クリスの帰郷 13-6
6.喝采の中で
チャペルの鐘がどこまでも届けとばかり鳴り響く。
空はどこまでも澄み渡り青空続いていた。
神殿に設けられている席でクリスらは並んで腰かけて、カーリーの登場を心待ちにしていた。前の日は一体何リッター飲んだか分からないが、グダグダの身体をリフレッシャーを使っての酔い冷ましむくみを取るのは大変だった。羽目を外し過ぎである。
特に花嫁は。
すました顔でクインテットはその時を待つ。
厳かに大きな扉が開くと鐘の音とともに、カーリーが父親に手を引かれバージンロードをゆっくりと歩いてきた。
白を基調としたシルク地のシンプルなウェディングドレスを身に纏いカーリーは頬を染め少し俯き加減で進み出てくる。
喝采が彼女と旦那様に浴びせられる。
わがことのように嬉しくて、涙目になりながらクリスも拍手している。学園寮で同室だったころから気の置けない友達でいてたくれた彼女に感謝しながら。
祭壇の前に新郎新婦が進み出ると司祭が祝福の言葉を二人に送り、神へと祈りを捧げる。
指輪を交換し合い、二人が誓いの言葉を宣誓すると、喝采がチャペル中に響き渡る。それが終わると参列者はチャペルの外に出て二人が出て来るのを今か今かと待ち構えていた。
扉かゆっくりと開かれると旦那とともに腕を組みながらカーリーが進み出てくる。
紙吹雪が舞いカップルが参列者たちの前に進み出てくると、カップルに向かってライスシャワーを浴びせていた。
カーリーは持っていたブーケを空高く放り投げた。
クインテットめがけて。
ただ、それをキャッチしたのはクインテットではなく旦那の従妹だった。
歓声が響き渡る。
披露宴が終わるとクリスは泊めてもらっていたリエンのアパートメントを出て、実家へ向かう。長期休暇が取れたので行くとは決めていたけれど、気が重かった。
人生の倍以上実家を離れて暮らしていたからだった。
それでも実家はクリスを暖かく迎え入れてくれている。
家族が嫌いではなかったけれど、学園に入って九歳から寄宿舎生活していて、ジプコに就職しても一人暮らしが続いてきた。さらには惑星マルダまでとびだして太陽系クレイオまで出ていってしまっていた。
家族は父と母と、少し年の離れた今は嫁いでいる姉と弟と妹がいる。
長く実家を離れていたため血縁が薄れていくような感覚だったけれど、それでもどれだけ離れていても家族なのはかわらない。
温かくクリスを迎え入れてくれていた。
嫁いでいた姉も顔を出してくれている。
「元気だったか?」
ぶっきら棒に父が言う。母は何も言わずに抱きしめてくれて、笑ってくれていた。
無骨さと素朴さは変わっていない。時間が止まっているのか、過去に巻き戻ったようにで、それが嬉しい。
嫁いでいた姉や実家を手伝っている七歳と五歳になった弟や妹たちが戻るなり、駆け寄ってきて抱きしめてくれる。無縁だと思っていた郷愁をクリスはこの時、感じることになる。
お土産を嬉しそうに受けっとってくれていた家族に、自分の方が一歩も二歩も引いて考えていたんだと思い知らされた。
遠慮していたのは自分の方だったと。
「うん。みなも変わらんけ」嬉しい。
血の繫がりがここにあるんだと。
「忙しんけ?」
「うん」テーブルに腰を下ろしながらクリスは頷く。「前も話したけんど、トラッティンの産業博覧会の参加パビリオンの仕事が追い込みじゃけん」
両親も絶対にトラッティンに来てもらいたいとクリスは思った。チケットも宿も用意ると決めた。
「よく休めたな」
「一週間休みなんじゃろ?」
「うん。職場の皆に感謝せないけん」クリスは微笑んだ。
「いいところなんじゃな」
妹や弟が配膳を手伝っていた。
「うん。良い先輩だけばかりだけんな」
「上司の方々にはお礼せんとな」母がそう言うと。
父が頷く。「ほなら、持ってけ、農園のものいくらでもな」
