第5-1話 また会う日を楽しみに①
第5話は二分割で更新させていただきます。
連行されたオーレリアは、王宮の地下に作られた独房へと投獄された。
ナディアが倒れたという報せは、国王陛下や教会の耳にも届いているころだろうか。
「天井と壁があるだけマシ、という感じかしら」
オーレリアは石造りの薄暗い部屋をぐるりと見回した。
天井の隅には蜘蛛の巣が張り、じめじめとした空気が息苦しい。
埃とカビの臭いが立ちのぼる粗末なベッドは、少し体重をかけただけで崩れ落ちてしまいそうだった。
普通の貴族令嬢であれば、足を踏み入れた瞬間に倒れてしまいそうな、そんな有様だった。
「あら? 綺麗なお花ね」
そんな荒れ果てた部屋に、一つだけ不釣り合いなものがあった。
ヒビだらけの花瓶に、一輪のネリネの花がぽつんと活けられていた。
誰かがわざわざ飾ってくれたのだろうか?
「さて、これからどうしようかしら……」
オーレリアが連行されるのを多くの生徒が目撃している。
これを理由にミアンゼルム家に難癖をつけてくる輩が続出するに違いない。
婚約を快く思っていない者たちによる異議申し立ても出てくるだろう。
「まずはお父様に保釈請求を提出していただかなくてはね」
優秀な父はもう動いているだろうから、二、三日で出られると信じたいところである。
今後のことを考えていると、足音が反響しながら近づいてくるのが聞こえてきた。
松明で照らされた廊下の壁に伸びた長い影が、ゆらゆらと怪しく揺れる。
「オーレリア」
「……セオドール殿下、ごきげんよう」
鉄格子の向こうに立っていたのは、セオドールだった。
こうして彼がここにいるということは、ナディアの状態は落ち着いたのだろうか。
「殿下は、暗がりでも愛らしくていらっしゃいますのね」
オーレリアは普段と変わらない調子でセオドールをからかうが、彼はいつものように乗ってはこなかった。
「……冗談を言っている場合ではないはずだよ」
「こういう時だからこそ言いたくなるものでしょう?」
オーレリアが肩をすくめて見せると、セオドールは目頭を指で揉みながらため息をついた。
「ナディアは一命を取り留めたよ」
「そうですか。最悪な結果にならず、安心いたしました」
彼女の命が助かったのは幸いだが、それ以上のことは興味がない。
本音半分、建前半分の言葉を吐けば、セオドールは戸惑いを含んだ視線で、オーレリアを見つめた。
「……ナディアが飲んでいたティーカップ。そこから毒物が出てきた」
「毒入りのお茶を飲み干すなんて、彼女、見た目に反して中々肝が据わっていらっしゃるわ」
ナディアが紅茶に混ぜた謎の液体……。
恐らく、あれが毒だったとみて間違いない。
彼女を甘く見ていたことを、オーレリアは心から反省する。
「彼女と再び相見えるときは、それ相応の心構えをしなければいけませんわね」
「オーレリア……。あなたは自分の状況を分かっているのか?」
「さあ? あっという間にここに閉じ込められてしまいましたので、嫌疑をかけられているということ以外は何も分かりませんわ」
オーレリアを独房へと閉じ込めた張本人は、しばしの躊躇いの後、ゆっくりと口を開いた。
「……女子寮の君の部屋から、ナディアが飲んだものと同じ毒が見つかった」
「なんですって?」
「ベッドサイドのテーブルに置かれていたらしい」
まるで、見つけてくれと言わんばかりの位置だ。
恐らくこれもナディアの仕業だろう。
そこまで用意周到に準備していたとは気づかず、見事に足を掬われてしまったようだ。
「そうですか……。わざわざ教えていただいて、ありがとうございました」
天聖者を害した者は、裁判にかけられることなく、問答無用で極刑となる。
残された猶予は、国王陛下が令状に署名をするまでのわずかな間だけ。
それまでに無実を証明できなければーーオーレリアもまた、例に漏れず刑に処されるだろう。
『オーレリア様は無実の罪で捕まって、自らの潔白を証明するために死んでしまう予定になっています』
ナディアの声が蘇った。
たった数時間でここまで追い詰められる状況になるとは……。
「オーレリア。あなたに認めてほしいことがあるんだ」
「私はやっておりません。ミアンゼルムの名に誓って無実です」
オーレリアに気押されたのか、彼はその強い視線から逃げるように俯いた。
「あの時は、混乱して見誤った。あなたにしてはずいぶんと杜撰で直情的すぎると、今なら思う」
「それは、どういう意味です?」
「あなたが本気で手をくだすなら、もっと確実性が高くて、えげつない手口を選ぶだろう? それに証拠を残すなんて可愛らしい真似をするわけない」
これは信頼されていると取るべきなのだろうか。
素直に喜べないところだが、ナディアが無事だったことで、セオドールの頭もだいぶ冷えたらしい。
しかし、そう考えるとセオドールの先ほどの発言がどうにも引っかかる。
「やっていないと信じてくださっているのであれば、なぜ私に罪を認めろなどとおっしゃるのですか?」
「あなたに認めて欲しいのは、罪じゃないよ」
セオドールはそう言いながら、胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
そして、それを鉄格子の隙間から彼女へと差し出す。
「まずは、これを読んでほしい」
オーレリアが受け取ったそれは、平民向けのゴシップ紙の切り抜きであった。
記事のタイトルをオーレリアは静かに読み上げる。
「第一王子と天聖者の禁断の恋。ミアンゼルム公爵令嬢、嫉妬に駆られて天聖者に毒入り紅茶を飲ませたか?」
「今日の夕方に配られたものだ。できる限り回収はしたけれど、国民の知るところとなってしまったと思う」
オーレリアは、記事の切り抜きをぐしゃりと握りつぶす。
手が小刻みに震えるのは、怒っているのか、それとも絶望の予感を感じたからなのか、今の彼女には判断がつかなかった。




