トラッティン産業博覧会⑤細光 14-4
4.噂と現実と
時はランチタイム。時間どおりに彼女は自前なのかエアサイクルから降りて駐車スペースに停めると、オガワの前にトコトコとやって来て、ちょこんと挨拶してくる。
「はじめまして、ミリーです」
空色のポニーテールが尻尾の様に揺れている。
ドレスを着ていれば可愛らしいお嬢様の登場に見えただろうが、スーツに白いブラウスに赤いリボン、タイトスカート姿なのがアンバランスだ。
オガワはランチをしながら話をしようと、所属する課長の許可を得て会って話をすることにした。クリスに教えてもらったバナスシティ商業区のアンティークなカフェの近くで待ち合わせをすると、彼女は本社ビルから仕事を終えてすぐに駆けつけてくれたようだ。
「バーリー・リライアント・オガワです。今日はありがとうございます」
オガワは戸惑いながら声を掛けていた。
「こちらこそです」ミリーは満面の笑みを浮かべてくる。「わたしはミュウリエイ・パティスです。ミリーとお呼びくださいね。オガワさん、よろしくお願いします」
元気一杯に答える姿は圧倒されるほど明るくほがらかだった。
大人びた様子はない。やはり孫か幼い娘と会っているように思えてくる。
似た別人と会っているような気がして、本当に戸惑いながらオガワはミリーを伴いカフェに入る。
親子に見えてしまうなと思いながら。
「オガワさんからお誘いがあるのは光栄です」
ミリーはイカ墨パスタを頼み、食べれば歯茎まで黒くさせながら楽しそうにオガワと話をしている。どんな会話にもミリーは楽し気に乗ってくれて、その知識と情報量には舌を巻く。
オガワはパエリアを頼み、それを食べながらその様子を見つめている。
「私を知っているのかい?」
「『仏』『人徳』と冠される方ですよ。有名ではありませんか」ミリーは微笑んだ。
本当に笑顔の似合う可愛らしい娘だった。
「仏とか、それは過剰評価だよ」
「それだけのことをしていなければ、このような噂や評価は得られないと思います」クリクリした瞳をキラキラと輝かせ終始笑っていた。「お誘いありがとうございます。本社ビルの社食に飽きていたので、嬉しいです。このパスタは本当においしいですよね」
「ここは紹介してもらったんだよ。本社ビルの社食も美味しいと思うんだが?」
「第三データ処理の社食が無くなってガッカリです」
「そこまで行っていたのかい?
「社食を食べ歩くとあそこが一番美味しかったのです」
「な、なるほど」
その行動力をどう評価すればいいのか、考えてしまう。
「それで、オガワさん。このミリーに何用でしょう?」
その瞳は興味津々にオガワを見つめてくる。
「フィオーレから推薦があってね。直接会ってみようと思ったんだよ」
「フィオーレ・カティエスさんがミリーをですか? 素敵です! 嬉しいです!」
飛び跳ねんばかりの喜びようだったのが意外過ぎた。
「そんなに?」
「今をトキメクTDFですよ。しかもカティエスさんからなんて、ミリーとしては憧れでありますから」
彼女はフィオーレが市場調査課に所属していた頃から知っていたようだ。
「それでもTDFはそんなに目立っていないと思うが?」
「ミリーとしてはTDFを発足当初から注目しています。『グランター3』の宣伝もミリーに任せて欲しいと思ったほどです」
「それはありがたいが、ずいぶん高評価だね」
確かにアサノ君には手伝ってもらっているが、ひっそりと始めたはずだったからである。
「高評価? それこそ意外です。凄い人たちばかりではありませんか」
オガワはその言葉に勇気をもらえた気がする。彼らがやってきことが間違えではなかったと。
「ありがとう」
「感謝されるようなことではありません。当然のことではありませんか。少ない所員で最大限の成果。『グランダー3』はミリーも楽しんでいます」
「それを聞けばノルディックも喜ぶだろう」
「ドリスデンさんの活躍ももっと評価されるべきですし、バレーボール大会での躍動感ある活躍はツイングさんやファムカさんだけでなく、所員全員の活躍があってのことでしょう? ミリーは大会の試合を最初から最後まで見ていましたよ」
「フィオーレが全員参加を指示していたからね」