「いくらでもって、あたしそんな持てけんよ」
「なら送ちゃる」
「それはよかことけん」父の言葉に母も頷いていた。「それでどげんじゃ? ティーマの仕事は?」
「うん。良いところだし、秘書ん仕事もやり甲斐あるんよ。だから頑張れるん」
「よかったのう」
背筋を伸ばして真っ直ぐに家族を見つめていると、母が嬉しそうに微笑んでくれていた。
クリスの言葉と姿で理解してくれたのかもしれない。それが何かはこの時点では分からなかったが、伝えることは出来たらしい。
今まで生きてきた人生の半分も実家で暮らしていない。
九歳から家を出て、教会系の学園に入れられていた。家からも遠く離れていたので、寮に入ることになる。
それが決まった時は悲しかった。
なんか見捨てられたような気がしたからだ。
それでもその当時のクリスには、コミュニティに同い年の子供がいなかったし、同年代も少なかった。一人ポツンと家にいるか、農園や牧場の手伝いをこなしていることが多い。
娘の情操教育の良くないのでは? そう考え話し合った末の両親の選択だったようだ。
クリスは家のことを考えるのをすぐに放棄している。考えても分からなかったし、苦しいことばかり気にしていると、自分が自分でなくなりそうだったから。
頭の中でセイフティが働いたのではと、今では思える出来事だった。
同年代がいる学び舎と寮での共同生活は思った以上にワクワクしていた。
入学当時は容姿から来るコンプレックスもなく、どちらかという明るく元気系だったのですぐに友達も出来た。最初の友達は寮で同室だったカーリーだった。会ってすぐに打ち解けあえた。学園での授業が始まるとクラスが一緒だったコニーとリエンとも仲良くなり、行動を共にするようになる。フェアンとは学年が上がり同じクラスになってからだった。グループで研修や実習があると同じ班になり楽しい時間を過ごす。
それが目立ったのか他の生徒からクインテットと呼ばれるようになってしまう。
リーダーシップを取っていたのはリエンで、みなを率先して大らかでのんびりしていたクリスや引っ込み思案のカーリーと我の強いフェアンや気も漫ろなコニーを引っ張ってくれている。それに乗っかってクリスも遊んだりしていたが、それは今の様に目立つ容姿ではなかったからだ。
入学当時からミドルの頃は平均的な身長だったし目立つところはなかったが、ハイスクールに上がると急激に身長が伸びて、胸も大きくなっていく。
発育が伴わなかったのか、手足が細くコルセットでもしているのではと訝しがられたほど腰が括れていた。身体にピッタリ過ぎる服を着ていると、奇異な目で見られることが多くなってしまう。
背中を丸め、俯きがちになり、周囲を気にするようになったのはハイスクールに上がってからだった。制服もすぐに合わなくなってしまいオーダーメイドになる。
実家に帰省してもあまりの成長速度に両親には驚かれてしまうし、生まれたばかりの弟には泣かれてしまう。おかげで帰省が憂鬱になってきた。
なにせ十四歳になる頃には父の身長も追い越していた。
目立たずにいたかったし、人目を気にするようになる。この容姿が嫌だった。考えないようにしてもいつの間にか身を丸める癖が身についてしまっていたのだ。
成長に驚きこそすれ、変わらぬ愛情を向けてくれた両親に申し訳ないことをしたと今なら思える。
だから実家に帰っても遠慮してしまうのかもしれない。
学園での成績は中の上くらいで、運動面でも身長のせいかバスケやバレーのみならず陸上からも誘われたが、目立った成績は残せず継続することはなかった。
閉じこもりそうになっていたクリスを引っ張り出してくれたのは、クインテットの仲間たちだった。だからこそ普通の学園生活を送れた気がしている。
