形式もありますが、どちらかというと私はラリーがしたいのよ」

「フィオの玉を打ち返せればいいのですね」

「話が早くていいわ」

 卓球台がせりあがってくる。二台も。

 シンシマとノルディックもプレイして、まずはラリーの見本を見せなさいと暗に言っているのであった。

「何をするつもりなのかな。フィオーレは?」

「オレとしてはディの体力を見るためだと思うのだが……ラリーだよな。よく分からん」

 セルロイドの球を軽くシンシマはノルディックに打つ。相手のレベルが分からないのでまずは様子見である。

 ノルディックもシェークハンドのラケットで軽く当てて返す。それが数回続いかと思うと相手をさらに試そうと打ち合いが徐々に激しくなっていく。両足を開き少し猫背になりながら左右に動き高速で打ち続ける。

 面白くなってきたシンシマは思いっきりドライブをかけて打ち返した。スピードが落ちていたが、少し山なりになって台に落ちた球はノルディックの頭を超えていこうとする。彼はそれを見て背走から回り込み、負けじとドライブをかけて打ち返す。台から離れての打ち合いになり、ついにシンシマがスマッシュを打つのだった。

「ラリーじゃないのかよ」

「すまん。すまん。ノルディックなら打ち返してくれると思って」

 カラカラと笑うシンシマだった。

「フィオーレ、こんな感じでいいか?」ノルディックは球を天井に打って跳ね返ったものを手で受け止める。ラリーが終わるとディは懸命に拍手する。

「ありがとう。私達もやるわよ、ディ」

 フィオーレがディにピンポン球を右角に軽く打つ。それをディは正確にフィオの正面に向けて返した。打ち返しやすいようにである。

 フィオが更に打ち返した球はスピードはないが右に大きく変化する。瞬時に反応して打ち返そうとしたが、球はフィオーレには向かわずネットすら越えなかった。

「駄目ね」

「すいません。次は打ち返します」

 フィオーレはまたサーブを打つが、ディは返すことが出来ない。彼女はラケットの角度を瞬時に変えて鋭いスピンをかけていたのである。ディが打ち返せるようになるまで様々な回転を付けサーブを打っていく。

 ディは目を凝らしラケットの動きや球に書かれているメーカー名から回転を見て、ドライブを掛けて打ち返すことに成功すると、フィオーレはさらに左右にディを翻弄し始める。

「ディの対応力もだけど、フィオーレってプロレベルじゃないか?」

 シンシマは呆れながら二人の動きを見ていた。

「フィオーレは何をやらせてもプロレベルまで行くらしい」

 パーンとディに聞いたことを思い出しながら彼にノルディックは答えていた。

「しかもあのタイトスカートでよく動けるな」

「特製なのかな?」ノルディックはシンシマに訊ねてみる。

「さあ」肩を竦めて見せるシンシマだった。「それにフィオーレはハイヒールじゃなかったか?」

「あのシューズはヒールにもパンプスにもなるようだな」

「いや違う。スポーツシューズにもなる特注品だぞ」

「あの一足だけじゃないよな? まあフィオーレならヒールであっても走ったりできそうだが……」

「それについていけるディもすごいが、フィオーレはいつでも臨戦状態に入れるということだよな……」

 シンシマとノルディックは顔を見合わせ乾いた笑い声を上げるのだった。

「オレ達も続きをやるか?」シンシマを誘った。 

「見ていた方が面白い。さっきみたいな派手な動きは疲れる。これだけでは終わらないだろうしな、ノルディック」

 二人の様子を視線の片隅で見ていたフィオーレはほくそ笑んでいた。彼女は素直に打ち返してくるディの球を左右に振るように打ち分けてディを翻弄し続ける。多少その場から動くことはあってもどのようなドライブも変化する球も思い通りに受け止めてディを走らせ続けている。