「プロ相手に渡り合ったのですから、称賛に値しますよ。トラッティン産業博覧会のCMはミリーが言ったことが発端であったとしても素晴らしい映像と音声です。嬉しくなるとともに、ユリウス・ドリスデンの歌とともにその映像美に酔いしれました。それにミリーが加われなかったことが悔しいと思えるほどに」
その言葉にオガワは違和感を覚える。それまであった幼さが消えているのである。大人びた口調が、それまでとは違った印象を与えてきたが、次の瞬間には無邪気な表情に戻っているのである。
「ただ素晴らしい映像美だと思いましたが、ミリーとしましては、土の香りと感触が味わえなかったことが残念でした」
「土?」
「風の臭いや雰囲気が映像から伝わってきたのに、大地の感触が無いのがおかしいと思ったんです。ミリーとしては。だって足元ですよ。踏みしめたその感触や土の香りもしないのはおかしいです。草木を踏みしめればその臭いも感じられるはずなのですから」
「な、なるほど……リアリティは大切だね」
「『銀河通信』がテーマなのであれば、通信技術を前面に押し出すべきでしょうが、CMに見られますように、大自然や宇宙を音で表現するのだから、ミリーは足元も重要視すべきかと思うのです」
テヘッとミリーは舌を出して笑う。その舌はイカ墨で真っ黒だった。
「だそうだよ。フィオーレ」
オガワは呟いた。
「あれ?」ミリーは驚いていた。
「ああ、すまない。フィオーレが私とパティス君の会話を聞きたがっていてね。彼女に聞いてもらっていたんだよ」
『彼女に感謝をお伝えください』フィオーレの通信が届く。『違和感の正体が分かりましたわ』
「フィオーレが、感謝しているよ」
「うれしいですね」
もっともプログラム班はこれから阿鼻叫喚であろうことは、オガワに予想できた。新たな改良が急遽行われることになるのだから。
「多目的な視点が必要だと理解出来た気がするね」
「ミリーは合格でしょうか?」
「えっ?」ミリーの突然の言葉にオガワは目を見張る。
「スカウトされちゃいますか? ミリーはそうだと思って、オガワさんとお会いしています」
「ま、まあ、間違いではないが……」そう直接的に言われるとは思わなかった。
「すてきです! ミリーが、ですよ」
悲鳴じみた言葉をミリーは上げている。静かなカフェの店内では二人の席は注目の的になってしまう。
「ミリー最高!」
そんな人目を気にもせずミリーは喜んでいる。
「落ち着いてもらえないかな」
オガワははしゃぐミリーに慌てて言うのだった。
フィオーレの評価や社内ネットの噂通りにミュウリエイ・パティスは不可思議でアンバランスな精神と表情に身体を持っている娘だった。
テーセと似ているようで非なる存在と言える。
こんな娘が本社にいたのだと思い知らされることになるし、彼女がTDFに加わったとしたらどのような活躍をしてくれるのかと期待してしまうオガワだった。
「TDFでは宣伝広報部門で活躍してもらいたい」
「ミリーにお任せです」
彼女は瞳を輝かせながら胸を張る。
「タンバ君のサポートをお願いしたいんだよ」
「タンバさん? もしかしてタンバ・イルト・シーストンさんですか?」
「知っているかい?」
「所属は違いましたが、広報部門ではミリーもその名を耳にした方ですよ。復帰していたんですね」
「まだ様子見であるが、TDFに来てもらっているよ」
「すてきです。一緒にお仕事が出来るのなら、なおさら光栄です! ミリーは何でもやっちゃいますよ」
「それは心強いね」
「それで、ミリーはTDFの所属になるのですよね?」
「それはミリーの所属と総務人事との交渉次第になるかな」
「カテエスさんやツイングさんのような出向からでも構いませんよ。完全移籍が叶うのであれば」
「完全移籍か。ミリーはTDFへの異動を希望するのかい?」
「お誘いがあればぜひ!」ミリーは目を輝かせ頷く。
「そうか。よろしく頼むよ。成果を見せてくれれば約束するよ」
オガワは請け負った。
「絶対ですよ」
ミリーは嬉しくなり、楽しいと思いながらオガワに同意を求めるのだった。
実際にミリーはオガワと会って三日後に所属課長の承諾を得てTDFに出向になるのだった。
テーセと同様、同年九月の異動となるが、その言動と仕草はTDF所員に衝撃を与えるとともに、すぐに古参の様にミリーは彼らに馴染んでいくのだった。




