第5-2話 また会う日を楽しみに②
「禁断の恋とは……どういうことですか?」
オーレリアが低い声で尋ねれば、セオドールはゆっくりと顔を上げた。
その瞳が、何かに焦がれるように揺れている。
それに気づいてしまったオーレリアは、息をするのも忘れて彼の言葉を待つ。
「巷では、天聖者の少女と王子の恋物語が流行っているらしい。それになぞらえて、私とナディア嬢が想い合っていると、そう書いたのだろう」
「そういうことを聞いているのではありません!」
オーレリアの悲痛な叫びが、地下牢いっぱいに響き渡る。
恐らくミアンゼルム家と対立している貴族が金に物を言わせて流行らせたのだろう。
そういった嫌がらせは、オーレリアが彼の婚約者になったときからずっと付き纏っていた。
しかし、そんなことでいちいち傷ついて揺らぐようなオーレリアではない。
「私が教えていただきたいのは、あなたの胸の内です」
一体、セオドールがなにに焦がれているのか。
その答えを確かめるため、セオドールの方へ足を一歩踏み出した。
「……大切な人だと、思っている」
オーレリアの胸が大きく痛む。
もうそんな話はやめて、さっさと本題に入るべきだ。
頭では分かってはいるが、どうしても見て見ぬ振りはできなかった。
「……私と、どちらが大切ですか?」
震えそうになる声を叱咤して、セオドールに問いかける。
彼は、何かに堪えるように瞼をきつく閉ざす。
やがて、彼の瞳が、今にも泣き出しそうなオーレリアの顔を映し出した。
「オーレリア。婚約を、破棄しよう」
「――ハッ」
鼻の奥がつんとしたのを誤魔化すように、オーレリアはわざとらしく短い声を上げて笑う。
「嘘でもいい。ナディアに嫉妬していたと、国王陛下の前で認めてほしい」
「私を嫉妬に狂った女に仕立て上げて、どうするおつもり?」
「あなたの侍女が、その姿に同情し、独断でナディアに毒を仕込んだという筋書きにしたらいい。殺害目的はなく、些細な嫌がらせのつもりが、ナディアには毒が効きすぎてしまった。多少の無理はあるが、侍女一人の犠牲で済むはずだ」
「本気でおっしゃっているの?」
オーレリアは、思わずよろめきながら後ずさった。
彼は、自分が何を言っているのか理解しているのだろうか?
「ナディアへの嫉妬心を認め、婚約破棄に頷いてくれるのなら、侍女の命はなんとかしよう」
「他人の命を人質に婚約破棄を迫るなんて、ずいぶんと小賢しい真似をするのね」
いつもの口調を忘れ、オーレリアはセオドールを睨みつけた。
「そうだね。否定はしないよ」
「あの毒は、ナディア・レグリーノ本人が入れたのよ。私でも侍女でもないわ」
「その言葉を一体どれだけの人間が信じると思う? ナディアもあなたが死ぬことまでは望んでいない。だからこそ、このあたりで手を打ってほしい」
セオドールとはぶつかってばかりだが、憎しみ合っているわけではない。
ただ、互いの意見が、考えが、合わないだけ。
いずれは本心を通じ合わせることができると、オーレリアは心のどこかで信じていた。
それなのに……。
「狂ってしまったのは、あなたじゃない……」
小さく落とされたオーレリアの言葉を、セオドールは肯定も否定もしなかった。
地下牢の廊下を飛んでいた羽虫が、松明の中に飛び込んでジジジと燃えていく。
命が消えゆく音を、オーレリアは無言で聞いていた。
やがて彼女は、年相応の少女らしく白い歯を覗かせて微笑んだ。
「……ミアンゼルム騎士物語は、まだお好きですか?」
彼女の問いに、セオドールはきょとんと目を丸くしていたが、ほんの少し口元を緩ませた。
懐かしい記憶を思い出しているのか、彼はどこか遠くを見つめる。
「初めて会った時、あなたとはその話で盛り上がったね」
「ええ、あの時の私は、初代ミアンゼルムのように、人々を颯爽と助ける騎士になるのが夢でした」
「うん、知っているよ。その夢を、僕は奪ってしまった」
「覚えていらしたの?」
セオドールが静かに頷いた。
そして、気恥ずかしそうに左の頬をさする。
「私の夢を返せと殴られたときのこと、今もたまに夢に見る」
「あのときは、失礼をいたしました」
オーレリアは静かに目を閉じて、過去の記憶に浸るーー。
幼いセオドールに婚約者に相応しくないと突き放され、オーレリアは感情のままに彼を殴った。
その話には少しばかりの続きがある。
『自分ばかり不幸な顔をするのを今すぐやめて。そんな顔をするのなら今すぐ私の夢を返して!』
それから二人は、泣きながら殴る蹴るの喧嘩をした。
大人に止められるまで、とにかく罵り合った。
手当てを終えても、セオドールは両目に涙を溜めたまま、ずっと苦しげな顔をしていた。
その表情の理由が知りたくて、オーレリアはずっと彼を見続けた。
『オーレリア。あなたはーー』
「ーー僕が憎いだろう?」
現実の彼の声が、温かな記憶の世界からオーレリアを引き戻した。
「今まで縛り付けてすまなかった。 これからは、その手で剣を握り、馬で好きなところを駆け抜ければいい。ただのオーレリアとして自由に生きてくれ」
「あなたを憎いと思ったことは、一度としてなかったわ」
もっと早くにこんな話ができていたら……。
二人は違う関係を築けていたのだろうか?
そんなことを思いながら、オーレリアは静かに話し出す。
「でも、そうね。今はあなたが憎くてたまらない。あなたと出会い、騎士オーレリアは殺された。そして今度は、オーレリア妃を殺すのね」
「オーレリア。どうか、僕の提案を受け入れてくれないか」
「それは……、絶対にできません」
オーレリアはきっぱりと拒否すると、優雅に笑ってみせた。
彼を初めて負かしたときのように、歯を見せて笑うことはもうしない。
「あなたが私と共に歩む未来を拒むというのであれば、私は誇り高きミアンゼルム家のオーレリアとして死にますわ」
目を見開いたセオドールは、唇を噛み締めた後、長く長く息を吐いた。
「……あなたは、本当に可愛げがないね」
「……殿下は今日も愛らしくていらっしゃること」
黄金と青の視線が交わり、それは溶け合うことなく静かに離れていった。
明日はお昼ごろ更新いたします。




