第4-2話 運命はあなたの手の中②
「ところでオーレリア様。これを見てくれませんか?」
二人きりになると、ナディアはポケットからハンカチに包まれた何かを取り出した。
ハンカチがめくられて、真っ青なサファイアのブローチが現れる。
「……サファイアのブローチね」
傷や濁り一つないその宝石は、自然と彼の瞳を連想させて、なんだか嫌な予感が胸を過ぎる。
「実は、セオ様からいただいて。あ! もちろん私が宝飾品を何も持っていないからだとは思うのですが、」
「その宝石……、あなたが欲しいとねだったの?」
ナディアの言葉を遮り、オーレリアは尋ねる。
「まさか! セオ様が、お守り代わりに持っていて欲しいと」
――なによそれ。
喉元まで迫り上がった言葉を、オーレリアは奥歯を噛み締めて粉砕する。
「その宝石について、殿下はなにかおっしゃっていたかしら?」
平静を装って、オーレリアはさらに尋ねた。
「時間をかけて丁寧に選んだと言ってました」
「そう……」
その美しいサファイアを、彼女はよく知っていた。
だって、それはオーレリアが彼と共に選んだものだったから……。
『大切な人に贈りたいものがあるんだ。悪いけれど、選ぶのを一緒に手伝ってくれないか』
王宮での茶会を終え、セオドールから珍しく相談を受けた。
そんなふうに彼から頼られたのは初めてのことで、オーレリアは心から喜んだ。
そして、期待した。
その贈り相手はもしかしたら、と。
だからこそ、セオドールを伴ってお気に入りの宝石店にわざわざ足を運んでまで選んだのだ。
彼の瞳と同じ色をした、美しいサファイアを。
ブローチに加工すれば普段から身につけやすいし、お守りになるのではと進言したのもオーレリアだったのに。
だというのに、何故オーレリアではなく彼女がそれを持っているのだろうか。
「……あなたは、それを恥ずかしげもなく受け取ったの?」
「王子命令だと言われて、逆らえなかったんです」
愛おしそうにブローチを撫でるナディアに、オーレリアは殺意に似た感情を覚える。
オーレリアは一度だってそんなものを贈られたことはない。
社交の場に出た時、彼は自分の瞳や髪の色を纏うことをオーレリアには決して許さなかった。
もちろん、彼がオーレリアの赤と黄金の色を纏うことさえなかった。
「わざわざそれを見せるために、こちらの都合も無視して押しかけてきたのかしら?」
思わずきつい眼差しを向けるが、ナディアは怖がるどころか、オーレリアの様子を見て上機嫌に微笑んでいる。
オーレリアに慣れたのか、それとも、今は観客がいないからなのか。
「オーレリア様に、理解していただきたかったんです」
「何を理解しろと?」
ナディアは、見せつけるように殊更ゆっくりとサファイアのブローチを制服の胸元につけた。
「セオ様は、私になんでも与えてくれるんです。けれど、オーレリア様は違いますよね?」
「あまり興味のないお話だわ」
オーレリアは心を落ち着かせるように、紅茶を口元へと運ぶ。
ナディアが何を考えているのかは知らないが、わざわざ彼女のペースに乗せられる必要はない。
頭でそう言い聞かせても、視界にちらつく青がオーレリアを苛立たせる。
今すぐ粉々に握り潰してやりたいという衝動を、必死に抑える。
その姿を見ていたナディアは、勝ち誇ったように微笑んだ。
「オーレリア様は、与えられるどころか大切な夢を奪われちゃったでしょう?」
オーレリアの肩がぴくりと揺れた。
その揺れは指先にまで伝わり、持っていた茶器を、かちゃりと鳴らしてしまう。
「どうして、あなたがそれを」
「やっぱり。オーレリア様は騎士になりたかったんですよね?」
「……ええ」
一瞬の逡巡の後、オーレリアはナディアの言葉を素直に認める。
かつて、幼いオーレリアが憧れたのは、王妃の頭に戴くティアラではなく、この国に捧げるための剣だった。
しかし、王族の婚約者となった者は、その立場にある限り、騎士団への入団資格が失われる。
セオドールとの婚約が成立した時点で、夢は見事に砕け散り、騎士オーレリアは日の目を浴びることなく死んだ、いや、奪われて殺されたのだ。
「自分の夢を奪った方と結婚しなければならないなんて、オーレリア様がお可哀想」
「哀れんでいただかなくても結構よ。幼い頃のお話ですもの」
哀れむために来ただけならば、さっさとご退室願いたい。
出来ることなら、友人達が来る前に少し時間を取って心を落ち着かせたかった。
しかし、そんなオーレリアの神経を逆撫でするように、嫌な声が響く。
「オーレリア様、よーく考えてみてください。婚約破棄を国王陛下に進言してくれたら、オーレリア様は騎士の夢を取り戻せます! みんなが幸せになれるんです!」
「私はそうは思わないわ」
その選択はオーレリアにとっては少しも幸せではない。
あの頃の夢を、今さら突き返されても困るのだ。
「どうしてそこまでセオ様との婚約にこだわるのですか? 婚約者に相応しくないって散々言われ続けているのに」
セオドール本人から聞いたのだろうか?
だが、他者から指摘されるのは気分が悪い。
天聖者だかなんだか知らないが、オーレリアとセオドールの関係に口を挟まれる筋合いは無いはずだ。
「私は、あの方の隣にいたいだけ。その想いだけでは不足かしら?」
きっぱりと言い切れば、ナディアの表情がぴしりと固まった。
「それって……、セオ様のことが好きってこと?」
「そうだと言ったら?」
オーレリアの挑発的な言葉に、ナディアの笑みが消え去った。