卒業を控えて進路をどうしようかと悩んでいた。大学に進もうとは考えていなかったし、実家に戻るのもどうかなと考えていたので、フェアンに誘われるように、就職試験を受けてみることにした。受かるような気がしていなかったけれど、最初に受けたジプコの一次試験に受かってしまい面接などの二次試験にも通ってしまうという奇跡が起こり就職する流れになっていた。
深く考えてなかったし、状況に流されていただけかもしれないけれど、その流れに沿ってクリスは卒業して成人後の人生を歩むことになる。
寮生活から今度は都市部での一人暮らしを始めることになった。
就職してしまうとそれまで隣にいてくれたカーリーはいない。いつでも話を聞いてくれる友達はいないのが寂しくあったけれど、それでも仕事で失敗して落ち込むことはあってもすぐに連絡が取れる友達が近くにいてくれた。クインテットの絆があったからこそ乗り切れたんだと、マルダを離れて思い知らされた。
感謝に堪えない。掛け替えのない友達との出会いにクリスは感謝する。
実家に戻る前の披露宴は両家の集まりもあり盛大だった。
なかなかカーリーとは話せなかったけれど、他の三人とクリスは盛り上がっていて、杯を掲げながら喜びを露わにしている。
「戻ってくる気ないんか?」
リエンがふいに訊ねてきた。
「そげなこと考えたことなかよ」
「クリスがいないと寂しいんよ」
酔いもあったのだろうか、リエンは心境を吐露してきた。
コンプレックスから後ろに隠れようとして迷惑ばかりかけてきたと思っていたのに、そう言われると胸が熱くなる。
もっと仲間のことを考えた方がいいとさえ思えてくるのである。
帰省して気付かされることが多かった。
これまでの行いが考え無しであったと思えるほどに。
父も母も口数は少なかった。
姉や下の弟妹が色々と話しかけて訊ねてくれたので、無言にならずに済んでいたような気がする。クリス自身、遠慮があってか率先して話をしていないからなおさらである。
自室はまだ十年以上前のままだった。
ベッドの脇にティーマの本社へ転勤する時に不要なものとして送っていたものが段ボールに入ったままだ。
「なにをしたかったんかな?」
封を解いて中のものを見つめる。クリスタルディスクや置時計、人形とか部屋を彩っていたものだった。
クリスの問いに応えてくれるものはなかった。
ケープを羽織ると家の外に出る。
満天の星空が広がっていて、家から少しだけ離れると芝の上に腰を下ろし、夜空を見続けていた。
「何しちょっと?」
声がして振り返ると姉がいた。彼女もケープを纏っている。
「寝れんとか?」
「そいじゃのうて、星を見たくて」なんとなく。
「あんたはそげな子じゃったね」
「えっ?」
「我がままも言わんと、ジッとして一人でいた。部屋や牧場の片隅でな」
「知っちょったん?」
「父さんも母さんもな」
「そ、そっか……」
「星、二人でよう見たんよな」姉が懐かし気に話しかけてきた。
「うん。星座とかその意味を教えてくれたの覚えているんよ」
「そうけ」
「嬉しかったんよ。だから覚えた」
十歳も年が違う姉とは家の中で話す機会は少なかった。学業もあったし、姉も農園を手伝っていたからだ。
あの頃は夏や冬の星座だったけれど、少し応用すれば、いまも星座を指すことが出来た。
「ありがとな。覚えていてくれたんは嬉しいんよ。クリスが寂しいんじゃと思っていたけんな」
「そげんことなかよ。なかよ」クリスは言う。
今日はいろんなことに気付かされる。
学生時代には感じられなかったことすべて。
「友達が待ってくれていた」
「そげんこと当たり前じゃ。父さ、母さだってそうだべさ」
「そ、そうかのう」
「あたしだってそうじゃけん」
「姉さも?」
「姉妹じゃろ? 気にするってさ。両親だってあんたが一人でいるが不憫で友達が増やせればって、あの学園を決めてきたんよ」