「ディも負けず嫌いなところがあるからなぁ」

「天使でも勝気になるものなんだな。それにこれピンポンじゃないぞ」

「温泉卓球という遊びレベルじゃない……」

 ラリーは五分以上続き、不意にフィオーレはノルディック目掛けてスマッシュを打つ。

「まあ、こんなものかしら」涼しげな表情でディを見つめる。「動きは悪くなかったし対応力もまあまあね」

「ありがとうございます」

 ブラウスの袖で噴き出してきた汗をぬぐう。それでもディの息はすぐに整っていく。

「ジョギングは続けているの? そう頑張っているのね。今日は二時間までなら許します」

 その言葉に礼を言うとともにディは顔をほころばせる。

「お許しが出たわ」

 彼女はノルディックの元に駆け寄ると軽く両手を握りしめ嬉しそうにほほ笑んだ。

「良かったな」ノルディックはアイソトニック飲料をディに渡しながら頭を撫でる。

「終わったのなら仕事に戻るか?」

「何を言っているの。次はシンシマよ」

「えっ、俺もなの? ディを見るんじゃなかったのか?」

「私のストレス発散よ。決まっているじゃない」

 有無を言わせぬ口調で睨みつけるとシンシマを卓球台の前に立たせる。彼女は髪を纏め首元のタイを緩めると上着を脱ぎ、腰を落とし構える。今度は試合形式の卓球だった。

 本気のフィオーレに学生時代に遊びや授業でしかやったことないシンシマもノルディックも手も足も出なかった。二人とも一セットも取れずにあっけなく敗れ去ってしまう。


 ゲッソリしながらシンシマとノルディックが事務室に戻るとパートル・オガワが一人で書類データの入ったタブレットを見ながら事務処理をしている。その事務処理能力は『惚れ惚れするような仕事っぷりだった』と称賛するオガワの言葉は身内贔屓から来る誇張でも何でもなかったと彼らは実際に仕事を見て知ることになる。

 おおらかで、いつもにこやかな笑みを絶やさぬ女性だったが、芯の強さもあり笑顔のまま主張を曲げず相手を見つめてくる彼女は無敵にも思え、その統率力はオガワ以上ともいえた。身長はオガワと同じくらいで少し小柄である。短いがウェーブのかかった髪、ふくよかな顔立ちは優しい雰囲気を醸し出している。

 彼女は先週からアルバイト採用されて週に三日ほど事務室に顔を出して書類を片付けていた。

「お疲れ様です。パートルさん」全員がパートルに声を掛ける。

 彼女は本社総務部へ行って書類を提出し、今も残っている元同僚に挨拶をしてきたという。

「フィオはほどほどになさいね」どのようなことをやって来たのか四人の様子を見て察したようである。「これが出張の際に必要になるチケットです」

 フィオーレの端末にデータチケットが転送される。ホテルの情報もだった。

「ありがとうございます。私とオガワさんが出張の際には常駐していただけるのですよね」

「もちろんよ。うちのダーリンをよろしくね」

 バーリーのことを『ダーリン』と愛おしそうに言うパートルに、初めはそれを知らない全員が衝撃を受けた。確かに人それぞれなのだが、オガワはどちらかというと和風な感じがして『お父さん』の方が奥さんからの呼び方としてはしっくりくると誰もが感じていたのである。堅苦しく『主人』までならありだが、ご近所にいそうなおかみさん的なパートルにハートマーク付きで言われると何度聞いても衝撃的だった。

 しかも仕事中に本人を目の前にして仲睦まじく言う。仕事中にである。シュルドをはじめ全員が唖然としてしまう。しばらくして慣れてきたが、それでもこうして言われるとハッとしてしまうのであった。

「あなた達がいない間にフェリウスさんが来ていたわよ。落ち込んでいたようだからハグして癒しておいてあげたわ」

「頬擦りしてキスもしてあげてくださいましたか? それなら彼女も元気が出たことでしょうね」

「あとパーンには厳重に注意していましたからね」

「ちゃんと手綱を握っていてもらえると、私も安心して出張に行けますわ」

 女傑同士の会話は朗らかなものだったが、内容を考えるとシンシマもノルディックもなぜか恐怖を感じ背筋が凍る思いだった。

「貴女も無理してはだめよ。十日間で設計まで仕上げようなんて尋常じゃありませんからね」

「私としましてはこれでも押さえているつもりですよ」

「それならいいのですが、審査を通すようにする私も大変なのですからね」

「ご苦労をおかけします」

「私としては若手の皆さんのお役に立てるのも喜びですよ。伝手を頼ってしっかり認めさせていますからね」

 笑顔で怖いことを言うとシンシマは思った。どうやらごり押しで会社側に認めさせているようである。辞めてもなお権勢を誇るのも恐ろしく思えてくるのである。

 だがこういった力が無ければ立ち上げたばかりの弱小TDFでは立ちいかなくなるだろうとは感じているのも事実だった。



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