「そ、そうなん? 知らんかったけん、あたしは厄介払いされて見捨てられたと思っちょったんよ」
「そんなことあるけ」姉は強い口調で言った。「クリスに友達もいなかったし、私もかまってやれなかった。だから、同い年のいる学園に入れば、クリスが変われると思ったんじゃけんな。コミュニティから出られんかったあたしは羨ましかったんよ」
「そうなんけ?」
「あんたが家を出た後、父さも母さも寂しい顔をしていたんよ。あんたを笑って見送りたかったからこらえていただからさ」
「し、知らんかった」
「あんたのことばかり考えていたんよ」
「ホントけ?」
「ああ、毎日心配しちょった。クリスが長期休暇の時に、友達連れて来たじゃろ?」
「うん」
帰省するのが気まずくて、クリスはコニーとカーリー、リエンを誘って泊りがけで遊びに来てもらっていた。それが慣例みたいになりハイスクールを卒業するまで、休みの間それぞれの家に泊りがけで遊びに行くのが長期休暇の時は当たり前になっていた。
「母さ、友達が出来たあんた見て泣いて喜んでたし、張り切って料理していたんよ」
「料理が気合入っているのは、後で気付いたんけど、泣いてたん?」
「あんたが友達連れてきたことなかったけんな」
「そ、そうか……」
「ハイスクールに上がるとあんたは、いつも背中を丸めて目を合わせようとせん。周りばかり気にして元気だとか大丈夫としか言わんし、無理に笑ってん。我がまま言わんからみんな心配してんよ。あたしだってそうさね。あんたは物分かりが良すぎんよ」
「私が我慢すればよかことばってん」
背中を丸め縮こまっている姿ばっかり、誰にも見せとうなかった。
「だからよ。あんたがのびのび暮らせるように一人暮らしだって認めたんよ。本当は連れ戻したかったんにさ」
「あたし、自分のことしか考えて何ったんだな」
「子供はそれでよか、好きにさせて失敗したり辛かったりしたらいつでも戻ってくればよかよ。なんぼでも甘やかして元気づけちゃる。そしてまた背中を叩いて送り出しちゃるけんな」
「そっかあ」そう思っていてくれた家族を無視していたことが心苦しい。
「あんたまた背がのびたんか?」
「もう成長止まっとるよ?」
「そうけ? 前に会った時よりも目線が上に行ってるような気がしてたんけどな」姉は考えている。「もしかして、姿勢が良くなかったからかもしれんな。前は縮こまっていたから」
「そうかもしれん。雰囲気変わったん? と皆にも言われたわ」
「あんたは笑ってん方がいい。その方が可愛らしい」
「図体ばかりでかいのにか?」
「可愛いし美人じゃよ」姉は笑みを浮かべている。「よう成長してくれたって、父さと母さも思っちょる」
「そいだといいな」ジッと星を見続けていた。「自分のことばかりで、なんも気付けん。よう見捨てられんかったわ」
「そげんことあるけ!」姉は強い口調だった。「父さと母さの何を見ちょっと?」
「ご、ごめんて。いまは感謝しちょる」
ハグされた時に伝わってくる温もりは偽り無き両親の心情そのものだった。
「だろ。あたしもじゃ」
姉がその心情を伝えようと再び抱きしめてくれていた。
故郷へと戻ってきたことで気付かされたことがある。血の繫がりは誰よりも強いと。
「泣いてるん?」
「泣きたくなるじゃろ、当たり前じゃ、初めて知ったんじゃけん」
「そうけ。だったら味わうんが良いさ。これが家族で愛情さね」
「そうじゃの」クリスは鼻をすする。
知ろうとしなかっただけで、当たり前のこと分かってくるとそれだけで涙が出るとは思わなかった。
肩を震わせながら泣いていた。
戻ってきてよかった。自分自身に気付かされたとクリスは思った。当初の予定では味わえなかった感じようである。
話が出来る時間をくれたオガワやホーカルに感謝しなければと思った。




